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2006年11月28日 (火)

「復党問題を考える会」設立総会

「復党問題を考える会」設立総会を開催しました。
昨日が復党問題の山場でした。

午前中に郵政造反議員から復党願が提出され、
その直後の12時すぎに党改革実行本部の緊急総会が開かれました。
その直後に安倍総裁が復党容認の方向で手続きを進めるようにとの指示を出しました。

いまさら「復党問題を考える会」をつくっても仕方がないという意見もありましたが、
安倍総裁の指示があったにせよ、まだ党紀委員会も開催されておらず、
まだ最終決定、正式決定には至っていません。

復党容認の動きは世論の反発を招いており、
党のダメージを軽減するためにも、
本会として提案・貢献できることがあると思っています。
また、復党を進めるにせよ、国民の理解を得られる形での復党手続きについて、
提言をすることは必要だと思います。

また、一部の幹事から、復党問題をきっかけに改革逆行の流れが出てこないか、
そして、国民の目から見て自民党が改革政党ではなくなったという印象をもたれないか、
という懸念が表明されました。
復党問題の議論だけではなく、改革の逆行を食い止めるための会、
あるいは、選挙制度や政党のあり方について議論する会にすべき、
といった意見も出ました。

とりあえず今日のところは、幹事長に対して、
(1) 党改革実行本部の平場の議論の機会をもう一度設けること、
(2) 昨日の党改革実行本部で20名以上の議員から復党反対の意見が出されたことに対する説明を聞きたいということ、
の2点を要望することにしました。

党にたて突くつもりはありません。
党のイメージダウンを防ぐためにも、
有権者の理解を得られる方法を模索したいと思います。

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2006年11月27日 (月)

復党に関する党改革実行本部総会

本日、党改革実行本部にて復党問題が話し合われました。

3時半からの会議なのに、本部から通知があったのは12時過ぎでした。
3~4時間前に突然連絡を受けて、会議に出られる議員はそんなにいないはずです。

特に地方の国会議員は、月曜日は地元活動しているのがふつうです。
議員があんまりいない日時を狙って会議を設定しているとしか思えません。
かなり強引なやり方でした。

しかし、そんなこともあろうかと、不測の事態に備えて、復党反対の議員にスタンバイをお願いしていました。
それが上手くいきてきました。

会議では23名の議員(執行部除く)が発言しましたが、
そのうち22名が復党反対でした(1名はどっちつかず)。
ヒラ議員の誰一人として復党に賛成しませんでした。
賛成意見は青木参院会長のみ。
こんな党内論議を経て、即座に復党ということにはできないと思います。

安倍総裁も復党容認の発言をしたようですが、
世論を敵にしないためには、今の段階で復党を認めるべきではありません。
安倍政権を守るためにも、安易な復党に走らないように最後の悪あがきをしたいと思います。

PS:昨日の東京新聞(朝刊)で臓器移植改正法案についての私のインタビュー記事が大きく、カラー写真入りで出ました。復党問題以外もがんばっております。

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2006年11月25日 (土)

フィナンシャル・ジャパン1月号

フィナンシャル・ジャパンという雑誌の1月号にインタビュー記事が載りました。

「バーチャル二大政党」というコーナーで、外国人労働者の受け入れついてコメントしました。

相手は民主党の松原仁代議士。

私の主張は要約すると、

1)外国人労働者はすでに日本にたくさんいて、受け入れの是非を議論する段階ではない。どうやって円滑かつ公正に受け入れるかを議論する段階。

2)多文化共生の寛容な社会、外国人にとっても暮らしやすい社会をつくるための法整備が必要。 

詳細は以下の通り。

http://www.financialjapan.co.jp/politic/politic_pickup/

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2006年11月21日 (火)

復党問題を考える会、無派閥新人議員の会、YS懇

今日はやたらと会合がありました。

12:00には「復党問題を考える会」の幹事会で、
私が事務局長をやっているため、その前後に根回しだの、
連絡調整だの、何かとバタバタしてました。

夕方18:00から横浜で自民党神奈川県連パーティーがありましたが、
そこでも地方議員の先生から復党問題の話しが出ました。
ある横浜市会議員は、
「今の段階で復党なんてさせたら、自民党のイメージががた落ちで、
来年の統一地方選に悪影響だ。絶対に復党させちゃだめだ」
と強く主張していました。
まったくそのとおりだと思います。

20:00には、中川幹事長を招いて「無派閥新人議員の会」がありました。
この会でも復党問題が話題になり(というか私も積極的に復党問題の話しを出しました)、幹事長のお考えの一端を聞きました。

その後、22:00から山本一太参議院議員(Y)と世耕首相補佐官(S)を囲む、YSグループ懇談会に合流。ここでも復党問題を議論しました。

中川幹事長から、今週金曜日(11月24日)に党改革実行本部で、
復党問題を議論する場を設けるという話しがありました。
これは、われわれのグループが昨日(11月20日)に幹事長に要望したことです。
さっそく党として対応してもらえたので、
「復党問題を考える会」も多少は役に立っているようです。

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2006年11月20日 (月)

復党反対運動で大忙し

新人議員中心に「復党問題を考える会」をつくり、
事務局長になったのですが、会長未定のため、
いつの間にか首謀者です。

記者会見に応じたり、
ペーパーをつくったり、
連絡調整の窓口になったりと、
バタバタと忙しくしています。

しかも先週の金曜日以来、風邪気味で頭はボーっとしているし、
喉の調子は悪いしで、たいへんな日々を送っています。

今日は会のメンバー10名と先輩議員3名(山本一太参院議員、山際大志郎代議士、柴山昌彦代議士)で中川幹事長に面談に行きました。
幹事長に対して、党の開かれた場で復党問題を議論する機会をつくってほしい、という要望を出してきました。

その後、ぶら下がり取材。
取材は、山本一太さんが5分ぐらい話し、
私が30秒くらい補足して終わりました。

夜にはJ-WAVE(FMラジオです)の「15ミニッツ」というコーナーで、
復党問題について話しました。
政治評論家の角谷浩一さんとの対談でした。
一応打合せがあったのですが、
しょっぱなから打合せにない質問が来て、
あせりました。

鼻はつまってるし、予期しない質問もあり、
2度ほど自分で何をしゃべっているのかわからなくなりました。
周囲で聞いていた人によれば、
それなりにわかりやすい説明で、
予想以上に思い切った発言が多かったそうです。
自分ではマイルドに話したつもりですが、
周囲の人によれば、かなり踏み込んだ発言だったようです。

そういえば、先日も某新聞社の記者さんから、
「山内さんって、かなり思い切ったことを言っていますが、
上から何か言われませんか?」と尋ねられたことがありました。
思い切ったことを言っているのに、
その自覚がないのは怖いものです。

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2006年11月12日 (日)

防犯フォーラム@高津

防犯ネットワークという高津区のNPO主催のフォーラムに、
パネリストとして出席しました。

学校のいじめの問題等について議論しました。
久しぶりに教育について議論できて、
楽しいパネルディスカッションでした。

*地域防犯フォーラム「みんなの力で地域を守る!」
http://www.bouhan-network.com/

PS:山本一太参議院議員のブログで取り上げてもらいました。
「復党問題で発見した二つの信義」
http://blog.so-net.ne.jp/ichita/

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2006年11月 9日 (木)

復党反対キャンペーン中

いわゆる「郵政造反議員」の復党反対運動をやっています。
前からこのブログでも主張してきましたが、
参院選対策のために、現段階で無条件、一括の復党を認めるのに反対です。
とても有権者に説明がつかないと思います。

復党反対の議員で集まって運動を始めました。
造反議員と戦った議員(いわゆる「刺客候補」だった人)が前面に出ると、自分の選挙区の利害のために運動している印象を与えてしまいます。
そこで、造反議員と戦っていない議員が中心に運動をやっています。
なぜかその事務局になってしまいました。

復党反対運動は、いろんなところで批判を浴びます。
中選挙区時代のマインドの議員ほど、復党に抵抗感がないようです。
新人議員の復党反対運動は、
森元総理からもお叱りを受けています(気にしていませんが)。
また、新人議員の中にもいろいろ事情があって、
反対運動に協力できない人もいますし、
積極的に復党賛成の人もいます。

動けば動くほど、批判を浴び、傷つきます。
すでにけっこう嫌な思いもしました。
何もしなければ、傷つきません。
そもそも私は造反議員と戦っていないので、
直接的な影響はあまりありません(たぶん)。
しかし、やっぱり筋が通らない話しに対しては、
誰かが声を上げないといけないと思います。
何もしなければ傷つかないけれど、
何もしなければ何も変わりません。

むかしの自民党には戻らない、改革は後戻りさせない、
そういった姿勢を貫くためにも、
自民党は今の段階での安易な復党を許してはいけません。

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2006年11月 2日 (木)

永田町では命まではとられない!

今日、インターネットでこんな記事を見つけました。

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「日本のNGO車両、3発銃撃…アフガン北部、負傷なし
 【イスラマバード=佐藤昌宏】アフガニスタン北部サレポルで1日午前11時(日本時間同午後3時半)、現地で活動している日本の民間活動団体(NGO)「ピースウィンズ・ジャパン」の車両が何者かに銃撃された。乗車していたアフガン人の現地スタッフ2人にけがはなかった。
 現地の日本大使館などによると、同団体は車両2台で移動中だったが、前方の1台のみ3発の銃撃を受けたという。(読売新聞)
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このサレポル(我われは「サリプル」と呼んでました)は、
私の元の職場です。
9.11事件直後の冬から夏にかけてピースウィンズ・ジャパンのアフガニスタン駐在代表をやっていました。
当時アフガニスタンに3ヶ所のオフィスとイスラマバードにサポートオフィスがあり、私は4つの事務所の統括責任者でした。
そしてサリプルの難民キャンプが私の職場だったのです。

当時も銃撃戦に巻き込まれそうになったことはありましたが、
車両が銃弾を受けたことはありませんでした。
責任者だったので、「部下を絶対に死なせてはいけない」と思って、
常に気を張って仕事していました。

思えば、今は復党反対キャンペーンの急先鋒をやっているので、
政治的には若干危ない橋を渡っていますが、
永田町では命まではとられません。
当時に比べれば、まだマシかも?

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