« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005年12月31日 (土)

今年1年いろいろありました

私にとって嵐のような激動の1年が今日で終わります。
総理官邸を見渡せる議員会館520号室で1年を振り返りながら、この文章を書いています。さすがに大晦日に議員会館でパソコンに向かっている国会議員はほとんどいないようで、会館は閑散としています。

去年の今頃はインド洋津波災害発生直後のインドネシアのスマトラ島で緊急人道援助に携わっていました。今年の初日の出はメダン空港の倉庫で援助物資の積み込みの手続きをしながら迎えたものでした。思えば、激動の1年の始まりにふさわしい忙しいお正月でした。

そして今、9月11日の総選挙を経て、衆議院議員として活動しています。自分でも信じられないくらい変化の激しい1年間でした。政府機関(JICA)で働いているときには、行政システムの非効率や硬直性に悩まされ、今の政府の仕組みを大きく変えなくてはいけないと思いました。

NGO/NPOで働いているときには、政府がパブリックセクターを独占するシステムがすでに破綻していることに気づき、行政とNPOや企業、地域社会とが一緒になってパブリックセクターを担っていく「新しい公共」が必然の流れだと感じました。

今年は経済効率至上主義の弊害が顕著になりました。来年も「自立した市民からなるやさしい社会をつくる」というビジョンのもと、官から民へ、小さな政府へという構造改革路線を進めるため、国政の課題に全力で取り組みます。

何でもお上まかせの中央集権全体主義国家でもなく、経済効率最優先の弱肉強食の市場万能主義でもなく、小さくても効率的な政府と思いやりのある市民社会を目指した制度づくりに取り組んでいきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月24日 (土)

耐震偽装の現場へ

自民党本部耐震偽装問題ワーキンググループの視察に同行して、川崎市内のマンションを視察しました。マンションの中に入って壁紙をはがして内部の状況を見せてもらい、住民の代表者の方のお話を聞きました。
悪質な業者の不法行為により、せっかく買ったマンションから対処しなくてはいけなくなった住民の皆さんの怒りと、いまだにマンションに住んでいる皆さんの不安は、想像に難くありません。私も視察の最中に「今地震が起こったらどうしよう?」と不安な気持ちになりましたが、住民の皆さんはその何十倍も怖くて不安な思いをされているのかと思います。
耐震偽装問題ワーキンググループの主要メンバーは新人議員で、事務局長の牧原代議士(弁護士)も新人議員です。マスコミも小泉チルドレンの中で杉村代議士や女性議員ばかりではなく、牧原代議士のように自分の専門性を活かしてがんばっている即戦力の新人にもスポットライトを当てて欲しいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月22日 (木)

立法スタッフネットワーク

立法スタッフネットワーク(?)という勉強会の人たちの忘年会に参加しました。
党職員(自民、民主)、議会スタッフ(衆参両院の調査部門や法制部門)、政策担当秘書(自民、民主)、大学教員、民間企業(コンサルタント会社等)の人たちの勉強会ですが、党派を超えてより良い政策づくりのために集まっています。
議員で出席していたのは私一人でしたが、民主党の政策秘書や党職員と話をしたのは初めての経験だったので刺激的でした。やはり日本の議会では、政策立案のためのインフラが不十分だと感じました。
改善すべき点としては、
(1)政策秘書の増員(現在1名⇒せめて5名に)
(2)シンクタンクの創設・強化
(3)政党の政務調査会の機能強化
等があげられます。
時間をかけて取り組んでいきたいテーマなので、勉強会で出会った人たちと意見交換しながら、じっくり勉強したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月20日 (火)

粋なスピーチへの道のり

マスコミでも取り上げられましたが、総理官邸で無派閥新人議員の忘年会に出てきました。
総理の考えとしては、派閥に属している新人議員は派閥の会合等で先輩議員の指導を受けられるのに対して、無派閥の新人は年末も議員同士の交流が少なくてさびしい思いをしているだろうから、さびしい思いをしないように忘年会を開いてあげよう、という趣旨だったようです。
小泉総理、安倍官房長官、党4役(幹事長、政調会長、総務会長、国対委員長)が参加した豪華な忘年会でした。新人議員が集まる席では、毎回、幹部の皆さんから、政治家としての心がまえ、若い頃の失敗談、選挙対策のコツ等など、非常に有益な知恵を授けてもらえます。勉強になるので、月に1回くらいのペースでこういった新人向けの会合を開いてもらいたいものです。

無派閥の新人議員が50名近く参加し、総理官邸に招かれた場合の恒例の「1分間スピーチ」をやりました。私の場合、地元の会合であいさつすると、短すぎるとよく指摘されます。「1分間スピーチ」なのに、たぶん1分足らずで終わってしまいました。しかし、1分間スピーチなのに1分間で終わる議員はほとんどいません。みんな2~4分程度は話していたように思います。政治家の話は長くなる傾向があり、世間ではけっこう嫌われているようにも思います。短くて心のこもったシャープなスピーチを目指して、工夫していきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月16日 (金)

地域で子どもを守る

青少年問題特別委員会に出席。
子どもの安全がテーマで、国会が閉会中にも関わらず急遽開催されました。
やはり地域のPTAの皆さんとお話しても、子どもの安全に非常に不安を感じている方が多いです。委員会でも地域のボランティアの皆さんが活躍している事例が多数紹介されました。地域のボランティアと学校や警察との連携が鍵になりそうです。
委員会は始まったばかりで結論は出ていませんが、重要なテーマなので真剣に取り組んでいきたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月13日 (火)

インタビュー漬け

午前中は外務省へ行き、塩崎外務副大臣にインドネシアの津波被災地の調査結果を報告しました。
自民党外交部会の下にある国際NGO小委員会の事務局的な仕事をやるようにとの指示を受けました。新人議員なので役職には就けませんが、これまでのNGOでの経験をフルにいかして、国際NGO小委員会としてガンガン提案していきたいと思っています。

午後は取材ラッシュでした。
最初にイスラエルの新聞社の取材を再び受けました。日本の女性が子どもを産まなくなった理由、少子化対策など、日本語でも答えにくい質問にしどろもどろになりながら英語で答えましたが、途中からイスラエル大使館の通訳さんの助けを借りました。さらに来年1月上旬の小泉総理のイスラエル訪問の期待される成果、小泉総理の中東和平についての考え方等など、難しい質問が続きました。

日本はイスラム教徒でもキリスト教徒でもユダヤ教徒でもなく、パレスチナ側からもイスラエル側からも比較的中立に見られやすいという強みがあると思います。そういった強みをいかして、イスラエルとパレスチナを結ぶ仲介者としての役割が果たせると思います。また、日本の政府開発援助を通じて、パレスチナ自治区の経済開発を手助けすることで、紛争の遠因(root cause)となっている貧困問題の解決に貢献できると思います。そういった希望的な意見を述べたところ、納得してくれた様子でした。イスラエルの新聞にどんな記事がでるのか不安です。

続いて政治家の主張をインターネット上で流している会社の取材を受けました。
当選後の抱負、やりたいこと、国民の皆様へのメッセージ等の質問に答えました。
その会社の人たちに「こんなことやって儲かるんですが?ボランティアみたいなものでしょう?」と率直な感想を尋ねたところ、本当にボランティア的にやっているとの返事でした。利益だけでなく公益も考えている志のある会社で、たいへん好感が持てました。

さらに母校の国際基督教大学(ICU)の同窓会会報の取材を受けました。
学生時代、JICA職員時代、NGOスタッフ時代等の思い出話、国政を志したきっかけ、抱負等について質問されました。大学の後輩の記者さん(本職は広告代理店や企業の広報担当)とは、けっこう打ち解けた感じでインタビューに答えることができました。ちょっと口が滑ったかな、というような突っ込んだ内容の話をしてしまい、思い返して若干後悔しています。

最後に某テレビ局のディレクターから臓器移植法案の改正について取材を受けました。河野太郎さんとともに臓器移植法案の問題点、改正が必要な理由などについて説明しました。これまで臓器移植問題について本や資料を読み、専門家からレクチャーを受けていたものの、いくつかの質問には適切に答えられず、河野さんに頼りきりでした。
まだまだ勉強が足りません。移植を待つ多くの患者さんのためにもしっかり勉強しようと決意を新たにしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月12日 (月)

女性議員パワー

自民党神奈川県連の学生部が主催する勉強会に行きました。
川口より子参議院議員(元外務大臣)と猪口邦子大臣(少子化対策、男女共同参画)の2名の女性議員をお招きして、女性議員から見た国政について講演と質疑応答がありました。学生部主催のイベントなので、大学生が対象なのですが、100名近くの応募がありました。学生の熱心さと両議員の人気に感心しました。お子さん二人を育てながら、キャリア官僚としてバリバリ仕事をして、大臣にまで上り詰めた川口さんのような人材をもっと活用することができれば、日本の経済も政治もうまく行くことでしょう。
子育て支援にもっと予算をつけることは、長期的には有効な投資だと思います。優秀な女性を労働力として確保しつつ、子どもの数を増やすため、できることはたくさんあるように感じます。

勉強会を途中で抜け出して東京に戻り、公募の新人議員の忘年会に参加しました。新人議員15名ほどに加え、安倍官房副長官、塩崎外務副大臣などの元党改革実行本部の公募関係者も参加した会になりました。
国会議員というのはさまざまな分野の専門家がいて刺激になることが多く、忘年会と言えども馬鹿にはできません。国際司法裁判所への日本の貢献のあり方、忙しいスケジュールをうまくこなす方法、選挙必勝法など等、情報交換に励みました。

ちなみに女性議員団が弾けていて、ここでも女性パワー炸裂でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月10日 (土)

行政の役割

川崎市で開催された「発達障害者支援法を考える」というシンポジウムに参加しました。

発達障害者支援議員連盟の福島豊衆議院議員の講演に続き、自閉症のお子さんを持つ親、就労支援施設の方等から報告がありました。発達障害者や自閉症のお子さんをもつ親(特に母親)や地域の支援者の皆さんの熱心さに感心しました。
多くの方々がおっしゃっていて印象的だったのは、単にハコをつくるだけではダメだし、場合によってはハコモノは不要であり、本当に必要なのは地域の支援者のネットワークであるという点でした。

これからの行政は、地域の支援者のネットワークを支え、障害者が地域社会の中で生きていけるように支援すべきではないかと思いました。行政の押し着せのサービスより、行政が地域のボランティアやNPOを支えるというスタイルが有効だと思いました。
さらに、社会貢献活動の一環として障害者を積極的に雇用している企業もあります。
行政の支援を受けつつ、地域社会の支援者、地域のNPOや企業が一緒になって、障害者にやさしい社会を創っていく、そのための基盤整備に国政の場で取り組んでいきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 9日 (金)

2つのお金の話

山本一太参議院議員(自民党・外交部会長)に政府系金融機関の再編問題に関して話を聞きに行きました。
政府系金融機関の中でも特に国際協力銀行(JBIC)の動向が気になっています。
国際協力銀行は、5年ほど前に当時の輸出入銀行(輸銀)と海外経済協力基金(OECF)が統合されてできたものです。そもそも民間企業に資金を貸し付ける輸銀と、政府開発援助(ODA)の一環として円借款という形で途上国政府に資金を貸し付ける海外経済協力基金では、性格が大きく異なり、うまくいくはずがありませんでした。実際この5年間、国際協力銀行の円借款部門はあまりうまくいっている印象を受けません。

国際協力銀行のうち円借款(旧海外経済協力基金担当分)の部分は、もうひとつの援助機関であるJICA(独立行政法人 国際協力機構)と統合した方がいいと思います。
円借款は、別の言い方では、有償資金協力とも呼びます。JICAは無償資金協力部門を抱え、資金が有償(返済が必要)か無償(贈与)かのちがいはあっても、円借款と同様にインフラ整備のための援助を実施しています。また、JICAとJBICを統合することで、調整コストが削減でき、さらにJBICよりも広いJICAの在外事務所ネットワークを活用して円借款を実施することができるようになります。
山本先生は私と同じく元JICA職員で、経済協力畑(ODA畑)の専門家です。山本先輩もJBICを解体して、円借款部門をJICAと統合すべきと考えています。これからいっしょにJICAとJBICの統合に向けて努力していきたいと思います。

午後は自民党の税制調査会(税調)に出席しました。党の税調と言えば、マスコミの注目度も高いようで、会議室の前はおびただしい数の記者さんが詰め掛けていました。

私が今回特に注目していたのは、「認定NPO法人制度の要件緩和」というテーマです。認定NPO法人というのは、寄付金に対する税控除を受けられる法人のことです。2万4千も存在するNPO法人のうち、認定NPO法人の認可を得ているのは38法人しかありません。きわめて認可の要件が厳しく、提出すべき書類も膨大な量になるため、小規模なNPO法人ではとても認定NPO法人になれないのが現状です。
内閣府のNPO支援担当部署と協力して、税調の場で認定NPO法人制度の要件緩和を要望すべく準備してきました。数少ない「NPO族議員」として、NPOと市民団体の利益を代弁するため、気合を入れて党税調に臨みました。

さて、税調の場で認定NPO法人制度の議論が始まると、私も挙手をして発言を求めました。しかし、前の方の席の先輩議員が最初にあてられ、その先輩議員が私の主張と同じような発言をされ、その意見が委員長に取り入れられました。
そんなわけで結局、私の発言のチャンスはなくなりましたが、望んでいた結果になったのでまあ良かったです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 8日 (木)

ミニ集会

今日は当選後初めて「ミニ集会」を開催しました。
朝の駅頭演説で与党パキスタン地震対策本部の現地調査報告についてのチラシをお配りしたことがあり、そのチラシを見た方から激励のメールをもらいました。メールをやり取りしているうちに、パキスタン地震被災地やインドネシア津波被災地における援助活動や途上国援助一般について話を聞きたいという申し出をいただき、ミニ集会を開催することになりました。参加者はわずか4名の集会でしたが、人数が少ないがゆえにリラックスして話せたし、質疑応答の多い対話型の集会になって良かったです。

選挙区にお住まいの皆さま、ミニ集会のご要望があれば、是非ご連絡下さい。
登戸の事務所でも、ご自宅でも、集会場でも、どこでもOKです。トピックは、国政一般のこと、NPOのこと、国際協力のことなど等。

ご連絡をお待ちしております!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 4日 (日)

「臓器移植」を前へ

次の通常国会では臓器移植の問題に取り組もうと思っていますが、河野太郎代議士(法務副大臣)のメールマガジン「ごまめの歯ぎしり」に、私の名前が出ていました。

(以下、転載。)
-----------------------------------------
第13回和歌山臓器移植研究会 学術講演会。
臓器移植ネットワーク 主席コーディネーター 小中節子
大阪大学大学院 医学系研究科 外科学講座講師 福嶌教偉
衆議院議員 河野太郎
三人がそれぞれ講演。五百人以上入りそうな会場は満員、立ち見。

その後、参加した専門家と意見交換会。
心臓死はみんな死んでいるのかという問いかけが出され、ええっと思っていると、日本で移植を受けた人の中には二年間、本人の心臓は動いていなかった、つまり人工心臓だけで生き延びていた人がいる。移植後に、二年目で初めて自分の心臓が動いた。

心臓死が人の死なら、この人は二年間死んでいたのですか?人工心臓をつけて移植を待っていた人の中に、脳出血から脳死になった人がいる。脳死であり、心臓死なのだが血流はあり、身体は暖かい。臓器提供を希望されていたが、脳波をとると人工心臓に反応し、ルール通りに脳死判定が完了できず。腎臓と角膜の提供にとどまる。

参加していた方々から、山内康一代議士が熱心に取り組んでくれているとのお褒めの言葉を頂く。
たしかに彼は僕と違って移植を経験しているわけではないが、他人の気持ちを思いやることができる人間だ。
がんばれ山内。
------------------------------------
(以上、転載終わり。)

臓器移植に関わっている医師、臓器移植を受けたご本人、臓器移植を受けたお嬢さんを持つ親といった方々に、これまで臓器移植のお話を聞いてきました。
臓器移植に関わる法制度や政策さえ整っていれば、死ななくてもいい患者さんがたくさん亡くなっています。日本では15歳未満の脳死が認められていないため、子どもの臓器移植が特に難しく、かなり高額の費用をかけて海外へ移植を受けに行かざるを得ないケースも多く発生しています。
法改正により、そういった子どもたちを救う道をつくりたいと思います。
次の国会でなんとかしたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年12月 2日 (金)

新人教育は続く

ずいぶん長いことブログをお休みしていました。
愛読者(?)の皆様、申し訳ありません。

今日は小泉総理との「カレー懇談会」が開催されました。
新人議員の半分(約40名)が参加し、各自1分間スピーチを披露しました。私はあいかわらずスピーチが下手で、1分と言われても30秒くらいで終わってしまいました。人によっては5分くらい話す人もいて、人それぞれです。

小泉総理からは、新人は1年くらい派閥に入らず、様子を見るように、といったコメントがありました。また、総理からのアドバイスとして、「忘年会や新年会に呼ばれてあいさつをするときには、なるべくあいさつは短くするように。」とのコメントがあったのが印象的でした。

総理官邸を離れるときに、生まれて初めてのぶらさがり取材を受けました。余計なことを言わないようにと、かたくなってしまい、ついつい当たりさわりのないコメントになってしまいました。その日の夕刊を読むと、新聞記者さんにけっこう内容を詳しく説明している新人議員がいた様子で、かなりカレー懇談会の内容が的確に記事になっていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »