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2007年5月27日 (日)

親の教育を議論してよいのか?

今朝の朝刊を見ると、教育再生会議の第二次報告の概要が出ています。
どこでどうやって発表されたのかよくわかりません。
教育再生会議のホームページにも載ってません。
私は衆議院の教育再生特別委員会の委員なので、
せめて記者が知るのと同じタイミングで知らされてもおかしくないと思います。
でも二次報告の内容、私、まったく知りません。

知らない中で論評するのは無理があるかもしれませんが、
このところの報道を見ていると、
教育再生会議は親の教育にも熱心みたいです。

教育再生会議(分科会)の公開資料を見ると、
「まず親が道徳を学ぶ必要がある」
といった表現が出てきます。

母乳で育てましょうとか、
子どもにテレビを見せないとか、
そういう「親学」にしてもそうです。

政府が子育てや道徳教育について役立つ情報を提供し、
家庭内の教育がスムーズにいくように、
側面支援するのは大切だと思います。
子育てや教育の不安を取り除くような、
行政サービスはもっとやりましょう。

しかし、政府(国家)が成人した国民を教育しようというのは、
危険な兆候のように思えます。
まるで国民を子ども扱いしているように見えます。
そもそも行政府が、成人した国民に道徳を教えようとするのは、
成熟した民主国家として問題だと思います。
お上が下々の者の教化をする、という江戸時代的発想から、
抜け切れていないのではないのでしょうか。

行政府は「ルールを守りましょう」という法令遵守を
徹底させることに専念すればよいと思います。
ルールを破る自由はありませんが、
思想や信条の自由は守らなくてはいけません。
ときの政権(もしかすると共産党が政権をとるかもしれません)が、
政権の望む方向に国民を教化しようとするのは、
自由に対する挑戦ではないでしょうか。

政府が国民を教育するよりも先に、
政治資金規正法をより透明度の高いものにしたり、
官製談合等の行政の問題点を解決したり、
他にやることがいっぱいあるように思います。

教育再生会議の皆様、
まずは子どもの教育をしっかり議論してください。
親の教育まで議論しなくてもよろしいのでは?

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