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2005年11月24日 (木)

イスラエル大使館の新人議員向け昼食会

今日の昼食はイスラエル大使公邸で開催された昼食会に参加しました。
イスラエル大使館で広報担当として働いている友人を通じ、イスラエル大使から「自民党の新人議員の皆さんにイスラエルについて知ってもらう機会をつくりたい」といった趣旨の申し出がありました。

イスラエルというと一般の人は、「テロの多い国、パレスチナの紛争の当事国」といった印象が強いのではないでしょうか?私はたまたまイスラエルに行ったことがあり、イスラエルの普通の人たちの暮らしやガザ地区やヨルダン川西岸地区のパレスチナ人自治区の様子を少し知っていますが、普通の日本人は「イスラエル」と聞いても印象が薄いと思います。

イスラエルには親日派が非常に多いのですが、日本には親イスラエル派は必ずしも多くないかもしれません(かといって反イスラエル派が多いわけでもありません)。 印象の薄いイスラエルについて知ってもうためには、何か一工夫必要です。そこで、まずは気楽にお食事でも食べながらイスラエルの文化や生活について知ってもらう機会をつくることになりました。
私が窓口になって自民党新人議員83名に呼びかけ、イスラエル大使からのお招きに応える形で、今回の大使公邸での昼食会が実現しました。国会閉会中にも関わらず、11名の新人議員が参加してくれました。

昼食会ではまずコーヘン大使からイスラエルの地理、経済、技術レベル等についてご説明いただき、その後はゴラン高原(自衛隊が停戦監視活動を行っている場所です)で獲れたブドウを使ったイスラエルワインで乾杯しました。乾杯の発声は、私 山内康一がつとめさせていただきました。おいしいイスラエル料理を食べながら歓談し、他の新人議員の皆さんにも楽しんでもらえたと思います。少なくともイスラエルが多少身近になったことでしょう。

外交も国会議員の重要な仕事のひとつですが、国と国との関係の基礎はやっぱり人間関係だと思います。イスラエルの大使や公使と知り合うことができ、これから必要があればコンタクトできるチャンネルをつくることができて良かったと思っています。また、われわれ国会議員は外交問題についても適切な判断が求められる立場にあり、常日頃から国際情勢について知っておく必要があると思います。こういった機会を通じて、同僚議員と一緒にイスラエルや中東情勢について勉強することができて良かったと思います(自画自賛ですが・・・)。

PS:明日からユニセフ議員連盟の仕事でインドネシアのスマトラ島津波災害被災地の視察に行ってきます。しばらくブログはお休みします。

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2005年11月22日 (火)

マスコミ情報いろいろ

自民党の立党50周年記念式典に出席しました。
音楽や映像等にも凝っていて、新人議員のエース・杉村太蔵代議士による立党50年宣言の宣誓といった見せ場もあり、盛大な式典でした。あいかわらずの杉村さん人気で、杉村さんが入場しただけで笑いが起きるほどでした。やっぱり翌日のワイドショーやニュース番組でも杉村さんの注目度は抜群でした。

午後は某民放テレビ局のニュース番組の製作スタッフから臓器移植法案の改正について取材を受けました。もっとも取材といってもテレビカメラは入りませんでした。これからの取材についての打ち合わせといった雰囲気の取材でした。
彼はずっと臓器移植の問題を追いかけており、臓器移植の問題についての知識が非常に豊富で、私の方が逆に質問攻めにしてしまいました。興味本位の取材ではなく、真摯に調査報道に徹しようとする態度に非常に好感が持てました。テレビ局の調査報道も捨てたものではないな、と感心しました。

国会議員の仕事のひとつは国政の課題や法案の内容を国民の皆さんにわかりやすく説明し、理解を求めていくことだと思います。ミニ集会や駅頭演説で説明できる範囲は限られていますが、テレビや新聞といったメディアの協力を得ることができれば、より広くより多くの国民の皆さんに訴えることができます。
社会をより良い方向に変革していくためには、まじめに社会の問題を追いかけているマスコミの人たちとの連携が欠かせないと思います。

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2005年11月21日 (月)

初心新たに

立党50周年記念行事の一環として自民党の学生部全国大会が開催され、私も「青年局次長」という肩書きで参加しました。
いまだに大学院に在籍している私は、本当は学生部に入れるのかもしれませんが、次長の肩書きで参加させていただきました。学生部代表者会議の議事が終わると、テーブルごとに学生と国会議員との少人数の懇談会が持たれました。私の場合、6名の学生からいろんな質問を受け、それに答えるという形式の懇談でした。「派閥についてどう思うか?」とか、「国会議員になりたいと思ったきっかけは?」といった質問が続き、公募の面接試験を思い出しました。

私の場合、政治に関心があって政治家を目指したという感じではありません。途上国援助の政策や教育政策といった政策論に関心があり、政策を形成し、それを実現していくためにはどんな職業に就けばよいかと自問自答した結果、政治家になるという選択肢を選びました。
最初に途上国の貧困問題や教育問題に関心があり、それらの問題解決のための政策を形成し、実行に移していくためには政治を変革しなくてはいけないと思い、政治家を志しました。

学生との対話を通じて、政策通の国会議員を目指して精進しようと決意を新たにしました。

(ところでこれをいつも読んで頂いている皆様、毎度”オチ”がない文章ですみません)

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2005年11月18日 (金)

国政報告三昧

なぜかイスラエルの雑誌のインタビューを受けました。
イスラエル人の記者さんに質問され、小泉改革の行方、新人議員の活動等、1時間半ほどお話ししました。イスラエルでは日本に対する期待が高まっているそうで、記者の方も日本の政治や文化をかなり勉強していました。
日本人はアラブ諸国からもイスラエルからもそこそこ(?)好意を持たれており、宗教的にも非キリスト教国かつ非イスラム教国ということで、中立的な立場で発言しやすい状況にあります。将来的には、パレスチナ問題を抱えるイスラエルとパイプをつくり、中東和平に日本が積極的に貢献できるのではないかと思っています。イスラエルともアラブ諸国とも友好的な関係を作っていきたいものです。

夜は「国政報告」というタイトルで古巣のJICA(独立行政法人国際協力機構)で国政報告会を開催しました。元上司や元同僚に向かって話しをするのは、緊張するし、話しにくい内容もあるし、かなり苦痛でした。さらに冒頭でJICA時代の知人が撮影してくれた選挙活動のときのビデオを上映しましたが、これが見るに耐えない恥ずかしさでした。自分で自分の映像を見るのは本当に恥ずかしいものです。ビデオが終わるまで冷や汗をかいていました。そんなこんなで講演はさんざんの出来具合で大失敗でした。
まだまだ人前で話しをするのは上手くなりません。

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2005年11月16日 (水)

「鉄砲玉」拝命!

臓器移植法案の改正に向けた準備が進んでいます。
臓器移植法案のように倫理観に関わる法律については、内閣提出法案ではなく、議員立法で法案を制定するのが慣例になっています。また、倫理観や死生観に関わる課題であるため、党議拘束もなく、超党派で法案を制定していくことになります。

神奈川県連会長の河野太郎代議士は、ご自分が生体肝移植を経験したという事情もあり、臓器移植法の改正を強力に主張されています。しかし、河野さんは今回の内閣改造で法務副大臣に就任し、政府の一員になったため、議員立法に関わることができません。
そこで私、不肖の新人議員 山内康一が、河野さんの仕事を一部引き継いで臓器移植法改正に向けた準備をさせていただくことになりました。
河野太郎さんのメールマガジン「ごまめの歯ぎしり」の11月15日号を転載します。

-----以下転載-----

ごまめの歯ぎしり メールマガジン版 河野太郎の副大臣日記 ============================================================
新人の山内康一代議士が、僕が政府入りしてしまったので臓器移植法の改正はどうなるかと心配してくれている。
彼を後任の鉄砲玉に任命する。

-----以上転載終わり-----

というわけで、河野太郎さんの後任として、臓器移植法改正の「鉄砲玉」に就任しました。

国の第一の仕事は国民の命を守ることだと考えます。
臓器移植法案の改正で多くの命を救うことができます。
しかも臓器移植法の改正は、議員立法でなければできない法改正です。
国会議員にしかできない仕事です。

賛否両論あり、難しい課題ですが、国会議員としての責任を果たすべく、
全力でがんばります!

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2005年11月12日 (土)

国会の無いある1日

今日は多摩区の区民祭でした。さまざまなブースを見て歩きましたが、地元に知った顔が増えてきて声をかけてもらえることが多くなってきて、うれしいものです。

午後は忙しい中、無理して時間を作って、立教大学大学院の立法学の講義に行ってみたら、なんと休講でした。前回の講義を休んでしまったので、休講になったことを知らず、無駄足になりました。たまたま立法学の客員教授が衆議院法制局の部長さんなので、月曜日に休んだクラスの講義資料をもらいに行くことにします。

その後、横浜の神奈川県連政治大学校の開校式に出ました。政治大学校というのは、一般社会人向けの教養講座的な講義と、政治家を目指す人向けの専門講座の二つから成ります。開校して10年目になりますが、これまでに卒業生から福田さん(横浜)と木原さん(熊本)という2名の代議士(中退者にも数名代議士がいます。)を輩出しています。
今年は例年になく希望者が多く、市民の皆さんの政治への関心が高まっているようです。
某代議士は「杉村効果」と呼んでいましたが、これまでだったら政治大学校に関心を持たないような経歴の人たちが多数応募してくださったようです。

開校記念講演では小池百合子環境大臣が環境問題についてお話しされました。
立教大学大学院の講義を聴けなかった分、小池大臣の講義を聴けました。
ちなみに、最近購入した私の愛車は中古で低価格の初代プリウスです。中古車なので再利用=リユース、低公害車なので環境に優しく=リデュース、部品のリサイクル性も高いです。さらに国会に行くときも荷物が多くない限りは電車通勤しており、環境に優しく、かつ、低コストの生活を実践しています。

最後の懇親会では政治家を志す人たちとお話しする機会がありましたが、このブログを読んでくれている人が予想以上に多くて驚きました。気を入れて書かなくては・・・。

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2005年11月11日 (金)

スマトラ再訪決定

ばたばたしており、ブログのお休みが続いておりました。すみません。
先日パキスタンに地震対策本部の現地調査に行ったばかりですが、今度はインドネシアのスマトラ島に現地視察に行くことになりました。インド洋津波災害の復興支援の状況について視察するため、ユニセフ議員連盟の一員として11月25日から30日までインドネシアのスマトラ島に行きます。

インド洋津波災害から1年近くたちますが、いまだに被災者の皆さんは苦しい生活を強いられているケースが多い様子です。
私も昨年12月末から2週間ほどNGO(ピースウィンズ・ジャパン)の緊急援助チームに一員としてインドネシアのスマトラ島に行きました。当時の身分はJICA職員でしたが、年末年始の休暇に4日間のボランティア休暇制度の有給休暇をくっつけて、2週間ほどボランティアとしてNGOの緊急援助のお手伝いをしました。ボランティア休暇を利用してNGOの国際緊急援助を手伝ったJICA職員は、私が第一号だったと思います。思えば、JICAでは前例のないことをたくさんやって、上司や人事部を困らせたものでした(JICAの皆さん、すみません。)。

そんなこんなで、スマトラの緊急援助オペレーションに参加してかれこれ1年近くたち、その後のスマトラの様子が気になっておりましたので、ユニセフからの申し出をありがたくお受けしました。この2日ほど渡航手続きに終われております。残念ながらユニセフは現地滞在費を負担してくれるものの、インドネシアまでの渡航費は負担してもらえないため、インドネシアと日本の間の航空券代は自腹になります。シンガポール経由の格安航空券を約6万円で予約し、準備万端です。

某大手新聞社のインドネシア支局長さんから携帯に電話が入り、現地ジャカルタでの取材の申し込みがありました。彼とは今年1月にもインドネシアのスマトラでご一緒したことがあり、また、東京でも何度かお会いしたことがあって、10年近く前からの長くて淡いお付き合いです。仕事の関係で数年に1度会うだけですが、その度にお互いの過去数年間を振り返り、旧交を温めています。彼に会えるのもインドネシア行きの楽しみです。
新聞記事にしてもらえれば、多くの日本の方々にスマトラ島の被災者のことを知ってもら
えます。

インド洋津波災害の被災者の皆さんの苦しみは終わっていません。インド洋津波災害の被災者のことを忘れないでほしい、というメッセージを新聞記事を通して広く発信していければ良いと思っています。

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2005年11月 6日 (日)

佐賀の福岡議員

同僚新人議員の福岡資麿さんの応援に佐賀市に行きました。
福岡さんは私と同じ昭和48年生まれの新人議員です。
立候補する前は三菱地所でサラリーマンをやっていたさわやか好青年です。

http://www.takamaro.jp/top_new.html

彼は佐賀1区選出の衆議院議員で、「福岡」という姓です。
自己紹介するときには「佐賀1区選出の福岡です。」と言っているのでしょうか?
混乱を招きやすい名前で、きっとご苦労されていることだろうと、余計な心配をしてしまいます。

佐賀城跡は立派なお濠があってとてもきれいです。地元の人が言うには、日本一美しいお濠だそうです。広い道路と整然とした市街地が印象的でした。

私の任務は福岡さんの後援会夫人部の国政報告会において、パキスタン地震対策本部の現地調査報告をお話しすることでした。当初見込みの入場者数は70~80名のところ、実際には140名もの多くの皆さんがお集まりになり、大盛況でした。福岡さんの人気はたいしたものです。もし今の段階で、私が後援会の国政報告を開いてもこんな大人数は集まらないでしょう。福岡さんは難しい問題をわかりやすく説明するのが上手です。また、有権者にとって耳に心地よくない国民負担増の話しもきちんと説明します。有権者の皆さんの負担を増やさざるを得ないような政策であっても、必要な政策であれば、逃げずに誠実かつ丁寧に説明することが重要だと思います。見習わなくては・・・。

パキスタンの地震報告の前に、国際貢献の意義や人道支援の重要性について簡単にお話させていただき、その後、ピースウィンズ・ジャパンにご提供いただいたスライド写真を見ながらご報告しました。遠く離れたパキスタンの災害ですが、皆さん真剣に聞いてくださいました。予想以上に反響があり、報告会終了後に募金を呼び掛けたところ、あっという間に4万円以上の募金が集まりました。国際協力に関する話は、一般の方々にも意外に受けるということがわかり、ちょっとうれしくなりました。
私ももう少し自分の後援会の会員が増えてきたら、是非とも国際貢献をネタに報告会を開きたいと思っております。

追伸:私の後援会会員は随時募集中ですので、多摩区と麻生区在住の方は是非ご連絡ください。

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2005年11月 4日 (金)

逆取材

今日はパキスタン地震現地調査の関係で東京新聞と神奈川新聞の取材が入りました。
どちらの取材もパキスタンの現地調査の話を30分くらい話したあとは、ついつい雑談になってしまいました。
当たり前ですが、新聞記者の人たちは本当にいろんな情報を持っていて、おもしろい話を聞かせてくれます。いろいろと情報交換しているうちについつい時間が立ってしまいます。新聞を読むのも勉強になりますが、新聞記者の人に話しを聞くのはもっと勉強になります。

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2005年11月 2日 (水)

パキスタン調査報告

早朝7時過ぎにパキスタンから羽田空港に到着。
さっそく8時半の党本部にて厚生労働部会の各医療団体ヒアリングに参加しました。
11時に武部幹事長と公明党冬柴幹事長にパキスタン地震現地調査団の報告を行いました。調査団の報告と提言の内容は以下の通りです。

(1)パキスタン地震に関する日本の支援は現地側から全般的に高い評価を受けている。
(2)自衛隊のヘリコプター部隊は病人・負傷者の移送や援助関係者の移動等に活用されており、現地側からの要望も強いため、派遣期間を延長すべき。
(3)日本のNGOやJICA関係者も活躍している。日本のNGOと日本政府との連携もスムーズに行っている。
(4)特に防災や耐震技術に関して、地震国日本の技術協力に対する期待が大きい。中長期的な復興支援に関して日本への期待が大きい。
(5)11月19日に予定されているパキスタン地震復興支援国際会議には、日本からは閣僚級を派遣することが望ましい。

インド洋の津波災害のケースもそうですが、災害発生直後にはマスコミの注目も集まり、募金活動等も活発に行われますが、しばらくするとマスコミの注目もなくなり、だんだん忘れられていきます。しかし、被災者の皆さんの苦しい生活はすぐには終わりません。パキスタンの地震被災者の皆さんにとっては、山岳地帯の厳しい冬が訪れるこれからが大変な時期です。中長期的な支援活動のニーズはまだまだ満たされていません。パキスタンの地震被災者への支援活動はこれからも続けていく必要があります。日本に住むわれわれもパキスタンの被災者の皆さんへの共感を忘れないことが大切だと思います。

また、今回の調査では日本のNGO関係者との懇談する機会があり、旧知の友人2名と再会することができました。今でもパキスタンでがんばっているNGOやJICAの元の同僚たちの活躍を心からお祈りしております。

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