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2007年10月 5日 (金)

駅頭ビラ24号:それでもやっぱり改革を止めるな!

朝の駅頭演説(民家が近いところではビラ配りだけですが)では、
いつも国政レポート(ビラ)を配っています。
同僚議員に「こんなビラを毎朝配ってるよ」と言って見せてみたら、
「えっ、こんな堅くて字ばっかりのビラ配ってるの?」とあきれられました。

それでもめげずに駅頭ビラには力を入れています。
駅頭演説といっても立ち止まって聞いてくださる人は皆無です。
通り過ぎるときに演説の一部(15~30秒くらい?)が耳に入る程度です。
それでは考え方や政策が正しく伝わらないと思います。
下手をすると一部だけを聞いて、誤った印象を持たれるかもしれません。
駅頭ビラはきちんと読んでもらえれば、きちんと真意が伝わると思い、
一生懸命ビラを書いて、配り続けています。

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それでもやっぱり改革を止めるな!

悪者扱いの小泉改革
このところ小泉改革は、マスコミからも、野党からも、

さらには与党内でも悪者にされています。
先日も「小泉・安倍改革を問う」といった内容のラジオ番組に呼ばれましたが、
評論家もリスナーも小泉改革を否定する意見が多く、
私ひとりで必死に小泉改革を擁護しました。
小泉改革の人気はさんざんです。
日本経済新聞以外の主要なマスコミは、構造改革路線に否定的な論調になり、
「小泉改革の陰」といった表現が多用されています。
自民党内も参院選大敗後、構造改革推進派はいまや少数派です。
格差是正の美名のもとに財政出動派が力を盛り返し、
公共事業のバラマキを増やせという声が高まっています。

小泉改革とは何だったのでしょうか?
「ポピュリズム政治」との批判もありますが、
これは一般的な政治学用語の定義には該当しません。
通常の意味の「ポピュリズム政治」は財政的バラマキで国民の人気を得るものですが、
小泉首相はバラマキ否定の痛みをともなう改革を訴えて支持を得ました。
大衆迎合どころか、大衆に痛みに耐えるよう呼び掛け、
その点でポピュリズムとは逆でした。
いわゆる小泉構造改革は、小さな政府を目指し、歳出の削減、官から民へのシフト、
規制緩和、地方分権(脱中央集権)などのいくつかの側面がありました。
また、政治改革の領域では、従来の自民党の派閥談合的、利益誘導的な体質を改め、
官僚主導から政治主導への転換を目指しました。
小泉改革は、従来の自民党政権の「枠組みの中の改革」ではなく、
「枠組み自体を変える改革」だったと言えるでしょう。
小泉構造改革により、プライマリーバランス赤字は、
政権発足時点の約28兆円から約8兆円へと大幅に改善されました(消費税の増税なしで)。
公共事業費は最盛期に約14兆円だったのが、いまでは約7兆円です。
増え続ける社会保障費をまかなうには、公共事業削減は必須です。
小泉政権下で銀行の不良債権処理は進み、経済も少しずつ回復しました。
失業率も減少しました。構造改革の成果は着実にあがっていると言えるでしょう。
他方、中央と地方との格差拡大(地方の疲弊)、
非正規労働者の増加などによる賃金格差、
規制緩和で誕生したコムスンなどの企業の不正が、
「小泉改革の陰」とされるケースが多々あります。
また、過渡期に特有の摩擦も発生しています。

中央と地方との格差是正
地方の疲弊は、全面的に小泉改革の責任にされています。
しかし、小泉改革よりもグローバル化が、地方の疲弊により大きく影響しています。
地方の中小企業が中国やベトナムへ進出し、地方の雇用が減少する。
あるいは海外から安い農産物が輸入され、農業が打撃を受ける。
こういった現象はグローバル化によって引き起こされた問題です。
逆に観光客や輸出産業の誘致などにより、
グローバル化にうまく適応した地方には活気があります。
グローバル化という避けられない現実を前にして、
それにうまく対処するのが重要な政策課題です。
構造改革による公共事業削減が、地方経済に打撃を与えているのは事実です。
しかし、公共事業だけに頼りきった地域経済は、そもそも不健全です。
公共事業の乗数効果(波及効果)は下がり続け、
90年代にあれだけ道路工事をやっても地方の疲弊は止まりませんでした。
公共事業に頼った地域振興はもう限界です。
格差是正の名のもと公共事業を拡大しても、地方は救われません。
公共事業バラマキ復活が招くのは、「国土の均衡ある衰退」と財政赤字拡大です。
誤った診断に基づいて、誤った処方箋を出せば、地方の疲弊はさらに進みます。
中央と地方の格差是正には地方分権で対処すべきです。
地方分権を通じて、それぞれの地方が知恵を絞って、
地域の特性をいかした地域振興に努力するしかありません。
公共事業のバラマキによる格差是正では、
中央省庁が箸の上げ下ろしまで介入し、地方の創意工夫をいかせません。
霞ヶ関の官僚や永田町の国会議員が資源配分に関わるよりも、
現場に近い地方自治体や地方議会が資源配分に関わる方が効率的です。
小泉政権の三位一体改革は不十分でしたが、方向性は正しかったと思います。
より一層の税源委譲と地方交付税の拡充によって、
中央と地方の格差是正に取り組むべきです。
また、地方分権は国会議員の仕事も変えます。
税源委譲や交付税改革で、地方のことは地方で決められるようになれば、
国会議員が「私はここに道路をつくるためにがんばります。」
といった利益誘導で票を獲得することができなくなります。
そうなれば、国会議員は、外交や安全保障、税制や高等教育政策など、
国家の基本政策のみに関与するようになります。
国会議員が地元の陳情処理に奔走して票を稼ぐというスタイルは、
選挙区の一部の有権者にとっては利益になっても、
国全体(国民全体)の利益には必ずしもなっていません。

所得格差の拡大
「ワーキングプア」や「ネットカフェ難民」と呼ばれる新しいタイプの貧困層の出現や、
非正規労働者の増加など、個人間の所得格差拡大も進んでいます。
それも小泉改革のせいにされています。
しかし、所得格差の拡大は、先進国共通の悩みです。
規制緩和により規制に守られていた業種の賃金が下がっているという側面は確かにありますが、
それ以上にいわゆる「ニューエコノミー」のもとで進む雇用の二極分化が
より大きな要因として作用していると思われます。
グローバル化やIT化によるニューエコノミーが、
雇用の二極分化を招いているのは先進国共通の問題です。
首相が別の人でも(民主党政権でも)、所得格差の拡大は進んでいたでしょう。
市場経済のもとでは公正な競争をやっても、
勝者と敗者が発生し、なんらかの格差は生じます。
格差がまったくないのは、理想的な状態での共産国家だけです
(現実の世界では旧ソ連も共産中国も特権階級がいて、格差は存在します。)。
したがって、格差は避けられない現実であり、
「どの程度までの格差は許容し、どの程度を超えれば国が救済するのか」
という社会的コンセンサスに基づく線引きの問題です。
いま問題なのは、貧困層が増えていることです。
貧困層の底上げこそが喫緊の課題です。
格差が拡大しているからといって、金持ちを引きずり下ろすのではなく、
貧困層を引っ張り上げる政策が必要です。
「貧困層」という言葉に抵抗感を覚える人もいるかもしれませんが、
「貧困対策」というストレートでどぎつい言葉で課題を設定し、
貧困問題に真正面から取り組む時期です。
途上国の貧困問題を大学で学び、
途上国の貧困対策プロジェクトに関わってきた私の経験から言っても、
経済成長が自動的に貧困緩和に結びつくとは限りません。
貧困層にターゲットを絞った支援策が有効です。
ニートやフリーター向けの就業支援、ホームレス支援、母子(父子)家庭への支援など、
社会的・経済的な弱者への対応を拡充する必要があります。
経済成長の促進という観点からも、貧困層の生産性を高める支援策が望ましいと言えます。
そしてこれらの施策は、構造改革路線と矛盾するものではありません。

それでもやっぱり「改革を止めるな!」
前述のラジオの討論番組でリスナーの質問を聞いて気付きましたが、
「小泉改革のせいで○○の問題が起きた」という主張を分析すると、
実のところ改革のせいというよりも、
改革が不徹底だから発生している問題も多いことに気付きました。
例えば、行政から民間企業に仕事を委託しているケースで、委託先企業にお勤めの方から「委託を受けているが、役所が細かいことまで口出ししてきて仕事がやりにくく、
コストは下がらない。」という批判がありました。
これは権限委譲が不十分という問題であり、改革の不徹底が問題の本質です。
そもそも構造的な改革は、ほんの数年ですぐに成果が出るものばかりではありません。
過渡期に特有の問題や試行錯誤のプロセスで起きるミスもあるでしょう。
例えば、まったく新しい技術を導入した当初は、何らかの不具合が出たり、
慣れないせいで起きる事故もあるかもしれません。
しかし、そこで元の技術に戻っていたら、まったく進歩せず、
競争に敗れ去ってしまいます。
構造改革の過程で発生する痛みを緩和し、
不慣れなせいで発生するミスには地道に対応し、
微調整しながらも、やはり構造改革路線は継続すべきです。
国の借金が800兆円を超える現在、歳出削減、地方分権、規制緩和、官から民へ、
小さな政府へという構造改革路線は、微調整しつつも、まだまだ必要です。

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