最近、大学生や高校生の前で話したり、講演する機会が多いです。
学生に話をするときは、もちろん党派的な話はしません。
自分が学生だった頃に、考えていたこと、夢や目標、留学体験、
学生時代のNGOでのインターンやボランティア体験、
学生時代にやってよかったこと、やらなくて後悔していること、
社会に出てJICAやNGOで働いてみて感じたこと、
そして政治の世界を志したきっかけ等を話しています。
えらそうに人様に説教できるほど、成熟していない自覚はあります。
なるべく説教臭くならないように心掛けてはいます。
学生に話をするときに、いつも強調しているのは、
理想と現実のギャップとどうやって付き合っていくのか、
理論と実践をどうやってバランスしていくか、という点です。
私も大学生のころは途上国援助の専門家にあこがれて、
途上国の貧困問題、環境破壊、平和研究等を勉強しました。
理想に燃えるまじめな学生、だったと思います。
(過去を美化してしまっている可能性も大ですが。)
大学で講義を受けたり、本を読んだりして、理論を学んでも、
何となく物足りなくて、もどかしさを感じました。
それで大学3年生のときにフィリピンの大学に留学しました。
フィリピンの貧困や熱帯雨林の減少等を自分の目で見てみました。
また現地で働くJICAやNGOの人たちに会って話をうかがいました。
いまふり返ってみると、フィリピンで学んだ1年間は、
日本の大学の3年間と同じくらい多くのことを学んだ気がします。
大学で学ぶ理論と、現場で見て、聞いて、感じる実践の間には、
大きな大きなギャップがあります。
理論をまったく知らずに、現地にどっぷりつかってしまうと、
全体像や歴史的経緯が見えなくなって視野狭窄に陥ってしまいます。
逆に、現場を知らずに、理論だけを追いかけていると、
役に立たない論文を書くだけの知的遊戯になってしまいます。
バランスが大切だと思います。理想と現実、理論と実践。
途上国援助の現場にいると、「国際協力」という美しい言葉より、
「国際援助」という、どぎつい用語の方がふさわしく思えます。
日本側にもフィリピン側にも、理想に燃えて働いている人たちがいます。
日本側にもフィリピン側にも、あくまで飯のタネと割り切る人もいます。
一番多いのは、その中間で、理想を持ちつつも、生活もかかっているので、
あんまり無理はしないし、給料や生活環境も気にする人たちです。
ずっとボランティアとして国際援助に関われるのは、幸運な人です。
ずっとボランティアでいられるのは、お金を気にする必要がないか、
清貧な暮らしに満足できる立派な人物なのでしょう。
実際にそういう人はけっこういらっしゃって、心から尊敬します。
しかし、大半の人は、職業として国際援助に関わり、待遇も気にしつつ、
自分にできる範囲で理想を追求しているのだと思います。
どこかで現実と妥協しながら、理想も忘れないのが、
あるべき職業人の姿だと言えるのではないでしょうか。
しかし、理想をすっかり忘れてしまって、現実に妥協し続ければ、
何も生み出せないし、価値のある仕事はできません。
政治家になって痛切に感じるのは、理想と現実のギャップと
うまく付き合っていくのは、とても難しいということです。
もともと政治学者でもある舛添要一大臣が、
著書の中でこんなことを仰っています。
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保守主義とはプラグマティズムである。
保守するためには多くの人の賛同が必要になり、
必然的に現実主義的になる。
何が本質かをわきまえ、枝葉末節は妥協する。
政治とは妥協の技術でもある。
保守主義はファンダメンタリズム(原理主義)とは異なる。
原理主義者は妥協しない。
民主主義を守るためには、左右の両極端と戦う姿勢が不可欠である。
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私も「なるほどなぁ」と思います。
特に「左右の両極端と戦う姿勢が不可欠」には大賛成です。
他方、現実に妥協し続けるのが危険なケースもあります。
外交官出身の小倉和夫氏は著書「吉田茂の自問」の中でこう書かれています。
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知的議論が、政策論に近づけば近づくほど知的な理想主義は放置され、
現実主義的戦略論は主座を占める。
しかし、吉田茂が考え抜いた日本外交の基本路線は、
極めて現実的な考慮に基づくと同時に、
過去の反省に基づく理念と理想をなおざりにしないものであった。
現実的対応という合言葉のうちに、理念と理想が失われるようなことがあれば、
実はそれこそ、第二次世界大戦前の外交の誤りをくり返すことになりかねまい。
なぜなら、満州事変以来の日本外交の誤りは、
「そうは云っても現実の軍部の力を考慮すれば、しかじかの選択はあり得ない」
あるいは「現実の中国情勢を考えれば、武力に頼るのも止むを得ない」
―そうした「現実」との妥協の積み重ねの結果であったからである。
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理想をないがしろにして、現実と妥協し続けた結果、
負けるのが確実の戦争にズルズルと突入しました。
もっとも舛添大臣も「何が本質かをわきまえ」と言っているので、
何でもかんでも妥協するのとはちがいますが、小倉氏の文章と対照的です。
結局「理想も現実もどちらも大事」という、ありきたりの結論に達します。
理想か、現実か、のどちらかに偏るのは避けなくてはいけません。
理想と現実のせめぎ合い、バランスを真剣に考えることが大切だと思います。
私は学生に対しては、
1)まず理想をもつことが大切、
2)だけど現実もきちんと認識しなくてはいけない、
3)理想を現実化するために努力することが重要、
と背伸びしてえらそうに説教しています。
実際のところ、私の場合、現実に打ちのめされることが多いです。
苦しさや悩みも含めて、学生に率直に話をするように心掛けています。
また、理論(学問)の大切さと現場を見てみることの重要性を指摘し、
大学生のうちにボランティア活動やインターンをやってみたり、
海外留学や海外スタディツアーへ参加することをお薦めしています。
私の場合、議員になってからは、本は読んでる方だと思いますが、
現地視察にあまり行けなくて、理論と実践のバランスが悪くなりました。
そういう反省をしながらも、学生には「理論と実践、どっちも大事だ」と
えらそうにお説教してしまっています。
本音と建前のバランスも難しいところです。
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