2008年5月 9日 (金)

サイクロンと緊急人道援助

ミャンマーのサイクロン被害がたいへんなことになってます。
地球温暖化が進めば、台風やサイクロンの被害が増大する、
と前々から予測されていました。その通りなのかもしれません。

死者が2万人を超え、国際社会が支援の手を差し伸べようとしても、
ミャンマー政府は、国際援助の受け入れに消極的です。

私のNGO時代の同僚たちもなかなか現地入りのめどが立たず、
やきもきしているのかもしれません。
私もかつてはNGOスタッフとして、インドの地震、スマトラの津波、
インドネシアの洪水などで緊急人道援助活動に従事しました。
現地入りを待っている人道援助関係者の皆さんは、
被災直後の一番たいへんな時期に入国許可が下りなくて、
悔しくて、もどかしくて、辛いはずです。

ミャンマー政府には国民の生命を第一に考えて、
もっと積極的に国際援助を受け入れてもらいたいものです。

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2008年5月 7日 (水)

パンダと外交

どこで見たか忘れましたが、アメリカ語(外交用語?)では、
親中派をパンダ・ハガー(Panda Hugger:パンダを抱きしめる人)、
反中派をドラゴン・スレイヤー(Dragon Slayer:竜を退治する人)、
と呼ぶようです。

これまでも中国政府は友好親善のシンボルとして、
非常にうまくパンダを活用してきました。
今回もパンダが外交にうまく使われそうです。
パンダをもらったからといって変な妥協をしないよう、
心してかからなくてはいけません。

インドの象、中国のパンダ、オーストラリアのカンガルーなど、
その国を代表するアイドル的動物がある国がうらやましいです。
中国の共産国家、独裁国家という負のイメージを、
パンダがどれだけ薄めているかわかりません。
外交のソフトパワーとして有効です。
使えるものは何でも使う、というのが中国外交なのかもしれません。

しかし、残念ながら日本には、パンダやカンガルーに匹敵する、
世界的に有名なアイドル動物はいません。
隣のトトロしかないかな・・・。

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2008年5月 4日 (日)

水戸黄門とお任せ民主主義

ゴールデンウィーク特集ブログ第2段です。
世間はお休み中ということで、軽めのネタで失礼します。

国民主権の原則のもとで、自分は主権者であるという自覚があるのなら、
「税金は安くしろ、福祉は手厚くしろ」と要求するのは矛盾です。
「税金は高くてもいいから、福祉を手厚くすべき」とか、
「税金を安くして、福祉の予算を減らし、
 その代わり家族や地域社会で助け合うべき」とか、
「福祉を増やした分、道路と教育の予算を減らすべき」と主張するのが、
主権者としての責任ある態度だと思います。

同じく、「役人を減らしてムダを削れ」と主張しながら、
問題が起きると途端に「役所は何をやっていたんだ」と怒るのも、
ある意味で矛盾です。

テレビのワイドショーを見ていると、ズバッと切る司会者を筆頭に
そういう主張によく耳にします。
「最後はお上が助けてくれる」という甘えがあるから、
矛盾する主張を矛盾だと感じないのかもしれません。

「お上頼み」の発想が、官僚国家の土台となり、
おまかせ民主主義を生みます。

この風潮を象徴するのが、テレビの時代劇かもしれません。
岡本薫教授の著書「日本を滅ぼす教育論議」には、
「水戸黄門の罪」という言葉が出てきます。

水戸黄門も大岡越前も遠山の金さんも、みんな徳川政権の権力者です。
官の権力者が民衆のレベルに降りてきて、
印籠や町奉行の権威を使って悪者をやっつけてくれます。

暴れん坊将軍にいたっては、最高権力者自身が
白刃をふるって悪人をやっつけます。
マネジメント能力のなさを、自らの腕力で補う乱暴な将軍様です
(どこかの将軍様がまねしないと良いのですが)。

テレビの時代劇の視聴者の深層心理は、
「弱者の味方をする権力者が大好き」というものかもしれません。
時代劇がお上頼りの「おまかせ民主主義」を象徴するのかもしれません。

民衆の中からヒーローが出てきて、
民衆と力を合わせて悪者をやっつける、という時代劇こそ、
民主国家の人気番組にふさわしい、と思います(なんのこっちゃ?)。

ロビンフッドもウィリアム・テルも、
圧制や外国支配に抵抗した民衆のヒーローです。
日本にも田中正造や二宮尊徳といった庶民派ヒーローもいます
(テレビ的には地味ですが・・・)。

いまの日本社会でいうと、障害者福祉や環境保全、難民支援、
ニート対策や街づくり、村おこし等、さまざまな分野でがんばっている
NPOや社会福祉団体の現場の人たちこそ、民衆のヒーローです。

優秀で誠実なエリート官僚や清貧な哲人政治家の登場を期待するより、
社会を変えようという志を持った人たちが、民衆の中からドンドン出てきて、
自分の街や村といった身近なところで行動を始めるのが、
21世紀にふさわしい社会のあり方だと思います。

民衆が、強いリーダーシップをもったカリスマ権力者を求めると、
ヒトラーやムッソリーニのような独裁者を生むというのが、歴史の教訓です。
強いリーダーや優秀な官僚機構に頼ろうとするのではなくて、
国民ひとりひとりが、行政と連携しながら、社会の問題に取り組む、
そんな社会を築いていくことが理想だと思います。

自らに由る(よる)「自由」と、民(たみ)が主(あるじ)である「民主」を
標榜する我が自由民主党は、お上頼りのおまかせ民主主義と決別し、
官僚国家からの脱却を図り、国民とともに課題に立ち向かい、
決して水戸黄門には頼りません(どっかの政党とちがって)。

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