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2005年8月22日 (月)

ブログ:“公募新人奮闘記”

山内康一公式ウェブサイトと、ブログ「公募新人奮闘記」はデザインを一新いたしました。


2006.7.13 木:子どもの政治参加

今日の新聞で「ぜんそくの中学生、署名集め」というおもしろい記事がありました
(7月13日付読売新聞朝刊)。

静岡市のぜんそくの中学生が、歩きタバコ禁止条例を求めて署名運動をはじめ、
それに答えて2万4千人が署名し、静岡市議会もそれに応じて条例を制定したそう
です。イニシアチブをとった勇気と行動力のある中学生に心から敬意を表します。
また、静岡市長と市議会も立派です。
子どもだからといってバカにはできません。

子どものうちからこういう社会参加(=政治参加)の意識の高い人がいるのは素晴
らしいことです。日本の未来も捨てたものではありません。
社会の問題を自ら解決していこうという、その中学生のガッツが素晴らしいですね。

「政治は汚いもの」という意識を変えていく努力が、政治家と有権者の双方に求め
られていると思います。
一人の市民(しかも子ども)のイニシアチブが、地方自治体を動かすことができるの
です。斜に構えて「どうせ政治家はバカばっかりだ。」なんて傍観者的なことを言う
大人よりも、「市民の力で政治や社会を変革できる」ということを証明してくれた静岡
の中学生の方がよっぽど大人の態度です。

蛇足ですが、私も子どもの政治教育、公民教育、シチズンリテラシーに関心が
あって、NPO法人「Rights(ライツ)」と協力して子どもたちの自民党本部ツアーを
計画しています。
ライツは若者の政治参加を目指すNPOで、国会見学ツアーをよく企画しています
が、今回はライツから自民党本部に立ち寄りたいという要望があり、うちの事務所
でも協力しています。
子どもたち20名程度と武部幹事長との意見交換会のリクエストもありました。
武部幹事長もこころよく応じてくれて、緊急の公務がない限り、子どもたちとの意見
交換も実現できそうです。

最近の自民党は変わったと思いませんか?
NPOのリクエストに基づいて、子どもたちと幹事長が意見交換会を開いてしまうの
です。ひと昔前では想像もできないことではないでしょうか?
もう昔の自民党ではありませんし、もう昔の自民党には戻しません!

2006.7.12 水:無派閥新人議員の動き/TBSニュース

事後報告ですが、昨日の夕方のTBSニュースで取り上げてもらっていたようです
(本人は見てません)。
駅頭で演説しているところとか、戸別訪問しているところとか、国会事務所での
インタビューとかの取材を受けました。
どの部分を使ってもらったのかわかりませんが、趣旨としては「無派閥新人議員
が何をやっているのか?何を考えているのか?」といったポイントだったようです。

総裁選挙に向けて、派閥に属していない新人議員の動きにマスコミも興味を持って
いるようです。 ただ私個人としてはたんたんと日々の政治活動に励んでいますが。

次の総裁ですが、今のところ河野太郎さんか安倍晋三さんのどちらかが総理に
なってほしいと思っています。
特に外交・安全保障については、河野太郎さんが好きなのですが、河野太郎さんが
総理大臣になれる可能性は今のところ低そうです。
でも総裁候補5名が集まった公開討論会等の様子がテレビで中継されれば、河野
太郎さんも意外とブレイクするかもしれません。

私は「党内無党派層」なので、誰に投票するかは、候補者の政策次第です。
ポスト小泉の総裁候補全員の政権構想を比較検討して、誰に投票するかしっかり
決めたいと思います。
総裁選挙を「政局」ではなく、「政策論争の場」にしていきたいものです。

2006.7.11 火:個人レッスン@党本部

新人議員の政策勉強会でマンツーマンの個人レッスンを受けました。

本当は11名の新人議員メンバーと指導係の先輩議員3名がいる勉強会なのですが、
国会閉会中ということもあり、人の集まりが悪く、私と指導係の先輩議員1名のマン
ツーマンの勉強会になりました。
勉強会の講師は根元匠代議士(党改革実行本部長代理、元内閣府副大臣(兼)
総理補佐官)で、生徒は私ひとり。 テーマは小泉構造改革の成果。
このところ言いがかりのような小泉改革バッシングが多いのですが、小泉改革の
成果を再評価するという趣旨です。
小泉改革の前線部隊指揮官といった立場にあった根本代議士の講義を一人で聞き、
その後、質疑応答プラス意見交換させていただきました。
事務局の党職員は新人議員が私1名しか出席できないので、根本代議士に中止を
提案したところ、 根本さんは「1人でも勉強会に出たいという熱心な新人がいれば、
その1人のために勉強会をやってやりたい。」とおっしゃって下さいました。
宏池会の政権構想の取りまとめ役でもあり、政策通で名高い根本先生と一対一で
1時間も議論するという貴重な経験でした。

2006.7.6 木:北朝鮮のミサイル発射問題について

昨日(7月5日)未明の北朝鮮の弾道ミサイル発射に関して、あわただしい動きが
続いています。衆議院の安全保障委員会、外務委員会に所属している関係上、
さっそく自分の仕事に直結してきました。

昨日午後の党の国防・外交・内閣合同部会に続き、衆議院の安全保障委員会が
急遽開催されることになり、出席しました。
民主党の長島代議士がいい発言をしていました。こういう状況のときは、与野党の
壁を越えて協力しなくてはいけません。長島代議士は立派です。

さて、北朝鮮のミサイル発射問題についてまとめてみました。固い内容ですが、
ご一読いただければ幸いです。

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北朝鮮ミサイル発射問題について私見

◆「今、そこにある危機」の本質

多くの皆さんが北朝鮮の弾道ミサイルに恐怖感を持たれていることと思います。
しかし、恐怖感・不安感をあおることが北朝鮮の目的でもあり、冷静に対応すること
こそが北朝鮮の意図を挫くことになります。
北朝鮮の思い通りにならないように、事実を積み上げた冷静な議論が必要です。

残念ながら今の日本の防衛力では、弾道ミサイルを迎撃できないのは事実です。
弾道ミサイル防衛(BMD)は整備途中です。
弾道ミサイル迎撃用ペトリオット(PAC3)の第一弾が今年度末に導入予定ですが、
現段階では対応できません。
また、専守防衛を旨とする自衛隊には北朝鮮のミサイル基地を攻撃する能力はあり
ません。対地攻撃可能な航空機(F2)もありますが、電子戦能力や空中給油能力を
考えると、自衛隊独自で北朝鮮を攻撃することは技術的に不可能です。

しかし、以下の3つの理由から無闇に恐れる必要はありません。

①現段階では北朝鮮の弾道ミサイルに核弾頭を搭載できない。
また、化学兵器や生物兵器を弾道ミサイルに装備することも技術的に困難(あるいは
軍事的に無意味)。

②通常弾頭の効果は限定的。
湾岸戦争時にイラクはイスラエルに39発の弾道ミサイルを撃ち込んだが、死者は2名。
日本の世論に対するインパクトは大きいが、軍事的意義は低い。

③米軍の報復攻撃能力は絶大。北朝鮮は日本を射程に納めるノドンを約200基保有。
対する米軍は巡航ミサイル・トマホークを600基保有。さらに在日米空軍機や米空母
艦載機もある。

◆将来的な脅威と求められる対応

今の段階では北朝鮮の弾道ミサイルはそれ程大きな脅威ではありません。 しかし、将来
的に北朝鮮が核弾頭の小型化に成功し、弾道ミサイルに核弾頭を装備するようになれば、
その時は日本にとって重大な脅威となります。
「その時」に備えて、中長期的な対応が必要です。

中長期的に求められる対応

平成23年度完成予定の弾道ミサイル防衛(BMD)システム整備のスピードアップ。
海上自衛隊のイージス艦発射型の弾道弾迎撃ミサイル(SM3)と弾道ミサイル
迎撃用ペトリオット(PAC3)の導入を急ぐ。

自衛隊と米軍との防衛協力体制を一層強化する。
専守防衛を旨とする自衛隊だけでは、北朝鮮に弾道ミサイルを打ち込まれても何一つ
反撃できない。 米軍の打撃力が抑止に有効。

北朝鮮の脅威は弾道ミサイルだけではなく、潜入した特殊部隊による、原子力発電所
や政府中枢機能、在日米軍基地に対する攻撃も想定される。
特殊部隊による攻撃は、テロ攻撃と全く同じ手法であり、警察力によるテロ対策が有効。

恐れることなく、冷静な対応を!

客観的事実に基づいて冷静に考えれば、北朝鮮の弾道ミサイルが現段階では
大きな脅威ではないことがご理解いただけるのではないでしょうか。
取り乱して恐怖感に捉われ、北朝鮮の作戦に乗せられないことが何より大切です。
冷静な議論を進め、そして潜在的な脅威に対して、中長期的な対応を考えていくこと
が肝要です。

また、こういう事件が起こると在日朝鮮人・韓国人の皆さんに対する嫌がらせなどが
発生します。 北朝鮮の軍事独裁体制に対して憤りを感じるのは自然な感情で「義憤」
とも言えるものだと思いますが、北朝鮮のふつうの国民や在日朝鮮人の皆さんに対
して怒りをぶつけるのは筋が違うのではないでしょうか。
北朝鮮を数年前に襲った大飢饉で100万人以上が餓死したと言われています。
自然条件が近い隣国の韓国で餓死者が出たとは聞いていないので、北朝鮮政府の
失政による人災と言えます。 餓死者の中には罪も無い子どもや一般市民も多く含ま
れていたと思います。 それどころか特権階級は食糧が確保できるので、罪のない
一般市民や子ども・老人から先に餓死したであろうことは容易に想像がつきます。
北朝鮮の一般の市民は圧制と人権抑圧の犠牲者であると言えます。
北朝鮮政府やその出先機関に対する義憤と、北朝鮮のふつうの市民に対する筋違
いな怒りは峻別すべきと考えます。

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長くなってすみません。 長くて硬い文章を読んで下さって、ありがとうございました。

2006.7.5 水:緊急開催:国防・外交・内閣部会(北朝鮮の飛翔体について)

未明の北朝鮮の「飛翔体」事案により、党の国防・外交・内閣部会の合同会議が緊急
に招集されました。午後2時から党本部で行われた緊急会議に私も参加しました。

国会閉会中にも関わらず、かなりの人数の議員が集まっていました。経済制裁を
求める声が圧倒的で党内でも金融制裁のためのワーキンググループが活動を加速
させました(同グループは前から活動していました)。
今のところ政府の初動対応は、なかなかのものです。わが党の動きもなかなか早い
と感じます。
政府・与党一丸となって対応してまいります。

民主党は小沢代表はじめ主要メンバーが全員中国にいてうまく対応できないのでは
ないかと思い、ちょっと気の毒に思います。

2006.7.4 火:宏池会入りか?

先輩の根本匠代議士(党改革実行本部次長、党人事委員長)の政治資金パーティー
の司会(サブ)をやりました。

政治資金パーティーの司会は、同じ派閥の新人議員がやる習慣があります。
根本代議士は宏池会ですが、同じ派閥に新人議員が何人もいるにもかかわらず、
私を指名してくださいました。
根本代議士とは党の改革実行本部の仕事でご一緒させてもらっていて、その関係
でお呼びがかかりました。他の議員から「山内さん、宏池会なの?」といった質問を
直接受けることもありましたし、不思議そうな目で司会席の私を見る議員もいました。

もともと宏池会はややリベラルな保守派の集まりなので、私がそちらに近いと見られ
ても不思議ではありません。また、同じ日に開催された「アジア戦略研究会」という
旧宏池会中心の勉強会に出ていたこともあり、私が宏池会に入ったかのように思われ
ている可能性もあります。
しかし、宏池会からお誘いを受けたこともありませんし、無派閥新人議員の会の事務局
としては、少なくとも会が存在している限り、派閥に入ることはできません。
当面は派閥政治からの脱却の礎となるべく、がんばっていきたいと思います。

2006.7.3 月:脱サラ・政治生活 一周年記念日

そういえば昨日(7月2日)は、堅気のサラリーマンを辞めて、政治の世界に飛び
込んで1周年記念日でした。

2005年6月30日に自民党神奈川県連の候補者公募の内定をもらい、7月1日に
当時の勤め先のJICA(独立行政法人国際協力機構)を辞めました。
2005年7月上旬の段階では「郵政解散」なんて周囲の誰も想像もしていなくて、
自民党総裁選挙のある今年の秋ごろに衆議院が解散するのではないか、と言われ
ていました。それを前提に、1年半かけてじっくり地元を回り、それから選挙戦に臨む
予定でした。

しかし実際は、候補者内定から約1ヵ月後にはあの夏の解散、そしてさらに1ヶ月後に
総選挙となり、あっという間に気付いたら衆議院議員になっていました。

新宿でサラリーマンをしていた当時と比べると、ずいぶんと生活が変わりました。
間違いなく気苦労は増え、スケジュールはハードになりました。衆議院議員の事務所
というのは、零細企業みたいなもので、私は零細企業のオーナー社長みたいなもの
ではないかと思います。
人事の苦労、営業の苦労、資金繰りの苦労など、慣れない仕事に悪戦苦闘しています。
人数は少ないとはいえ、従業員の生活がかかっていることもあって、必死の思いで働い
ています。

1周年記念に際して、思いつくのは苦労ばかり・・・。
しかし、「にもかかわらず」がんばるのが、職業政治家です(確か、マックス・ウェーバー
が「職業としての政治」でそんなことを書いていたような気がします。)。

財政赤字、少子高齢化、外交問題、教育問題など、今の日本は心配だらけです。
このままではいけないと、強く強く思います。
だからこそ、困難な状況「にもかかわらず」、強い意思と高い専門性を持ち、職業
政治家として頑張っていきます。

2006.6.29 木:「無派閥新人議員の会」の事務局に。

今日の会合で「無派閥新人議員の会」という会の創設を正式に決め、会の規約や
今後の方針について話し合いました。
私はその会の幹事(兼)事務局に選ばれました(希望した訳ではありませんが・・・)。

小泉総理は「派閥をぶっ壊す」と宣言し、国民はそれを支持してきた訳ですから、
派閥政治の弊害を除くことを目指す、我われの会の存在意義は十分にあると思って
います。
私個人としては、これからは派閥に入らなくても政治活動が十分にでき、無派閥で
あることがデメリットにならないような体制を党本部主導でつくるべきだと思います。
これまでの派閥の機能としては、
  (1)自派の領袖を総裁に擁立すること
  (2)大臣や副大臣ポストの割振り
  (3)資金集めと配分
  (4)人材育成(後輩を指導)
といったものがあげられます。
すでに派閥の機能は相当弱っています。
(1)の「自派の領袖を総裁に擁立する」という機能も、昨今の各派閥の動きを見て
いると、相当劣化しています。ひとつの派閥から2人の総理候補がいるというのは、
昔だったら考えられないことでしょう。
(2)の「ポスト割振り」の機能を小泉総理が崩壊させました。
(3)の「資金集め」の機能に関しても、党本部からの政党助成金の比重が高まり、
機能低下して来ています。
(4)の「人材育成」の機能に関しては、まだまだ侮り難いものがあります。また、
人材育成に関しては派閥も存在意義があるのかもしれません。しかし、党の改革
実行本部は、党主導で新人議員の人材育成をやっていく方向へ進もうとしています。

これからは「無派閥の時代だ」といった楽観的な認識に立っているのではありま
せんが、無派閥でいることの積極的・前向きな意義を見出し、それを広くアピール
していく会にできればいいな、と思っています。

2006.6.27 火:おおらかなナショナリズム論

アジア戦略研究会という勉強会に出ました。
講師が谷垣財務大臣だったので、マスコミの注目度は高かったようです。
谷垣大臣の講演でおもしろいと思った表現は、「おおらかなナショナリズム」
という言葉です。自国の文化や歴史に対しておおらかな自信を持つ、おおらか
なで健全なナショナリズムこそが望ましいといったお話しでした。
私もまったく同感です。
自信があれば余裕が持てるが、1990年代に経済状態が悪くなりはじめてから
自信喪失状態に陥り、偏狭なナショナリズムに傾きがちである、といった趣旨。
日本の美しい国土と文化や歴史に自信を持ち、おおらかで健全なナショナリ
ズムと保守主義を育てていくことの重要性を強調されていました。
谷垣大臣っていい人だと思いました。

2006.6.26 日:山本一太さんブログ「失敗を恐れるな」

山本一太さんのブログでご紹介いただきました。
過分のお褒めのお言葉に感謝です。

  http://www.ichita.com/03report/data/1151210942.html

テレビの討論番組への出演には、正直言いますとまだ自信がありません。
自分の得意分野(政策評価、ODA、外交、NGO、臓器移植、シンクタンク等)
であればいくらでも対応できるのですが、その他の分野については的確な
受け答えをするに足る十分な情報の仕入れと咀嚼ができていないからです。

あと2年くらい時間があれば、たいていの分野について発言・対応できるだろう
とは思うのですが、今の段階ではまだ準備不足でしょうか・・。

それでも一太さんのご期待もありますし、もし私にご依頼があればお受けしようと
は思っています。

2006.6.25 土:政策論

日本評価学会春季第3回全国大会のセッションのひとつに指定討論者
(コメンテーター?)として参加して来ました。

セッションのタイトルは「エビデンス(証拠)に基づく政策立案の普及に向けて」
というもの。一言で強引にまとめると、「社会実験等により効果が実証されて
いる介入行為を、政府の政策として採用させることを目指す評価活動」のこと
です。
実際に成果が上がるかどうかわからない政策的介入を大規模に実施して
失敗するよりも、小規模な実験で成果を検証した後で、政府の政策として採用
すべきである、という至極まっとうな考え方です。
私も全面的に賛成です。

これまでの政策論議を不毛にしているのは、客観データに基づかない水掛け
論です。かつて学力低下が問題視され、「学力論争」が起こりましたが、論争
の結果わかったことは、学力が低下しているか否かを検証するためのデータ
が十分に存在しないと恐ろしい事実でした。
学力論争をするための十分な客観データがなかったという事実に愕然とします。

今日のセッションでは、客観的に検証可能なエビデンス(証拠)に基づく政策
立案を行うための方法論について、教育、刑事司法、医療、ODAの4つの分野
で議論がなされました。
一番の課題は、研究資金の問題です。
欧米では官庁が、この分野の調査研究のために助成しています。効果のない
無駄な政策的介入をなくし、費用対効果が高く有効な政策的介入だけを実施
していくためには、この「エビデンスに基づく政策立案」が重要です。
調査研究に経費をかけることで、無駄な政策をなくすことができるので、結果的に
経済的にも十二分に割に合います。
行政のシステムに「エビデンスに基づく政策立案」を予算化・法制化していける
よう、努力していきたいと思います。

今朝のTBSラジオ「大宅映子の辛口コラム」で私のことをご紹介いただきました。
これからは「公」イコール「官」ではなく、「公」をNPOと行政で一緒に担っていく
時代になる、といったお話しの文脈で、私の話しが出てきました。
最初大宅さんは、私が「つるんとした顔」で頼りないルックスなので、「杉村太蔵
さんと同じようなタイプの小泉チルドレン」だと思っていらっしゃったそうです。
しかし、私の話しを聞いてみると、フットワークが軽くて、理想を実現するために
積極的に行動していて、期待がもてる、といった趣旨のお褒めの言葉を頂きま
した。

辛口でなる大宅映子さんからお褒めの言葉をいただだけのですから、喜ばしい
ことです。 ルックス的に頼りないのは十分自覚していますが、やはりというか
ここでも指摘されてしまいました(笑)。

そういえば昨日のブログに書きましたが、見ず知らずのおじさんから突然「勉強
不足だ!」と怒られたのは、勉強してなさそうに見える頼りない外見のせいかも
しれません。しかしここで言わせて頂きますが、見た目は勉強していないように
見えるかもしれませんが、忙しいスケジュールの合間を縫ってけっこう本は読ん
でいる方だと思います(国会議員の平均よりは・・・)。

今日の政策評価学会のセッションのためだけに、政策評価の関連の論文を何本
も読み、そして総務省行政評価局の評価担当官や国会図書館の専門家から説
明を受けました。今日の評価学会でわずか10分間話すために、少なくとも10時
間以上勉強しました。
評価学会に参加するのも2度目ですし、これまでの蓄積も考えると、「政策評価」
という分野はについては国会議員の中で最も知識がある部類に入ると自負して
います。

さて、この「頼りないルックス」をどうするか。
いえ、ルックスは変えられませんので、行動力でイメージを変えていこうと思い
ます。しばらくはむしろこのギャップを利用してやるとしますか(笑)。

2006.6.23 金:残念な朝・・・

サッカー、負けてしまいましたね。
実は、私も社会人時代に東京都社会人4部リーグ20ブロック(だったと
思います)でプレーしていました。当時の勤務先のJICA(当時:国際協力
事業団)サッカー部のマネージャーのひとりとして主に事務作業に従事
しつつ、時々試合にも出ていました。
私の場合、プレーヤーとしての評価は芳しくなく、マネージャーとして主に
フィールド外で活躍していました。例えばサッカー連盟(協会だったか?)
との連絡調整、サッカー会場の予約、審判の手配、対戦相手チームとの
連絡、合宿の宿の予約、宴会の手配といったところでしょうか。
そんな私でもやっぱりサッカーは楽しくて、JICAサッカー部にはいまだに
愛着を感じます。
JICAサッカー部では途上国からの技術研修員チームと毎年国際交流戦を
やっていました。アフリカ系の研修員は身体能力が高かったり、ラテンアメリカ
系研修員はお腹が出ていてもボール裁きが絶妙だったり、とお国柄や地域柄
が出て楽しい交流戦でした。
と、思い出話はさておき、サッカー敗戦、実に残念です。

今朝はさらに不愉快なことが・・・。

朝から駅頭で演説して、立法府の改革について議論していたら、スーツ姿の
年上男性から突然、「イギリスの議会制度を知っているか?」と聞かれました。
”知っている”という言葉のレベルも色々でしょうから、とりあえず「どういうこと
でしょう?」と答えたところ、その方は次のような内容の話をひとしきり怒鳴って、
出勤して行かれました。

「お前たちみたいな勉強不足の自民党の国会議員が何も知らないくせに
偉そうなことを言うな。イギリスの議会は二院制ですばらしく、それを真似た
日本の二院制もすばらしい。だから立法府の改革なんて議論は無意味だ。
イギリスの議会のこともろくに知らないで、議会の改革なんて議論はやめろ。」

私も一応、ロンドン大学博士課程の留学経験がありますので、イギリスの議会
が二院制であることはもちろん、政治や行政については専門的なことも多少
勉強してきたつもりです。
その方も、そこまでのご意見を持たれるからにはおそらく背景事情や知識を
たくさんもたれているのでしょう。多少なりとも議論したかったのに、その方は
自分の言いたい事を怒鳴った後は、さっさと改札に向かって行きました。
すっかりやる気を失い、それで今朝の駅頭演説は止めにしてしまいました。
すみません。
(今朝の方、もしこのブログをご覧になっていらっしゃいましたら、是非メールを
下さい。ご意見聞かせて頂きます。)

今朝は午前8:30時点ですでに残念な事件が2件も起こりました。
これから一日どうなるんだろう・・・。

2006.6.22 木:ODA削減にストップ!

今朝の新聞報道でも伝えられていましたが、自民党の歳出削減プロジェクト
チームは、当初方針を改め、ODAの年4%削減の方針を撤回しました。
先日開催された党の外交部会での議論が影響しているものと思います。

外交部会では、出席者の大半がG8サミット等の国際約束を果たすためにも、
ODAの削減には反対であるといった趣旨の発言をしていました。先日この
ブログでご紹介したとおり、私も党外交部会においてODAの年4%削減に
反対する発言をしました。
先日の外交部会のODAに関する議論では、地元の利益や業者からの圧力
で発言している議員はひとりもいなかったと思います。 ODA擁護論をぶっても、
地元の票にもならないし、途上国政府から政治献金をもらえるわけでもあり
ません。発言した議員すべてが、国益の擁護、外交上の配慮、世界平和への
貢献といった観点からコメントしていました。

ODAについての議論は、いつも純粋に国益や外交といった観点に立った
政策論になるので、参加していてさわやかな気持ちになれる会合でした。
やっぱり国政の議論はこうでなくてはいけない、と思いました。

また、わが党の先輩議員諸氏には、尊敬できる人も多いということを再確認
できました(尊敬できない人もいますが・・・)。

2006.6.21水 :ラジオ番組のネタになるかも?

先日、私の講演会に有名な評論家が来て下さったという話を書きましたが、
その後日談です。その評論家のお名前は大宅映子さんです。

 *先日のブログより引用
 「外国人記者クラブという場所で小さな会合で1時間ほど講演させて
 もらいました。聞けば誰でも知ってるような評論家が、私のような小者
 の「小泉チルドレン」の話しを聞きに来てくださったのが不思議で
 なりません。」

先週土曜日の早朝たまたまTBSラジオの「大宅映子の辛口コラム」という
番組を聴いていた支持者の方から聞いたのですが、6月24日(土)の同番組
で大宅さんが私のことをコメントすると予告されていたそうです。
番組タイトルが「辛口コラム」なだけに、もしかするとコテンパンに批判されるの
かもしれません。
しかし、多くの「小泉チルドレン」の中から、わざわざ私のことを取り上げて
いただける点は感謝しなくてはいけません。 いずれにしても、今週土曜日の
早朝たまたま早起きしていらっしゃったら、TBSラジオを聴いてみてください。

(1)番組名:大宅映子の辛口コラム
(2)日時: 6月24日(土)07:35~08:00

*もちろん生放送番組のため、内容の変更によっては私のネタなど
吹っ飛ぶこともあるでしょう。そのときはご容赦ください。

2006.20. 火 :パーティーの初司会

自民党の先輩議員、河野太郎議員(衆議院/法務副大臣)の政治資金
パーティーの司会をつとめさせて頂きました。

総裁選出馬表明をしている河野議員だけにマスコミもけっこう入っていました。
司会の私は、緊張のあまり、「男女共同参画大臣の猪口邦子です。」と大臣を
呼び捨てにしてしまいました(サラリーマンの癖でしょうか)。
続いて、杉浦法務大臣がクールビズ(沖縄風)でいらっしゃったのですが、大臣
だと気付かずに無視してしまいました。 河野議員の地元の後援会の方だと
思っていたら、大臣だったのでびっくりでした。
さらに、思いがけず、中締めのあいさつをさせられました。 中締めの挨拶は、
普通もっと偉い人がやるものですが、なぜか私のような新人に役が回ってきて、
たまげました。
大きな失敗もしましたし相当緊張していましたが、ジョークも”ややウケ”で、
とりあえず役目は果たせたでしょうか。
かなり体力と気力を消耗して、へとへとです。

2006.6.20 火: 朝日新聞にコメントが・・・。

今朝の朝日新聞に私のコメントが載ってしまいました・・・。
記者さんから「総裁選にあたっては小泉総理の支持を重視しま
すか?」と聞かれたので、小泉チルドレンという立場を意識して、
冗談で「子どもじゃないから自分で決めますよ。な~んてねっ。」と
いった感じで軽く答えたように記憶しています。
そしたら政治面のサブの見出しの部分で「当選10ヶ月『子ども
じゃない』」といった形でコメントが使われていました。
本文中の記事では「山内康一氏は『自分で決める。子どもじゃ
ない。』と言い切る。」と書かれていました。
あたかも毅然とした態度で言い切ったように書かれていますが、
実際は冗談めかして言っただけだったような気がします。
けっこう気恥ずかしいものです・・・。

2006.6.19 月: 族議員化・・・。

明日(6月20日)の自民党歳出削減プロジェクトチームの会合
でODA削減が議題に上がっています。私はODA削減反対の立場
から発言しようと思っています。
しかし、ここで歳出削減の流れに反対することについてはかなり
葛藤があります。正直言って、「これじゃあ、俺は外務省の族議員
じゃないか・・・。」と思わないこともありません。
私の今の気持ちに一番近いのは、山本一太さんのブログです。
一太さんは「ハムレットの心境」と言っていますが、本当にそんな
心境です。
私は構造改革を支持し、歳出削減についても大賛成です。私が
いつも批判している総論賛成・各論反対かもしれませんが、しかし、
以下の理由により、ODA削減には反対します。

1)昨年のサミットでもODAを増やすことを約束しており、その方針
を反故にすることは、国際的な信用問題になってしまいます。

2)この9年間でODAは35%削減されており、9年前のわずか65%
の規模でしかありません。同じ期間に公共事業費は16%の減少、
防衛費は3%の減少でしかありません。
選挙区事情から公共事業費削減に反対する議員は多いのですが、
選挙区事情からODA削減に反対する議員は皆無でしょう。そのため
ODA削減に抵抗する議員はあまり多くありません。
しかし、長期的な国益を考えるなら、ODAをこれ以上削減すべきでは
ありません。
ODAを増やせとは言いませんが、これ以上の大幅なODAカットは日本
の将来を危うくします。

3)これ以上削減すれば、英仏独に抜かれて世界第5位の援助国
になってしまいます。世界第2の経済大国としては恥ずかしいことです。

応援してくださっている皆様、神奈川9区の有権者の皆様のご理解を
よろしくお願いいたします。
*一太さんブログ:
http://www.ichita.com/03report/data/1150716761.html

2006.6.18 日: 改革を止めろ!という動き

今朝の朝日新聞一面トップは「小泉改革『修正を』9割」というものでした。
自民党の都道府県連幹部への取材によれば、小泉改革の流れを修正
すべき、という意見が多いそうです。来年の統一地方選と参院選に向けて、
地方交付金や公共事業の削減の流れを止めるべきと考えている地方
組織の幹部が多いとの報道。

我が党の先輩方は、一体何を考えているのでしょうか?
国民の小泉改革への期待をどう考えているのでしょうか?
改革の遅れに対する批判、あるいは、族議員や官僚機構の抵抗による
改革の骨抜きに対する批判は、一部正しい面もあると思います。
しかしながら改革が不徹底な状態のまま、選挙対策のために、改革を
後戻りさせようという動きには大反対です。
そんなことをすれば、選挙対策としても自殺行為です。

例えば、格差の拡大はすべて小泉政権のせいといった論調がありますが、
IT化やグローバル化の中である程度の格差拡大は世界共通の現象です。
もし改革を進めていなければ、さらに経済は悪化し、失業が増えてもっと
格差が広がっていたかもしれません。
もちろん格差の拡大は望ましくありませんので、再チャレンジできる仕組み
を用意する等の何らかの手を打つ必要はあります。しかし、格差が拡大した
からといって、改革の時計の針を元に戻そうとすれば、改革以前から存在
している問題を悪化させるだけです。

また、例えば耐震偽装の問題についても、建築確認の検査業務の民営化
という規制緩和の弊害が出たため、再び官僚機構に検査業務を戻すべき
といった議論がまかり通っています。
しかし、本来検討すべきは、検査業務を官に戻すよりも、どうすれば民間
でうまくできるかを考えて、もう一度ルールを作り直すことではないでしょうか。
どんな改革でも最初から完璧な制度は作れません。
痛みを伴う試行錯誤を繰り返しながら、時代のニーズにあった効率的な
仕組みを構築していけるのではないでしょうか。完璧なものを求めすぎる
のは、我われ日本人と官僚機構の最大の欠点かもしれません。

これまで「行政の無謬性神話」のために、過去の誤りから教訓を学び、方向
転換を柔軟に進めることができませんでした。そろそろ「行政の無謬性神話」
から卒業し、試行錯誤の中からより良いものを築いていくというプラグマティ
ックな仕組みを整備していく時期に来ていると思います。

わが党の先輩方、今こそ「改革を止めるな!」というスローガンを思い出し
ましょう。

2006.6.15 木: 講師よりも聴衆の方が大物の講演会

外国人記者クラブという場所で小さな会合で1時間ほど講演させてもらいました。
某国大使や大使夫人、一流企業の元役員、大物評論家、大学教授等、各界の
一流の人がたくさん来る会でした。 聞けば誰でも知ってるような評論家が、私の
ような小者の「小泉チルドレン」の話しを聞きに来てくださったのが不思議でなり
ません。
これまでの人生(ICU⇒フィリピン留学⇒JICA⇒NGO⇒イギリス留学⇒JICA
復帰⇒総選挙⇒今に至る)についてお話ししたところ、自民党の現職国会議員
とは思えないキャリアがけっこう受けたらしく、評判はまずまずでした(社交辞令
も含む)。講師よりも聴衆の方が大物という珍しい講演会でした。

2006.6.14 水: インドネシア同窓会

外務省で国際NGOに関する小さな会議に出ました。私がインドネシアに
居たときに初めてお会いしたメンバーがたくさんいて懐かしかったです。

私が、しがないNGOスタッフとしてインドネシアにいた時、当時の在インド
ネシア日本大使館のT公使(「公使」というのは非常に高位の外交官です)は、
当時27歳だった僕にすごく親切にしてくれました。 そのTさんの今のポスト
は外務省総合政策局審議官といって、さらに高い地位についていらっしゃい
ます。 NGOの若い兄ちゃん(=私)にやさしくしてくれたそのTさんと今日の
会議で再会しました。
また、会議の主催者である塩崎外務副大臣(衆議院議員)と初めて会った
のも約5年前のインドネシアでした。 スラム街のNGOの子ども支援プロジェ
クトを見たいという奇特な自民党の国会議員さん(=塩崎さん)がいたので、
現地ツアーコンダクターとしてご案内したのが当時NGOスタッフだった私です。
さらに今日の会議来ていたユニセフ東京事務所長さんとも一緒にインドネシア
でお仕事をさせていただいたことがありました。 所長とは国会議員になった
後に知り合いましたが、私がユニセフ議連のメンバーとしてスマトラ島津波被
災地を案内していただきました。
インドネシア時代を思い出し、ひとりでじ~んとしてました。

その後、私が司会進行を務めさせていただき、臓器移植法改正に関する
勉強会を開催しました。厚生労働委員会等と時間が重なってしまい、国会
議員の出席者は少なかったのですが、勉強会の中身はたいへん良いもの
になったと思います。
会では臓器移植のレシピエント(患者)さんやその後家族、臓器提供者
(ドナー)のご家族のお話しをうかがいました。アメリカで心臓移植を受けた
レシピエントの6歳の女の子は、約4年前に心臓移植を受けて、今は元気
に小学校に通っています。今日の1時間半の会議中ずっとおとなしく座って
いましたが、笑顔のかわいい女の子でした。学校は楽しいけれど、給食が
苦手だと、はにかみながら言っていました。この子は心臓移植していなけ
れば、今ごろは生きていないはずです。彼女のお母さんのお話を聞いて
いると、一日も早く日本国内で子どもの臓器移植ができるように法改正を
しなくてはいけないとつくづく思いました。

2006.6.11 日:雨の日曜日

早朝、麻生区の少年野球大会の開会式に出席。
その後、多摩区の剣道大会の開会式に出席。
後援会の方に用事があって何軒かのお宅を訪問しました。
けっこう雨が降っていました。たまたま今日履いていた靴の片方に穴が
空いていて、穴から水が入ってきて、靴下がぐちゃぐちゃになりました。
お邪魔したお宅の何件かで「上がってお茶でも飲んでかないか?」と
言われました。が、靴下がびしょびしょに濡れていて、床を汚してしまい
そうだったし、恥ずかしかったしで、お申し出をお断りしてしまいました。
靴くらいまともなものを買わないと業務上の不都合が生じることがわかり、
さっそく靴を買いに行くことにしました。

2006.6.9 金:中国向け円借款の再開

朝の外交部会の最大の懸案は、今年3月から保留になっている中国向け
円借款の再開の是非についてでした。
8時直前に会議室に入っていくと、ふだんは外交部会で見かけない人が大勢
いました。外務省からの対中円借款の説明が終わって質疑が始まると、
ふだん見かけない議員が一斉に手を上げ、中国向け円借款に反対の声を
あげました。
最初の発言者5~6名は概ね対中国円借款に反対でしたが、私は恐る恐る
円借款再開に賛成の意見を述べました。
私も基本的に経済発展著しい中国に対してODAを供与する必要はないと
思っておりますが、それでも2008年までは円借款を継続するという国際約束
が存在する以上、2008年まではきちんと約束を果たしていくことが必要だと
思います。
今朝の部会の議題になっている円借款プロジェクトは、環境案件(水質汚染
防止、大気汚染防止)と人材育成(大学への協力)であり、軍事転用の可能性
が低く、日本にとっても有益(特に大気汚染防止)な案件ばかりです。これらは
2008年終了の円借款の有終の美を飾るにふさわしい案件と言えるでしょう。
個人的には対中援助は不要と思いますが、同時に国際約束は守らなくては
いけないと思います。外交における一貫性と誠実さを保つため、対中円借款
再開は必要な措置だと思います。

ところでクールビズが解禁になり、私も上着なし、ネクタイなしで国会内をウロ
ウロすることが多くなりました。先日、上着なし(=議員バッチなし)、ネクタイ
なしで議員専用エレベーターに飛び乗ったら、某党のベテラン議員に恐ろしい
顔でにらみつけられました。部外者だと思われたようです。
議員バッチなしだと、私は国会議員には決して見えないようです。政治家として
のオーラがないとよく言われますが、それが私の良さだと自分に言い聞かせて
います。
蛇足ですが、国会議員会館には、一般用、議員専用、荷物搬入用の3種類の
エレベーターが存在します。私が使う頻度で言えば、一般用4割、議員専用4割、
荷物用2割くらいでしょうか。事務所に一番近いのは荷物用エレベーターなので
私はけっこう活用していますが、荷物用エレベーター内で他の議員と会ったこと
がありません。怖い顔でにらみつけられたこともありません。
これからクールビズのときは、なるべく荷物用エレベーターを使おうと思います。

2006.6.7 水:

外務委員会に出席。
共産党の笠井代議士が、「広島・長崎の原爆展示を世界中で開催していくことが
世界平和のために重要ではないか」、といった質問をされました。
それに対して塩崎外務副大臣は、「自分も小学校時代に広島の原爆資料館に
行き、原爆の悲惨さを知り、それが政治家を目指した原点になった」といった
趣旨の答弁をされました。
塩崎副大臣がNGO支援や平和構築、紛争予防に熱心な理由がよくわかり、
あらためて副大臣を尊敬し直しました。
外務省も海外での原爆展に支援をし、また、国際的な核軍縮、核の拡散防止に
取り組んでいます。核軍縮・核拡散防止については、共産党と政府与党が概ね
同じような考え方をもっています。もっともアプローチについては随分と隔たりが
あり残念ですが。

午後は私が事務局長を務める外交勉強会を開催しました。
今国会中では最後になる勉強会で在日米軍の再編と日米安保について外務省
の担当課長から説明を受け、その後、質疑応答となりました。
安全保障の問題は、総論賛成、各論反対になりがちです。「日米安保の重要性
はわかるが、地元に米軍基地があるのは困る」というのも自然な感情でしょう。
如何に基地のある地域の住民の皆さんに理解を求め、そして、なるべく負担を
軽減するか、それが大きな課題です。

2006.6.6 火:河野洋平議長とのお食事

かつて私自身が創設に関わった「ジャパン・プラットフォーム」という国際協力
NGOの事務局長がお見えになりました。ジャパン・プラットフォームの組織改革
の方向性、最近の活動(特にインドネシアの緊急人道援助)について説明を
受けました。
ジャパン・プラットフォームは設立以来の6年の間に、予算で言えば50億円以上
の緊急人道援助活動を行ってきました。アフガニスタン、イラク、インド、パキス
タン、スーダン等の世界中の紛争地や自然災害の被災地で人道支援を行って
きました。組織が大きくなり、さまざまな改革が必要な時期に差しかかっている
ようです。
私もゼロからの立ち上げのときにジャパン・プラットフォームに関わっていたので、
今でも特別な思い入れがあります。私は今、ジャパン・プラットフォームはじめ
国際協力NGOが世界の現場で活動しやすい環境を整備すること、具体的には、
NPO優遇税制の拡充、ODA資金による助成の拡大等のため、国政の場で
がんばっています。

夜は神奈川県選出の新人議員全員で河野洋平衆議院議長との会食に行き
ました。けっこう緊張しました。息子さんの河野太郎議員とはつい先日横浜の
デパートでベトナム料理を食べたばかりですが、お父様と親しくお話させて頂く
のは初めてだったので、何を話して良いのかわからず、ひたすらお話しを聴い
ていました。
河野議長の若い頃、新人議員の頃のお話をうかがっていると、やっぱり太郎
議員のお父様だなと妙に納得しました。洋平議長は55年体制真っ盛りの頃に
自民党を割って出て、新自由クラブを設立されました。
当時の一般的な感覚としては無謀だったと思います。今の河野太郎議員の
総裁選出馬宣言も永田町の常識から言うと相当無謀です。やっぱり親子は
どこか似るものだと感心しました。

ちなみに、河野洋平議長は生体肝移植のレシピエント(受け手側)です。
生体肝移植を受けていなければ今頃生きていらっしゃらないはずですが、移植
医療の進歩のおかげで(それからドナーとなった息子さんの決断のおかげで)、
今も元気に衆議院議長としてたいへんな重責を担っていらっしゃいます。
けっこうボリュームのあるイタリア料理をぺろりと平らげ、最後のデザートまで
全部召し上がられていました。
河野洋平議長のように尊敬できる政治家が、移植医療のおかげで今もご健在
で働いていらっしゃることをうれしく思います。

2006.6.4 日:拉致問題に関する全国一斉街頭行動

朝は住んでいる町会の一員として多摩川美化運動に参加し、多摩川河川敷の
ごみ拾い。
その後、横浜に向かって自民党青年局の「全国一斉街頭行動」というキャン
ペーンに参加しました。

横浜駅西口で自民党神奈川県連の青年局と学生部所属の議員(衆参、県議)
や学生と一緒に北朝鮮による拉致問題について街頭演説会を開催しました。
外交というのは常に内政の延長です。日本の国民の拉致問題に対する関心が
高ければ高いほど、北朝鮮政府にとってはプレッシャーとなります。
最近国会に議員立法で提出された北朝鮮人権侵害問題対処法案でも、拉致
問題の啓発キャンペーンを行っていくことをうたっています。(蛇足ながら、私も
議員立法の賛成者に名を連ねさせていただきました。)
北朝鮮に拉致された日本国民のことを日本の政府も世論も忘れていないという
メッセージ、決して見捨てないというメッセージを北朝鮮に送り続けることが大切
です。

2006.6.1 木:環境と経済と社会

午前中2時間半の衆議院青少年特別委員会、午後3時間半の衆議院本会議と
会議の多い一日でした。一番興味深かったのは、朝一番の自民党環境調査会
でした。
国連大学の安井至副学長のプレゼンテーションを聞きましたが、大学のクラス
みたいな雰囲気で非常に興味深く大変勉強になりました。 化石燃料が将来的に
確実に枯渇するという前提に立って、これからのエネルギー政策、環境政策を
考えていくことが大切だと再認識しました。
また、地球温暖化を防ぐために温暖化ガス発生削減に最大限の努力を行って
いく必要があります。

昨年の党税制調査会で提案され、却下されてしまった環境税がやはり必要だと
思います。ただし、昨年の環境税の案では増税になってしまうため、環境税の
増税分を法人税の減税、企業の社会保障負担軽減、環境保全技術の導入に
関する税制優遇等にあてていくことが望ましいと思います。
例えば、ヨーロッパでは、環境税を導入しても税収中立とし、環境税増収分を
企業の社会保障負担の軽減にあてることで、雇用の増加に役立てるという政策
が採られました。
環境や雇用増加にやさしく、エネルギー効率の悪い産業には厳しい、といった
税制を創設することが望ましいと考えます。

2006.5.31 水:「格差拡大は小泉改革のせい」か?

恐ろしく長い名称の会の会合に出ました。タイトルは「小泉政権の聖域なき
構造改革の断行を支援する若手議員の会」です。
講師は竹中平蔵大臣で小泉改革のこれまでの歩み等についてのお話しでした。
最近「格差社会を生んだのは小泉改革だ。」といったマスコミや野党の批判が
多いのですが、格差の拡大は先進国共通の現象といっても間違いではない
でしょう。
IT化、ポスト工業社会化、グローバリゼーションなど等、さまざまな要因で、世界
各地で格差の拡大が観察されています。たとえ総理大臣が小泉さんでなくても、
格差の拡大は進んでいたであろうことは容易に想像ができます。
むしろ構造改革が進まず、企業の倒産件数が増えていれば、失業者が増えて
ますます格差は拡大していたかもしれません。失業は収入ゼロですから、格差
拡大の一番の要因となります。

これからの課題は、格差を固定化させないこと、失業したり破産したりしても再
チャレンジできるような職業訓練や就労支援を拡充することだと思います。
セーフティーネットをきちんと構築し、すべての国民に最低限の生活を保障し、
再チャレンジのチャンスを確保しつつ、公正な市場競争がなされる条件を整備
することが政府の役割です。
小さくても効率的な政府、公正な市場競争、大きな市民社会、これが日本の
目指すべき方向性だと思います。

2006.5.30 火:

本日の動きは以下でした。

7:00~8:30   地元で駅頭演説
9:40~10:10  国会対策委員会
10:30~11:45 総務委員会(代理出席)
13:00~15:00 安全保障委員会
15:00~16:00 新人議員外交勉強会
16:50~17:10 塩崎外務副大臣打ち合わせ
18:30~20:30 田中和徳代議士と都市再生を語る会

今日は委員会が多く、かつ、自分が事務局長をやっている外交勉強会もあり、
忙しい一日でした。
外交勉強会では、在日米軍再編に関するアメリカ側の意見を聴くため、在日
アメリカ大使館の安全保障担当部長ケビン・K・メア氏に来ていただきました。
米国大使館の希望により、1時間のうち30分はメア氏のプレゼンテーション、
その後、質疑応答というスタイルになりました。
ふだんの外交勉強会は外務省担当官の一方通行の講義形式なのですが、
米国大使館は対話形式の勉強会を望みました。こんなところにもお国柄が
表れています。
日本の外務省は、決まったテーマで事前に詳細を詰めた内容について一方
通行的な講義をやって、その後、若干の質疑応答の時間をとるというスタイル
を好みます。
米国大使館はとりあえず最低限の基礎的知識をインプットした後は、自由な
討論をしたいと申し出て来ました。米国大使館の担当部長からは、どんな
質問が出て来ても逃げずに答えようという意気込みが感じられ、たいへん
好印象です。米国大使館は一方通行を避け、双方向の自由な対話を望んで
います。米国大使館の姿勢には見習わなくてはいけないと思いました。

アメリカ外交も時にはミスを犯すし、完璧でもありませんが、外交に手間と
お金を相当かけているのはよくわかりました。米国大使館の国会議員に
対する働きかけの熱心さにも感心します。
日本の外務省も海外で同じような熱心さで外交活動に励んでいるのか
疑問です。まだまだアメリカから学ぶことはたくさんあります。

夕方は塩崎外務副大臣と党の国際的NGO小委員会の運営について
打ち合わせ。外務省の裏口に自転車で乗りつけたところ、警備員さんから
「正門に回って下さい」と注意されました。随分遠回りして正門に回ることに
なり、時間と労力のロスでした。外務省はクルマにはやさしく、自転車には
厳しい役所です。
霞ヶ関界隈をもっと自転車にやさしい街にしてほしいものです。
地球のこと、ガソリン代のこと、運転手役の秘書の人件費のこと、いろいろ
考えたら、やっぱり自転車が一番。

2006.5.29 月:

インドネシアのジャワ島の大地震では死者が数千人にのぼっているようです。
インドネシアにNGOスタッフとして駐在していた私にとっては、他人事では
ありません。
被災地近くのジョグジャカルタは仕事で何度も訪れたことがあり、インドネシア人
の友人もいます。ジョグジャカルタにはムラピ火山という火山があり、もともと
日本政府(JICA)は長年にわたって火山砂防に関する技術協力(防災担当官
の人材育成)や砂防ダム建設に取り組んできました。
4年ほど前に私自身もジョグジャカルタ郊外の大学の工学部が実施する低コスト
耐震住宅建設技術の普及プロジェクトに協力したことがあります。ジャワ島西部
ではブロックやレンガ造りの家が多いのですが、きちんと鉄筋を使っていない
建物も多く、地震の被害を受けやすい構造になっています。
私が関わっていた低コスト耐震住宅建設技術普及プロジェクトでは、一部の資金
を在インドネシア日本大使館の草の根無償資金協力に頼り、大学の研究室と
協力して、低コスト耐震技術の普及活動(セミナー開催等)を行うものでした。
残念ながら資金不足でかなり小規模で限定的なプロジェクトになりましたが、
着眼点はかなり良かったと今になって思います。
当時もう少し資金があって、もっと本格的な普及プロジェクトを実施できていれば、
今回の地震被害の軽減に役に立っていたのではないかと残念でなりません。

2006.5.26 金:

7時から8時半まで駅頭演説。
9時半から12時半まで外務委員会。
外務委員会では条約2件の審議。回遊魚の魚類資源の管理に関する条約、
海洋汚染の防止に関する条約についての審議ですが、専門的でわかりにくい
ところが多く、着いていくのが大変です(実を言うと、着いていけない部分も多い
です)。
その後、会館事務所にて国際的NGO小委員会等について打ち合わせ、書類
作成、先輩議員等への根回し。

2006.5.25 木:

朝一は「新世代アジア連携フォーラム」という新人議員の勉強会に参加しました。
総裁選挙とは無関係の勉強会ですが、相変わらず反安倍グループではないか
という疑いをかけられており、会議室の前にはマスコミ関係者が集まっていました。

今日の講師は財務省国際局長で、通貨政策、債券市場等、金融面の状況の
説明がありました。やはり経済面では中国・韓国との関係は良好なようで、
財務省と中国・韓国との強固なパイプの存在を強く認識しました。

その後、国会対策委員会にて提出法案の説明2件(がん対策基本法、海外の
文化遺産保護に関する法律)。代議士会、衆議院本会議。

夕方にかけて、地元の食品衛生協会の会合、横浜の会合2件に出席。
6月24日に開催される「日本評価学会」という学会のあるセッションに指定
討論者として参加することになりました。
私の討論相手(別に対決する訳ではありませんが・・・)は、元総務省行政評価
局長の塚本早大教授です。塚本教授が行政府を代表して討論し、私が立法府
を代表して討論することになります。
私のような無名の新人議員が、立法府を代表していいものか若干疑問もあり
ますが、行政評価・政策評価と言ったマニアックな学問をやっていた国会議員は
少ないのかもしれません。
私の担当するセッションは「エビデンス(証拠)に基づく政策立案の定着に向けて」
というものですが、タイトルからしてマニアックです。
このマニアにしかわからない専門用語を、いつの日か当たり前の新聞用語にして
いきたいと思っています。
学会参加の準備で読まなくてはいけない資料が大量にあって、ちょっと憂鬱です・・・。

2006.5.24 水:

外務省の中堅職員と与党の若手議員による外交勉強会に参加。
今回で4回目になりますが、今日のテーマは北朝鮮の拉致問題でした。
拉致問題だけでなく、北朝鮮の経済状況、韓国の政情とのからみ等、興味
深い勉強会でした。

その後臓器移植法案改正に関する勉強会を開催しました。
事務局の私が司会を務め、
 ・中山太郎先生のご挨拶
 ・大村秀章先生(自民党厚生労働部会長)の状況報告
 ・長谷川先生(東邦大学)、福島先生(大阪大学)、
  田中先生(国士舘大学)等の講演
 ・河野太郎先生(法務副大臣)の法案説明
などの内容でした。
残念ながら、同じ時間帯に衆議院の厚生労働委員会等の複数の委員会が
開催されていたこともあり、参加者はあまり多くありませんでした。
しかし、講演の内容はたいへんわかりやすく、専門外の人が基礎的な知識
を得るには最適の勉強会になったと思います。

夜は自民党青年局の千葉7区補欠選挙のお疲れ様会でした。
当選1~3回の若手議員中心の懇親会で、話題の中心は総裁選挙でした。
私のように無派閥の議員の大半は、総裁選挙が密室で決まるドロドロした
政局にならないこと、そして、政策論争中心の開かれた透明度の高い総裁
選挙になることを強く希望していることがわかりました。
自民党は変わった、ということを国民の皆さんに強くアピールするためにも、
総裁選挙は公正で開かれた政策論争中心に戦ってほしいと思います。
そのために何らかの手を打てないか、しっかり考えていきたいと思います。

2006.5.23 火:

国際交流基金に新設された日中交流センターの開所式に出席。
加藤紘一先生にお会いしたので、先日の国際的NGO小委員会にご出席
頂いたお礼を申し上げた。
その日の小委員会では講師の大学教授が急遽事故で出席できなくなり、
私が即席で代打講師をやりました。そのときの講演の内容について、「なか
なか良い講演だったじゃないか。○○教授の説明よりわかりやすかったかも。」
といった好意的なコメントをいただきました。
お世辞とわかっていても、加藤紘一先生からおほめの言葉をいただき、
舞い上がってしまいました。

その後、新人議員数名と韓国のマスコミ関係者の懇談会に参加。
韓国マスコミ各社の東京駐在員と、日本のマスコミ関係者でソウル駐在員
経験者が参加し、わきあいあいと懇談しました。
懇談内容はオフレコという決まりなので書けませんが、みんな本音の政治
トークでなかなかおもしろかったです。

2006.5.18 木:

朝一番は私が事務局長を務める自民党の「国際的NGO小委員会」の会合
でした。

今日は「政府とNGOとのパートナーシップ」というタイトルで某大学の教授に
ご講演いただき、その後、国会議員とNGO関係者で意見交換をする「はず」
でした。
が、開始時刻になっても講師の先生がお見えになりません。先生の携帯電話
にお電話したところ奥様が出られて、今朝、先生がお怪我をされ、救急車で
病院に運ばれたとのこと。開始時刻になって急遽、私が教授の代わりに講演
させていただくことになりました。

ほんの20分ほどですが、先生にご用意いただいたレジメに沿って、「政府と
NGOとのパートナーシップ」について話しました。何の準備も無く、先生の
レジメの内容を「たぶんこんな感じだろうな」という程度に推測しながら、無理
やり講演させていただきました。
加藤紘一先生、塩崎恭久外務副大臣はじめ、先輩議員の皆さんが多数
おいでになったのに、私のような1年生議員がひとりでしゃべってしまい、大変
申し訳なかったです。
しかしながら、思わぬトラブルのおかげで、他の議員の先生方の前で私の
個人的な思いのたけをぶちまけることができました。ちょうど外務省経済協力局
審議官やNGO担当大使、民間援助支援室の室長等、外務省の関係者が一堂
に会していたので、日ごろから外務省に対して言いたかったことも、言わせて
いただきました。
言いたいことを好きなだけ言わせて頂いて、ちょっと気持ち良かったです。

その後は、
 ・臓器移植法の改正に係る勉強会の事前打ち合わせ
 ・代議士会
 ・衆議院本会議
 ・無派閥新人サロン(=無派閥の新人議員の勉強会)
 ・大学の同窓会の勉強会での講演
といった日程でした。

2006.5.16 火:総裁選についての雑感

朝は駅頭演説。
9:40より国会対策委員会の法案説明。
12:45より自民党代議士会。
13:00より2時間ほど本会議(教育基本法等)。
16:30より日本医師会の役員就任パーティー。
17:30より新政治研究会にて柳沢自民党税調会長をお招きして税制勉強会。
合間を縫って臓器移植法案の根回し、国際NGO小委員会の根回し。
今日も盛りだくさんの一日でした。

ところで数日前に新聞・テレビで報道されていましたが、神奈川県選出の
衆議院議員・河野太郎さんが総裁選出馬宣言を行いました。永田町では
変人扱い、ドンキホーテ扱いを受けています。
しかし、河野太郎さんの主張は正論が多いと思います。むしろ永田町の
ロジックの方がおかしい部分が多いと感じます。
あるテレビ番組でスポーツキャスター(=政治の専門家ではない人)が、
「河野太郎さんは政策を掲げて総裁選出馬を宣言した。それに対して、
その他のポスト小泉候補は何ら明確な政策的主張もなく、水面下で動いて
いるだけだ。河野太郎さんのやり方が正しいのではないか。」といった趣旨
のコメントをしていました。
永田町のロジックにどっぷり浸かった人から見ると、河野太郎さんは変人
に見えるのかもしれませんが、一般市民の感覚で見ると意外と受け入れ
やすいのではないでしょうか。

ただ残念なことに、どこの新聞も「河野太郎氏が総裁選出馬宣言。
推薦人20名の確保は微妙。」といった記事しか出してくれません。
せっかくの河野太郎氏の主張・政策がきちんと紹介されず、単にドンキ
ホーテぶりだけが報道されているように感じます。
総裁選挙に出馬するためには20名の推薦人が必要となります。私自身
が河野太郎さんの推薦人になるかどうかは今の時点ではわかりませんが、
オープンでわかりやすい政策論争を挑んでいる若手改革派の河野太郎
さんのチャレンジを陰ながら応援したいと思います。

なお、私が総裁選挙で投票したいと思う候補者の条件は、
1.小泉改革路線をきちんと継承し、さらに発展させられる人。
  時計の針を逆戻りさせない人。
2.官僚機構や業界団体、族議員の言いなりにならない人。
3.格差拡大への安易な解決策として、社会主義的な政策、
  ばら撒き政策を打ち出さない人。
といったところです。
ちなみに格差の拡大それ自体は問題だと思いますが、グローバリゼーション
が進む現代社会においては、終身雇用制や年功序列の復活は、格差社会
への解決策にはなり得ません。ばら撒きでは財政赤字を増やし、結局景気を
悪化させてさらに失業者を増やしてしまいます。
むしろ失業者やニート、起業して破産してしまった元経営者等が、再チャレ
ンジできる社会を創っていくこと、格差が固定化しない制度をつくっていく
ことこそが大切です。

さきほどの基準に照らすと、河野太郎さんのポイントは高いです。
俗に「ポスト小泉」と呼ばれるの4人の中では、安倍官房長官のポイントが
高いように感じます(今のところ)。「ポスト小泉」の4人の皆さんには、
なるべく早く政権構想・ビジョンをわかりやすく説明していただきたいものです。

国政選挙はマニフェスト選挙になって、政策論争で選挙戦が戦われるように
なってきました。わが党の総裁選挙もマニフェスト選挙的な政策論争による
選挙戦にしていくことが大切だと思います。

2006.5.10 火:外交と政争?

長らくブログをお休みして、すみませんでした。
連休明けでブログを再開させていただきます。

新人議員でアジア外交の勉強会をやろうということになり、「新世代アジア研究
フォーラム」という会をつくり、私も12名のメンバーの一員になりました。
さっそくマスコミでは、「総裁選にからめた動きか」といった取り上げ方がなされ、
一部では反安倍・親福田の会合という見方をされています。
実際のところ、20~30年といった長い時間軸でアジア外交を考えていこうと
いうのが会の趣旨です。

会長の平将明さんはビジネスマン出身、事務局長の木原誠二さんは財務省
出身ということで、アジア外交を現実的(=経済的?)な視点に立って考えて
いこうというグループです。
私もフィリピンの大学に留学した経験や、仕事でインドネシアやアフガニスタン
に駐在していた経験をいかし、アジア地域で日本の味方を増やすため、アジア
の平和と安定のための外交に関わっていきたいと思っており、この研究会の
趣旨には賛同できます。
会のメンバーは、森派・山崎派・谷垣派の他に、私のような無色透明の無派閥
もいる多様なメンバー構成で、総裁選挙と絡めようという意図はまったくあり
ません。かなり右寄りの思想の人から、私のようなややハト派まで幅広く、政局
とは無縁です。
マスコミ某社の記者さんは「新世代アジア研究フォーラムには、山内さんが入って
いるから、総裁選とは無関係ですよ」と上司に報告し、上司の方も「ああそうか」
とあっさり納得したそうです。
単なるまじめな勉強会なのに、一部のマスコミは無理やり総裁選に絡ませよう
としてきます。おもしろい現象です。

夕方には私が事務局を務める新人議員外交勉強会を開催しました。
今回のスペシャルゲストは、麻生外務大臣でした。在日米軍再編の問題、
アジア外交の問題等について、たいへんわかりやすく、かつ、明るく前向き
にご説明いただきました。
説明のうまさでは、とても外務省の役人ではかないません。麻生大臣の説明
のうまさはさすがでした。麻生大臣はマスコミで言われているほどタカ派でも
なく、きわめて現実的な外交センスをお持ちです。

マスコミ報道というのは、政治家の長い演説や答弁の中からごく一部を抜き
出し、その言葉が語られた文脈から切り離して伝えようとします。そのため
誤解を招きやすく、甚だしい場合には、世論をコントロールしているように感
じます。
小泉総理が、ワンフレーズ・ポリティックと呼ばれるほど短いコメントが多い
のは、マスコミに都合のいい部分だけを切り取って使われるのを防ぐための
自衛策なのかもしれません。

2006.4.28 金:

自民党のシンクタンクの研究テーマを検討する会議に出ました。
党のシンクタンクは、霞ヶ関の官僚機構主導ではなく、政治主導の政策形成を
促すために設立されました。そこで私も、「立法府の役割の再定義と機能強化」と
いう研究プロジェクトを提案しました。
原案のまま採用される可能性は高くないのですが、提案の一部を受け入れて
もらえる可能性はまだ残っています。

私が考える研究プロジェクトは、立法府のあるべき理想の姿を描き、立法府の
改革及び機能強化のための具体策を検討することを目的としています。

その背景には、現状では立法府と行政府との良い意味の緊張関係がなく、
情報量と政策形成能力において行政府が圧倒的に優位にあり、立法府本来の
立法機能やチェック機能が働いていない、という認識があります。
研究を通じて、国会図書館や衆参両院の調査能力の向上、国会の事後チェック
機能(政策評価機能)の強化、米国議会のGAO(Government Accountability
Office:会計検査院と行政監察局をあわせたような組織)的組織の創設等に
向けた具体案を示していくことができればいいと思っています。

公務員削減の流れにありますが、公務員を一律に削減するのではなく、本当に
必要な公務員は増員する必要があると思います。警察、司法機関、公取や特許
庁、衆参両院の立法スタッフ等は、例外的に増員してもいいと考えています。
立法府のチェック機能(特にGAO的組織)を強化することで、政策の実効性を
評価し、公共支出の無駄を削っていくことができます。
長い目で見れば、立法府のチェック機能を強化するための人件費の増額は、
政府機関全体の無駄の削減につながり、最終的には割に合う投資となるで
しょう。

立法府の機能強化といったアイデアは、決して霞ヶ関の官僚機構からは出て
きません。そもそも行政府は口出しできません。
そういう意味では、立法府の強化のための研究は、まさに党のシンクタンクこそ
がやるべきテーマだと思います。

2006.4.27 木:

今朝の党の外交部会では、JICA在外事務所長との意見交換がテーマでした。
冒頭の緒方貞子理事長のご挨拶に続き、パレスチナ、ガーナ、パキスタンの
各事務所長から任国ごとの事業の説明があり、その後に議員との意見交換が
ありました。
かつての上司も来ていて気後れしてしまい、あまり思い切ったことは言いません
でしたが、一点だけ意見を述べさせていただきました。

それは、官から民へ、小さな政府へという改革の流れの中で、JICAの機能も
再定義する必要があるのではないか、ODAの「実施機関」としてのJICAから、
民間の力を最大限発揮させる「実施促進機関」としてのJICAに変化するべき
ではないか、ということです。

例えば、JICAの実施する技術協力の一形態に、青年海外協力隊というものが
あります。これはODAの広告塔として非常に良いイメージを持たれていますが、
そもそも官の一部であるJICAが、ボランティア活動(市民活動)である青年海外
協力隊派遣事業を「直営」で実施することには是非があるでしょう。
コストの点でいえば、官が実施する青年海外協力隊派遣事業では、管理費を
含めると隊員1名を1年間派遣するのにおそらく1千万円近くかかる一方、
NGOであればより安くかつ柔軟にボランティアを派遣できます。
事実、青年海外協力隊事業に近いものをイギリス政府も実施していますが、
あちらでは複数のNGOに事業実施を全面的に委託しています。
もちろん、民間のNGOがボランティアを派遣したがらない国や地域もあるかも
しれませんので、そういった場合に限ってはJICAが青年海外協力隊派遣事業
を直営で実施するといった形も考えられるでしょう。

これまでJICA(独立行政法人 国際協力機構)は、ODAのうち技術協力の「実施
機関」として機能してきました。しかし、今後ODA改革が進めば、無償資金協力、
円借款(有償資金協力)、技術協力を担当することとなります。
担当する協力スキームの幅が広がってゆく中で、実施部門(現業部門)について
はこれまで以上に民間の力(企業、NGO/NPO、大学等)を活用する一方、JICA
自体は現場レベルでのODA政策の立案、案件形成やモニタリングと評価にシフト
してゆくことが有効ではないでしょうか。

ODAにおけるサービス供給者としてのJICAから、方針づくりとサービス供給の
ための環境づくりを行う主体としてのJICAへと変化していくべきだと考えます。

2006.4.25 火: 83会の出版記念パーティー

自民党新人議員の83会で出した本の出版記念パーティーに出ました。
小泉総理はじめ多くの来賓があり、また、会場にいっぱいにお客さんが入り、盛会
でした。また、報道陣も多く、目立つイベントではありました。しかし、政策提言、
法案づくりや地道な政治活動ではなく、こういった派手なイベントでマスコミの注目を
集めるばかりでは、いわゆる「小泉チルドレン」への評価が浅薄なものになってし
まうかもしれません。
地道な政治活動、地道な勉強と政策づくりに取り組み、短期的な成果を追い求める
のではなく、10年、20年後の日本のために何ができるかを考えながら、日々の
政治活動に取り組んでいきたいものです。

2006.4.24 月: 改革の行方

千葉7区の補欠選挙が残念な結果に終わりました。
私自身も計5回お手伝いに行き、選挙戦を戦ってきました。候補者の斉藤健さんは、
バリバリの政策通で即戦力の人材で、人柄も好感の持てる人だったので本当に
残念です。次の選挙では必ず勝って、国会で一緒に仕事をしたいと思っています。

今回の選挙結果を自分なりに解釈すると、民主党の小沢代表効果や落下傘候補の
弱み等も敗因あげられていましたが、構造改革が不徹底であると国民が認識している
点が一番の敗因だと思います。
昨年9月の総選挙で国民の多くは、構造改革を支持し、その象徴として郵政民営化
に賛成票を投じました。小さな政府へ、官から民へ、中央から地方への構造改革の
流れが、今回の補欠選挙で否定されたとは思っていません。
むしろ官僚機構や族議員の抵抗により、改革法案が骨抜きにされている現状、公務
員削減や支出削減といった改革が思うように進んでいない現状に対して、有権者が
不満を表明したと思っています。

今回の補欠選挙の結果を謙虚に受け止め、官僚機構や族議員の抵抗を排除しな
がら、思い切った改革を続けていくことが重要だと思います。
反省すべき点は反省し、教訓を汲み取り、これからの政策立案・国会運営に活か
していくことが大切でしょう。

2006.4.21 金:

このところ国会も終盤戦に近づき、委員会が多くなってきました。
今日は午前中、安全保障委員会と外務委員会が同時並行で開催され、委員会
室を行ったり来たりしています。外務委員会の方は後半から代理が見つかった
ので、後半部分は代理に入ってもらいました。
午後は人の代理で「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」
に出席しました。在外投票制度の改革についての議論が主でした。
私も海外在住だった時期もあり、在外投票制度の改革は、どんどんやるべきだと
思います。個人的にはイタリアのように在外選挙区を設けるくらいの大胆な改革
が必要ではないかと思っています(今すぐには難しいようですが)。
海外に住んでいて外から日本を見ている日本人だからこそ持てる視点もある
でしょう。外交や安全保障に関しても、欧州、アジア、北米等それぞれの地域に
住む日本人ならではの視点があると思います。
また、海外在住の有権者の意見を吸い上げる過程で日本の外交政策やODA、
通商政策についての貴重な知見を得ることができるかもしれません。

2006.4.19 水:

新人議員の間で「新政治研究会」というのが結成されました。
最初に知り合いの新聞記者さんに「山内さんは新政治研究会に入るの?」と
聞かれて、初めてそういった新しい会の存在を知りました。総裁選挙に向けた
動きとして一部で報道されていたようです。
後で新政治研究会の設立者に会って話しをしたら、そんなつもりはないと言って
いました。
新人議員が集まった会を作ると、すぐに総裁選と結び付けて語られることが多い
ようです。随分前ですが、臓器移植法の改正に関する勉強会の案内を持って、
他の議員事務所に言ったところ、冗談だったのかもしれませんが、「この勉強会は
何派なの?」と尋ねられました。
もちろん臓器移植法と派閥は一切関係なく、党議拘束もかからないので、党派
すら超越した動きです。それでも派閥と結びつけて考えられるほど、今の永田町
は総裁選挙モードに近づきつつあるようです。

2006.4.16 土:

母校ICU(国際基督教大学)の学生(1~2年生中心)を対象にした「キャリアナビ:
卒業生たちのキャリア・デザイン」というイベントに講演者として参加しました。

コカコーラ、ソニー、開発コンサルタント会社に勤める卒業生と一緒に、卒業後の
キャリア、学生時代に学んだことで仕事の役立っていること、これからの目標などを
お話ししました。
事前にメールでもらっていた学生の質問の中には、信念や人生観に関する質問も
あったため、真剣に自分の人生を振り返りました。
もともと発展途上国の開発に興味があって、学生時代は開発問題だけを勉強し、
大学卒業後も一貫して途上国の開発に関わる仕事だけをやってきました。
政治経験はまったくないのに、突然国会議員に転職した私の人生設計は、人様に
お勧めできるものではありません。

転職回数も多いし(契約ベースの短期の業務や出向を入れると7回転職)、あまり
大学の就職相談室主催のイベントにふさわしくない講演者だと思いましたが、
人生の転機で何を考え、何を判断基準に決断してきたかをお話ししました。
同世代の平均的なサラリーマンよりも、努力してきたつもりだし、痛い目にも遭って
きたと思うし、リスクをとりながら生きてきたと思います。
今までの人生を自己評価すると、2勝4敗3引き分けといったところでしょうか。
私は、人生はトーナメント戦ではなく、リーグ戦だと思っています。
まだまだ勝負はこれから。

と、以上のようなキャリア関連の話しをした後に、議員会館での学生インターン募集の
話しをしたところ、イベント終了後10名以上の学生がインターンを希望してくれました。
最近の学生は積極的でびっくりしました。学生時代の私は、政治家は胡散臭いものだ
という先入観があり、国内政治にはあまり関心がありませんでした。
国際政治やフィリピンやインドネシアの政治、それに政治思想には関心があったのに、
国内の政治はなぜか不信感がありました。学生時代の自分だったら、議員会館のイン
ターンなんて絶対に応募しませんでした。
一時期ほどは政治不信や自民党不信がなくなってきているのかもしれません。
若い世代が政治に関心を持ってくれるのはいいことです。

2006.4.13 木:

今年度第1回の党の国際的NGO小委員会を開催しました。
私が事務局長を務めている委員会の初会合です。第1回目なので人(自民党の
国会議員の参加者)が多く集まる人がいいということになり、元マラソンのオリン
ピック・メダリストの有森裕子さんに講師になっていただきました。有森さんは
自らNGOを設立し、途上国援助の最前線で活躍されています。有森さんが代表を
勤めるNPO法人ハート・オブ・ゴールドは、カンボジアで身体障害者(特に地雷の
犠牲者)の支援活動を行っています。
20名程の衆参両院の国会議員が参加し、講演のあとの意見交換も盛り上がり
ました。とりあえず第1回目としては成功だったと思います。次回以降はもう少し
国際NGOに関する技術的な細かい話しに入り、来年度の予算要求に間に合う
ように具体的な提言を作っていきたいと思っています。

2006.4.11 火 :党のNGO小委員会の課題

NGO関係者とお話しをする機会があり、外務省のNGO支援スキームについて議論
しました。予算の単年度主義、外務省内部の手続きの遅さ、プロセスの不透明さ等
の問題点が指摘されました。
私自身もNGOスタッフとして働いていたときに同じような問題意識を持っていたため、
うなずけるポイントが多かったです。
外務省でも随分前からNGOとの定期協議を開催して、NGOの意見を聴いてはいます
が、必ずしも政策・予算に反映されていません。もちろんNGO側の要望をすべて丸呑
みする必要もないし、すべきでもありませんが、NGO側の要望や提案が十分に合理的
かつ有益であれば、それを積極的に取り入れていくことが必要だと思います。

私は自民党の「国際的NGO小委員会」という委員会の事務局長を務めているので、
これからNGO側の要望をヒアリングし、まとめた上で外務省に党として要望を上げて
いきたいと考えています。

2006.4.10 月 :

朝は向ヶ丘遊園駅にて駅頭演説。
それから行政改革特別委員会に出席。
夕方は麻生区の「麻生まちづくり市民の会」に出席し、阿部川崎市長の講演を
聴きました。
明日から千葉7区の補欠選挙が始まります。私も5回応援に入る予定にして
います。自民党の候補予定者の斉藤氏は、経済産業省出身の超政策通、
二百人以上の応募者から公募で選ばれました。
ふつうに考えると負けそうにない候補予定者ですが、民主党の小沢党首就任に
ともなう、「ご祝儀相場」で民主党に風が吹いています。
気を引き締めてがんばらないといけないようです。

2006.4.9 日 :

地元のボランティアグループの方々から、「発展途上国に学校を建設したい
のだが、どうすればいいのか?」といった相談を受けました。
さっそく資料を集め、グループの皆さんと勉強会を開催しました。
夜8時から2時間ほどの長い会合でしたが、皆さん非常に熱心で真剣な議論
になりました。だいたい最低300万円ほど資金があれば、3教室くらいの
小さな学校(あるいは学校の一部)を建設することができます。
自分たちがボランティアとして現地に赴いて建設に従事するのは、費用対効果
の面でも、事業の質(教室の建物の質等)の面でも、あまり効果的でないことを
ご説明し、信頼できるNGOに資金を提供して代わりに学校建設にあたってもらう
というプランをご提案させていただきました。あわせて、字の読めない人が8億人、
学校に行けない子どもが1億人いるという途上国の現状について説明し、アジア
やアフリカの途上国に対して教育支援を行うことの意義をご説明しました。
お集まりいただいたグループのメンバーは熱い人ばかりで、かなり盛り上がり
ました。このグループの皆さんだったら、きっと1~2年で300万円集めて、
本当にカンボジアやアフガニスタンに学校を建ててくれそうです。
期待しています。

2006.4.8 土 :山梨にて選挙応援

山梨県の中央市の市長選挙の応援に行きました。
3つの町村が合併してできる新しい「中央市」の初代市長を決める選挙です。
クリーンな政治を標榜する候補者の応援に行きました。
自民と民主の相乗りですが、利益誘導ではない選挙戦を行っていて、「クリーン
な政治」がネックになって大変苦戦しているそうです。
利益誘導的な公約を掲げない候補者こそ、選挙に勝ってもらいたいものです。

2006.4.5 水 :副大臣制度について一考

行政改革特別委員会に代理出席。
野党議員が、法務大臣の答弁を要求したのに法務副大臣しか委員会に出席
できないことに抗議して、委員会の審議が止まってしまいました。
与党の理事が誤って、「法務大臣が出席する」と野党側に事前に伝えてしまっ
ていたという事情が背景にありました。
そういった事情があるにせよ、大臣が委員会に出席できないので、代わりに
副大臣が答弁することに何の不満があるのかサッパリ理解できません。
何のために副大臣制度を導入したのかわかりません。私の記憶が正しければ、
副大臣制度導入を強く主張したのは民主党の小沢氏だったように思います。
法務大臣は、同じ時間に開催されていた法務委員会に出席しており、その
ため行政改革特別委員会に出席できませんでした。別に大臣は遊んでいて、
欠席したわけではありません。

野党は何でもかんでも大臣に答弁を要求します。
そのため外務大臣が国会会期中に海外に行けないという異常事態を招いて
います。外務大臣の仕事は、日本の顔として世界中を飛び回ることだと思い
ますが、野党が外務大臣の答弁を要求することが多いため、日本からなか
なか出られません。
外務副大臣や経済産業副大臣が国会対応にあたり、外相や経産相は国際
会議に出席するといったシフトこそが日本の国益にかなっていると思います。
せっかく副大臣制度をつくったのだから、それを最大限活用すべきでしょう。
野党の対応には全く納得できません。

蛇足ながら、今の法務副大臣は私が勝手に師匠だと思っている河野太郎
さんです。野党側から「副大臣じゃ話にならない。」といった趣旨のコメントが
あったので、「未来の総理大臣、河野太郎じゃ不満なのか!」と野次ろうかと
思ったのですが、冗談だと誤解されてウケるといけないので思い止まりました。

2006.4.4 火 :

新年度になって初登院。ですが、そんなに変化はありませんでした。
当初3時間の予定だった衆議院本会議が10分に短縮になりましたが、その理由は
さっぱりわかりません。野党との間に何か交渉でもあったのか、国会運営の複雑な
内部事情はなかなかわからないものです。
国会議員になってもそうですから、一般の国民の皆さんにはもっとでしょう。
国会の運営、いわゆる「議運」の駆け引きは、どっちかと言うと、徒弟制度的に体で
覚えるといった色彩が強いのかもしれません。もうちょっと国会の運営をわかりやすく
してほしいと思いますが、私にはまだ見当がつきません。

そんなこともあって、しっかり議会の運営、議会制度のあり方について勉強し、将来的
には議会の改革、立法府の役割の再定義といったテーマに取り組んでいきたいと思う
今日この頃です。
特にマンスフィールド元米国上院議員の自伝を読んで以来、「立法府の役割の再定義」
という課題に腰をすえて取り組んでいきたいと考えています。
立法府による行政府のチェック機能を強化することで、縦割り行政の弊害を改めたり、
行政の無駄・非効率を改めさせたりすることが可能になるのではないかと思っています。

2006.3.31 金 :

今日午前10時の国会対策委員会にて臓器移植法の改正案の法案説明が終わり、
改正案を衆議院の事務局に提出に行きました。
生まれて初めて法案を国会に提出しました。もちろん私一人で法案を提出したわけ
ではありませんし、通称「河野案」と呼ばれている位で河野太郎代議士(法務副大臣)
や厚生労働部会長の大村代議士の貢献度が圧倒的に高いことは間違いありません。
それでも私も議員立法の法案提出に関わることができて、とても嬉しく思いました。
その後中山太郎先生はじめ法案提出者全員がそろって記者会見を開催し、かなりマス
コミが集まっていました。もっとも今日の午後の民主党前原代表の辞任発表の方が注目
度が高いでしょうから、おそらくそれほど報道されることはないのかもしれません。

午後には会館事務所で平和構築の専門家と意見交換しました。平和構築支援が必要
な治安の悪い土地での援助活動に外務省があまり乗り気ではありません(もちろん
表向きは前向きなことを言っていますが)。
平和構築分野に関しては、NGOに対するODA資金による助成を増やしていく必要が
あると考えています。あまり効果的に使われていないと思われるNGO助成スキームが
あるので、そこらへんの予算をシフトすれば、十分にいまの予算枠の内側で平和構築
分野のNGOの活動を活性化することができると思います。
何とか平和構築分野のNGOに対する公的助成を増やせないか、具体策を考えたいと
思っています。

2006.3.30 木 :

今朝の新聞の一面は非常にショッキングな内容でした。
先週地元の川崎市多摩区中野島で発生した小学校3年生お子さんのビルからの転落
事件が、実は犯罪だったという報道でした。
たまたま事件のあった日に車で移動していたらパトカーが随分たくさん走り回っていた
ので何事かと思っていましたが、後で小学生がビルから転落して亡くなったと聞き、
てっきり事故だと思い込んでいました。
というよりも、まさか犯罪だとは思えませんでした。なんでそんな犯罪が発生するの
だろうと信じられない思いです。地域の皆さんもきっと同じ思いをお持ちのことでしょう。

何とかしなくてはいけません。国政の場で、また、地域で何ができるかをしっかりと考え、
解決のために何らかのアクションを取っていきたいと思っています。

今日のスケジュールは、
朝は新百合ヶ丘駅で駅頭演説、
午前中は衆議院・青少年問題特別委員会出席、
アメリカ大使館政治部のスタッフと昼食、
午後は本会議出席、
国連広報センターのスーダン報告会出席、
夕方は財政金融勉強会の懇親会、
といったところ。

今日もあわただしい一日でした。

2006.3.28 火 :

今日は珍しいイベントに参加しました。タイトルは「10代のための潜入! 永田町ツアー
2006春」です。小学生から高校生までの子どもたちと政治について本音で語るという
もの。 NPO法人Rightsという団体が企画したもので、党派を超えて国会議員が協力して
います。
超党派の国会議員がそれぞれ自己紹介をして、その後、子どもたちからの質問に答える
というイベントでした。 政治家と子どもたちの質疑応答の時間は3時間あるのですが、
各議員は15~30分くらいで入れ替わり出入りして、ときどき議員の人数が少なくなって
しまうことがあります。私もいろいろ仕事が入っていたので、ほんの20分だけ出るつもり
だったのですが、議員の人数が少なくて気の毒になって1時間半近くもお付き合いしまし
た。
子どもたちは好奇心の強そうな個性派ぞろいで、質問もなかなか振るっていました。
例えば;
 「10年後の日本はどうなってほしいですか?」
 「国家議員になってよかったことはなんですか?」
 「与党議員でよかったと思うのはどんなときですか?」
 「小泉総理をどう思いますか?」「格差社会についてどう思いますか?」
 「なんで国会の会議中に寝ている議員がいるんですか?」
といった質問が出されました。
なかなか本質的な質問が多く、決して気を抜けません。難しい質問にわかりやすく答える
というのは非常に難しいということを痛感しました。小学生もいるのに、どうしても難しい
言葉を使って説明してしまいます。
私にとって「説明能力」の向上が、これからの課題だと思いました。
今日出会った子どもたちを見ていると、日本の未来は決して暗くないと思いました。

2006.3.27 月 :

自民党神奈川県連の役員総会に出席しました。
河野太郎県連会長が無投票で会長に再任されました。
若い県連会長が新しいことにチャレンジしている神奈川県連は、躍動感があっていい
雰囲気です。全国に先駆けて設立した自民党学生部の活動も非常に活発です。
また、毎年開講されている自民党神奈川県連政治大学校(土曜日開講)には、百人以上
の応募があり、入学できない人が出るほどの大人気でした。昨年総選挙では神奈川県連
政治大学校出身の衆議院議員が2名誕生し、確実に成果を挙げています。
新しい自民党を神奈川からつくっていく、そんな河野太郎会長の決意表明を聞き、神奈川
県連の候補者公募を受けて本当に良かったとつくづく思います。

2006.3.23 木 :

衆議院本会議2時間。2時間座って話しを聞き続けるのはたいへんです。

野党の複数の答弁者がまったく同じ質問をして、それに対して小泉総理がまったく同じ
答えを返し、「あれっ、さっきと同じこと言ってる」といった場面が何度かありました。
野党の中でも会派がちがうと質問の重複について調整しないようで、そのせいで退屈な
質疑になってしまいます。

その後、行政改革関連の部会に出席しました。
規制改革すべき分野が多数記載してある中で、「教育バウチャー制度」という項目が
目を引きました。私はイギリスの大学院で「発展途上国における教育バウチャー制度」
というタイトルで小論文を書いたことがありました。
学問の世界では今のところ、教育バウチャー制度の有効性についてはっきりした結論は
出ていません。アメリカのミルウォーキーやチリ等で教育バウチャー制度の実践例は
ありますが、教育バウチャーが教育の「質」の向上に役立つか否かの結論は、まだ
はっきりしていないのです。

しかし、少なくとも発展途上国における教育の「量」の向上には、教育バウチャーは有効
である、というのが私の小論文の結論でした。
教育の普及・拡大に励む途上国には有効な政策も、日本のような先進国で有効かどうか
はわかりません。いきなり国の政策として全国的に取り組むよりも、構造改革特別区を
つくって教育バウチャー制度の社会実験を3~5年くらいかけてやってみて、その成果を
見た上で全国展開を推奨するといった形が望ましいのではと思っています。

もちろん教育の分野でも中央から地方へという動きが進んでいますので、文部科学省が
通達で全国展開を図るといった形はとれないでしょう。まずはやる気のある地方自治体
がチャレンジして、うまくいった場合には他の自治体がまねていくといったプロセスが
望ましいのだと思います。

教育バウチャーの行く末について注視し、いい制度を設計できるように、政策決定の場
(党の政務調査会の部会等)で発言していきたいと思っています。

2006.3.22 水 :

朝一番(8時)の部会では元国連事務次長の明石先生をお招きして、日本の国際平和
協力のあり方についての勉強会がありました。

尊敬する明石先生に質問できるめったに無いチャンスだyったので、アフガニスタンに
おける復興支援の状況と、国連本体のPKO予算の執行の仕組みについて質問させて
もらいました。公開の会議ではないので質疑の内容の詳細についてはここでは書きま
せんが、国連行政機構の大幹部だった明石先生と、草の根のNGOのフィールドで活動
していた私のような人間では、ものの見方がずいぶん違うということに気付かされました。
経験不足の私の視点ですが、先生のご意見に多少の疑問点が残りましたので、もう少し
調査してみようと思います。さっそく関係者にヒアリングして調べてみます。

昼食を食べながら、在京の各国大使館の外交官を前に10分間のプレゼンテーションを
行いました。これまでの経歴、これから取り組みたい課題についてお話させてもらい
ました。
日本外交のあり方として、
 ・味方を増やす外交戦略
 ・国際社会の平和と安定に貢献することを通じて外交力を強化する戦略
が必要である、といった趣旨のお話しをしました。

会議の合間を縫って、臓器移植法の改正に向けた根回しのため、自民党新人議員の
事務所を片っ端から訪ねてお願いして回りました。
賛成6割、態度保留3割、反対1割といったところ。

2006.3.20 月 :

朝一番は向ヶ丘遊園駅にて駅頭演説。昼間は地元活動。 そして夜は議員
会館に出向いて、講演の原稿づくりに追われています。

明日は母校の福岡県立筑紫丘高校の東京研修旅行で講演です。
未来のある高校生の前で下手な話はできないので、無い知恵を絞って一生
懸命原稿を考えました。高校生時代から今までの人生を振り返って、これ
までにやってきたことを高校生の皆さんに紹介しようと思っています。
私もまだ32歳。人様に説教ができるほど偉くもないし、過去を振り返るほど
の年齢でもないのですが、高校の後輩数百人を前に話すので、それなりに
まとまりのある話にしなくてはいけません。これがなかなか難しいです。

そしてあさっては党本部にて東京在住の外交官向けの講演会で10分間
スピーチをしなくてはいけません。外国の外交のプロの皆さんを相手に関心
のある政策分野や外交問題について話をしなくてはいけません。10分間の
短いスピーチですが、これもなかなか難題です。

2006.3.13 月 :まなちゃん募金

まなちゃんという心臓移植を待つ生後8ヶ月の女の子の募金活動に参加しました。
ここ数日は毎日小田急線の新百合ヶ丘の駅頭で募金のお手伝いをしています。
のぼり旗を立てたり、大きな声で支援を呼びかけたりと、選挙運動のおかげで慣
れた部分があるため、けっこうお役に立てていると思います。

まなちゃんのお母さんが学校の先生だったこともあり、子どもたちやPTAのお母
さん方、学校の教員や元教員の皆さんが参加して、にぎやかな募金活動になっ
ています。マスコミにも何度も取り上げられたこともあり、いいペースで募金が集
まっています。しかし、まだ目標額には達していません。

アメリカでは日本の健康保険が効かないこともあり、手術に1億3600万円もの
お金がかかってしまいます。募金活動をやっていると、日本もまだまだ捨てた
ものじゃないと、つくづく思います。子どもたちは一生懸命にまなちゃんのために
声を張り上げて、募金に参加しています。意外というと失礼かもしれませんが、
茶髪のいまどきのお兄さん・お姉さんもけっこう募金に応じてくれます。一番寄付
をしてくださるのはお母さん世代です。子を持つ母として見過ごせないのかもしれ
ません。男性も老人と若者は寄付してくれる人が多いのですが、現役世代(30~
50歳くらい)のスーツ姿の男性(私もその一人ですが)はあまり寄付してくれません。
子どもたちや若者が予想以上に協力的で、日本の未来はそれほど悲観しなくても
いいのかな、と思っています。

夜は、まなちゃんを救う会主催のチャリティコンサートのお手伝いをさせて頂き
ました。たまたまTBSの取材が入っていて、ディレクターさんと知り合いだった
ので、その場でインタビューを求められ、翌朝(3月14日)の7時ごろの「みのもん
たの朝ズバッ!」にちょっと出ていたそうです。

まなちゃんのお父様はたいへん気丈で立派な方でした。まなちゃんがアメリカに
移植手術を受けに行かなくてはいけないのは、現行の臓器移植法では15歳未満
の子どもの臓器提供ができないためです。まなちゃんのお父様から、是非とも
臓器移植法案の改正を急いで、他の子どもたちがまなちゃんのようにアメリカに
渡航しなくても国内で臓器移植をできるようにしてください、と真剣な目で頼まれ
ました。お父様はご自分の子どものためではなく、他の子どもたちのために臓器
移植法案の改正を急いでほしいと仰っていました。

まなちゃんの場合は、幸いにして募金活動が順調に進み、アメリカに移植手術を
受けるために渡航することができる可能性が出てきました。しかし、募金が集まる
のを待てずに亡くなってしまうケースやそもそも1億円以上の資金を集めるのは
無理だと最初からあきらめてしまうケースもあります。

一日も早く臓器移植法案を改正し、保険適用を受けながら、日本国内で移植手術
を受けられるようにしたいと思います。

2006.3.11 金 :

地元の麻生区役所にて「市民自治創造・かわさきフォーラム:未来をひらく地域力」
というイベントに出てきました。地域の課題を地域で解決するための「地域力」を
テーマにして、地域のNPOやボランティアグループ多数が参加して開催されました。

国際交流、地域の自然環境保全、子育て支援等など、さまざまな団体がそれぞれ
の活動を紹介し、興味深かったのですが、元NPO専従スタッフにして元NPO理事の
私としては、ついつい言いたいことがたくさん出てきてしまいます。
私の場合、「NPOマネジメント」という分野を専門にしようと思って、立教大学の社会
人向け大学院である「21世紀社会デザイン学科」に入学したくらいで、よそのNPO
を見てはついつい老婆心から助言したくなってしまいます。

NPOスタッフとしてアドバイスするのは問題ないと思いますが、今の肩書きで余計な
アドバイスをすると、素直に受け入れてもらえそうにないと思ってついつい遠慮して
しまいます。おそらく自民党の国会議員なんて、もっともNPOとは遠い位置にある
ような印象を一般市民はお持ちではないかと思います。また、仮にアドバイスを
受け入れてもらえるとしても、必要以上に過剰な期待を持たせてしまったりするの
ではないかと不安でもあります。

しかし、私はNPOマネジメントを勉強し、多少は知識と経験があるので、アドバイス
したくてうずうずしてしまいます。例えば、
 ・広報
 ・資金調達
 ・法人格取得手続き
 ・役所との付き合い方
 ・助成プロポーザルの書き方
 ・ボランティアさんのマネジメント
等などお役に立てる部分は少なくないと思います。
この欲求不満を解消する手を考えなくてはいけません。

2006.3.10 金:

9時から15時まで(途中1時間休憩)の5時間コースで外務委員会に出席してい
ました。委員会の質疑というのは、原則として事前に打ち合わせた内容しか質疑
できません。質問に立つ議員もあらかじめ決まっています。他の議員の質問に
対して疑義があったり、異議があったりしても、発言する機会がありません。
「それはちがうんじゃないですか?」と内心思っていても、発言するチャンスが
ないので、そのまま質疑が進んでいきます。
委員会の質疑というのは、与野党を問わず議員VS政府側(大臣、副大臣、政務
官、政府委員)とのキャッチボールです。議員同士の議論はありません。
質問をしている当事者以外は、発言権がないため、受け身で話しを聴くだけに
なってしまいます。受け身で5時間話しを聴き続けるのは、体力的にけっこう苦
しいものがあります。しかも同じような質問が繰り返されたることも多いし、間違っ
た考え方が示されても反論する機会がないため、けっこう苦痛です。ちなみに
議題は在日米軍駐留特別協定のはずでしたが、なぜかODAや南京大虐殺の
質問もあり、委員会の運営の仕方がいまだによく理解できません・・・。

2006.3.6 月:

昨夜は深夜1時半まで議員会館事務所で事務処理をやっていたため、眠い目をこすり
ながら、8時スタートの防衛政策小委員会に出ました。
小委員会ではアメリカ国防次官補代理のジェームズ・P・トーマス氏からQDR(米国の4年
ごとの国防計画)の説明を受けました。興味深い点は、アメリカの国防総省の計画の中
で「市民社会が重要だ」といったことが書いてあることです。
国防総省は、テロとの戦いは軍事的な戦いだけではダメで、テロの温床となっている
途上国(特に中近東諸国)における不正や貧困をなくしていくこともテロ対策の一環で
あるという認識に立っています。
ジェームズ氏も紛争地における治安を維持し、市民社会を復興・構築していく支援を
行うといったことをおっしゃっていました。

市民社会を重視するという姿勢は大切ですが、果たして軍隊組織が前面に出て市民
社会をサポートするというスキームが機能するかどうか疑問が残ります。
アフガニスタンやイラクで実施されている地方復興チーム(PRT)は米軍が中心になって
構成され、復興支援に取り組んでいますが、まだ始まったばかりのスキームなので、
今後に注目したいと思います。
また、このPRTスキームがうまくいくかどうかは、今後の自衛隊の平和協力活動の方向
性を検討していくにあたっての参考となるでしょう。

明日が外務委員会の初質問です。自民党の外務委員会理事から指定されたテーマは、
いわゆる「思いやり予算」についてです。これまで専門にしてきた分野ではないので、
私にとっては難しいテーマです。難しいテーマで50分も質問時間を割り当てられたので、
頭を抱えて必死で準備しています。

2006.3.2 木:

第二回の新人議員外交勉強会を開催しました。
今回は同じ時間帯に衆議院予算委員会と重要な部会が開催されていて、開催時には
ほんの数人の参加者しかいませんでした。川口より子議員(勉強会の会長、元外相)や
塩崎外務副大臣、金田外務副大臣をお待たせしているにも関わらず、ポツポツとわずか
な参加者しかいなかったので、冷や汗をかきました。
10分ほどで別の会議が終わって駆けつけた新人議員が増えてきて、なんとかかっこが
つきましたが、ずいぶん気疲れしました。勉強会のテーマは「国連安保理改革」という
地味なテーマでしたが、外務省の担当課長の説明がわかりやすく、内容は良かったと
思います。

その後、衆議院本会議が開催され、やっと来年度予算が国会を通過しました。

2006.3.1 水:

今日はなぜか心理学雑誌の取材を受けました。
忙しい職業の人がどうやって睡眠をうまくとっているかという特集だそうです。
私の他にインタビューを受けたのはパイロットさんだそうです。どんな記事になるのか
よくわかりませんが、知り合いの紹介なので、取材を受けました。
記事がボツにならないことを祈っています。

夕方、党本部国際局主催の勉強会でインドネシア地域研究者として有名な白石隆教授
(政策研究大学院大学)の講演を聞きました。
白石先生の著書(日本語)はほとんど読んでおり、前々から白石先生の大ファンでした。
白石先生の講演は「東アジア共同体をどう考えるか」というテーマでした。大局的なお話
であるにも関わらず、非常に具体的でわかりやすく、さすがに優秀な学者は説明が上手
でした。
白石先生は東アジアの歴史、社会、政治、文化、言語等について幅広い知識をお持ち
で、客観データに基づく議論はたいへん参考になりました。やはり政策判断の背景には
学術的な知見やデータが必要だとつくづく思いました。

政治やマスコミ報道の世界では、客観的・定量的なデータや緻密な情勢分析に基づいて
いない浅薄な政策論議が満ち溢れています。ややもすると浅薄で性急な結論の方が、
歯切れが良くてかっこよく見えることがあります。冷静で慎重な見方をすることが、時と
場合によっては難しいことも多々あります。
あたたかい心を持ちながらも、クールな頭脳を持って的確な判断ができる政治家を
目指したいと思います。

2006.2.28 火:

スケジュールを箇条書きするとこんな感じでした。

09:00~11:00 予算委員会の集中審議(@国会)
11:00~11:40 NGO関係者来訪(@会館事務所)
12:00~12:35 党・幼児教育小委員会(@自民党本部)
12:45~12:55 党・代議士会(@国会)
13:00~14:30 衆議院本会議(@国会)
15:00~16:00 党・行政改革推進本部の公益法人委員会(@自民党本部)
16:00~17:30 党・留学生等特別委員会(@自民党本部)
18:30~19:00 予算委員会分科会にて質問(@国会)
20:00~22:00 新人議員勉強会の懇親会

この中では、予算委員会分科会(厚生労働省担当案件)に出席し、臓器移植の現状に
ついて質問したのが今日一日で一番重要なイベントでした。

公益法人改革は、市民社会を担う団体(NPOや新しい公益法人)の将来像にも直結する
重要なテーマです。しかし、自民党内でもいろいろな意見があり、議論の方向性が定まっ
ていません。興味があるテーマなので、これから数週間は公益法人改革の部会に積極
的に参加し、ユーザーである市民の視点に立って新しい公益法人制度を作っていける
よう努力します。

また、留学生等特別委員会も非常に思い入れのあるテーマです。
日本にやって来る留学生が親日的になって帰国し、日本との架け橋になってくれれば、
二国間の経済関係や外交関係を強化するのに大きな力になることは間違いありません。
外交戦略上も留学生受け入れは、長期的な日本の国益にかなう政策だと思います。
私自身も学生時代はフィリピンに1年間、大学院時代はイギリスに1年間留学しました。
留学先で学んだことも大きいし、この2カ国には愛着があります。もしも将来私が外交上
重要なポストに就くことがあったとしたら、ついついこの2カ国を特別扱いしたくなってしまう
かもしれません(?)。同じことが日本にやってくる留学生にも言えるでしょう。
先週講演を聞いたインドネシアのギナンジャール国会議長(元国家経済開発省大臣)は
東京農工大で5年間学び、日本とインドネシアの関係強化のために大きな力になってくれ
ました。留学生の受け入れ体制を質と量の両面で拡充することは、20~30年先まで
効果の持続する有効な投資だと思います。

2006.2.25 土:

PKS(ピースキッズサッカー)というNPOの講演会の講師として招かれ、国際協力や
国際交流について1時間ほどお話ししました。講演会の場所のJICA東京(渋谷区)は、
かつて私がJICAに新卒で入団したときに合宿新人研修を受けた場所でした。講演では
学生時代の話、フィリピン留学時代の話、JICAやNGOで途上国の貧困や難民問題に
取り組んでいた頃の話等をさせていただきました。
講演が終わって気付きましたが、国会議員を目指した動機や、イギリス留学時代のこと
にはまったく触れず、ひたすら途上国援助のあり方や「新しい公共」のあり方について
一方的に機関銃のように話してしまいました。
講演会の参加者は、スーダン在京大使館の外交官や中国のマスコミの人、日本人学生、
エジプトからの留学生、政府機関関係者(JETROや国際交流基金)など、多様でした。
外交や国際協力、貿易等の専門家が多く、質問もきわめて専門的でした。
また、中国やアフリカの方とも意見交換できて、たいへん有意義でした。

2006.2.24 金:

午前中は外務委員会に出席し、午後は他の新人議員の代理で財務金融委員会と
後世労働委員会に出席しました。代理で他の議員の分まで委員会に出ることが多い
ので、おそらく委員会の出席率は100%を超えていると思います(130%位か?)。

それから党の政策金融部会に出席し、政府系金融機関の再編の中でも特に国際協力
銀行の解体と、それに伴うODA実施体制の改革の議論に参加しました。
部会の結論としては数日前から新聞記事になっているとおり、国際協力銀行の円借款
部門をJICAと統合し、さらに外務省の無償資金協力業務をJICAに委託し、新JICAを
設立する方向で再確認されました。
JICAで働いていた者の目から見て、今回のODA実施機関の再編は非常にいいことだと
思います。
これまで日本政府の援助実施機関は、JICA、国際協力銀行、各省庁が独自に実施して
いる技術協力事業と、ODAの実施体制はバラバラでした。
より効率的で戦略的なODAのために、自民党のワーキンググループ中心にまとめた
「海外経済協力のあり方」のラインに沿って改革を進めていけば、理想的なODA実施
体制に一歩近づきます。
外務省や財務省、経済産業省の権限に踏み込む改革であるため、政治主導でなくては
難しい改革ですが、わが党の伊藤達也代議士、舛添要一議員、武見敬三議員、山本
一太議員等のご尽力で何とか前へ進んでいます。
ODAというあまり目立たない分野の改革ですが、この数ヶ月の間だけを見ても一歩一歩
着実に前へ進んでいる感じがします。
そしてその渦中にいて、微力ながらも改革前進のために貢献できてうれしいです。

2006.2.23 木:

私の事務所主催で新人議員外交勉強会を開催しました。
川口より子参議院議員(元外相)の提案で始まった外交の勉強会ですが、ご指名により
山内事務所で勉強会事務局をやることになりました。これから全5回の予定で毎週木曜
日に1時間の予定で、アジア外交、ODA、領土問題などの外交課題について勉強会を
開きます。講師やテーマに関して外務省と調整したり、出欠を確認したりと時間と手間が
かかって大変です。
第1回ということで、冒頭は麻生太郎外務大臣にご挨拶いただきました。さすがポスト
小泉候補のお一人でした。外交問題と人間関係を例えて非常にわかりやすいお話でした。
続いて前外務大臣の町村先生(党の外交調査会長)のご挨拶がありました。町村先生は
初当選時に外交・安全保障と教育の専門家になろうと決意し、ずっとその分野でがんばり、
文部大臣と外務大臣を歴任されたというお話がありました。新人の頃からしっかりと目標を
定め、地道に努力することが大切とのこと。勉強になりました。

2006.2.22 水:

今日は外交・安全保障関係の会合が多い1日でした。防衛政策の勉強会、日米関係の
勉強会、インドネシアの議会議長講演、東アジア外交の勉強会、外務省担当官のレク
チャーと忙しい1日でした。

インドネシアの議長のギナンジャール氏(元大臣)は、東京農工大に留学していた親日家
の有力政治家です。また、経済問題の専門家でもあるため、日本のODA関係者や外務
省関係者はたいへんお世話になった政治家です。
同氏の講演の時間には、実は注目を集めていた党首討論を傍聴しようと思っていたの
ですが、その講演会の事務局を担当している同僚新人議員の事務所から「人が集まら
なくて困っているから、是非出席してください」という依頼があって、急遽出席することに
なりました。ギナンジャール氏がこれまで日本とインドネシアの関係改善のために大いに
貢献されてきたことを考えると、数合わせの意味だけでなく出席しました。
結果、インドネシアの最近の政治情勢を知ることができて、とても有意義でした。最後に
ギナンジャール氏に片言のインドネシア語でご挨拶したところ、インドネシア語で返事が
返ってきて(当たり前ですが)、6割位しか理解できませんでした。1年以上もインドネシア
にいたのに、たいして話せない自分の語学力に腹が立ちました。

ギナンジャール氏の講演会の帰り際に、同僚議員だけに聞こえるように小声で「今日は
外交関係の会合ばっかりで、まったく票にならないよ。」とぼやいたところ、近くで立ち話
を聞いていた紳士に聞かれてしまいました。彼はどこかの大学の先生だと思うのですが、
爆笑しながら「日本のためにがんばれ!」と肩を叩いて励ましてくれました。
帰りの電車の中でアメリカのフルブライト上院議員(故人、元外交委員長、フルブライト
留学制度の提案者)の自伝を読んでいたら、アメリカの上院には外務委員長をやると
選挙に落ちるというジンクスがあるそうです。アメリカでもやっぱり地元に利益を誘導する
政治家が選挙に強く、外交問題を一生懸命やる政治家は選挙に弱いそうです。
衆議院の委員会で外交や安全保障の問題に取り組んでいる私にとっては、背筋の凍る
ような怖い話でした。

2006.2.20 月:

今日の午後は衆議院の予算委員会の応援でした。
野党によるライブドア問題の追及もネタがなくなってきたようで、あまり白熱した議論に
はなりません。このところ、予算委員会にずっと出てきて、耐震偽装問題、狂牛病問題、
三位一体改革など、特定のテーマに質問が集中し、だんだん同じ質問の繰り返しが多く
なってきました。同じ質問を異なる質問者が尋ねるケースが多く、何度も同じような質問と返答を聞いているような気がしてきます。
もし自分が質問に立つことになったらどんな質問をしようかと考えてみました。
所属しているのが、外務委員会、安全保障委員会、青少年問題特別委員会の3つの
委員会ですが、青少年問題特別委員会は最近質問したばかりなので、外交と安全保障
についての質問のアイデアを考えています。他の議員の質問を聞いていて思うのは、
あまり抽象的な質問や大雑把な質問をしても生産的ではないようなので、具体的な質問
を心がけるといいように思いました。また、先輩議員からはなるべくこれまでの経験(私の
場合はJICAやNGO)とからめて質問するといいとアドバイスされました。
そこでPKOのより効果的な実施方法(特に人道援助機関と自衛隊の効果的な連携、
PKO拠出金のモニタリング方法)、平和構築への日本としての関わり方、機構改革が
見込まれるJICAのガバナンスのあり方、海外で紛争が発生した場合の邦人輸送などの
テーマを質問の候補にしようと考えて、情報を集めています。結果は質問の機会が回っ
てきたら、ご報告させていただきます。

2006.2.16 木:

衆議院の予算委員会に出ていましたが、えらいことになりました。
民主党の永田代議士が、武部幹事長のご子息がライブドア堀江元社長から
3千万円を受け取っていたとの爆弾発言を行いました。
永田代議士の発言が事実だとすればわが党としても適切な対応が必要と
なるでしょうし、事実でないとすれば民主党側も責任を取らざるを得ないで
しょう。どっちにしてもかなり重大な発言でした。

真偽のほどはわかりませんが、武部幹事長がすぐに否定のコメントを出して
いたところをみると事実誤認なのかもしれません。
財政再建に向けて議論すべき課題がたくさんある時期なのに、予算委員会
の貴重な審議時間を真偽のほどが不明な情報に基づく暴露話に浪費して
いるのは本当に残念です。
もう少ししっかりした証拠を提示した上で、審議に臨んでもらいたいものです。

2006.2.15 水:

臓器移植法の改正案についての勉強会を開催しました。
私が司会進行で、講師は生体肝移植の経験者である河野太郎代議士
(太郎代議士はドナー:レシピエントは河野洋平議長)、NPO法人日本臓器
移植者協議会の大久保理事長、大阪大学医学部の高原先生にご説明を
いただきました。
当初予定では、38人の新人議員(本人)と26人の代理(秘書)の出席が
予定されており、関心はたいへん高かったようです。しかし、国会対策委員
会の待機組が多かったり、同じ時間に道州制度の部会があったりと、急に
出席できなくなった代議士が多く、若干さびしいスタートとなりました。

マスコミの注目は高く、フジテレビとTBSのカメラが入り、新聞社・通信社の
取材も非常に多く、臓器移植の問題に対する関心の高さを裏付けています。
勉強会の内容自体は、講師陣の皆さんのおかげで素晴らしいものになった
と思います。
これからさらに臓器移植法の改正に向けて細かい実務的な作業を進めて
いくことになります。

2006.2.14 火:

青少年問題特別委員会にて、初めての質問に立ちました。
子どもの安全についての参考人質疑だったので、NPO法人防犯ネットワークの
関係者や地元の防犯ボランティアの方にも傍聴に来ていただきました。
初めての質問で緊張し、思ったとおりつまづくことだらけでした。前日のうち
に質問事項を整理して参考人の先生方にFAX送信済みだったこともあり、
私の質問に対して各先生方から滑らかで素晴らしい回答があり、予想以上に
短い時間で用意していた質疑が終わってしまいました。その場で考えた質問
を続けて、なんとか質問時間を使い切ることができました。
今日の質疑で日本の安全対策に関してよくわかったことは、まったくと言って
良いほど犯罪社会学的な調査研究がなされていないことです。
たまたま参考人の立正大学の小宮先生がイギリスで犯罪社会学を研究
された方だったので、イギリスの例についてお尋ねしたところ、イギリスでは
安全対策の効果について客観データがたくさんあるのに、日本にはそれが
ほとんど存在しません。
きちんと事実とデータを積み上げて政策判断を下すイギリスと、情緒的に
なんとなく政策判断を下す日本との、政府のシステムのちがいのように感じ
ました。
日本でも客観データに基づいて合理的な政策判断を下せるような体制づくり
が急務だと思いました。
行政評価や基礎的な政策研究にもっと人員と予算を投入することが、究極的
には税金の効率的な使い方につながるとつくづく思います。

2006.2.12 日:

山本一太参議院議員のホームページで私のことを紹介していただきました。
「自民党・サムライ度ランキング」で番外の「未来のサムライ候補」として名前
を挙げていただきました。
ここで言う「サムライ」とは、「不必要に興奮したり、怒鳴ったり、(自分より弱
い立場の人間に)すごんだり」せず、「確固たる理念や目的を持って活動し」、
「自らの政治目標を実現する強烈な意志がある」、そして、「反発や批判を
恐れずに闘う覚悟がある」政治家のことだそうです。
山本議員曰く「表面はソフトでも頑固者の山内康一衆議院議員」ということで、
選挙に生き残ることが出来たら、「サムライ」になれる素質があると評価して
いただきました。
山本議員のご期待にこたえるべく、精進していきたいと思います。
詳しくはこちら↓

http://www.ichita.com/03report/data/1139664155.html

2006.2.8 水:

今日の党の海外経済協力部会は決戦のときでした。国際協力銀行(JBIC)の
再編にからめて、ODA実施機関の改革の問題が議論されました。
すでに政府の方針は概ね固まっていたものの、党との調整が終わっていな
かったため、今日の部会が方針の最終確定の場となりました。
JBICを廃止し、企業向けの融資部門は新しく設立される政府系金融機関に統合
され、途上国の政府向け円借款(ODA)部門は国際協力機構(JICA)に統合され
る方針に決まりました。
私は、JBICの円借款部門とJICA(無償資金協力と技術協力を担当)を統合し、
ODA実施機関を一元化することが望ましいと前々から考えていました。
ODA実施機関がバラバラだと戦略的な援助はできないし、業務の重複を招き
きわめて非効率です。JBIC円借款部門とJICAが統合してできるODA実施機関
はより効率的で有効な援助を実施できると思います。
一方、財務省や財務省寄りのお考えをお持ちの先生方は、JBICの存続(現状
維持)を望み、働きかけを強めていました。 JBIC解体派とJBIC存続派が部会の
場で激突しましたが、予想以上にあっさりとJBIC解体の方針に落ち着きました。
当然と言えば当然ですが、国民全体の利益を考えると、無駄な政府系金融機関
は解体・民営化が筋です。円借款については、金融というよりも、むしろ援助とし
ての側面が重要であるため、引き続き公的機関が担うことになりました。
きわめて妥当な結論に落ち着きました。
私もJBIC解体派の見地から、JBIC円借款部門とJICAとの統合を主張し、部会の
席で発言しました。微力ながらもODA実施体制の改善に向けて努力し、多少は
お役に立てたという実感があります。
今日は国会議員になって本当によかったと思いました。

2006.2.7 火:

今日は丸一日近く衆議院の予算委員会の待機でした。たまたま欠席議員の差し替えで
着席したら、けっこうテレビに写る位置だったようで、夕方の横浜の会合でいろんな人に
「さっきテレビで見たよ。」と声を掛けられました。
民主党の岡田元代表の質問は、興味深い指摘も多く、フェアでまじめな方だと思いました。
その他の野党の先生方の質問は繰り返しが多くて退屈になってきたので、昨日の予算
委員会の速記録に目を通していました。
昨日質問された伊吹先生などの自民党の大先輩方の質問には、チャーチルの言葉が
出てきたり、財政全体の方向性が議論されていたり、環境問題についての大局的な
見方が出てきたりと、読み応えのある速記録でした。
与党議員は重箱の隅を突くような質問はしないで、各人の哲学や基本方針を述べる
質問が多く、勉強になります。

予算委員会の最中に紀子様ご懐妊のニュースが流れました。男の子でも女の子でも
おめでたいことです。時期が時期なだけに、皇室典範改正問題とからめて議論されそう
な気がします。国民みんなでご無事の誕生をお祈りしましょう。

2006.2.3 金:

私が参加している勉強会のうち2つについて、対照的な報道がありました。

2月3日朝日新聞(朝刊)で「勉強会次々 政策問う」というタイトルで自民党新人議員の
さまざまな会のことが紹介されていました。なぜか私が「公募候補当選者の会」の代表
者であるかのように書いてもらっていました。しかし、この会には3回ほど会合に参加した
ことがあるだけで、中心になって活動しているわけではありません。

一方、日本経済新聞の新人勉強会の記事では、私が事務局を担当している「新人議員
外交勉強会」について書かれていました。こちらの勉強会では、私が川口より子参議院
議員(元外相)や外交部会の小野寺副部会長の指示を仰ぎつつ事務局を努めています。
しかし、代表者のところには私の名前がありませんでした。

皆さんに正確に理解頂くのは、やはり難しいものです。

2006.1.30 月:

自民党外交部会の下にある「国際NGOに関する小委員会」の事務局長になりました。
今は臓器移植法案の改正だけでも忙しいのに、またしても仕事が増えてしまい、地元
対策がおろそかになりそうで心配です。
さっそく本日、小委員会の小野寺委員長の事務所で外務省の民間援助支援室長と
人道支援室長から説明を受けました。打ち合わせをしていくうちに、だんだん熱っぽく
なってNGO強化のための方策について熱く語ってしまい、委員長から来週までにポジ
ションペーパー(政策の論拠や考え方を簡潔にまとめたもの)をつくるようにとの宿題を
もらいました。私の悪い癖は自分で自分の仕事をついつい増やしてしまうことです。
臓器移植法案で手一杯なのに・・・。

国際NGO小委員会の打ち合わせの後に、体調が悪く熱っぽかったので医務室に行って
みたところ、風邪でした。喉が腫れていて熱があるので、薬を大量にもらって、水分を
たくさんとってよく寝るようにとの指示。明日は駅頭の朝立ちもお休みです。

午後は本会議でしたが、補正予算の可決が予定されているため、禁足がかかって
いました。禁足とは、国会の周辺に待機していて、いつでも国会に戻れる状態にスタン
バイしておくことを言いようです(正確な定義は不明)。体調が悪いのですが、家にも
帰れず、議員会館の事務所で事務作業に集中していました。

2006.1.24 火:

今日は取材が3本入りました。
朝日新聞の総裁選に関する聞き取り調査、産経新聞の臓器移植法案関連の取材、
自由民主(自民党の月刊の機関紙)の「わたしのサラリーマン時代」というコラムの取材
が続けざまに入りました。午前中はずっとしゃべっていました。

インドネシアのユスフ・カッラ副大統領の歓迎昼食会に出席しました。
NGOスタッフとしてインドネシアに駐在していたときには、仰ぎ見ることさえ難しかった
インドネシア副大統領をまじかに見ることができてちょっと感動しました。山崎拓先生、
福田元官房長官、小池大臣など、有力議員が多数参加していて、私のような新人議員
が副大統領に直接話しかけるのは失礼な気がしてしまいました。
貿易額の多さ、マラッカ海峡の重要性、二国間の人の行き来の多さ等を考えると、
日本にとってインドネシアは非常に重要な国です。アセアン諸国との友好関係を深める
ことが、東アジアの平和と安定にも貢献すると思います。これからもアセアン諸国と日本
との関係強化のためがんばっていきたいと思っています。
久しぶりにつたないインドネシア語で若い随員に話しかけてみたところ、あんまり通じず、
自信を失いました。語学というのは、ちょっと使わないとすぐ忘れるものです。最近英語
力の衰えが激しいので、なるべくAFN(アメリカ軍基地のラジオ局)を聴くように心がけて
います。しかし、英語のラジオ放送を聴くとぐっすり眠れるということがわかっただけで、
英語力アップにはつながっていません。

外務省からユニセフ関係の来年度予算の説明を受けました。なんと学生時代の知り
合いが説明にやってきて、約10年ぶりの再会でした。懐かしさのあまり、「○○ちゃん、
結婚したの?」などと、セクハラ寸前の質問をしてしまいました。彼女によれば、私は
学生時代とあんまり変わっていないそうです。
ちょっとうれしいコメントでした。

2006.1.20 金:

通常国会が開会しました。

久しぶりに同期の議員たちと会って近況報告など。党の部会、自民党の全議員が出席
する両院議員総会、天皇陛下のお出迎え、本会議出席、委員会出席、小泉総理の施政
方針演説など等、印象的な行事の多い一日でした。

今国会はきわめて重要な法案が多く、先輩議員に言わせると、こんなにたくさん重要
法案が審議される国会は滅多にないとのこと。小泉改革最後の締めくくりで、重要法案
目白押しです。
厚生労働委員会関連では法案が13本あり、かなり数が多いようです。その上に臓器
移植法の改正案を追加すべく努力しており、状況は楽観できません。
臓器移植を待っている患者さんたちのためにも、臓器移植法の改正案の成立に向けて
全力で取り組んでいきたいと思っています。

2006.1.18 水:

パキスタンの上院外交委員会のメンバーと意見交換を行いました。
主にパキスタン地震後の日本の援助のあり方についてお話しました。
昨年11月の援助国会合で十分な資金的な支援を受けられるめどがつき、資金的な
支援とあわせて技術的な支援を日本に期待しているそうです。
JICAの技術協力スキームにより防災技術(ソフトもハード)や障害者のリハビリや
職業訓練の面で日本として協力できるのではないかと提案しました。
日本は自然災害の多い国なだけに、防災や復興のノウハウについては世界最高
水準で、世界中から期待されています。
日本の強みをいかした国際貢献を推進していきたいと思います。

2006.1.15 日:

NPO法人防犯ネットワークの皆さんと情報交換会を開きました。
主に子どもの安全を守るための防犯ネットワークのみなさんの活動のお話を伺い、
NPO法人のマネジメントのあり方、企業や行政との付き合い方等について意見交換
しました。
社会問題を行政だけで解決できる時代は終わりました。
行政とNPOや地域社会が連携して、社会の問題を解決していく、公共セクターを
担っていくことが大切です。
子どもの安全に関しても、警察や学校とPTAやNPOが一緒になって問題解決に
向けて協働していくことが大切だと強く感じました。
防犯ネットワークさんのホームページでそのときのことをご紹介いただきましたので、
ご参照ください。
http://blog.bouhan-net.jp/?day=20060116

2006.1.13 金:

このところ毎日のように賀詞交換会に出ています。
実のところ「賀詞交換会」という言葉を政治家になって始めて耳にしました。
「ガシコウカンカイ」と聴いて、「ガシ」ってなんだろう、としばらく考えた末、恥を忍んで
人に尋ねました。
「新年会のことですよ。」とあっさりした返事が返ってきて、初めて「賀詞」だと認識でき
ました。
業界団体、市役所・区役所、市会議員・県会議員等の賀詞交換会のお誘いが沢山
重なり、それに出るのが1月中の主要な仕事になりました。
賀詞交換会ではスピーチをさせてもらえる機会もあるのですが、まだまだ苦手で毎回
苦労しています。

2006.1.12 木:

産経新聞からお正月の過ごし方について電話取材を受けました。
国会議員になった今年のお正月と、インドネシアのスマトラ島で緊急援助に従事していた
昨年のお正月のギャップが興味を引いたようです。14日(土)の産経新聞神奈川県版に
短い記事が出る予定です。

2006.1.9 月:成人おめでとう!

川崎市主催の成人式に参加しました。
テレビを見ていると、成人式が大荒れといった事件がたくさん出てくるので、どうなること
かと心配しながら、会場に向かいました。
川崎市の成人式ではごく数名のうるさい人がいましたが、テレビで報道されているよその
成人式ほど大騒ぎをする新成人はいませんでした。
ほんの数名を除けば、予想以上にお行儀が良かったので安心しました。
私は12年前に当時住んでいた三鷹市主催の成人式に出席しましたが、その時と比べて
良くも悪くもなっていないように感じます。
古代エジプトの遺跡で、「最近の若者はなってない」といった趣旨の古文書が見つかった
こともあるそうです。「最近の若者」を批判するのは、有史以来いつの時代でも大人の
特権ですが、今の若者にもいいところはたくさんあります。
何かの雑誌の特集で読みましたが、最近の20~30歳代は「平和」と「環境」というキー
ワードに敏感に反応するそうです。
一部の問題事例だけを取り上げて嘆くより、良いところにも目を向けて、良いところを
伸ばして、がんばっている若者を応援する社会をつくりたいものです。
新成人の皆さん、がんばってください!

2006.1.6 金:懐かしいNGO時代の仲間と 

昔働いていたNGOの事務所が新しい場所に引っ越したので、お披露目のパーティーが
あり、それに参加しました。
政治活動にかかわる前、JICAで働きながらボランティアでNGOの理事をやっていました
が、その頃、管理費をカットするためより家賃の安いオフィス探しを手伝っていました。
私もオフィスの賃貸の条件を話し合う打ち合わせに参加していたので、無事にオフィスが
決まり、晴れてお披露目パーティーに漕ぎ着けることができて、満足でした。
久しぶりにNGO時代の仲間たちにあって、難問問題の現状やそれに対する外務省の
姿勢等など、いろいろ情報を仕入れることができました。通常国会が始まったら衆議院
の外務委員会で質問してみたいテーマも見つかり、収穫は大きかったです。
また、1年ほど前に企画立案に参加していたプロジェクトのいくつかがすでに実現しており、
ちょっと見ないうちにいろいろなことが前進していてうれしく思いました。
NGOスタッフ、ボランティア、インターンの学生、大学教授、ジャーナリスト、支援者の皆
さん、そして難民など、職業も年齢も国籍さえ異なるいろいろな人たちが集まった刺激的
なパーティーでした。

2006.1.3 土:お正月の会館ごもり 

お正月休み(?)は議員会館にこもり続けています。
大晦日の昼間、元旦の夕方、2日の終日、3日の昼間とずっと議員会館でパソコンに
向かっています。
某新聞社の硬いオピニオン誌に6千字のエッセイを書かせてもらえることになり、締め
切りを目指して必死でパソコンを叩いています。もっとも編集の段階でボツになるかも
しれないので、まだ雑誌名は伏せさせていただきます。

年末年始も毎日来るので議員会館の衛視さんたちとも顔なじみになってきました。
さっき地下鉄の駅であった私服姿の衛視さんたちも気軽に声をかけてくれました。
たまにはこうして一人きりになって書き物をするのもいいものです。自分の頭の整理
にもなるし、記憶があやふやなところを調べ直したりするのもいい勉強です。
やはり人間には一人になって考える時間が必要だと思います(と負け惜しみ)。

一人になるのはいいのですが、永田町近辺は年末年始に空いているお店が少なくて
苦労しました。たまたま空いている店は焼肉屋だったりしますが、一人ではちょっと入り
難いですね。結局この数日間でカップ麺を4回食べ、牛丼屋に5回行きました。
昨日の夜は「Y家」で、今日の昼は「M屋」だったから、夕食は「Sや」にしよう、という具合
の食生活です。
ちょっと寂しい正月休みだったでしょうか。

2005.12.31 土:今年1年いろいろありました。 

私にとって嵐のような激動の1年が今日で終わります。
総理官邸を見渡せる議員会館520号室で1年を振り返りながら、この文章を書いて
います。さすがに大晦日に議員会館でパソコンに向かっている国会議員はほとんど
いないようで、会館は閑散としています。

去年の今頃はインド洋津波災害発生直後のインドネシアのスマトラ島で緊急人道援助
に携わっていました。今年の初日の出はメダン空港の倉庫で援助物資の積み込みの
手続きをしながら迎えたものでした。思えば、激動の1年の始まりにふさわしい忙しい
お正月でした。

そして今、9月11日の総選挙を経て、衆議院議員として活動しています。
自分でも信じられないくらい変化の激しい1年間でした。

政府機関(JICA)で働いているときには、行政システムの非効率や硬直性に悩まされ、
今の政府の仕組みを大きく変えなくてはいけないと思いました。

NGO/NPOで働いているときには、政府がパブリックセクターを独占するシステムが
すでに破綻していることに気づき、行政とNPOや企業、地域社会とが一緒になって
パブリックセクターを担っていく「新しい公共」が必然の流れだと感じました。

今年は経済効率至上主義の弊害が顕著になりました。来年も「自立した市民からなる
やさしい社会をつくる」というビジョンのもと、官から民へ、小さな政府へという構造改革
路線を進めるため、国政の課題に全力で取り組みます。

何でもお上まかせの中央集権全体主義国家でもなく、経済効率最優先の弱肉強食の
市場万能主義でもなく、小さくても効率的な政府と思いやりのある市民社会を目指した
制度づくりに取り組んでいきたいと思います。 

2005.12.24 土: 

自民党本部耐震偽装問題ワーキンググループの視察に同行して、川崎市内のマンション
を視察しました。マンションの中に入って壁紙をはがして内部の状況を見せてもらい、
住民の代表者の方のお話を聞きました。
悪質な業者の不法行為により、せっかく買ったマンションから対処しなくてはいけなく
なった住民の皆さんの怒りと、いまだにマンションに住んでいる皆さんの不安は、想像に
難くありません。私も視察の最中に「今地震が起こったらどうしよう?」と不安な気持ち
になりましたが、住民の皆さんはその何十倍も怖くて不安な思いをされているのかと
思います。
耐震偽装問題ワーキンググループの主要メンバーは新人議員で、事務局長の牧原
代議士(弁護士)も新人議員です。マスコミも小泉チルドレンの中で杉村代議士や女性
議員ばかりではなく、牧原代議士のように自分の専門性を活かしてがんばっている
即戦力の新人にもスポットライトを当てて欲しいものです。

2005.12.22 木: 

立法スタッフネットワーク(?)という勉強会の人たちの忘年会に参加しました。
党職員(自民、民主)、議会スタッフ(衆参両院の調査部門や法制部門)、政策担当
秘書(自民、民主)、大学教員、民間企業(コンサルタント会社等)の人たちの勉強会
ですが、党派を超えてより良い政策づくりのために集まっています。
議員で出席していたのは私一人でしたが、民主党の政策秘書や党職員と話をしたのは
初めての経験だったので刺激的でした。やはり日本の議会では、政策立案のための
インフラが不十分だと感じました。
改善すべき点としては、
(1)政策秘書の増員(現在1名⇒せめて5名に)
(2)シンクタンクの創設・強化
(3)政党の政務調査会の機能強化
等があげられます。
時間をかけて取り組んでいきたいテーマなので、勉強会で出会った人たちと意見交換
しながら、じっくり勉強したいと思います。

2005.12.20 火: 

マスコミでも取り上げられましたが、総理官邸で無派閥新人議員の忘年会に出てきました。
総理の考えとしては、派閥に属している新人議員は派閥の会合等で先輩議員の指導
を受けられるのに対して、無派閥の新人は年末も議員同士の交流が少なくてさびしい
思いをしているだろうから、さびしい思いをしないように忘年会を開いてあげよう、という
趣旨だったようです。
小泉総理、安倍官房長官、党4役(幹事長、政調会長、総務会長、国対委員長)が参加
した豪華な忘年会でした。新人議員が集まる席では、毎回、幹部の皆さんから、政治家
としての心がまえ、若い頃の失敗談、選挙対策のコツ等など、非常に有益な知恵を授け
てもらえます。勉強になるので、月に1回くらいのペースでこういった新人向けの会合を
開いてもらいたいものです。
無派閥の新人議員が50名近く参加し、総理官邸に招かれた場合の恒例の「1分間
スピーチ」をやりました。私の場合、地元の会合であいさつすると、短すぎるとよく指摘
されます。「1分間スピーチ」なのに、たぶん1分足らずで終わってしまいました。しかし、
1分間スピーチなのに1分間で終わる議員はほとんどいません。みんな2~4分程度は
話していたように思います。政治家の話は長くなる傾向があり、世間ではけっこう嫌われ
ているようにも思います。短くて心のこもったシャープなスピーチを目指して、工夫して
いきたいと思います。

2005.12.16 金: 

青少年問題特別委員会に出席。
子どもの安全がテーマで、国会が閉会中にも関わらず急遽開催されました。
やはり地域のPTAの皆さんとお話しても、子どもの安全に非常に不安を感じている方が
多いです。委員会でも地域のボランティアの皆さんが活躍している事例が多数紹介され
ました。地域のボランティアと学校や警察との連携が鍵になりそうです。
委員会は始まったばかりで結論は出ていませんが、重要なテーマなので真剣に取り組ん
でいきたいと思っています。

2005.12.13 火: インタビュー漬け

午前中は外務省へ行き、塩崎外務副大臣にインドネシアの津波被災地の調査結果を
報告しました。
自民党外交部会の下にある国際NGO小委員会の事務局的な仕事をやるようにとの
指示を受けました。新人議員なので役職には就けませんが、これまでのNGOでの経験を
フルにいかして、国際NGO小委員会としてガンガン提案していきたいと思っています。

午後は取材ラッシュでした。
最初にイスラエルの新聞社の取材を再び受けました。
日本の女性が子どもを産まなくなった理由、少子化対策など、日本語でも答えにくい
質問にしどろもどろになりながら英語で答えましたが、途中からイスラエル大使館の
通訳さんの助けを借りました。さらに来年1月上旬の小泉総理のイスラエル訪問の
期待される成果、小泉総理の中東和平についての考え方等など、難しい質問が続き
ました。日本はイスラム教徒でもキリスト教徒でもユダヤ教徒でもなく、パレスチナ側
からもイスラエル側からも比較的中立に見られやすいという強みがあると思います。
そういった強みをいかして、イスラエルとパレスチナを結ぶ仲介者としての役割が果た
せると思います。
また、日本の政府開発援助を通じて、パレスチナ自治区の経済開発を手助けすること
で、紛争の遠因(root cause)となっている貧困問題の解決に貢献できると思います。
そういった希望的な意見を述べたところ、納得してくれた様子でした。
イスラエルの新聞にどんな記事がでるのか不安です。

続いて政治家の主張をインターネット上で流している会社の取材を受けました。
当選後の抱負、やりたいこと、国民の皆様へのメッセージ等の質問に答えました。
その会社の人たちに「こんなことやって儲かるんですが?ボランティアみたいなもの
でしょう?」と率直な感想を尋ねたところ、本当にボランティア的にやっているとの返事
でした。利益だけでなく公益も考えている志のある会社で、たいへん好感が持てました。

さらに母校の国際基督教大学(ICU)の同窓会会報の取材を受けました。
学生時代、JICA職員時代、NGOスタッフ時代等の思い出話、国政を志したきっかけ、
抱負等について質問されました。大学の後輩の記者さん(本職は広告代理店や企業の
広報担当)とは、けっこう打ち解けた感じでインタビューに答えることができました。
ちょっと口が滑ったかな、というような突っ込んだ内容の話をしてしまい、思い返して
若干後悔しています。

最後に某テレビ局のディレクターから臓器移植法案の改正について取材を受けました。
河野太郎さんとともに臓器移植法案の問題点、改正が必要な理由などについて説明
しました。これまで臓器移植問題について本や資料を読み、専門家からレクチャーを
受けていたものの、いくつかの質問には適切に答えられず、河野さんに頼りきりでした。
まだまだ勉強が足りません。移植を待つ多くの患者さんのためにもしっかり勉強しようと
決意を新たにしました。

2005.12.12 月: 女性議員パワー

自民党神奈川県連の学生部が主催する勉強会に行きました。
川口より子参議院議員(元外務大臣)と猪口邦子大臣(少子化対策、男女共同参画)の
2名の女性議員をお招きして、女性議員から見た国政について講演と質疑応答があり
ました。
学生部主催のイベントなので、大学生が対象なのですが、100名近くの応募があり
ました。学生の熱心さと両議員の人気に感心しました。お子さん二人を育てながら、
キャリア官僚としてバリバリ仕事をして、大臣にまで上り詰めた川口さんのような人材を
もっと活用することができれば、日本の経済も政治もうまく行くことでしょう。
子育て支援にもっと予算をつけることは、長期的には有効な投資だと思います。
優秀な女性を労働力として確保しつつ、子どもの数を増やすため、できることはたくさん
あるように感じます。

勉強会を途中で抜け出して東京に戻り、公募の新人議員の忘年会に参加しました。
新人議員15名ほどに加え、安倍官房副長官、塩崎外務副大臣などの元党改革実行
本部の公募関係者も参加した会になりました。
国会議員というのはさまざまな分野の専門家がいて刺激になることが多く、忘年会と
言えども馬鹿にはできません。国際司法裁判所への日本の貢献のあり方、忙しいスケ
ジュールをうまくこなす方法、選挙必勝法など等、情報交換に励みました。
ちなみに女性議員団が弾けていて、ここでも女性パワー炸裂でした。

2005.12.10 土: 

川崎市で開催された「発達障害者支援法を考える」というシンポジウムに参加しました。

発達障害者支援議員連盟の福島豊衆議院議員の講演に続き、自閉症のお子さんを
持つ親、就労支援施設の方等から報告がありました。
発達障害者や自閉症のお子さんをもつ親(特に母親)や地域の支援者の皆さんの熱心
さに感心しました。
多くの方々がおっしゃっていて印象的だったのは、単にハコをつくるだけではダメだし、
場合によってはハコモノは不要であり、本当に必要なのは地域の支援者のネットワーク
であるという点でした。

これからの行政は、地域の支援者のネットワークを支え、障害者が地域社会の中で
生きていけるように支援すべきではないかと思いました。行政の押し着せのサービス
より、行政が地域のボランティアやNPOを支えるというスタイルが有効だと思いました。
さらに、社会貢献活動の一環として障害者を積極的に雇用している企業もあります。
行政の支援を受けつつ、地域社会の支援者、地域のNPOや企業が一緒になって、
障害者にやさしい社会を創っていく、そのための基盤整備に国政の場で取り組んで
いきたいと思います。

2005.12.9 金:

山本一太参議院議員(自民党・外交部会長)に政府系金融機関の再編問題に関して
話を聞きに行きました。
政府系金融機関の中でも特に国際協力銀行(JBIC)の動向が気になっています。
国際協力銀行は、5年ほど前に当時の輸出入銀行(輸銀)と海外経済協力基金(OECF)
が統合されてできたものです。そもそも民間企業に資金を貸し付ける輸銀と、政府開発
援助(ODA)の一環として円借款という形で途上国政府に資金を貸し付ける海外経済
協力基金では、性格が大きく異なり、うまくいくはずがありませんでした。実際この5年間、
国際協力銀行の円借款部門はあまりうまくいっている印象を受けません。

国際協力銀行のうち円借款(旧海外経済協力基金担当分)の部分は、もうひとつの援助
機関であるJICA(独立行政法人 国際協力機構)と統合した方がいいと思います。
円借款は、別の言い方では、有償資金協力とも呼びます。JICAは無償資金協力部門を
抱え、資金が有償(返済が必要)か無償(贈与)かのちがいはあっても、円借款と同様に
インフラ整備のための援助を実施しています。また、JICAとJBICを統合することで、調整
コストが削減でき、さらにJBICよりも広いJICAの在外事務所ネットワークを活用して
円借款を実施することができるようになります。
山本先生は私と同じく元JICA職員で、経済協力畑(ODA畑)の専門家です。山本先輩も
JBICを解体して、円借款部門をJICAと統合すべきと考えています。これからいっしょに
JICAとJBICの統合に向けて努力していきたいと思います。

午後は自民党の税制調査会(税調)に出席しました。党の税調と言えば、マスコミの注目
度も高いようで、会議室の前はおびただしい数の記者さんが詰め掛けていました。
私が今回特に注目していたのは、「認定NPO法人制度の要件緩和」というテーマです。
認定NPO法人というのは、寄付金に対する税控除を受けられる法人のことです。
2万4千も存在するNPO法人のうち、認定NPO法人の認可を得ているのは38法人しか
ありません。きわめて認可の要件が厳しく、提出すべき書類も膨大な量になるため、
小規模なNPO法人ではとても認定NPO法人になれないのが現状です。
内閣府のNPO支援担当部署と協力して、税調の場で認定NPO法人制度の要件緩和を
要望すべく準備してきました。数少ない「NPO族議員」として、NPOと市民団体の利益を
代弁するため、気合を入れて党税調に臨みました。

さて、税調の場で認定NPO法人制度の議論が始まると、私も挙手をして発言を求め
ました。しかし、前の方の席の先輩議員が最初にあてられ、その先輩議員が私の主張と
同じような発言をされ、その意見が委員長に取り入れられました。
そんなわけで結局、私の発言のチャンスはなくなりましたが、望んでいた結果になった
のでまあ良かったです。

2005.12.08 木:

今日は当選後初めて「ミニ集会」を開催しました。
朝の駅頭演説で与党パキスタン地震対策本部の現地調査報告についてのチラシを
お配りしたことがあり、そのチラシを見た方から激励のメールをもらいました。
メールをやり取りしているうちに、パキスタン地震被災地やインドネシア津波被災地に
おける援助活動や途上国援助一般について話を聞きたいという申し出をいただき、
ミニ集会を開催することになりました。
参加者はわずか4名の集会でしたが、人数が少ないがゆえにリラックスして話せたし、
質疑応答の多い対話型の集会になって良かったです。

選挙区にお住まいの皆さま、ミニ集会のご要望があれば、是非ご連絡下さい。
登戸の事務所でも、ご自宅でも、集会場でも、どこでもOKです。トピックは、国政一般の
こと、NPOのこと、国際協力のことなど等。

ご連絡をお待ちしております!

2005.12.04 日:「臓器移植」を前へ

次の通常国会では臓器移植の問題に取り組もうと思っていますが、河野太郎代議士
(法務副大臣)のメールマガジン「ごまめの歯ぎしり」に、私の名前が出ていました。

(以下、転載。)
-----------------------------------------
第13回和歌山臓器移植研究会 学術講演会。
臓器移植ネットワーク 主席コーディネーター 小中節子
大阪大学大学院 医学系研究科 外科学講座講師 福嶌教偉
衆議院議員 河野太郎
三人がそれぞれ講演。五百人以上入りそうな会場は満員、立ち見。

その後、参加した専門家と意見交換会。
心臓死はみんな死んでいるのかという問いかけが出され、ええっと
思っていると、日本で移植を受けた人の中には二年間、本人の心臓
は動いていなかった、つまり人工心臓だけで生き延びていた人がい
る。移植後に、二年目で初めて自分の心臓が動いた。

心臓死が人の死なら、この人は二年間死んでいたのですか?
人工心臓をつけて移植を待っていた人の中に、脳出血から脳死になった人がいる。
脳死であり、心臓死なのだが血流はあり、身体は暖かい。
臓器提供を希望されていたが、脳波をとると人工心臓に反応し、ルール通りに脳死
判定が完了できず。腎臓と角膜の提供にとどまる。

参加していた方々から、山内康一代議士が熱心に取り組んでくれているとのお褒め
の言葉を頂く。
たしかに彼は僕と違って移植を経験しているわけではないが、他人の気持ちを思い
やることができる人間だ。
がんばれ山内。
------------------------------------
(以上、転載終わり。)

臓器移植に関わっている医師、臓器移植を受けたご本人、臓器移植を受けたお嬢さん
を持つ親といった方々に、これまで臓器移植のお話を聞いてきました。
臓器移植に関わる法制度や政策さえ整っていれば、死ななくてもいい患者さんがたくさん
亡くなっています。
日本では15歳未満の脳死が認められていないため、子どもの臓器移植が特に難しく、
かなり高額の費用をかけて海外へ移植を受けに行かざるを得ないケースも多く発生して
います。
法改正により、そういった子どもたちを救う道をつくりたいと思います。
次の国会でなんとかしたいと思います。

2005.12.02 金:新人教育は続く

ずいぶん長いことブログをお休みしていました。
愛読者(?)の皆様、申し訳ありません。

今日は小泉総理との「カレー懇談会」が開催されました。
新人議員の半分(約40名)が参加し、各自1分間スピーチを披露しました。
私はあいかわらずスピーチが下手で、1分と言われても30秒くらいで終わってしまい
ました。人によっては5分くらい話す人もいて、人それぞれです。

小泉総理からは、新人は1年くらい派閥に入らず、様子を見るように、といったコメントが
ありました。また、総理からのアドバイスとして、「忘年会や新年会に呼ばれてあいさつを
するときには、なるべくあいさつは短くするように。」とのコメントがあったのが印象的
でした。

総理官邸を離れるときに、生まれて初めてのぶらさがり取材を受けました。
余計なことを言わないようにと、かたくなってしまい、ついつい当たりさわりのないコメント
になってしまいました。
その日の夕刊を読むと、新聞記者さんにけっこう内容を詳しく説明している新人議員が
いた様子で、かなりカレー懇談会の内容が的確に記事になっていました。

2005.11.24 木:イスラエル大使館の新人議員向け昼食会

今日の昼食はイスラエル大使公邸で開催された昼食会に参加しました。
イスラエル大使館で広報担当として働いている友人を通じ、イスラエル大使から
「自民党の新人議員の皆さんにイスラエルについて知ってもらう機会をつくりたい」と
いった趣旨の申し出がありました。

イスラエルというと一般の人は、「テロの多い国、パレスチナの紛争の当事国」といった
印象が強いのではないでしょうか?私はたまたまイスラエルに行ったことがあり、イスラ
エルの普通の人たちの暮らしやガザ地区やヨルダン川西岸地区のパレスチナ人自治区
の様子を少し知っていますが、普通の日本人は「イスラエル」と聞いても印象が薄いと
思います。

イスラエルには親日派が非常に多いのですが、日本には親イスラエル派は必ずしも
多くないかもしれません(かといって反イスラエル派が多いわけでもありません)。
印象の薄いイスラエルについて知ってもうためには、何か一工夫必要です。そこで、
まずは気楽にお食事でも食べながらイスラエルの文化や生活について知って
もらう機会をつくることになりました。
私が窓口になって自民党新人議員83名に呼びかけ、イスラエル大使からのお招きに
応える形で、今回の大使公邸での昼食会が実現しました。国会閉会中にも関わらず、
11名の新人議員が参加してくれました。

昼食会ではまずコーヘン大使からイスラエルの地理、経済、技術レベル等について
ご説明いただき、その後はゴラン高原(自衛隊が停戦監視活動を行っている場所です)
で獲れたブドウを使ったイスラエルワインで乾杯しました。乾杯の発声は、私 山内康一
がつとめさせていただきました。おいしいイスラエル料理を食べながら歓談し、他の新人
議員の皆さんにも楽しんでもらえたと思います。少なくともイスラエルが多少身近になった
ことでしょう。

外交も国会議員の重要な仕事のひとつですが、国と国との関係の基礎はやっぱり人間
関係だと思います。イスラエルの大使や公使と知り合うことができ、これから必要が
あればコンタクトできるチャンネルをつくることができて良かったと思っています。
また、われわれ国会議員は外交問題についても適切な判断が求められる立場にあり、
常日頃から国際情勢について知っておく必要があると思います。こういった機会を通じて、
同僚議員と一緒にイスラエルや中東情勢について勉強することができて良かったと
思います(自画自賛ですが・・・)。

PS:明日からユニセフ議員連盟の仕事でインドネシアのスマトラ島津波災害被災地の
視察に行ってきます。しばらくブログはお休みします。

2005.11.22 火:マスコミ報道いろいろ。

自民党の立党50周年記念式典に出席しました。
音楽や映像等にも凝っていて、新人議員のエース・杉村太蔵代議士による立党50年
宣言の宣誓といった見せ場もあり、盛大な式典でした。
あいかわらずの杉村さん人気で、杉村さんが入場しただけで笑いが起きるほどでした。
やっぱり翌日のワイドショーやニュース番組でも杉村さんの注目度は抜群でした。

午後は某民放テレビ局のニュース番組の製作スタッフから臓器移植法案の改正に
ついて取材を受けました。もっとも取材といってもテレビカメラは入りませんでした。
これからの取材についての打ち合わせといった雰囲気の取材でした。
彼はずっと臓器移植の問題を追いかけており、臓器移植の問題についての知識が
非常に豊富で、私の方が逆に質問攻めにしてしまいました。
興味本位の取材ではなく、真摯に調査報道に徹しようとする態度に非常に好感が
持てました。テレビ局の調査報道も捨てたものではないな、と感心しました。

国会議員の仕事のひとつは国政の課題や法案の内容を国民の皆さんにわかりやすく
説明し、理解を求めていくことだと思います。ミニ集会や駅頭演説で説明できる範囲は
限られていますが、テレビや新聞といったメディアの協力を得ることができれば、より広く
より多くの国民の皆さんに訴えることができます。
社会をより良い方向に変革していくためには、まじめに社会の問題を追いかけている
マスコミの人たちとの連携が欠かせないと思います。

2005.11.21 月:初心新たに

立党50周年記念行事の一環として自民党の学生部全国大会が開催され、私も「青年局
次長」という肩書きで参加しました。
いまだに大学院に在籍している私は、本当は学生部に入れるのかもしれませんが、次長
の肩書きで参加させていただきました。学生部代表者会議の議事が終わると、テーブル
ごとに学生と国会議員との少人数の懇談会が持たれました。
私の場合、6名の学生からいろんな質問を受け、それに答えるという形式の懇談でした。
「派閥についてどう思うか?」とか、「国会議員になりたいと思ったきっかけは?」といった
質問が続き、公募の面接試験を思い出しました。

私の場合、政治に関心があって政治家を目指したという感じではありません。
途上国援助の政策や教育政策といった政策論に関心があり、政策を形成し、それを実現
していくためにはどんな職業に就けばよいかと自問自答した結果、政治家になるという
選択肢を選びました。
最初に途上国の貧困問題や教育問題に関心があり、それらの問題解決のための政策
を形成し、実行に移していくためには政治を変革しなくてはいけないと思い、政治家を
志しました。

学生との対話を通じて、政策通の国会議員を目指して精進しようと決意を新たにしました。

(ところでこれをいつも読んで頂いている皆様、毎度”オチ”がない文章ですみません)

2005.11.18 金:国政報告三昧

なぜかイスラエルの雑誌のインタビューを受けました。
イスラエル人の記者さんに質問され、小泉改革の行方、新人議員の活動等、1時間半
ほどお話ししました。イスラエルでは日本に対する期待が高まっているそうで、記者の
方も日本の政治や文化をかなり勉強していました。
日本人はアラブ諸国からもイスラエルからもそこそこ(?)好意を持たれており、宗教的
にも非キリスト教国かつ非イスラム教国ということで、中立的な立場で発言しやすい状況
にあります。
将来的には、パレスチナ問題を抱えるイスラエルとパイプをつくり、中東和平に日本が
積極的に貢献できるのではないかと思っています。イスラエルともアラブ諸国とも友好的
な関係を作っていきたいものです。

夜は「国政報告」というタイトルで古巣のJICA(独立行政法人国際協力機構)で国政報告
会を開催しました。元上司や元同僚に向かって話しをするのは、緊張するし、話しにくい
内容もあるし、かなり苦痛でした。さらに冒頭でJICA時代の知人が撮影してくれた選挙
活動のときのビデオを上映しましたが、これが見るに耐えない恥ずかしさでした。
自分で自分の映像を見るのは本当に恥ずかしいものです。ビデオが終わるまで冷や汗
をかいていました。そんなこんなで講演はさんざんの出来具合で大失敗でした。
まだまだ人前で話しをするのは上手くなりません。

2005.11.16 水:「鉄砲玉」拝命!

臓器移植法案の改正に向けた準備が進んでいます。
臓器移植法案のように倫理観に関わる法律については、内閣提出法案ではなく、
議員立法で法案を制定するのが慣例になっています。また、倫理観や死生観に関わる
課題であるため、党議拘束もなく、超党派で法案を制定していくことになります。

神奈川県連会長の河野太郎代議士は、ご自分が生体肝移植を経験したという事情も
あり、臓器移植法の改正を強力に主張されています。しかし、河野さんは今回の内閣
改造で法務副大臣に就任し、政府の一員になったため、議員立法に関わることが
できません。
そこで私、不肖の新人議員 山内康一が、河野さんの仕事を一部引き継いで臓器移植
法改正に向けた準備をさせていただくことになりました。
河野太郎さんのメールマガジン「ごまめの歯ぎしり」の11月15日号を転載します。

-----以下転載-----

ごまめの歯ぎしり メールマガジン版 河野太郎の副大臣日記 ============================================================
新人の山内康一代議士が、僕が政府入りしてしまったので臓器移植法の改正は
どうなるかと心配してくれている。
彼を後任の鉄砲玉に任命する。

-----以上転載終わり-----

というわけで、河野太郎さんの後任として、臓器移植法改正の「鉄砲玉」に就任しました。

国の第一の仕事は国民の命を守ることだと考えます。
臓器移植法案の改正で多くの命を救うことができます。
しかも臓器移植法の改正は、議員立法でなければできない法改正です。
国会議員にしかできない仕事です。

賛否両論あり、難しい課題ですが、国会議員としての責任を果たすべく、
全力でがんばります!

2005.11.12 土:国会の無いある1日

今日は多摩区の区民祭でした。さまざまなブースを見て歩きましたが、地元に知った顔
が増えてきて声をかけてもらえることが多くなってきて、うれしいものです。

午後は忙しい中、無理して時間を作って、立教大学大学院の立法学の講義に行って
みたら、なんと休講でした。前回の講義を休んでしまったので、休講になったことを知
らず、無駄足になりました。たまたま立法学の客員教授が衆議院法制局の部長さん
なので、月曜日に休んだクラスの講義資料をもらいに行くことにします。

その後、横浜の神奈川県連政治大学校の開校式に出ました。政治大学校というのは、
一般社会人向けの教養講座的な講義と、政治家を目指す人向けの専門講座の二つ
から成ります。開校して10年目になりますが、これまでに卒業生から福田さん(横浜)
と木原さん(熊本)という2名の代議士(中退者にも数名代議士がいます。)を輩出して
います。
今年は例年になく希望者が多く、市民の皆さんの政治への関心が高まっているようです。
某代議士は「杉村効果」と呼んでいましたが、これまでだったら政治大学校に関心を
持たないような経歴の人たちが多数応募してくださったようです。

開校記念講演では小池百合子環境大臣が環境問題についてお話しされました。
立教大学大学院の講義を聴けなかった分、小池大臣の講義を聴けました。
ちなみに、最近購入した私の愛車は中古で低価格の初代プリウスです。中古車なので
再利用=リユース、低公害車なので環境に優しく=リデュース、部品のリサイクル性も
高いです。さらに国会に行くときも荷物が多くない限りは電車通勤しており、環境に優しく、
かつ、低コストの生活を実践しています。

最後の懇親会では政治家を志す人たちとお話しする機会がありましたが、このブログを
読んでくれている人が予想以上に多くて驚きました。気を入れて書かなくては・・・。

2005.11.11 金:スマトラ再訪決定

ばたばたしており、ブログのお休みが続いておりました。すみません。
先日パキスタンに地震対策本部の現地調査に行ったばかりですが、今度はインドネシア
のスマトラ島に現地視察に行くことになりました。
インド洋津波災害の復興支援の状況について視察するため、ユニセフ議員連盟の一員
として11月25日から30日までインドネシアのスマトラ島に行きます。

インド洋津波災害から1年近くたちますが、いまだに被災者の皆さんは苦しい生活を強い
られているケースが多い様子です。
私も昨年12月末から2週間ほどNGO(ピースウィンズ・ジャパン)の緊急援助チームに
一員としてインドネシアのスマトラ島に行きました。
当時の身分はJICA職員でしたが、年末年始の休暇に4日間のボランティア休暇制度の
有給休暇をくっつけて、2週間ほどボランティアとしてNGOの緊急援助のお手伝いをしま
した。ボランティア休暇を利用してNGOの国際緊急援助を手伝ったJICA職員は、私が
第一号だったと思います。思えば、JICAでは前例のないことをたくさんやって、上司や
人事部を困らせたものでした(JICAの皆さん、すみません。)。

そんなこんなで、スマトラの緊急援助オペレーションに参加してかれこれ1年近くたち、
その後のスマトラの様子が気になっておりましたので、ユニセフからの申し出をありがたく
お受けしました。この2日ほど渡航手続きに終われております。残念ながらユニセフは
現地滞在費を負担してくれるものの、インドネシアまでの渡航費は負担してもらえない
ため、インドネシアと日本の間の航空券代は自腹になります。シンガポール経由の格安
航空券を約6万円で予約し、準備万端です。

某大手新聞社のインドネシア支局長さんから携帯に電話が入り、現地ジャカルタでの
取材の申し込みがありました。彼とは今年1月にもインドネシアのスマトラでご一緒した
ことがあり、また、東京でも何度かお会いしたことがあって、10年近く前からの長くて
淡いお付き合いです。仕事の関係で数年に1度会うだけですが、その度にお互いの過去
数年間を振り返り、旧交を温めています。彼に会えるのもインドネシア行きの楽しみです。
新聞記事にしてもらえれば、多くの日本の方々にスマトラ島の被災者のことを知ってもら
えます。

インド洋津波災害の被災者の皆さんの苦しみは終わっていません。インド洋津波災害の
被災者のことを忘れないでほしい、というメッセージを新聞記事を通して広く発信していけ
れば良いと思っています。

2005.11.06 日:佐賀の福岡議員

同僚新人議員の福岡資麿さんの応援に佐賀市に行きました。
福岡さんは私と同じ昭和48年生まれの新人議員です。
立候補する前は三菱地所でサラリーマンをやっていたさわやか好青年です。

http://www.takamaro.jp/top_new.html

彼は佐賀1区選出の衆議院議員で、「福岡」という姓です。
自己紹介するときには「佐賀1区選出の福岡です。」と言っているのでしょうか?
混乱を招きやすい名前で、きっとご苦労されていることだろうと、余計な心配をして
しまいます。

佐賀城跡は立派なお濠があってとてもきれいです。地元の人が言うには、日本一美しい
お濠だそうです。広い道路と整然とした市街地が印象的でした。
私の任務は福岡さんの後援会夫人部の国政報告会において、パキスタン地震対策本部
の現地調査報告をお話しすることでした。
当初見込みの入場者数は70~80名のところ、実際には140名もの多くの皆さんが
お集まりになり、大盛況でした。福岡さんの人気はたいしたものです。
もし今の段階で、私が後援会の国政報告を開いてもこんな大人数は集まらないでしょう。
福岡さんは難しい問題をわかりやすく説明するのが上手です。
また、有権者にとって耳に心地よくない国民負担増の話しもきちんと説明します。
有権者の皆さんの負担を増やさざるを得ないような政策であっても、必要な政策で
あれば、逃げずに誠実かつ丁寧に説明することが重要だと思います。
見習わなくては・・・。
パキスタンの地震報告の前に、国際貢献の意義や人道支援の重要性について簡単に
お話させていただき、その後、ピースウィンズ・ジャパンにご提供いただいたスライド写真
を見ながらご報告しました。遠く離れたパキスタンの災害ですが、皆さん真剣に聞いて
くださいました。予想以上に反響があり、報告会終了後に募金を呼び掛けたところ、
あっという間に4万円以上の募金が集まりました。
国際協力に関する話は、一般の方々にも意外に受けるということがわかり、ちょっと
うれしくなりました。
私ももう少し自分の後援会の会員が増えてきたら、是非とも国際貢献をネタに報告会を
開きたいと思っております。

追伸:私の後援会会員は随時募集中ですので、多摩区と麻生区在住の方は是非ご連絡
ください。

2005.11.04 金:逆取材

今日はパキスタン地震現地調査の関係で東京新聞と神奈川新聞の取材が入りました。
どちらの取材もパキスタンの現地調査の話を30分くらい話したあとは、ついつい雑談に
なってしまいました。
当たり前ですが、新聞記者の人たちは本当にいろんな情報を持っていて、おもしろい話
を聞かせてくれます。いろいろと情報交換しているうちについつい時間が立ってしまい
ます。新聞を読むのも勉強になりますが、新聞記者の人に話しを聞くのはもっと勉強に
なります。

2005.11.02 水:パキスタン調査報告

早朝7時過ぎにパキスタンから羽田空港に到着。
さっそく8時半の党本部にて厚生労働部会の各医療団体ヒアリングに参加しました。
11時に武部幹事長と公明党冬柴幹事長にパキスタン地震現地調査団の報告を行い
ました。調査団の報告と提言の内容は以下の通りです。

(1)パキスタン地震に関する日本の支援は現地側から全般的に高い評価を受けている。
(2)自衛隊のヘリコプター部隊は病人・負傷者の移送や援助関係者の移動等に活用
   されており、現地側からの要望も強いため、派遣期間を延長すべき。
(3)日本のNGOやJICA関係者も活躍している。日本のNGOと日本政府との連携も
   スムーズに行っている。
(4)特に防災や耐震技術に関して、地震国日本の技術協力に対する期待が大きい。
   中長期的な復興支援に関して日本への期待が大きい。
(5)11月19日に予定されているパキスタン地震復興支援国際会議には、日本からは
   閣僚級を派遣することが望ましい。

インド洋の津波災害のケースもそうですが、災害発生直後にはマスコミの注目も集まり、
募金活動等も活発に行われますが、しばらくするとマスコミの注目もなくなり、だんだん
忘れられていきます。しかし、被災者の皆さんの苦しい生活はすぐには終わりません。
パキスタンの地震被災者の皆さんにとっては、山岳地帯の厳しい冬が訪れるこれからが
大変な時期です。中長期的な支援活動のニーズはまだまだ満たされていません。
パキスタンの地震被災者への支援活動はこれからも続けていく必要があります。
日本に住むわれわれもパキスタンの被災者の皆さんへの共感を忘れないことが大切
だと思います。また、今回の調査では日本のNGO関係者との懇談する機会があり、
旧知の友人2名と再会することができました。今でもパキスタンでがんばっているNGO
やJICAの元の同僚たちの活躍を心からお祈りしております。

2005.10.31 月:行ってきます!

今日はいよいよパキスタンへ出発です。
午前(7:00~8:30)と午後(15:00~16:30)の2回にわけて、パキスタン地震
被災者の皆さんへの街頭募金を行いました。今日の反応はなかなかでした。
午後の部では20歳代の若い人が何人か声をかけてくれて、政治に無関心な若者が
多いと言われることも多い昨今ですが、実際にはそうでもないということを実感しました。

これからの政治活動は、いかに若い人たちの参加を担保できるのかが重要になると
思います。子どもをつくる若い世代の意見を踏まえた政策を打ち出出していかないと、
少子化対策もうまくいかないと思います。また、少子高齢化で負担が増える現役世代
(特に若い世代)の意見を大事にしていくことも大切だと思います。
こういったブログを読んでくださる方々の中には若い世代も多いと思います。
若い世代に向けて情報発信をがんばっていきたいと思います。

これから23:30の全日空機でパキスタンに行ってきます!

2005.10.29 土:古巣

私の古巣のJICA(国際協力機構)主催の青年海外協力隊40周年記念式典に出席
しました。天皇皇后両陛下、小泉総理はじめ、国会議員、各国の在京大使も多数参加
され、大きなイベントでした。

かつての上司や同僚がたくさんいてあいさつ回りに忙しかったのですが、元上司に
「山内先生」などと呼ばれると冷や汗ものです。そんなときは「先生は勘弁してください」
とお願いしていますが、やっぱり目上の方や年上の方に「先生」と呼ばれるのは違和感
があります。さらに同期入社組の友人たちが、私が「先生」と呼ばれるのを嫌がっている
のを知っていて、わざと「山内先生」と呼び掛けてきます。今年の7月1日にJICAを退職
して選挙戦に臨んだわけで、ある意味でJICAを裏切ってしまった形になってしまいました
が、JICA関係者はおおむねあたたかく見てくれているようです。
日本のODAをさらに良くしていくためには、JICAの頑張りが大切です。古巣のJICAとも
良好な関係を保ちつつ、言うべきことは言っていくというスタイルを確立したいと思って
おります。

その後、時折小雨の振る中、新百合ヶ丘駅南口でパキスタン地震被災者の方々のため
の募金活動を行いました。約2時間で1万6千円程ご寄付をいただきました。
10月8日の地震発生から時間がたっていることもあって、関心がやや低くなっている
のかもしれません。しかし、死者5万人以上、被災者400万人以上と言われる大災害
なので、災害発生直後の緊急救援も大切ですが、住居の再建やインフラの復旧など
中長期的な復興支援が重要になってきます。緊急援助だけが災害援助ではありません。
長期的な視野に立った復興支援も必要であり、そのためにはこれからもJICAやNGOに
よる息の長い支援活動が求められます。
ご寄付をいただいた皆様、本当にありがとうございました。

2005.10.28 金.:意志があれば

今日は自民党外交調査会で「東アジア共同体」について議論するため、ASEANの
10カ国の在京大使に党本部にお越しいただきました。
久しぶりにつたないインドネシア語を使ってインドネシア大使にご挨拶し、フィリピン大使
にはフィリピンの大学に留学していたことをお話し、東南アジアの懐かしい思い出に浸り
ました。毎回思いますが、「東アジア共同体」の議論は、夢があって楽しいものです。
東アジアの信頼醸成、相互依存関係の強化のため、日本側にも改善すべきことが沢山
あります。関税の問題、貿易のルールの問題、安全保障の問題等など、具体的な課題
もありますが、その先に東アジア共同体の形成という壮大なビジョンがあり、時間をかけて
実現していく必要があります。

夜は、作家、自然保護活動家として長年活躍してきたC.W.ニコル氏の叙勲祝(英国政府
より叙勲)の会に出てきました。環境保護関連のNPOの皆さん、食品会社(ハム)や
ウイスキー会社等のニコルさんがテレビのCMに出ていた会社の方々、英国大使館関係
者など等、いろいろな分野の人が来ていて、非常に勉強になる話をたくさん聞けました。
特にC.W.ニコルさんが主催している財団の環境教育の活動は非常におもしろかったです。
障害をもつ子どもたちや児童虐待の被害者の子どもたちを森に連れて行って、環境教育
をやることで子どもたちのストレスを緩和していくといった活動に取り組んでいるそうです。
公教育と同時並行して、こういった民間非営利団体(NPO)の教育活動が活発になること
が、日本の教育を改善していく一助となると思います。
環境教育や心の教育の実践はやはり公立学校には難しい課題です(そこまで公立学校
に求めるのは酷だと思います)。
こういったNPOや民間財団の頑張りが大切だと思います。

2005.10.27:”週刊誌”とは

今週号の『週刊SPA!』に出てしまいました。といっても女性問題ではありません。
「政治家になる方法」というテーマの特集です。
当初SPAからは「興味本位ではなく、まじめな企画ですから、よろしく」といった趣旨の
取材依頼があり、私としてはメディアにはできるだけ誠意的に対応する方針ですので
取材を受けました。
でも実際に出たものは、私の記事に「転職気分で国会に!」というタイトルが付けられ、
やっぱり軽い感じ!?の企画に仕上がっていました。

ライターの方にはけっこう長いことまじめな政策論や、NGO時代の体験を話したの
ですが、毎度のお約束ですべてカットされ、単に「平凡なサラリーマンが衆議院議員に
なるまで」といった部分が強調された取り上げ方になっていました。
また、写真のフキダシには「ただいま、恋人募集中です(笑)」というコメントが出て
いましたが、これも「独身ですか?」、「はい」、「彼女はいますか?」、「いいえ」という
だけのやりとりが加工されたものです。

さて、私にとっては思ったよりも軽い感じで出てしまったこの記事ですが、これをご覧に
なった方は、どのような感想を持たれたでしょうか。
軽いとはいえ特段ネガティブな扱いはされていませんし、人の見方・感じ方もいろいろ
かも知れません。ライターの方も、編集者の方針に従う必要があったのでしょう。
この記事でも、普通の皆さんが政治を身近に感じ、参加意欲を高めて頂くきかっけに
なったとしたら、それは私のポリシーとも重なるものです。

ところで、必ず言えることは、メディアは受け手(読者・視聴者)を前提に成り立っている
ということです。
私としては常に「政治家はその政策で見て頂きたい」と思っていますし、先日の選挙でも
できるだけそうお願いしたつもりです。政治家の表層的なイメージだけに関心を寄せ、
政策を見ない受け手が少なくなれば、メディアもそれに対応せざるを得ないでしょう。
少しでも社会がその方向に動けばと思っています。

汚名返上というわけではないですが、実は近いうちに硬派な雑誌にも論文などを掲載
しようと動き始めています。乞うご期待!

2005.10.26:ニッチ戦略!?

今朝(8:00~)の自民党外交調査会のテーマは、「東アジア共同体」でした。
何かと近隣諸国との外交上の軋轢が報道される現在、こういうテーマは特に大切だと
思います。中国、韓国、ASEAN諸国とともに「コミュニティ」としての東アジアをつくって
いくというチャレンジです。
今年12月には第一回「東アジア首脳会議(サミット)」が予定されています。
すぐに欧州の地域統合のような形にはならないとは思いますが、一歩一歩東アジアの
地域協力をつくっていくことで相互依存・信頼醸成につながり、結果的に地域の平和と
繁栄をもたらすことでしょう。

私は大学3年生のときにフィリピンの大学に1年間留学し、就職後もNGOスタッフとして
インドネシア(1年強)や東チモール(1ヵ月半)に派遣されていました。東南アジアには
特別の思い入れがあります。
同期の新人議員を見渡しても、アメリカやイギリス留学組は多数いますが、東南アジア
留学組は私一人だと思います。
この「東アジア共同体」の形成という息の長い試みにじっくりと真剣に取り組んでいきたい
と思っています。

2005.10.25:「小泉チルドレン」奮闘中

朝の厚生労働部会では、高齢者虐待防止法案が党内で了承されました。
これからの時代は、高齢化社会に関する課題が重要になってくると思い、高齢者関連の
部会や調査会にはなるべく出席するようにしています。

正式には「高齢者虐待の防止、高齢者の擁護者に対する支援等に関する法律案」は、
内閣提出ではなく、議員立法でつくられました。
新人議員の中でも元市長の議員さん達が、現場の声を踏まえて強力に必要性を訴えて
いた法案です。
さすがに市長経験者は、現場の視点をいかしたすばらしい意見を述べられます。
小泉チルドレンと呼ばれ、頼りないイメージをもたれがちな自民党新人議員団ですが、
元首長や元地方議員、元銀行員、弁護士や会計士等、それぞれの分野のエキスパート
がたくさんいて、党内の政務調査会でも積極的に発言しています。
党内に新鮮な空気を送り込んだという意味では、大量の新人(しかも無派閥)がいるのは
良いことだと思います。

今回の新人は(私もその一人ですが)、地盤・看板・かばんの3バンのない議員が多く、
しがらみのない、また、古い発想にとらわれない新人が多いので、新しいことをやる
(改革を進める)には良い条件がそろっているように思います。

2005.10.24:パキンスタン行きへの直訴

近々、「与党パキスタン地震緊急対策本部 現地調査団」が派遣されることを聞きつけ
ました。援助物資を満載した全日空のチャーター機で10月31日に現地に向かう由。
かつてアフガニスタン、インド、インドネシア、パキスタン等で人道援助活動に携わって
きた者としては、黙っていられません。

さっそく月曜朝一番(朝9時過ぎ)に武部幹事長に直訴に行ったところ、幹事長室には
武部幹事長どころか、担当者もいませんでした。
担当者ではない若い職員に「実は、私は元JICA職員かつ元NGOスタッフで災害援助の
経験があります。パキスタンにも何度も行きました。かつての同僚が今パキスタンで頑張
っています。もしチャーター機の座席に空きがあったら、私もパキスタンに連れて行って
もらえませんか?」と武部幹事長宛ての伝言を頼みました。

正直言って、担当外の若い職員の人に託した伝言なので効果があるか疑問に思って
いました。するとその1時間後(10時ちょっと過ぎ)には、党本部から電話連絡が入り、
私もパキスタン現地調査団に入れることとなりました!
断られて当然だと思っていたのに、思いがけず願いが聞き入れられ、また意思決定も
迅速でした。自民党というのは予想以上にフレキシブルな組織のようです(意外?)。

というわけで、私山内もパキスタンに行ってきます!

これまでのJICAやNGOでの経験を最大限にいかして、日本政府としてどんな支援が
できるのかを積極的に提言していきたいと思っています。

2005.10.23:長かった選挙戦

地元で行われていた補欠選挙が終わりました。
衆議院選挙以来長かった選挙戦がやっと一段落しました。
神奈川県の参議院補欠選挙の川口より子候補、川崎市長選挙の阿部たかお候補、
川崎市宮前区市会議員補欠選挙の山内和彦候補と3名の候補者の応援をしてきました。
3名ともに現職になられたので、今後の国政、市政でのご活躍を期待しています。
(かくいう私も現職になったばかりですが)

川口より子さんの応援では、通りがかりのご婦人に「あなた川口さんの息子さんでしょ?
似てるわね。」と声をかけられ、自民党神奈川県連では大ウケでした。
以前の”刺客”疑惑といい、私はどうも間違われやすいようです。
さすがに元外務大臣・元環境大臣の大物の川口さんの周りには、人が自然と集まって
きます。川口さんは華々しいキャリアにもかかわらず、ソフトな人当たりで主婦層受けが
とても良かったのが印象的でした。
学童保育にお子さんを預けて、通産キャリア官僚としてバリバリに仕事をこなしてきた
「働くお母さん」です。子育て支援の拡充、環境保護、外交、通商政策等のさまざまな
分野での大変貴重な戦力です。本当に良かったです。

2005.10.19:

今日は衆議院の内閣委員会に代理出席し、狂牛病に関する質疑を聞きました。
与野党ともに定足数を満たすぎりぎりだったので、ちゃんと代理出席してよかったです。
自分の所属していない委員会に代理出席するのは勉強になるのでけっこう好きです。
狂牛病問題についてコメントするほど知識もないのですが、科学的にわかっていない
ことも多く、リスクコントロールのあり方について考えさせられました。

内閣委員会の後は、「国際開発ジャーナル」という国際協力分野の専門誌(月刊)の
取材を受けました。
記者の方がこのブログを読んできてくれて、先日の「市民活動団体1%支援制度」の
話で盛り上がりました。
記者の方も「あんな制度がうちの市にもあったらいいのに。」とおっしゃっていました。
インタビューの内容は、政治を志した動機、ODAのあり方、自衛隊の国際貢献のあり方
等など。詳細は「国際開発ジャーナル」の11月号をご期待ください。

そして締めくくりは、党本部にて新人議員向けの「日本夢づくり道場」という研修に参加
しました。小泉総理と武部幹事長から挨拶があり、その後、元政治記者の方から政治家
としての心構えについての講演が続きました。
相変わらずマスコミの関心は高いらしく、各社のテレビカメラがずらりと並んでいましたが、
私は相変わらずテレビカメラに写りにくい端っこの席に座っておりました。

2005.10.17:テロと麻薬

今日は終日「テロ特」委員会でした。
正式名称は「国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興
支援活動等に関する特別委員会」ですが、略して「テロ特」です。
朝から夕方までずーっと会議でした。人の話を聞き続けるのもけっこう体力がいります。
テロ特委員会では、アフガニスタンの麻薬問題の話が何度も出てきました。
国連のある統計によれば、アフガニスタンのGNPの6割は麻薬がらみだそうです。
途上国の統計は不正確なものが多いとは言え、そうとう麻薬の栽培と売買が増加し、
それがテロ組織の資金源になっているのは間違いありません。

私はかつてアフガニスタン北部で帰還難民の定住支援のために種子(ゴマ、スイカ、
メロン等)を配給する農業プロジェクトをやっていました。
2002年当時、山岳地帯で、きれいで大きな花をつけるケシの畑を見たこともあります。
当時は山奥で目立たないようにケシ栽培をやっていた印象がありますが、最近現地に
行った人の話では平野部でも堂々とケシを栽培するようになってきたそうです。
悲しいことです。我々がゴマやスイカの種子を配って支援した農家のおじさん・おばさん
たちが、ケシ栽培に手を染めていないことを祈らずにはいられません・・・。

ケシを栽培しなくても農民が生活できるように、ケシの代替作物を導入するという麻薬
対策がしばしば採られます。しかし、現実はこれも非常に難しいです。ケシ以上に儲かる
農作物はあまりなく、やがて農民はケシ栽培に戻ってしまうからです。
ケシ栽培をやめさせるには、取締りの強化が効果的です。しかし、取り締まろうにも
内戦状態が続いていては、取締りどころではありません。厳しい取締りと平行して、
ケシ代替作物を普及させるという両面作戦が効果的ですが、それも現地政府がしっかり
していないとなかなか難しいです。日本としては、警察力の強化、ケシ代替作物の普及
につながる協力を進めていく必要があります。

2005.10.15:運動会+討論会

今日はいとこの子どもが通っている保育園の運動会に行きました。
実は私のいとこ夫婦は麻生区に住んでいます。その地区では、新しいマンションや
住宅地がどんどんできて人口増加中で、幼稚園や保育園のニーズが大きい様子です。
私のいとこ(女性)は、外資系の保険会社に勤めながら、子育てにがんばっています。
彼女の勤め先は子育てに理解のある会社で、かつ、非常に恵まれた環境にある
保育園に子どもを入れることもできたため、仕事を続けることができています。
保育園の保育士さんから保育園を取り巻く環境や最近の子育て事情について30分
近くレクチャーしてもらいました。
少子化を防ぐため、子どもを育てやすい環境を整備するため、がんばっていきたいと
思います。

その後、横浜のとある研究会に招かれ、ゲストスピーカーとしてお話しさせていただき
ました。研究会のメンバーはすべて労働組合関係者と生活協同組合関係者で、どう
考えても自民党支持者はひとりもいない感じです。
なぜ招かれたかもわからないまま、とりあえず20分ほどお話して、その後10分ほど
質疑応答となりました。予想していた通りの自民党批判が続出し、議論は平行線を
たどり、やがて神学論争的なやり取りになり、最終的には時間切れ引き分け(?)で
終わりました。
最後に「針のむしろに座る覚悟で参りましたが、思ったより楽しい議論ができました。」と
言って、話を締めくくったところ、爆笑で終わりました。
お互い立場や主義信条はちがいますが、少なくとも一生懸命に話を聞いてくださった
ので、それなりに満足でした。

2005.10.13:還流の一日

今日は盛りだくさんの一日でした。
朝は自民党のNPO小委員会の勉強会(朝食付!)でした。
千葉県市川市の「市民活動団体1%支援制度」について、市川市職員の方から説明
がありました。まさしく私がやりたかったテーマ!
これはもともと東欧(ハンガリーやポーランド)で実施されている「パーセント法」という
制度を取り入れたもので、ボランティア団体やNPOなど、市民の自主的な活動に対して、
個人市民税納税者が支援したい団体を選び、個人市民税額の1%相当額を支援
できるものです。
こういう制度がもっと広がるよう、国政の場で何かお手伝いできないか、NPO小委員会
等の場で考えていきたいです。
ご関心のある方は、是非以下のホームページも見てみてください。

市川市ホームページ
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/net/siminsei/volunteer/index.html

笹川平和財団ホームページ
http://www.spf.org/per_04.html

昼は自民党の新人議員を中心にパキスタン地震の街頭募金に有楽町に行きました。
私も伊達にNGOスタッフをやっていたわけではありません。学生時代に「あしなが学生
募金」をやって以来、寄付金集めに関してはプロフェッショナルです。杉村代議士に
マスコミの注目が集まる中、テレビカメラには移らない端っこの方で必死になって
お金を集めていました。

夜は九州地方のブロック紙の西日本新聞の取材を受けました。公募で当選した新人
議員の特集をやっているそうです。取材に来たのは、なんと高校3年生の時のクラス
メートでした。たまたま自民党本部で13年ぶりにあって、お互いの変わりように
びっくりです。

2005.10.09:パキンスタン地震被害拡大

パキスタンの地震では、私の古巣のピースウィンズ・ジャパンがさっそく現地にスタッフを
派遣したようです。また、旧知のNGO関係者に電話すると、すでに緊急オペレーション
が本格化している様子でした。NGOやJICAの緊急援助対応チームの皆さんには
がんばってほしいものです。
また、悲しいことにパキスタン赴任中のJICA専門家の方が地震でお亡くなりになりました。
私もJICA勤務時代に、専門家の方々と一緒に仕事をしておりましたので、本当に残念
でなりません。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

2005.10.08:パキンスタン地震

パキスタンで大きな地震があったようです。たまたまNGO時代の友人と夕食に行く
予定だったのですが、急遽パキスタンの地震の緊急援助対応のためにキャンセルに
なりました。
私自身、地震に関しては、2001年インド西部地震、2002年インドネシアのジャワ島西部
地震、2004年インドネシアのスマトラ島沖津波・地震災害等で緊急人道援助活動に
従事した経験があります。
また、アフガニスタンで活動していた頃にパキスタンにも何度も行ったことがあり、パキスタンのNGOにもコンタクトがあります。
私も国会さえなければ、現場に飛んで行って、緊急援助のお手伝いをしたい気持ちです。

2005.10.07:応援される側から、する側へ

今日は川崎市の市議会議員補欠選挙の立候補予定者の応援に行きました。
駅頭での朝立ちと、夕方のミニ集会に行って、応援演説を行いました。
ほんの少し前までは応援していただく立場だったのですが、今は応援する立場に
なりました。不思議な気持ちです。
立候補予定者のY氏は、私と同じく公募の新人です。地元出身ではなく、元自営業の
ふつうの人です。政治の世界の経験はありませんが、ふつうの人の視点、市民の感覚
で、改革に取り組める方だと思います。政治のプロにとっては当たり前のことでも、
市民の感覚で考えるとおかしなことがたくさんあると思います。市民の視点で市政改革
に取り組んでほしいと思います。
また、Yさんは自ら立ち上げた小さな会社を経営してきた自営業者です。大雑把に言うと、
今の行財政改革の流行は、民間企業の経営手法を取り入れることです。中小企業経営
者としての民間の経営センスやコスト意識を大いに発揮して、行政のムダを削り、小さく
て効率的な川崎市役所を目指していただきたいと思います。
今日のミニ集会は、Yさんにとって2回目の演説だったそうです。まだまだ慣れていない
様子で、1ヵ月半前の自分を見ているようでした。私の場合、慣れないうちは演説が
本当に苦痛で、準備してもなかなか上手くいかず、毎日毎日悩んでいたものです。
今でも演説がうまいわけでもありませんが、少なくともそれほど苦痛ではなくなりました。
また、多少はアドリブもきかせられるようになりました。たまに冗談を言ってうけると、
けっこううれしいものです。
コミュニケーションが政治活動の基本の基本だと思います。
まじめな話や難しい話題をわかりやすく人に伝えるテクニックを磨いていきたいと
思います。

2005.10.05:さあ行政改革!

ちょっと間が開きましてすみません。久しぶりのブログです。

今日は自民党の行政改革推進本部の部会でした。
トピックは公務員制度改革、構造改革特区、市場化テスト、公益法人制度改革等など。

「市場化テスト」という言葉はあまりなじみが薄いと思いますが、行政改革の比較的新しい手法の一つです。
役所の仕事を外部に出す手法という意味では「民営化」や「民間委託」と同じですが、
ある仕事(業務)を指定して「官」と「民」による競争入札にかけ、サービスの品質とコスト
を比較し「どちらに仕事を任せるか」を決定する点が異なります。
このため役所が競争を意識するようになり、落札の結果がいずれであるにせよ効率の
向上が期待できると言われています。

私が以前にJICAで働くかたわら、ボランティアで某NPOの事業計画立案のお手伝いを
していた時に、この「市場化テスト」の実現に挑んだことがあります。

ある官庁の外郭団体が、役所の委託事業を随意契約(=指名による契約)で受注して
おり、非常に費用が高い割に質の悪いサービスしか提供していませんでした。
それを見て、「うちのNPOだったら3分の1の予算で、より質の高いサービスを提供できる!
サービスの受益者にとってもいいことだし、納税者にとっても無駄な税金を使わずにすむ
し、うちのNPOの財源にもなって、関係者全員にメリットがあるにちがいない!」と考えて、
市場化テストの対象にしてもらうように内閣府に申請したことがあります。
結論としては、市場化テストの対象にはならず、悔しい思いをしました。
結局、役所からの天下り・出向職員のたくさんいる役所の外郭団体が引き続き当該委託
事業を受注し続け、非効率な事業に無駄な税金が投入され続けています。

自慢じゃありませんが、NPO関係者の立場で、市場化テストに申請し、そして申請を却下
されたことのある国会議員はあまりいないと思います。
受益者にとって何が最善かを考えた上で、受注者側の立場で市場化テストに挑んだ経験
をいかし、市場化テストの更なる改善と拡大に取り組みたいと思っています。
市場化テストは、うまく機能すれば、とても良い制度になると確信しています。

また、行政改革推進本部の議題のひとつだった公益法人制度改革は、実はNPO法人制度
や寄付金に対する税控除とも密接に関係するため、NPO関係者にとって非常に重要な
改革です。
寄付金に対する税制上の優遇措置が少ないことが、NPOに寄付金がなかなか集まらない
原因のひとつになっています(それがすべてではありませんが)。
公益法人制度の改革が、税金を取る側の財務省ペースで進まないよう、しっかり見守って
いきたいと思います。

いつも主張していることですが、「小さな政府」とあわせて「大きな市民社会」をつくらなくて
はいけません。そのためにも公益法人制度の改革が、市民団体(NPO)活動の活性化に
つながる方向に進むよう努力していきたいと思います。

2005.9.28:会議も続く

今朝は朝8時から自民党内の外交関係合同部会でした。
外務大臣はじめ外交関係や経済協力(ODA)に関心のある議員が多数集まり、私の前の席は猪口邦子先生でした。
猪口先生の著書はずいぶん昔に読んだ記憶がありますが、その大先生の前の席で朝食を食べながら、会議資料を読んでいるのが不思議な気分でした。
部会の内容は来年度の予算要求やODA白書に関するものでした。
党内で審議中の内容であるため、内容の詳細はここではご紹介できませんが、ODA関連は私の得意分野です。これまでの経験と知識をいかして、質問またはコメントしたいことが2~3あって挙手したのですが、残念ながら時間切れでコメントできませんでした。
最初にベテラン議員が質問・コメントし、その後に新人議員が質問・コメントできるといった雰囲気でしたが、次の会合の予定が迫っていたので質問せずに、途中退席せざるを得ませんでした。残念!

その後、新人研修でまたしても郵政関連の説明を受けました。これで2回目です。
自民党は政務調査会の部会や勉強会、小委員会がやたらと多く、さまざまな分野の課題に関する部会が同じ時間に同時並行で複数開催されます。
毎日衆議院の公報というのが出て、各政党別にその日の会合の予定が掲載されるのですが、自民党の忙しさに比較し、野党はあまり会合を開いていない様子です。
毎日朝の8時から会合ばかりでスケジュール的にはきついのですが、非常に勉強になります。こんな生活を1年も続けていればそれなりに政策に強くなれると言われたことがありますが、その理由が良くわかりました。

2005.9.27:新人研修は続く

今日も新人研修が2コマありました。

ひとつは財政についての勉強会でしたが、基本的な内容だったのですでに知っている内容ばかりでした。私の候補者公募時の提出論文のタイトルは「日本の財政再建について」でしたので、論文を書くために財政関連の本を数冊買って読み込んだのが役に立ちました。
研修の最後はいつも質疑応答なのですが、毎度、市議会議員や県議会議員出身の新人の質問が多いです。しかも、質問というよりも要望を述べる方が多く、その要望内容も都市部選出議員と地方出身議員では主張がかなり異なります。
期せずして都市と地方の利害の対立を垣間見ることになりました。

もうひとつの新人研修は、憲法と国会についての講義でした。
憲法の研修の内容は、立法行為と憲法の関係、憲法改正にからむ論議など、衆議院議員としての日々の仕事がどのように憲法と関係しているかについてのレクチャーでした。
講師は与謝野政調会長でしたが、会長が新人全員に推薦図書5冊をプレゼントしてくださいました。ちなみに私はそのうち3冊をすでに読んだことがあり、その中でも2冊は大のお気に入りです。
お気に入りの1冊は「失敗の本質」という第二次大戦の日本軍の失敗の原因を経営学的に分析した本です。同書は、非合理的で情緒的・感情的な判断がいかに失敗を招いたかを克明に描いています。威勢の良い人たちの意見に左右されたり、客観的な数値や事実よりも精神論を重視し、その結果として失敗に至った事例がたくさん紹介されています。
小泉改革の推進と、新しい自民党づくりを期待されて国会入りした我々新人議員に対しての、政策通で知られる与謝野政調会長ならではのメッセージだと思います。

法律に関してはこれまであまり勉強してこなかったので、これからしっかり憲法や立法事務について勉強したいと思います。
いつかは議員立法で「さすが、NPOの現場経験者は違う!」と同僚議員や官僚をうならせるような法案をつくりたいものです。

2005.9.26:衆議院の2つの特別委員会の委員を拝命

連休明けの月曜、今朝は宿河原駅で手作りの活動報告チラシを持って朝立ちをしました。
このチラシにも『公募新人奮闘記』と名づけましたが、これには新人議員として、つい数ヶ月前までサラリーマン(独立行政法人国際協力機構/JICA勤務)だった市民として、新鮮な目で見た国会の不思議や国政に対する意見を書いていこうと思います。
ちなみに今日は150部のチラシを用意していましたが、わずか15分ほどですべて配り終わりました!予想以上に良い反応だったので、もっと部数をたくさん用意しておけばよかったですね。
とても世間の関心が高かった選挙とはいえ、終わっても一般の方々の関心が依然として高いままであることにとても嬉しく思いました。皆さんの政治に対する関心にこたえるため、これからも国政についての情報発信に積極的に取り組んでいきます。

ところで、私は衆議院の2つの特別委員会の委員になりました。

ひとつは「国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動並びにイラク人道復興支援活動等に関する特別委員会」です。
私がかつて働いていたNGOは、長年にわたってイラク北部で人道復興支援活動に関わっています。私自身はイラクには行ったことはありませんが、友人の多くは彼の地で人道復興支援に関わっています。また、私自身、アフガニスタンや東チモールといった紛争後の人道復興支援活動に現場で関わってきました。イラク人道復興支援活動に関する政策形成にあたっては、かつての現場経験を存分に活かしていくつもりです。
人道復興支援の分野に限って言えば、外務官僚と同じかそれ以上の知識と経験を持っているという自負があります。NGOのかつての同僚たちの意見なども参考にしながら、イラクの人道復興支援のために日本として何ができるのかを考えたいと思います。

もうひとつの特別委員会は「青少年問題に関する特別委員会」です。
冗談のつもりで神奈川県選出の議員(かなり年上です)に「僕が青年だから、この委員会の委員に選ばれたんですかね!?」と言ってみたところ、彼は本気でうなずいていました。
よくよく考えてみると、青少年問題に関しては、32歳の私だから、年齢が近いから、わかることもあると思います。青少年問題は、若さを武器にできる分野かもしれません。
また、この分野では大学院で取得した教育政策修士(教育経済、教育行政等)の知識も活かせると思います。

いずれの特別委員会でも、これまでの経験、これまでに学んだ専門知識、若さを活かして、「山内康一らしさ」を出せるよう努力していきたいと思います。

2005.9.21:誓いを果たした国会議事堂

今日は初登院でした。次こそは中に入るぞと誓った国会議事堂です。
そして朝から日本テレビの「ザ・情報ツウ」の密着取材も入りました。
おとといに続いての密着取材ですが、私の政治家らしくないところが視聴者に受けたそうです。どっちかと言うと失敗シーンばかりが放映され、まじめに政策論を語ったところがカットされ、本人はショックだったのですが、一般受けはよかったそうです(?)。
小田急線と地下鉄を乗り継いで国会議事堂前駅で降りて、国会正門を目指しました。
ところが裏門を正門と勘違いして入ろうとして失敗し、またしてもおいしいシーンを提供してしまいました。

国会に初登院し、バッチを事務局の職員につけてもらい、自民党の両院議員総会に参加しました。小泉総裁のあいさつに続き、新人議員の紹介(といってもブロック単位で個々人の名前は呼ばれません)がありました。同じ新人でもいろんな人がいて、一度落選して再挑戦でみごと勝利した人たちは、「この人は苦労人だな」と思わせる雰囲気がある人が多かったように思います。挫折を乗り越えて勝利をつかんだ人たちは、人間が練れているように感じました。

国会では議長、副議長、総理大臣の指名投票があり、つつがなく終わりました。
初めての投票で慣れないものでまわりをキョロキョロ見ながら、投票を済ませました。
何の問題もなく、スムーズに国会は運営されました。
その後、自民党の新人議員研修の第2回「国会対策委員会」を受講しました。
国会対策委員会(国対)の機能、新人議員の役割等について説明を受けました。

昨日と今日の新人研修を通じ、新人議員の心得としては、
1)党の政務調査会の部会や小委員会(なんと100近く存在します!)に積極的に参加して政策を学び、
2)国対の仕事を地道にやり、スムーズな国会運営に貢献し、
3)さらに国会の仕事以外にも、次の選挙に備えた活動もおろそかにしてはいけない、
といったことがわかりました。
どれも大変な仕事です。
特に自民党の朝食会を兼ねた部会や勉強会は、下手をすると7時半スタートなので、駅頭演説(特に朝立ち)をするどころではありません。
政策の勉強や国対の仕事に熱中すると、地元の政治活動(特に駅頭朝立ち)がおろそかになりかねません。他方、地元の政治活動に熱中しすぎると、本来の国会議員としての仕事がおろそかになってしまいます。このバランスが難しいところですが、1期目の1年目はまずは国会議員としての仕事を覚え、政策の勉強をすることを優先させたいと思っています。

2005.9.20:政策活動開始!

8月30日以来、目が回るほど忙しい毎日でしたが、今週あたりから徐々に落ち着きを取り戻してきました。
と言っても、まだまだ忙しくてバタバタしております。久しぶりにブログを再開させていただきます。
(政治家として新たになった思い、決意もありますが、おいおい書いていきます)

今日は自民党本部にて「新人議員研修」に参加してきました。新人議員83人といってもさまざまでした。
テレビでお馴染みの片山さつきさんや佐藤ゆかりさんの周囲にはおびただしい数のテレビカメラとレポーターさん、新聞記者さんが群がっていました。私のようなサラリーマン上がりの新人はノーマークです。
ちょっと前までは駅頭演説でよく運動員に間違えられていましたが、今は秘書さんとよく間違えられます。
また、県会議員や元秘書の新人議員の皆さんは、貫禄があったり、なれた様子だったりであまり「新人」という感じは受けません。すでに立派な議員さんという感じです。隣の席の佐賀県選出の新人議員は私と同じ32歳で、もともとサラリーマンだったそうで、話しが合いました。        

ところで新人研修はたいへん興味深いものでした。
小泉総理からは、
 (1)今回の選挙では無党派層の動向が勝敗を分け、
 (2)無党派層をひきつけようと思ったら、一部の業界団体にばかり気を使わず、
 (3)国全体の利益を考えて行動することが重要である、
といった趣旨のお話しがありました。そのとおりですね。
政務調査会や国会対策委員会の機能や新人議員の役割についての話しもありました。これまで政治の世界と言っても、選挙のことばかりやってきましたが、今日からはやっと政策のことが勉強できます。

選挙というのはあくまで手段であり、本来の目的はより良い社会をつくるための政策を実現することです。
政策を考え、提案し、それを実現していく、そのための第一歩を踏み出した、そんな気分です。
勝負はこれから!
がんばります!

追伸:
本日はフジテレビさんの「めざましテレビ」が取材に来て頂きました。
明日の朝5時半からの放送ということです。
新人研修についての感想を求められましたが、もっとも”新人”らしいのか公募からの当選組
の一人として選ばれたようです。

2005.9.12:「公募新人奮闘記」は新たなステージへ!

皆様へ(スタッフ代筆)

昨日の開票後より、多大なアクセスを頂いておりましたが、更新が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。
実は、あまりというかほとんど知られていないことですが、現在の公職選挙法では開票後の「当選しました!」や「ありがとうございました!」などの記述が一切禁止されています。

皆様に、山内の心情を何もお伝えできないことが誠に、非常に残念です。
客観的な開票結果の記述のみが許されていますので、それはトップページに記載させて頂きました。

さて今後、 活躍の場を新たなステージへと移す山内康一ですが、いつまでも「新人」という言葉には甘えずに、しかし初心を忘れることなく奮闘してまいります。
近々にHPをリニューアルいたしますので、ご期待くださいませ!

2005.8.29:公募新人奮闘記(完)!?

今日の夕刻は都内でテレビ関連のインタビューを受け、その後、自民党本部選対本部に行きました。
あるフリーのジャーナリスト(?)さんが、公募で神奈川9区の支部長に選ばれて以来、小型ビデオカメラでずっと取材してくれています。サラリーマンから突然、自民党神奈川9区の支部長に公募で選ばれ、苦闘している姿がおもしろい、のだそうです。
この2ヶ月間ずっと取材してもらっていますが、今日は節目の大事な日なので、これまでの心境の変化や驚きの数々を録画してもらいました。インタビューで公募に応募した動機や政治家として実現したいことなどを聞かれました。
応募した時の心境を思い出しながら、インタビューに答えていくうちに、新鮮な気持ちになれました。政府機関に勤めていたときに疑問に思ったこと、NGOで働いていたときに感じた矛盾を解消するため、国政の場でがんばろうと公募に応募しました。初心を忘れそうになったら、このビデオを見返して、悪い道に走らないように心がけたいと思っています。

喫茶店で取材を受けた後は、自民党本部選対本部に行ってきました。個室で栄養ドリンクをごちそうになりながら、公募の選考の時からお世話になっている職員の方から選挙必勝法の個別レクチャーを受けました。握手のやり方、街頭演説のコツ等など、マンツーマンで教えてもらいました。

地下鉄の国会議事堂駅で降り、自民党本部の行き帰りに国会議事堂の前を通りました。国会議事堂の脇を通りながら、「次に来る時は必ず中に入ってやる!」と決意を固めました。
これまでにお世話になってきた自民党関係者の皆さん、地元の支持者の皆さん、ボランティアの皆さん、応援してくれたすべての人のご恩に報いるため、必ず勝ちます。
地域社会のため、日本のため、世界のため、世のため人のため、お役に立てる政治家を目指します。

では、乞うご期待!!


 お知らせ: 明日30日は、大規模な演説会を2箇所にて行います。
          ・10時より向ヶ丘遊園駅南口にて
          ・14時より新百合ヶ丘駅南口にて
        そして小泉自民党総裁の応援演説も決定!
          ・12時より向ヶ丘遊園駅にて行います。

 * ブログの更新は本日をもっていったん停止します。
 * 次回は9月12日以降の更新を予定しております。

2005.8.28:街頭演説は得意分野で

今日は参議院の有村治子議員と小泉昭男議員、市会議員の廣田健一議員、吉澤章子議員、佐藤光一議員が応援演説に来てくださいました。
メインゲストは、参議院の有村議員と小泉議員でした。有村議員は大学の先輩で3つ上の学年です。子育ての真っ最中の若手の女性議員として活躍されています。
少子化対策や子育て支援について考えるときには、女性の意見は貴重だと思います。これからは有村さんのような若手の女性議員がもっとたくさん国政の場で活躍するといいな、と思います。
有村さんは、聞きやすいトーン、通る声、具体的でわかりやすい内容など、本当に演説がお上手でした。
続いて、小泉先生が郵政民営化の問題、地域の問題について、力強く説得力のある話し方でスピーチしていただきました。
お二人の演説があまりにうまかったので、その後に話しをするのは勇気がいりましたが、有村さんと小泉先生の熱気をもらって、なんとか演説を終えることができました。
有村さんからは「なるべく自分の得意な話しをしなさい。」というアドバイスをいただき、なるべく自分の得意分野に話を持っていきました。 小泉改革の進める「小さな政府」への流れとセットにして、「大きな市民社会」の必要性について訴えました。
社会的ニーズは変化しないのに、公共支出を減らすだけでは、当然ながら公共サービスの質と量の低下はさけられません。公共サービスの質と量を下げないため、「官から民へ」のシフトが必要です。
シフトのひとつは、民間企業への外注化や市場化テストの実施による民営化です。もうひとつのシフトは、NPOや企業の社会貢献活動の活性化による「民」へのシフトです。
行政、企業、NPOが協働して、「新しい公共」を担っていくというのが理想だと思います。何でもかんでも「官」に頼るのではなく、「民」で社会の問題に積極的に取り組んでいこうとする流れが必要だと思います。
そんなことをひとしきり話しました。
自分の得意分野の話しをしているときは、あまり緊張せず、声もそこそこ出ていたと思います。
まだまだ演説下手ですが、有村さんなどのアドバイスに従って克服していこうと思います。頑張ります!

2005.8.27:草の根の政治活動

今日は麻生区の市議のO先生が主催し、県議のA先生も参加された市政報告会にちょっとだけ顔を出させていただきました。
15人ほどの小規模な報告会でしたが、住民の皆さんから生活や仕事に密着した質問が出され、O先生とA先生が規制や条例を踏まえて的確に答えていらっしゃいました。参加者の住民の皆さんも真剣だし、O先生とA先生の対応も真剣でした。その真剣なやり取りに、ちょっと感動しました。
O先生もA先生も地域の問題に密着した規制や法律に非常に詳しく、びっくりしました。何のメモもなくとっさの質問に的確に答える姿は、かっこ良かったです。まだまだ勉強が足りないと、恥ずかしくなりました。
また、A先生とO先生が地域の皆さんの要望や提案に真剣に耳を傾ける姿を見て、自分も議員となった日には、かくありたいと思いました。政治に対する期待感と、お二人に対する尊敬の念が一気に高まりました(→もちろんこれまでお二人の先生を尊敬していなかったということではありませんが。)。

市民の声、有権者の声、納税者の声をじかに聞くと言うのは、政治活動の基本の基本だとつくづく思いました。
今日の経験を通して、自分の主張を一方的に演説するだけでなく、市民の皆さんと対話できるミニ集会や報告会というのはとても重要だと思いました。
議員となった以降も、対話型の政治活動、草の根の政治活動を重視したいと思っています。

夜は家の近くの登戸ナイトバザールに行ってきました。いくつになってもお祭りはわくわくしますね。
お盆の時期を日本で過ごすのは3年ぶりですが、日本の夏は本当にいいですね。
海外に行くと、日本の良さをあらためて見直します。
日本はすばらしい!日本の未来のため、がんばります。

2005.8.26:マラウィからの激励

時差の関係なのか、今朝になってアフリカのマラウイの友人から誕生日祝いのメールが届きました。
彼の名前はアーロン(Aaron Sangala)さんといって、正式な肩書きは「Member of Parliament, Republic of Malawi」。つまりマラウイ共和国の若き国会議員(衆議院?)です。
彼の奥様とはむかしの同僚で僕がマラウイに調査に行ったときに知り合いました。その後、アーロンさんとは東京でも一度お会いしました。短い間しか一緒にいませんでしたが、彼とは不思議とウマが合い、マラウイで東京でいろいろなことを語り合いました。マラウイの政治のこと、アフリカの開発のこと、日本の政治のこと、日本の社会のこと。
これからは日本とマラウイの友好親善について、アフリカの開発について、遠くない日に国会議員同士で語り合えたらいいな、と思っています。

ところで、日本の国連安保理・常任理事国入りは頓挫しました。まだまだ日本は世界の国々から信頼され、親しまれていないのかもしれません。
これまでは欧米と東アジア中心の外交を進めてきたと思いますが、これからはアフリカや中南米、中近東諸国などとも友好関係を深めていく必要があると思います。途上国援助、文化交流、留学生受け入れ、観光客増加等を積極的に推進し、世界の国々から信頼され親しまれる日本を目指すべきだと思います。もちろん近隣国との一対一の関係を改善することも重要です。同時に世界中に多くの日本シンパをつくりことも重要な外交・安全保障上の課題だと思います。
議員外交を通じてアジアやアフリカの多くの日本ファンをつくれたら、そう願っています。

2005.8.25:新人特集取材

某ブロック紙の記者さんから取材の申し込みがありました。
北の大地の新聞社なので、この区の有権者にはまったく影響しませんが、自民党全体のイメージアップに貢献できればと取材を受けました。全国各地のおもしろい新人を取材しているそうで、「自民党らしくない新人」の私に目をつけてくださったそうです。
これまで何度も「自民党らしくない」と言われてきたのですが、最近は「私は古い体質の自民党らしくはないですが、新しい自民党向きの新人です。」と答えるようにしています。「元NPO職員といった山内さんの経歴を見ると、民主党候補っぽいですが、なぜ自民党なんですか?」といつもマスコミの人に言われます。
残念ながらあまり知られていないことですが、NPOやNGOの活動の基盤整備に熱心な有力議員の筆頭は加藤紘一議員ですし、自民党には「NGO/NPO局」といった部署も存在します。難民問題や緊急人道援助への助成について政府と交渉するためにロビイングしていたときに、一番力になってくれたのは連立与党の自民党と公明党の議員さんたちでした。

「小さな政府」を目指すと、自然な流れとして、政府だけでは社会の問題を解決できなくなります。政府以外の新しい公共セクターの担い手が必要になります。公共セクターの新しい担い手こそが、NPOであり、企業の社会貢献活動です。
自民党の「小さな政府」と「官から民へ」の路線を進めば、必然的にNPO(市民社会)の役割が重要になります。だからこそ、私のようなNPO出身者が自民党にいてもいいと思います、と記者の方に説明しました。妙に納得してくれました。
感じの良い記者の方だったので話しやすく、ついつい長話になってしまいました。
記事になるかどうかはわかりませんが、北海道にお住まいの方は新聞をチェックしてみてください。

2005.8.24:誕生日のお祝い電話

夜の10時過ぎに自民党本部の番号で携帯に電話がかかってきました。
こんな時間に党本部から緊急連絡!
すわ一大事か、とびっくりして電話に出てみると、自民党改革実行本部のNさんでした。
Nさんいわく、「山内さん、あと2時間で誕生日だね。おめでとう!私みたいなおじさんから祝ってもらってもうれしくないかもしれないけれど、32歳の誕生日おめでとう。」というやさしいお言葉。
そういえば明日(8月25日)は32歳の誕生日でした。
あまりの忙しさに自分の誕生日さえ忘れかけていました。
Nさんは、候補者公募の選考試験以来ずっとお世話になってきました。
未知の世界に飛び込んで右往左往している僕に、Nさんはいつも親身になってアドバイスをしてくださいます。
党本部に行くと必ず時間をとって声をかけてくださり、ずっとお世話になりっぱなしです。
地元の自民党関係者の皆さんや学生時代の友人、NGOやJICA時代の同僚等、みなさんが僕の体調のことや食事のこと、睡眠のことを気遣ってくださいます。
見ず知らずの土地に引っ越してきたばかりの僕にやさしくしてくださる地元の人たちには本当に感謝しています。
公募で選ばれてから1ヵ月半ほどしかたっていない私を親身になって応援してくれる自民党関係者の皆さん、ホームページを見てボランティアを申し出てくれる学生などなど、多くの人たちに善意と協力に支えられてなんとかやっています。
政治活動を始めて1ヵ月半ですが、周囲の人たちのやさしさや思いやりに、「じ~ん」とすることばかりです。
前のブログで書いたように、駅頭や投稿メールで誹謗中傷や文句を言われることもありますが、その何倍も多くの人たちの応援してもらってがんばっています。
今夜自民党本部のNさんの誕生祝い電話をいただき、周囲の人たちのやさしさと思いやりをあらためて感じました。
短い電話でしたが、すばらしい誕生日プレゼントでした。

2005.8.22:「改革を止めるな。」

今朝も駅頭で朝立ちし、演説を行いながら自民党本部作成の郵政民営化パンフレット「改革を止めるな。」を通勤途上の皆さんに配布しました。けっこう良いペースで受け取ってもらえ、「郵政民営化への理解・支持が増えているのだな」と喜びましたが、ふと「これを受け取ってくれる人達は、どのような考えで受け取ってくれているのだろうか?」と考えてみました。

たとえば僕自身の場合、これまで駅で政党のパンフレットを配布していたら、片っ端から受け取っていました。民主党でも、自民党でも、共産党でも、どこの政党のパンフレットでも受け取って、電車の中でじっくり読んで自分なりに分析・解釈していました。つまり、支持政党に限らず受け取る、ということです。
他の人たちも僕と同じような考えだとすると、今朝パンフレットを受け取ってくれた人達は必ずしも自民党の考えや政策の支持者ではないかもしれない、ということになります。そう思うと、喜びも半減でした。
しかし、よく考えてみると、僕のような行動パターンの人間はあまり多くないはずであるし、どこの政党を支持しようかと迷っている無党派の人たちこそ、支持を広げないといけない人たちです。この無党派層の人たちこそ、パンフレットのターゲットだと再度思い返しました。やっぱりパンフレットを受け取ってくださる人が多いことは、その中で支持者になって頂ける人も増える可能性が高まるわけで、素直に喜ぼうと思いました。

自分ひとりの頭の中でいろんな考えがグルグル回っています。
パンフレットのことひとつ取っても悩みは尽きません。
やっぱり新しい世界に飛び込むのは大変なことです。
毎日毎日が反省と勉強の日々です。

2005.8.21:毀誉褒貶は世の常!?

今日も駅頭に立って自民党の郵政民営化や構造改革について演説していました。
応援してくれる人たちの方が圧倒的に多いのですが、ときどき通行中の方に文句を言われたり、侮辱されたりします。
サラリーマンだったときやNGOで働いていたときには、見ず知らずの他人に悪口を言われたり、侮辱されるという経験はそれ程多くありませんでした。
ところが、政治活動を始めて、中傷メールをもらったり、街頭で文句を言われたりといった経験が多く、けっこう驚いています。「そんなのよくあることさ」と地元の市会議員の先生に言われ、納得しようと努力していますが、やっぱり納得できません。

政策や主義信条が異なることは当たり前ですし、すべての人が賛成する政策や理念があるとも思えません。
当然、異なる意見を持つ人たちや政党が、お互いの主張を述べて議論して、投票や議決という手段を通して方針を決定するという手続きが必要です。
選挙でも自民党、民主党、共産党とそれぞれ異なる主義主張を持っていて当然ですが、だからと言って個人攻撃や誹謗中傷をしていいということにはならないと思います。
意見が異なるからといって、親の敵のように罵詈雑言を浴びせるのは大人気ないと思います。

きっと民主党や共産党の方々も、私と同じような思いをされたことと思います。
あくまでもフェアに戦っていきたいものです。
どの党の候補予定者に対しても、人格攻撃や個人攻撃はやめてほしいものです。

2005.8.20:初の街頭演説会

今日は新百合ヶ丘駅にて初の大きな街頭演説会を開催し、参議院の山本一太議員、小泉昭男議員、小林温議員にお越しいただきました。
山本一太議員は、私のJICAの先輩にあたります。職場でご一緒したことはありませんが、同じ組織出身ということで親近感を抱いていました。
山本議員は、話がわかりやすく、かつ迫力がありました。とても参考になります。
私の方は朝立ち・夕立ちの短い演説を除けば、ある程度の長さの演説をするのは初体験でした。前の晩に話す内容を整理して原稿をつくり、練習もしたものの、実際にその時になると緊張で早口になり、なんと話すことを忘れてしまいました!しかしなんとか勢いで乗り切り、やる気をアピールしました。
率直に言って、実は私は人前で話をするのが苦手です。政治家としては非常に不利かもしれません。ただ私は「言葉」よりも「行動」で人を救いたいと考えてきたし、そうしてきたつもりです。また私にとっての理想の人物像は、穏やかで誠実で理性的な人だということもあります。
しかし、今日の議員の先輩方の演説を聞いて、一日も早く、迫力のある話し方を身につけたいと思いました。まだまだ山内康一の自己改造計画は続きそうです・・・。
でも、初めての駅頭演説が手作りのノボリとたった2人のボランティアからだったことを考えると、少しずつ応援してくださる方々も、手伝ってくださるボランティアの方々も増えて、とても心強く感じます。みなさん、本当にありがとうございます!

2005.8.19:街頭宣伝車搭乗

今日は朝から夕方まで自民党川崎市連合会の広報車(街頭宣伝車)に登場し、麻生区全域を回りました。ウグイス嬢の方と交代でマイクを握り、自民党の構造改革、郵政民営化への理解を訴えました。

今のところ、私の知名度はゼロに近いのが現状です。この前、駅頭で演説していたら、年配の主婦らしき女性に「自民党を応援したいのだけど、あなたは誰?」と尋ねられました。
また、若くて公募の新人だからかもしれませんが、民主党と勘違いされたこともあります。まずは、「自民党の山内康一」というポイントを覚えてもらうことが重要のようです。夕方も街頭に立ちました。

そして今日(8月19日)は某新聞の夕刊に取り上げてもらいました。
サラリーマンから一転して政党公募で採用され、試行錯誤しながら苦闘している様子を書いてもらいました。

2005.8.18:合同記者会見

今日はこの地区担当のマスコミ各社の皆さんにお集まりいただいて、合同インタビューをお受けしました。Y新聞の方が幹事社となり、総勢10人ほど。狭い私の事務所で長机を4つ並べて行いました。若干緊張しながらも公募採用の経緯や目指す政策、そして郵政民営化についてなどの質問を頂き、”小さな政府”を基本とする私の考え(もちろん郵政民営化には賛成)を述べさせて頂きました。
記者の方々の中には、以前私がNGOで働いていたときにお世話になった新聞記者の方もいらっしゃって、自然体で受け答えができました。段々とインタビューにも慣れてきたようです。

2005.8.17:私は「刺客」候補?

ここ数日、小泉総理の郵政改革に反対した自民党議員の選挙区に、賛成派の候補を立てる動きが進んでいます。東京10区の小池百合子氏はその象徴的な存在として報道され、「刺客」という言葉が使われているようです。なんとも物騒な言葉ですが、この言葉は小泉総理自身や党執行部が言ったものではなく、マスコミもしくは反対派議員の方が使っているものです。
単純な話、国民のみなさまは自民党だけでも賛成派議員か反対派議員かを選べるわけですから、これは全く「独裁」と言われるようなものではなく、郵政への賛否を国民のみなさまに問うための民主的手続きと言えるでしょう。

一方、私の方はと言えば、こんなことがありました。夕方、駅頭で街頭演説(夕立ち)をしていたら、ご年輩の主婦の方から「ねえねえ、あなたシカクなの?」と聞かれました。最初は何のことかわからなかったのですが、どうやら私のことを郵政反対派に対抗するため送り込まれた”刺客”かと思われたようです。この選挙区支部には自民党はもちろん私ひとりしかいないし、小泉総理のお膝元である神奈川県には、造反議員すら一人もいないのですが・・・

2005.8.16:小泉総理との写真撮影

今日は小泉総理とのツーショット写真撮影の日。しかし東北で大きな地震があったようで(また幸いにして大きな被害は出なかったようですが)、非常に心配しました。もちろん政府でも緊急対策室の設置や状況によっては総理の東北入りなどが検討されたようで、当初に予定していた撮影スケジュールが大幅に遅れていました。
永田町の自民党本部で待つこと約3時間半。いよいよ小泉総理が到着されました。小泉総理の動くところにたくさんの人がついて来ます。秘書、SP、マスコミの方々がいっぱい。自分とは全く違う世界の方のように見えましたが、でも、小泉総理だって今の自分のように新人だったころもあったんだと、自分を奮い立たせました。
そして、やっとまわってきた写真撮影でしたが、許された時間は体感で30秒足らず。まさにあっという間でした。緊張の中「神奈川9区支部の山内です」とごあいさつしたところ、「ああ、公募の新人ですね。」といったコメントを頂きました。小泉総理に覚えていただいていて、びっくりすると同時に、とても嬉しかったです。ただし、肝心の写真は若干ピンボケでしたが・・・

2005.8.14:キャリア合宿の講師ドタキャン

ここ数日はかなり忙しく、日記が滞りがちになっています(すみません)。本当は13日、14日は、国際協力分野のキャリア合宿セミナーの講師を務めることになっていました。国際協力(途上国援助)の世界で働くために必要なスキルや、キャリア形成のためのヒントについて講演する予定でした。急な政治情勢の変化でドタキャンすることになってしまい、主催団体と担当者には申し訳ない気持ちです。

夕方、新百合ヶ丘駅で街頭演説をしました。写真は、風が強くオレンジの旗を立てられなかったりして格好悪いですが。

2005.8.11:自民党川崎市連合会の会合

自民党の川崎市連合会の役員会の案内をもらったので、出かけて行きました。てっきり会議室で話を聞いているだけでいいのかと思っていたら、冒頭で決意表明スピーチをやらなくてはいけないことがわかりました。しどろもどろになりながら、決意表明をやりました。川崎市選出の現職国会議員の先生お二人は、みごとなスピーチをされましたが、私は中学校の生徒会長?程度のスピーチしかできませんでした。最大の課題は、人前でのスピーチに慣れることのようです。

2005.8.10:駅の規模と反応の良さは反比例?

今朝は小田急線生田駅で朝立ちを行いました。この選挙区支部の中では乗降客数の少ない比較的小さな駅です。静かな町並みに遠慮しつつスピーカーのボリュームを小さめに演説していました。ボランティアの方が3名一緒にチラシを配布してくれましたが、受け取ってくれる確率がかなり高いことに気がつきました。小さな駅なので政治家が演説するのが珍しいためなのか、それとも郵政問題への関心が高まっているからなのかわかりませんが、数名の方から応援の言葉をかけて頂いて手ごたえの良さを感じました。
本来は地道な政治活動によって地域の皆さんのご意見を吸い上げていきたい私としては、こういった小さな駅での活動はとても性に合っていると思いました。

2005.8.9:総選挙9月11日決戦!

朝は向ヶ丘遊園駅で「朝立ち」を行いました。2回目ともなるとだいぶ気持ちが楽になっています。チラシを受け取って頂ける人にも励まされます。
そして午後、昨日の郵政民営化法案否決・衆議院解散を受け、総選挙が9月11日に決まったそうです。私が公募で採用されてからたった1ヶ月ちょっとでの出来事です。わたしの周りも急に慌しくなりました。
さて、これからの政治活動、知名度ゼロの新人にとってなんとも厳しいものになりました。

2005.8.8:初の駅頭「朝立ち」

今日は初めての駅頭演説でした!
第一声は地元のJR登戸駅前。朝7時から演説をしました。いわゆる「朝立ち」というものです。ボランティアのK君、H君とともに、いざ出陣!
もちろんほとんどの人はただ通り過ぎるだけですが、時々「応援するよ」と声をかけてくれる方がいらっしゃいました。初めてのことで戸惑っていた中で、本当にうれしくて励みになり、ますます声に力が入りました。ありがとうございました!
思ったほど緊張はしなかったのですが、話すピッチが早くなったり、姿勢が悪かったりと、反省材料がたくさんありました。駅前で大声を出すなんて(そんな経験あまりないですよね)、学生時代の募金活動以来のことでもっと皆さんに聞いていただくために、回数を重ねていきたいと思いました。
ちなみに、駅頭演説用のノボリは手作りしたものです。手芸洋品店で買ってきたオレンジ色の布に、文字をカッターで切り抜いたダンボールをあてて、スプレー缶を吹き付けて作りました。ボランティアの友人と一緒に一生懸命やりましたが、出来上がったのはなんと夜明けでした・・・。(写真は後日のものですが)

2005.8.7:地域へのあいさつ回り

地元の自民党の幹部党員の方に連れていっていただいて、地区の自民党員の家をあいさつ回りしました。これから地道な政治活動を進めるためには、地元の支援者の皆様とのつながりはとても重要です。
   ところでこの多摩区・麻生区は、中選挙区時代は小泉総理の地盤だった土地だけに、地元の昔からの自民党員の間では総理の人気は相当のものです。小泉総理は若い頃から威勢が良くて、まっすぐな人だったそうです。結局そういう人が最後に大物になるのだなと感じました。私も何十年後にかそう言われるよう、頑張っていきたいと思います。

2005.8.6:学生ボランティア第一号

学生ボランティア第一号のK君と初打ち合わせ。近所に住んでいるので、朝早くの駅頭演説にも付き合ってくれる頼もしいボランティアです。本当にまじめで素直でさわやかな若者です。
もう、彼とは10歳も年齢が離れているのですね。自分は政治の世界では若手かもしれませんが、彼らのようにまじめに日本の政治のことを考え、ボランティアに参加してくれる、若い学生たちの見本となるように、がんばらなくちゃいけないなと実感しました。
昼から夕方にかけて作戦会議、そして夜は地元の盆踊りに参加し、出会う皆さんに挨拶を重ねつつ、大量の焼き鳥と格闘しました。

2005.8.5:初のマイカー購入

生まれて初めて自動車を買いました。9万キロ以上走っている中古の軽自動車バン(S社製)です。狭い道が多い多摩区では、軽が一番です。車を買ったことも、ほしいと思ったこともない私は、どうやって車を選ぶのか検討もつきません。そこでコンビニで買ってきたクルマ雑誌をチェックし、多摩・麻生にある販売店の在庫のなかからまたしても「一番安いやつ」を選びました。免許はゴールド(しかしペーパードライバー)の私は、運転に慣れていないので、これから練習です。

2005.8.4:多摩・麻生の坂道

今日は麻生区の自民党関係者の事務所に行く用事がありました。地図を見たところ、直線距離でざっと8kmほど。遠くは無いだろうと感じられたのでスーツを着て自転車に乗って出かけました。8kmなんて楽勝じゃないか、と僕が育った福岡の片田舎(これは平野部)のイメージでいました。ところがどっこい、多摩区と麻生区は丘陵地帯でアップダウンが激しく、予想以上に自転車には過酷な条件でした。暑いし、坂道は多いし、へとへとでした。私の地図(ロードマップ)で見ると平面なので油断していましたが、現実の世界はでデコボコです。ロードマップでは高低差がわかりにくいという欠点があることを体感しました。

2005.8.3:地元NPOとの初会合

昨日お電話させて頂いた地元NPOの方々とお会いしました。子育て支援に取り組んでいる女性達のグループだそうです(先方のご希望により固有名詞は伏せさせて頂きます)。
私が自民党ということで若干構えられているご様子でしたが、なんとかお迎えにあがった駅から事務所までの道すがら、私の経歴や考え方などを話して緊張を解いて頂きました。
   多摩区や麻生区にはサラリーマン世帯が多く、専業主婦が多いのですが、本当は働きたい専業主婦も多く、働きたくても働けない理由や背景について説明していただきました。彼女たちは行政とも協力しながら、地に足のついた政策提言活動をされている方々でした。こういった機会を積極的に作り、政策形成に活かしていきたいと思っています。

2005.8.2:地元NPOとの初コンクタクト

先日インターネットでたまたま見つけた地元のボランティアグループの方から意見を伺おうと、コンタクトしてみました。先方は、「なんで自民党から電話なの?」という感じで、驚かれているご様子でしたが、明日お会いさせて頂く約束を頂きました。どうもまだ一般の人たちにとっては、自民党とNPOやボランティア活動が結びつかないのかもしれません。NPO出身の私としては、地元のNPOの皆さんの声を聞き、それを活かした政策提案を行っていきたいと思います。

2005.8.1:自民党本部にて他の公募新人と

自民党の「改革実行本部」というところが主催する公募採用者の会合に出席しました。私以外の公募採用者の大半は県会議員や元秘書の方々で政治や選挙のことをよくご存知でしたので、知識の差に若干焦りを感じました。
政治活動の講義では、加藤紘一さんが講師役でした。彼のような大ベテランでも、少人数のミニ集会での有権者との対話を重視していらっしゃることがわかりました。自分がしゃべる時間を削って、有権者の皆さんの意見に耳を傾ける時間を多めにとられるそうです。勉強になりました!

2005.7.31:戦略会議開催!!

今日は「戦略会議」。
これから政治活動をすすめるにあたって、どのような価値観・理念のもと、どのような政策をもつのかは最重要のテーマです。また一方で、それらをどのように表現していくか、特にわかりやすく表現することにもこだわらなくてはいけません。
そこで、このホームページに載せる文章を考えるため、僕のNGO時代の友人(広報を担当している心強い味方!)や大学時代の同期などに登戸まで集まってもらい、「戦略会議」を開きました。昼食代わりにピザを食べながら皆でああでもない、こうでもないと議論をしていると、あっという間に時間が過ぎて夜になってしまいました(ありがとう、みんな)。
その後、急遽元都議のT女史にお会いできることになり、中野まで意見を伺いに参りました。その方には主に政治活動の仕方について教えて頂き、とても参考になりました。登戸に帰ってきた時には12時近くになっており、さすがに疲れましたが。
最終的に政策は、皆さんからの意見を参考にして、自分で夜中まで考えて作りました。これまでの仕事の経験や学んできたことをもとに、目指す政策を自分の言葉で語ったつもりです。しかしもちろん言葉にするだけでは意味がありません、実現に向けて行動で示していきたいと思っています。
ちなみに、テーマカラー「オレンジ」も友人たちの意見でこの日に決まったものです。明るい色でとても気に入っています。

2005.7.30:前期最後の授業

今年の4月から立教大学21世紀社会デザイン研究科という大学院(夜間)で勉強してきました。最後のレポートも昨日で完成し、今日は今学期最後のゼミです。
ちなみにレポートのタイトルは、「望ましい公益法人改革」でした。
これまで長年NGO・NPOに関わってきたので、NPOについては相当詳しいつもりでいましたが、大学院であらためて体系的に勉強してみて、まだまだ学ぶことがたくさんあると知りました。一応勉強好き?を自認している僕にとっては嬉しいことです。とてもためになる場でした。

2005.7.28:NGO/NPOと自民党

NGOの仕事をしていたときに一緒に飲みに行ったことのある某新聞社の記者さんから電話がありました。国内の難民問題を熱心に追いかけている記者さんで、難民問題の関係者で集まったときに知り合いました。「自民党神奈川9区の山内さんって、難民関係の仕事をしていた山内さんですよね?」といった感じで電話がありました。どうもまだ世間一般では、自民党のイメージと、NGO/NPOのイメージが重ならないのかもしれません。自民党も変わりつつあります。自民党に「NPO局」という部署があり、私も参加させてもらいました。「自民党神奈川県連NPO局次長」という役職についています。これは私の経歴が一番役に立つ分野なので、特に力をいれていきたいと思っています。

2005.7.26:地元の政治活動の第一歩

今日は多摩区の自民党支部役員のご自宅をあいさつに回りました。
どぶ板的な政治活動の第一歩を踏み出しました。「どぶ板」というとイメージが悪いのかもしれませんが、有権者と対話の一手段として「どぶ板的」な手法は必要だと思います。
途上国における「住民参加型開発手法」を勉強してきた者としては、住民(市民)の声に耳を傾け、自分の主張をぶつけるだけでなく、人の意見を聴く政治活動をやりたいと思っています。

2005.7.23:マニフェスト勉強会

自治創造コンソーシアムというNPOが主催する勉強会に参加しました。テーマはローカル・マニフェストです。国政の話題とは必ずしも重なりませんが、非常に勉強になりました。早くマニフェストづくりに参加してみたいものです。
この勉強会の打ち上げ飲み会の最中に関東で大きな地震がありました。これまでインドやインドネシアの地震や津波の緊急人道援助に携わってきたこともあり、自然災害のニュースを聞くと、アドレナリンが急激に分泌される体質になってしまいました。必要な物資の調達、チームの編成、作業のスケジューリングなどが頭にドバッと浮かびます。しかし今回は大きな被害がなくて本当に良かったです。

2005.7.22:「政策評価」とは

政治家への第一歩を踏み出しつつあるとはいえ、学生業も残っています。今日は夜間大学院の「政策評価」クラスの期末試験でした。「政策評価」とは、政策が実施された結果をきちんと客観的に分析し、その目的がどれだけ果たされたかを評価して次の政策立案に活かすことです。政治や行政の世界で役立つ知識が得られる、非常に実践的なクラスでした。JICA時代に事業評価の研修を受け、実際に実務でも事業評価をやっていたので、評価手法には自信があったのですが、このクラスを受けて非常に参考になりました。情緒的・感情的な議論ではなく、客観的なデータや論理的な思考を重視する「政策評価」手法は、国会議員全員が知るべきスキルだと思います。

2005.7.21:ブレイン集団始動!!

「ブレイン集団」といっても格好つけたものではないですが、僕のこれまでの知人・友人のみなさまに参加してもらい、政治活動に関して意見をもらうためのメーリングリスト(ML)を開設しました。
参加者には、僕の元同僚やNGOの人たち、そして大学院の仲間などのほか、MBA取得者や市役所職員などもいます。政治活動の経験者もいて、皆いろいろな視点から参考になる意見をくれる、頼もしい味方です。

2005.7.20:市連の皆様にあいさつ回り

今日は川崎市の自民党関係者にあいさつ回りです。政治の世界ではあいさつが大切みたいです。人間関係はまずはあいさつから、ということなのでしょう。川崎市の自民党市連にはこれからお世話になるので、一生懸命あいさつのスピーチを考えてきたのですが、なかなかうまく行きません。準備し過ぎると、緊張してむしろ逆効果になることがわかりました。

2005.7.19:パソコン購入

IT系には弱いので、またまた学生時代の後輩につきあってもらい、パソコンを買いに新宿はビックカメラに行きました。数年前に来たときに比べ、スペックがますます向上しているのでびっくりです。コンピュータの世界の進歩は早いもんだ、とありきたりな感想を持ってしまいました。機種選びを楽しむ余裕はありませんので、「一番安いデスクトップパソコンを下さい」と店員に伝え即座に買ってしまいました。最低限必要なソフトの購入や回線の契約などをしていると合計でそれなりの金額になってしまいます。どうしても必要なものとはいえ、支払い時にはハラハラしてしまいました。

2005.7.18:買出し

JICAの同期職員の夫婦が近所に住んでいて、家具や事務機器の買出しを手伝ってくれました。土地勘がなく、デザインのセンスのない僕には、非常に頼りがいのある助っ人でした。中古機器のお店に行き、会議用机、イスなど等、いろんなものを買いました。こんなにモノを大量に買い付けたのは久しぶりです。親からは「質実剛健な人間になれ」と言って育てられたものの、「剛健」にはなれませんでした。しかし、環境のことも考えて、「質実」であろうと心がけています。モノを買うのになんとなく罪悪感を覚えてしまうのは、親の躾のたまものでしょう。

2005.7.17:新車購入

引っ越してきて移動の足がないので、自転車(いわゆるママチャリ)を買いました。しばらくはこれで活動したいと思っています。自転車は、燃料不要で地球に優しく、価格も安くて、運動になるので健康的。いいことづくめです。近所の自転車屋さんで買いましたが、お店のおじさんはいかにも自転車好きといった人で、自転車について詳しく丁寧に説明してくれました。きっとこの自転車屋さんのおじさんは、本当に自転車が好きなんだと思います。どんな仕事であれ、自分の仕事が好きで、それに誇りを持っている人はカッコイイですね。

2005.7.16:引越し本番

さて、今日はいよいよ豊島区から川崎市多摩区へ引っ越しです。荷物の運送だけは業者に頼みました。学生時代の後輩が手伝いに来てくれたので、総額1万8千円也。思わぬ節約ができました。持つべきものは良い後輩です。
後輩と電車で多摩区へ移動。途中いろんな話をしましたが、なかなかしっかりした後輩で、これからのことについて、アドバイスをもらいました。(でも、長い付き合いのため、私の欠点もよくわかっているらしく、途中から説教じみてる気がしましたが・・・)
引っ越し先の家は、これから仕事場も兼ねるため、前の家よりは少し広め。これから、自分の人生が大きく変わっていくのだと思うと、身の引き締まる想いがしました。

2005.7.15:引越し準備

今日は明日の引越しに備え、荷物整理をしました。引越しをするたび、無駄なものに囲まれて生活していることに気づかされます。一人暮らしということもあり、荷物は結構少ない方ですが、それでも無駄なものは結構ありました。地球に優しいシンプルな生活を送りたいと思う今日この頃です。

2005.7.14:写真撮影

今日は政治活動用ポスターの撮影日。自分の顔がポスターになって、その辺に張り出されてしまうなんて、今まで想像もしたことなかったのですが、本当に現実のことなんでしょうか?撮影当日になっても、まるで現実味がありません。
それに、スタジオでの写真撮影なんて、もちろん初体験。スーツや普段着で何パターンか撮影すれば終わりだろうと思っていたのですが、その考えは甘かった・・・。
なんと!メイクまでされてしまいました!これも、もちろん初体験です。でも、これって、結構めんどうな作業なんですね。毎日メイクをしている女性はすごいなと思いました。
そして、いよいよ撮影スタート。自分では覚悟はできていたつもりですが、自然なスマイル?ができなくて、何度も何度も撮り直していただきました。どうしても、引きつったような笑いになってしまいます。小さい頃から写真に写るのが大嫌いでしたが、まさかこんなところで弱点になるとは・・・。

2005.7.12:東京戻り

早朝便で福岡から東京に戻り、引越しの手続きをしました。電話、水道、ガスなど等、面倒な手続きがいっぱいです。数えてみると、高校卒業以来、13回も引越ししています。半年以上住んでいた場所は、国内では、神奈川(横浜、川崎)、東京(三鷹、豊島区)、埼玉(所沢)、海外ではフィリピン、インドネシア、アフガニスタン、イギリス、いろんなところに住んだものです。これからは川崎市多摩区・麻生区に定住します!

2005.7.11:福岡と言えば。

福岡の実家に帰ったら、必ず食べるものが2つあります。ひとつは全国区で有名な博多ラーメン、もうひとつはうどんです。ぜんぜん有名ではありませんが、福岡のうどんはおいしいです。ただ、他県の人にはあまり評価されません。博多うどんは、讃岐うどんみたいなシコシコ感とは無縁です。どっちかと言えば、ゆるい感じの柔麺です。特にお気に入りは、博多駅のホームの立ち食いうどんです。ぜひお試しください。

2005.7.10:里帰り

急転直下で政治の世界に飛び込むことになり、心配をかけるであろう親にだけは直接報告を行おうと、福岡の実家に帰りました。母は地元の自民党婦人部で長年活動し、選挙の大変さをよく知っているがゆえに、心配しています。父もお金のことを心配しています。自分自身はお金のことをあまり考えていなかったので、急に心配になってきました。ただ、お金をかける政治活動はするつもりはないので、なんとかできるはずだと思っています。

2005.7.9:最後のクラス

お気に入りの「NPOマネジメント」のクラスの今学期の最終回でした。客員講師の岸本幸子先生は中間支援NPOの事務局長です。
午後は修士論文テーマの発表会でした。「日本の政策マーケットの現状と課題」というテーマで、日本のシンクタンク、政策提言NPO、調査研究機関の現状について調べ、官僚主導の政策形成を脱していくためのシンクタンクやNPOのあり方を考える、という趣旨です。わかりにくいプレゼンテーションだったらしく、教員のひとりから散々突っ込まれました。4名いた教員の中でも、私の論文テーマに対する評価が分かれ、教員同士で賛否両論の議論に発展してしまいました。僕はこれから政治の世界に踏み込もうという身分ですから、内容はもちろん「わかりやすさ」にも磨きをかけたいとおもいます。
夜は自民党神奈川県連の学生部の会合に出席。僕は学生時代に途上国の開発問題にしか興味がなく、政治とは無縁だったので、学生部の皆さんの熱心さに正直言って驚きました。僕も負けずに頑張っていきたいと思いました。

2005.7.8:県議のみなさまにご挨拶

自民党の神奈川県議の皆さんにごあいさつするため、神奈川県庁の自民党議員団控え室に行きました。ひとつ驚いたのは、女性の県議会議員が少ないこと。少子化対策がうまく行かないのは、政治や行政の世界に女性が少ないからでは・・・、という疑問が芽生えました。もう少し女性の議員が増えるときっと良いと思います。

2005.7.6:公募式ダイエット!?

公募合格の連絡をもらってからの1週間というもの、慌しく選挙区の多摩区麻生区や自民党神奈川県連がある横浜、そして党本部の永田町などに頻繁に移動し、なんと4キロもやせてしまいました。「こんなにやせていいのかしら!−公募式ダイエット」みたいな本でも書けそうですね。
夜も大学院のクラスがありましたが、指導教官の入山先生(市民社会論の権威)は私の公募合格を非常によろこんでくれました。「市民社会論」を大学院で勉強しているのですが、「社会を変えよう」と思ったら、政治の世界を志すのは自然な流れだと思います。ゼミの先輩には東京都の現役区議もいて、「住民投票による直接民主制のメリットと危険性」とか、「地方自治体で住民参加が進むと、代議制の意味がなくならないか」といったテーマの議論が多く、刺激的です。先生は決して自分の考えを押し付けようとせず、参加型のクラスです。それが私のスタイルにも合っており、居心地がとても良いです。

2005.7.5:選挙区での家探し

自民党の支部長(といっても部下も秘書もいない”長”ですが)となったからには、当該選挙区に居住しなければいけません。今は豊島区在住の僕なので、引っ越すために多摩区と麻生区に家探しに行きました。この辺りは、これまで住んでいたワンルームマンション(賃貸)に比べ、手頃な値段で広めの家に住めそうで大満足です。結局多摩区の物件に決めましたが、新宿からも近くてけっこうお薦めかも。
夜はJICAの同期入社組がこぢんまりとした送別会を開いてくれました。10年前は初々しかった同期も、すでに子どもの話で盛り上がる年齢に差し掛かっています。なのに僕はいまだに独身・・・。田舎に住んでいる親からは「そんなことより、早く結婚しろ!」とありがちなセリフで怒られています(笑)。

2005.7.4:党本部のあいさつ回り

神奈川県連の河野会長に連れられ、武部幹事長、安倍幹事長代理、県選出国会議員の皆様にごあいさつに行きました。それまで新聞の中でしか見たことのなかった人たちが目の前にいるのです。直接お話をしているのが不思議な気持ちでした。
武部幹事長からは政治家としての心がまえについてお話いただき、さらに、「前髪が長いから切った方が良い」との見た目のアドバイスまでいただきました。
僕がこれまで生きてきた世界とは違う世界に来てしまったように思いましたが、これから自分の人生が大きく変わっていく予感に緊張を感じました。

2005.7.2:初の記者会見!

自民党神奈川県連にて記者発表。マスコミ各社の取材を受けましたが、実は緊張のあまり何を話したかあまり覚えていません。内容面では県連の河野太郎会長(衆議院議員)からお褒めの言葉をいただきましたが、素人ならではの反省もありました。記者会見中にペットボトルのお茶をラッパ飲みしてしまったり、起立すべきタイミングで立たなかったり、声が小さかったりと、立ち居振る舞いがなっていなかったようです(自分では気づいていませんでした)。
これを読んで頂いている皆さんもおそらくそうだと思いますが、ずらりと並んだカメラの前で話をするなんて、昨日までサラリーマンだった私には過酷な試練でした。
ちなみに、河野太郎会長によれば私のいいところは「これまでの自民党らしくない」点だそうです。地元で古くから自民党を支持して頂いている方々から嫌われないか少し不安ですが、しがらみの無さと新しい血ならではの改革力をアピールしていきたいと思っています。

2005.7.1:JICA最後の一日

昨日辞職願を出して今日退職。おそらく我が社のスピード退職記録でしょう。(人事部の皆様、月末の忙しい時期に急ぎの仕事をさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした)。
これまでにも何度か転職した私ですが、何度経験しても会社を去るのは寂しいものです。

2005.6.30:突然のJICA退職

公募で採用されたことをJICA(独立行政法人国際協力機構)の上司に報告しました。JICA職員は「みなし公務員」とされ、公務員同様、政治活動禁止です。公募採用者は記者会見を行うことになるので、その前にJICAを退職しないと、「政治活動」になってしまいます。そこで翌日(7月1日)付けでJICAを退職することに。とても大きな変化とプレッシャーを早くも感じてきました。

2005.6.29:始まりを告げた電話

それはちょうど大学院の授業中の夜9時頃でした。実家から携帯電話に着信が入っており、自民党神奈川県連に至急電話してほしいとのメッセージ。22:30ごろ県連事務局長に電話したところ、公募により「自民党衆議院神奈川県第9選挙区支部 支部長」に選ばれたことが判明。
最初の感想は「ええっ、本当にっ!?」という感じでした。正直言って、驚きと嬉しさとともに、「本当に自分にやれるのか?」という考えが交錯し、複雑な気分に。
そしてこの日から嵐のような日々が始まりました。

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