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2009年5月31日 (日)

寺子屋教育の先進性

最近読んでおもしろかったのが、徳川恒孝さんが書かれた「江戸の遺伝子」です。
徳川恒孝さんは徳川宗家第18代当主です。
「徳川」という名前だけで、宿屋の末裔の私などはひれ伏してしまいそうです。

この本で特におもしろいと思ったのは、江戸時代の教育に対する考え方です。
江戸時代の子どもたちは5~7歳くらいで寺子屋に入ります。
寺子屋の手習い塾の教育の基本は、ひとりひとりに対する個人教育だそうです。

お師匠さんと子どもの関係は、常に一対一の師弟関係(子弟関係)です。
現代の学校教育とちがって、全員に同じことを一律に「教える」ことはありません。
先生は子どもたちひとりひとりが必要とする「学び」を注意深く検討し、
ひとりひとりにあった進度で教材をそろえて教えます。

手習い塾では、読み書きそろばんの他、冠婚葬祭の儀礼、手紙の書き方、
商売に必要な書類の書き方、街道の名前や地名等の実践的な知識に加え、
道徳教育にも力を入れていました。

商人の子どもには「商売往来」という教材(商業に必要な要素が入っている)、
大工さんの子どもには「大工注文往来」、農村であれば「農業往来」など、
職業別に教材が用意され、オーダーメードの実践的な教育がなされていました。
もしかしていまの日本の学校教育よりも実社会で役立つかもしれません。

また江戸時代には「教える」ことよりも「学ぶ」ことが重視されていました。
これは、実は先進国で主流になってきた考え方でもあります。

私がイギリスの大学院で教育学を勉強していたころ、
「教えること(teaching)」から「学ぶこと(learning)」へ重点を
シフトすべきという考え方が主流でした。
「teaching」では、教員が中心にあります。
「learning」では、子どもが中心になります。

西欧型教育システムでは従来「教える」ことが重視され、
「教授法」の研究が発達してきました。日本でもそうでした。

最近は、「教授法」を重視して子どもの頭に知識を詰め込んでいくスタイルから、
子ども自身のなかに起きる「学び」を重視するスタイルにシフトしつつあります。
何のことはない、江戸時代の寺子屋教育と教育学の最近の考え方は同じです。

環境にやさしい街づくりや資源のリサイクルでも江戸時代が見直されています。
250年も平和を保った江戸幕府は、それだけで立派です。
江戸時代の日本人の知恵をもう一度見直してみるのも有効かもしれません。

平和で豊かな庶民文化が花開いた江戸時代の歴史から、
われわれ現代の日本人は「学ぶ」必要がありそうです。

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2009年5月29日 (金)

厚労省分割案はどこへ?

厚生労働省の分割案が、あっと言う間に葬り去られました。
私は厚生労働省の分割プラス他省庁の業務と割振り変更は、
決して間違ったアイデアではないと思います。

橋本行革では省庁の数を減らし、大臣や事務次官の人数は減りましたが、
公務員の人数はほとんど変化がありませんでした。
単に巨大官庁を増やしただけで終わった「組織いじり」行革でした。

本来は橋本行革のときに「事業仕分け」と業務の重複の割り出し等で、
公務員の数も相当削減し、地方に権限と人員をシフトすべきでした。

今回、厚生労働省の分割が話題になったのは、
巨大官庁をコントロールできなくなった反省によるものだと思います。
よく民間企業では分社化等の手法で権限委譲を進めますが、
同様の視点で、巨大になりすぎた官庁を分割するのは悪くないと思います。

厚労省分割は、大臣と事務次官の人数が2人に増えてしまうのがマイナスですが、
それを大きく上回るプラスがあれば、誰も反対できないと思います。
例えば、「大臣の数は2人に増えますが、公務員の数を5千人減らします」
と麻生総理が宣言すれば、きっと国民の理解を得られたと思います。

厚生労働省の仕事はたいへん重要ですが、
国でやるより地方自治体がやった方がよい仕事もたくさんあります。
また合理化で人員を減らす余地はまだあると思います。

内閣府や文部科学省がやっている仕事の一部は、
厚生分野の役所にまとめた方がよいと思われます。
関係省庁の仕事をもう一度精査して仕分ければ、
厚労省分割は前向きで有意義な改革にできると思います。

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2009年5月28日 (木)

党首討論の通信簿

某テレビ局から党首討論についてコメントを求められました。
点数をつけてほしいとの依頼だったので、たいへん僭越ですが、
麻生総理=70点 鳩山代表=60点 と回答しました。

今朝たまたま最初に手に取った東京新聞の見出しを見ると;
  鳩山代表:企業献金禁止 協力を
  麻生総理:「西松」説明するのが先
というもの。

政局的な話に重点が置かれていた印象で残念です。
鳩山新代表も麻生総理もどちらも長期のビジョンを語り、
相手の揚げ足取りよりも、夢のある未来像を示してほしかったです。

鳩山代表は「友愛」をテーマに掲げられましたが、
この「友愛」自体は、「世界平和」と同じくらい漠然としていて、
誰も反対できないテーマです。
「友愛」だけでは政策論にはなりません。
「友愛」を出発点にして、もっと掘り下げた議論が聞きたかったものです。

麻生総理も、目の前の景気対策の重要性は誰もが認めることですが、
行政や経済の構造的な転換が必要なこの時期にどんな改革を行うのか、
きっちり方向性を示すべきだったと思います。

鳩山代表から「官僚主導政治だ」と批判されたときに、
麻生総理は「官僚バッシングだけではダメ」と答えました。
確かに「官僚バッシングだけではダメ」なのはよくわかりますが、
それだけで終わってしまうと、官僚を守ろうとする姿勢にしか見えません。

いまの官僚制度が限界に来ているのは、国民のほとんどのコンセンサスです。
官僚制度の改革にどうやって取り組み、単なる官僚バッシングではなくて、
やる気と能力、志のある官僚をきちんと評価すると同時に、
天下りや業界団体との癒着等の弊害を取り除く方法を示すべきです。

ちなみに私は「士気の高い霞ヶ関の再構築を実現する研究会」のメンバーで、
今朝9時半からのその会合にこれから出席します。
その会では、信賞必罰を徹底し、問題を起こした官僚はきびしく罰し、
やる気と能力があり実績をあげた官僚をきちんと評価する仕組みをつくり、
政治の判断を適切にサポートする公務員制度を目指しています。

その他、党首討論で気になったのは、ヤジのひどさです。与野党ともに。
党首討論は声の大きさで勝負するものではなく、発言の内容で勝負するものです。

国民の代表たる大勢の国会議員のヤジと怒号のなかで、
一国の宰相と野党第一党の党首が怒鳴りあっているなんて、
恥ずかしくて外国人や子どもたちに見せられない光景です。

小学校のころに「ケンカや口論ではなく、話し合いで問題を解決しなさい」と、
学校の先生の言われた経験を誰しも持っていると思います。
子どもたちは、学校の先生が言う建前よりも、テレビのニュースで見る現実に影響され、
話し合いによる解決への信頼を失ってしまうかもしれません。

テレビの前で国民が見ている、という当たり前の事実をきちんと認識していたら、
党首討論の最中にヤジや怒号が飛び交うこともないでしょう。
どちらの党も「国民目線」とよく言いますが、「国民目線」から見たら、
国会でのヤジは、とても品がなく、見ていられないものです。
国民の信頼を失うのは、意外とこういう小さなことかもしれません。

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2009年5月26日 (火)

北朝鮮が核実験

北朝鮮がまた核実験を実施しました。
ミサイル発射したかと思いきや、今度は核実験です。
問題を次から次へ引き起こす、困った隣人です。

国連安保理で決議がなされたとしても、
どれだけ北朝鮮に対して効果があるのか疑問です。

いざという時は、自国の防衛力プラス日米同盟が、
もっとも頼りになるということだと思います。

中国やロシアといった軍事大国が隣接していることを考えると、
当面の間は日米同盟を最重視するしかないと思います。

国連中心外交と言っていた民主党の安保政策は、
鳩山新代表になってどう変わったのでしょうか?

また、米国抜きの自主防衛を主張する人は、
防衛費を3~4倍に増加する覚悟があるのでしょうか?
防衛費を急拡大する財政的裏付けと世論の支持なしに、
米国抜きの自主防衛を唱えるのは、無意味です。

日米同盟を基軸に、韓国や中国などとも連携しながら、
北朝鮮の核問題解決を最優先課題とする必要があります。

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2009年5月25日 (月)

なぜA案なのか?

臓器移植法の改正に関して、A、B、C、Dの4案が、
国会に提出されています。
私はA案の提出者です。

なぜA案でないといけないのか、という理由について、
移植学会のホームページに詳しく載っているのと、
河野太郎さんが書いた文書があるので、ご紹介します。

移植学会ホームページ
1)何故A案(中山案)でないといけないか
2)臓器移植法の改正案の比較( A、B、C、D案)
http://www.asas.or.jp/jst/topics/index.html

以下の河野太郎さんの文章はわかりやすいので、お薦めです。
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Q1 A案は、「脳死を一律に人の死」とするのですか
A 違います。
A案は、「脳死を人の死と考えない」人のために、法的脳死判定を拒否することを認めています。
ドナーカードで臓器提供を拒否している人、脳死を人の死と考えない意思を表明している人および脳死状態に陥った人の家族が脳死を人の死と考えない場合は、法的脳死判定は行われません。
法的脳死判定が行われなければ脳死にはなりませんので、心臓が止まるまでその人は生きています。

Q2 A案以外の改正案ではだめなのでしょうか
A A案以外の改正案では意味がありません。

B案のように意思表示の年齢を12歳まで引き下げても、乳幼児には臓器提供を行うことができませんし、移植を待つ成人患者の問題(Q3)は何ら解決されません。

C案では、移植医療は後退してしまいます。

D案では、脳死と判定された子供は、脳死判定の時点では死亡したことにはならず、臓器提供をする場合のみ死亡したことになります。
ご両親が臓器提供を承認すると、その子供が死亡することになります。言わば親に子供の命を絶たせることになりますので、現実には15歳未満のこどもからの臓器提供はほとんど行われないでしょう。
B案同様に、移植を持つ成人患者の問題はなにも解決されません。

Q3 移植を待つ成人患者にとって、なぜ現行法の改正が必要なのですか
A 現在の臓器移植法が制定されてから十二年が経ちました。その間、日本国内で行われた脳死下からの臓器提供による臓器移植はわずか81件です。
それに対して、拡張型心筋症などの心臓病で移植を待ちながら亡くなっている患者の数は毎年400名を超えています。心臓病患者の多くは、現行法では全く希望がないので、移植待ちの登録すらしていません。

アメリカでは重い心臓病で、移植待ちの登録をして人工心臓を装着しながら待つと約40日で移植を受けることができます。日本では、同じ状況で約400日待って力尽きてお亡くなりになります。

日本国内に数百万人のキャリアがいると言われるC型肝炎ウィルスによる肝硬変などで肝移植を待っている患者の2000名以上が毎年移植を受けられずに亡くなっています。心臓病と同様に、希望のない移植待ちの登録をしない人が多数います。

諸外国と比べ、日本では、臓器移植法が壁となって、移植を受けることができる人の数があまりに少ないのが現状です。現行法は『臓器移植禁止法』だと揶揄されているほどです。

日本国内で有効なドナーカードを保持している割合は1%程度です。
一年間に日本国内で、約3000人の方が残念ながら脳死になっています。
そのうち有効なドナーカードを保持している方もその1%、約30人です。
現行法では、3000人の脳死者のうち、ドナーカードを持っている1%、30人だけが臓器提供の可能性があります。
この30人のうち、脳死判定を行うことができる四類型の病院に搬送され、法的脳死判定が行われ、遺族が拒否しない場合に臓器提供につながり、その数は約10人程度です。

どの国にも、脳死下での臓器提供をしたくない方が三分の一はいらっしゃいます。
日本国内の脳死者3000人のうち、三分の一は臓器提供を断るとすると、A案では、のこりの2000人が臓器提供する可能性があります。
四類型の病院に搬送され、家族が法的脳死判定を拒否せず、遺族が臓器提供を拒否しないというケースが10%だとしても年間200人から臓器提供を受けることができます。現在の約20倍です。

B案、D案では現行法通りですから、年間10件程度にとどまることになります。
脳死下での臓器提供があまりにも少ないため、肝臓や腎臓、肺、小腸、膵臓などの臓器を健康な家族からもらう生体移植が日本国内で急増しています。

生体肝移植ではドナーの二人に一人に後遺症が出ることがわかっています。肝臓以外の臓器は、再生しませんのでドナーは一生、身体重大な障害を負うことになります。それでも家族の命を助けるために健康な身体にメスを入れて臓器を摘出する生体移植が行われているのです。

Q4 A案では、本人や家族の意思を尊重するのですか
A A案は、すべての人の意思表示を尊重します。
脳死下での臓器提供をしたくない人からは臓器の提供は行われません。
脳死を人の死と思わない人は、脳死判定を行われることはありません。
家族が臓器提供をしたくない場合や脳死を人の死と思わない場合も同じです。
A案では、本人または家族が、意思に逆らって何かを強制されることはありません。

Q5 脳死下での臓器提供をする場合、本人の遺志は必要ないのですか
A 本人または家族が、脳死を人の死であることに異議を唱えず、脳死下での臓器提供に反対していない場合、A案では、家族の判断で臓器提供することができます。
あなたのご家族が脳死状態になった時を想像して下さい。
もし、あなたが脳死を人の死と受け入れないのであれば、法的脳死判定を拒否するでしょう。
ご家族が亡くなっていないとあなたが思うならば、臓器提供をすべきではありません。
もし、あなたが脳死が人の死であることを納得しているならば、法的脳死判定で脳死と判定されたあなたのご家族は、お亡くなりになっています。ご遺体をどう取り扱うかは遺族が決めなければなりません。
現在では、本人の遺志があろうがなかろうが、亡くなった人は荼毘に付されます。
本人の遺志がなくとも火葬にはするが、臓器の提供は本人の遺志がなければならないというのは矛盾しています。

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2009年5月24日 (日)

インフルエンザへの反応

新型インフルエンザが、わが川崎市内でも発生し、
直接影響を被ることになってきました。

6月上旬に予定されていた自民党川崎市連の定期大会も、
インフルエンザの蔓延防止のために中止になりました。
いろんな会合がインフルエンザ対策で中止になりつつあります。

この前あるネット通販会社の社長さんが「インフルエンザ発生後、
兵庫県内の売り上げが一気に2倍になった」とおっしゃっていました。

ネット販売がもうかれば、その分だけ地元の商店街やスーパーは、
打撃を受けているのではないかと思います。

新型インフルエンザの毒性はそれほど強くない様子ですし、
もうちょっと冷静な対応へとシフトしていく時期かもしれません。

大騒ぎと過剰反応はそろそろやめにして、
ふつうのインフルエンザと同様の対策をしっかり行い、
ふつうに対応するフェーズへと切り替えていくタイミングだと思います。

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2009年5月22日 (金)

そんなつもりじゃ・・・

河野太郎代議士のブログに私のことが出ていました。

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河野太郎さんのブログ「ごまめの歯ぎしり」5月21日付

国対の臓器移植法説明会が順次開かれる。
中山太郎代議士、山内康一代議士とA案の説明要員。

11:00 赤坂プリンスホテル旧館サファイアで清和研
12:00 党本部八階で平成研
13:00 砂防会館二階で志帥会

山内康一代議士から、もっと共感を得るようにとか、
ここをわかりやすくとか指導が入る。
どうしても自分でやると理屈っぽく説得調になる。
すぐに山内代議士から説得するのではなく共感を得るように、
わかりやすくと注文が入る。
http://www.taro.org/blog/
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なんかこれを読むと、私は小姑みたいです。
新人議員のくせに僭越もはなはだしいです。

う~ん。“指導”しているつもりはなくて、
私としては“提案”しているつもりなのですが・・・

それにしても、新人議員の私が、当選4回、法務副大臣まで経験し、
年齢も10歳も年上の先輩議員である河野太郎さんに、
ああしろ、こうしろ、と口出しするのは、ちょっとまずいです。
反省しています。

それにしても、ある意味、河野太郎さんは立派だと思います。
私のような年下の後輩議員が、えらそうにダメ出ししても、
ちゃんとそれにこたえて文書を直してくれたり、
説明のやり方を変えてくれたり、すぐに行動に移してくれます。

ふつうに考えると、後輩議員から自分の文書や説明方法について、
ああしろ、こうしろ、と文句を言われたら、頭にくると思います。
少なくとも気持のよいものではないでしょう。

えらくなると人の言うことを聞かなくなったり、
イエスマンばかりを周りに集めたり、批判的な意見を無視したり、
そういうリーダーの方が多いのかもしれません。

私のように口うるさく“諫言”する後輩議員でも、
うるさがらずに相手にしてくれるところは立派です。
逆の立場で、私に同じことができるかと言えば、自信ありません。

私も、政治的地位が高くなっても、年下の人や後輩の言うことに、
謙虚に耳を傾けられる人になりたい、と思います。
(その前に選挙に生き残らなくては・・・)

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2009年5月21日 (木)

今日は派閥回り

私は派閥には所属せず、派閥政治の弊害を批判してきました。
が、このところ各派閥の会合に出席する機会が多いです。

理由は、臓器移植法改正A案の説明会のためです。
党議拘束のない採決になるため、迷っている議員も多数います。
改正案の内容をまだ十分に理解していない議員もたくさんいます。

そのため党の国会対策委員会がアレンジして、
各派閥ごとに改正案の説明会を開催してもらっています。

先日は宏池会(古賀派)と新しい波(二階派)に行きましたが、
少人数ですが、非常に突っ込んだ本質的な質問も多く出され、
真剣な議論が行われました。

各派閥ともに改正案の説明に1時間以上も時間を割いてくれて、
たいへん協力的です。

各派閥の事務所を訪れると、派閥ごとにカラーがあって興味深いです。
宏池会は閣僚経験者のベテラン議員も多数参加していただき、
とても知的レベルの高い質問が多く、政策通の多い派閥だと感心しました。

派閥といえば、「利権と権力闘争」という固定観念を持っておりましたが、
失礼ながら、意外と政策について真剣に議論していらっしゃるので驚きました。

今日はこれから3つの派閥の会合に出させてもらいます。
無派閥なのに、すべての派閥事務所を訪れたことがあるのは、
私だけではないでしょうか?(自慢になるかどうかわかりませんか)

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2009年5月20日 (水)

フェアプレーの議会政治

私がときどきチェックしているNHKの「解説委員室」のブログに、
東京工業大学名誉教授の芳賀綏先生の次のコメントが載っていました。

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オバマ大統領の就任からもう100日以上経ちました。
その間2月に、議会で最初の施政方針演説がありましたが、
あの議場の情景をテレビ中継で見て、私は大変羨ましいと思いました。
議場が歓迎と祝福のムードに満ち溢れている。
共和党の議員でも次々と握手を交わしました。
議長までが演説の途中で立ち上がって拍手する場面が何度もありました。
議会の心が一つになっている、つまり国が一つになった瞬間、素晴らしい。
しかも、なお素晴らしいのが、けじめのない馴れ合いではないという事なんです。
あれだけ祝福した共和党の議員たちは、
演説が終わると内容についての批判は次々と発しています。
これがフェアプレーです。
相手方の人格を尊重しながら争う、議会政治の精神的基盤を見ました。
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中略
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日本でも、30年余り前までは、例えばこんな習慣があったんですよ。
新しく議長が決まるとか、与野党のリーダーが新しく登場するとかしますと、
新聞はライバル側の大物政治家に文章を書いてもらって、それを掲載したんです。
つまり、新しい人にエールを送り、かつ注文をつけるという文章です。
これはただの儀礼ではない。儀礼ではない。
冷めた批評が人物を見る洞察力を必要とします。
そして、ふくよかな人間愛があってこそできること。
当時ね、これをやれる名人芸の持ち主は、与党では何と言っても、前尾繁三郎。
そして、野党では三宅正一。両雄、双璧でした。
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国家元首であるアメリカ大統領の就任と野党の党首就任を同列にはできませんが、
日本でも30年前まであったうるわしい伝統を復活させてほしいものです。

何はともあれ、野党第一党の代表に選出された鳩山代表に対して、
自民党の総裁もあたたかいコメントを出し、
フェアプレーで正々堂々と政策論争を戦うことを誓う、
といった慣行が定着するといいな、と思います。

*NHK解説委員室ブログ
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/19743.html#more

PS:新聞社やテレビ局の「解説委員」や「論説委員」といった制度は良いと思います。
日々の激しく移り変わる目の前のニュースを追いかけるだけではなく、
テーマをじっくりと深く掘り下げるには必要な制度だと思います。
NHK解説委員室のブログは「お気にいり」に登録する価値ありです。

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2009年5月19日 (火)

調査の設問づくりの問題

某新聞社から臓器移植法改正に関するアンケート調査用紙が来ました。
もちろん私もアンケートには答えますが、設問がなんか誘導尋問的です。
われわれA案支持者にとっては、嫌な尋ね方をしています。

臓器提供の条件に関する質問で、アンケートの選択肢にこう書いてあります。
「家族の同意があれば、本人の意思は必要ない」

とても嫌な質問の仕方だと思います。
この尋ね方だと「本人の意思などまったく考慮せず、臓器提供を行う」
というニュアンスになると思います。

A案にとって不利な結果が出そうなアンケートの設計になっています。

われわれA案支持者としては、できれば本人の意思を尊重したいけれど、
本人の意思が不明な場合には、家族が代わりに判断しても差し支えない、
という趣旨で法改正をしたいわけです。

たとえば、アンケートの選択肢を、
「本人意思が不明な場合、家族の同意があれば、本人意思に代えることができる」
という風に書いてもらえると、きちんと意図が伝わります。

アンケート調査の結果は、設問の仕方でかなり操作できます。
質問を作る人は、客観性を保てるよう最大限注意を払うべきです。

同時に、だまされないように読者が注意することも必要だと思います。
だまされないための「リサーチリテラシー」を身に付けるのに最適の本をお薦めします。
タイトルは「社会調査のウソ」といってすごくおもしろい本です。
http://shinshomap.info/book/4166601105.html

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2009年5月18日 (月)

「地方主権」への疑問

民主党の人はよく「地方主権」という言い方をします。
どういう意味で「地方主権」と言っているのかわかりませんが、
なんとなく違和感を覚えます。

私は「地方分権」には賛成ですが、
この「地方主権」には疑問があります。

「地方主権」型社会よりも「分権」型社会がよいと私は思います。

「地方主権」だと、中央政府と地方政府の利害が対立した場合、
なんとなく地方政府の意思が通りそうなイメージがあります。

場合によっては、「地域エゴ」という問題もあり、
中央政府の意思を尊重すべきケースも多いと思います。

アメリカ、オーストラリア、マレーシア等の連邦国家では、
中央政府と州政府の利害が対立して、
州政府のエゴが国益を阻害することもあります。

日本で「地方主権」にまで突き進むべきか否かは、
まだまだ議論の余地があるでしょう。

また、私が「分権」型社会を標ぼうするのは、
政府の役割を再定義する必要があると思うからです。

これまで政府(行政)が担ってきた役割を企業やNPOに、
少しずつシフトしていく流れがあります。

これまで官が独占的に担ってきた「公共」を、
官と民とで協力して担う時代が来ていると思います。

これからは公(おおやけ)を、①政府(行政)、②企業(市場)、
③民間非営利セクター(NPO等)の3者で担うべきだと思います。
政府が独占していた権限を「分権化」していく、という流れが、
時代の必然と言えるのではないでしょうか。

行政の仕組みを解体して、新しい公共の仕組みを作る「分権化」も
地方分権化とならんで、たいへん重要だと考えています。

私の言う「分権」型社会とは、①中央から地方への分権と、
②政府から民間・市民社会への分権が、同時並行的に進む社会です。

民主党が主張している「地方主権」よりも、
私の唱える「分権」型社会の方が、断然よいと思います。

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民主党の不思議

民主党の批判をするわけではないのですが、
民主党は不思議な政党だとつくづく思いました。

ほんの少し前に小沢代表が辞任したかと思ったら、
今度は小沢さんは筆頭代表代行に就任されるようです。

何のために代表を辞任したのかよくわかりません。
何らかの責任をとって代表を辞任されたのかと思ったら、
そうでもない様子です。

とても不思議です。なぜ辞任したのでしょう?
多くの人も同じ疑問を持っているのではないかと思います。

代表を降りられたので、党首討論には出なくていいし、
「代表としての説明責任を果たせ」とは言われなくなります。
表のリーダーから、影の実力者への転身でしょうか?

やっぱり批判っぽくになってしまいましたが、大きな謎です。

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2009年5月17日 (日)

通信手段と感情

通信手段と感情の伝わり方の間には、
なんとなく法則のようなものがあると思います。

インターネットの電子メールが普及する前は、
FAXが重要な役割を果たしていました。

私が大学を卒業してJICAに入団したばかりのころは、
まだそれほどインターネットは普及していなくて、
海外事務所との連絡手段は国際電話とFAXでした。

微妙なニュアンスを伝える必要がある場合や、
文書に残せない本音ベースの話の場合には、国際電話に頼ります。

しかし、文書に残す必要がある時は、FAX文書を起案した上で、
上司(課長や課長代理)のハンコをもらい、送信します。
FAXだと、時間的には、余裕というか、アソビがあります。
FAXのコミュニケーションは、テンポはゆっくりです。

電子メールが普及し始めると、担当者同士でメールをやり取りし、
途中にFAX送信のための上司のハンコがいらなくなって、
コミュニケーションは密になり、テンポが早くなりました。

FAX時代には、FAX送信して2~3日以内に返事がくれば、
それでOKといった雰囲気だったと記憶しています。
時差の大きいアフリカや中南米だと、翌日の返事でも早い方でした。
しかし、メール時代には即座に返事がこないとイライラします。

途上国の電話回線は機嫌が悪いことも多く、FAX時代には、
しばしば「あれっ、そんなFAX届いていませんよ」などと、
けっこう大雑把に仕事していました。

JICAの海外事務所の場合、大半が発展途上国にあります。
相手国政府の役人やカウンターパートものんびりムードのことが多く、
仕事のペースは、東京とは大きく異なります。
東京のペースで、現地事務所にメールで矢のように督促しても無理です。

通信手段が悪いからこそ、東京本部は現地に細かい指示はできず、
現地事務所を信頼して任せるしかないという状況もありました。
通信手段が悪いために、現地に権限委譲せざるを得ない、
という状況も起こり得るわけです。

しかし、電子メールのせいで、東京本部から細々とした指示が来て、
細かい報告文書を要請されるようになるという、悪影響もあります。
よほど意識的に現地への権限委譲を進めないと、中央統制が強まります。

むかし大英帝国はインド亜大陸(含む:パキスタン、バングラディッシュ)を、わずか300人くらいの高等文官で支配していた、と経営学の本で読みました。
通信手段が劣悪であっても、権限委譲して、優秀なマネージャーがいて、
目標設定と方針が明確であれば、効果的な行政が実現できるということです。

メールがあるがゆえに人間関係に悪影響を及ぼすこともあります。
メールで字面だけを読むと、ぶっきら棒で、冷たい感じがします。
NGO時代に海外に派遣されて、現地で仕事をしていたときに、
だんだん東京本部の担当者が憎たらしくなる、という経験がありました。

会って話せばわかることでも、メールだけの冷たいやりとりだと、
ついつい「東京本部のヤツは、現場のことを何もわかっていない」という
不満が出てくることが多くなります。

私の場合「メールだけで仕事のやりとりすれば人間関係が悪くなる」
という法則が存在することを発見しました(あくまで私の場合ですが)。
それ以来、メールでのやりとりには慎重になりました。

どんなに通信手段が発達しても、対面のコミュニケーションにはかないません。
どんなにインターネットが発達しても、面談や会議はなくならないでしょう。

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2009年5月15日 (金)

政策より政局の報道

民主党の代表選挙は、実は楽しみにしていました。
民主党の政策はどんなだろう、と興味しんしんです。
安全保障などの基本政策で一致しない民主党が、
党内でどんな政策論争をするのか、興味深いものがあります。

鳩山さんと岡田さんの勝った方の政策が、
民主党のマニフェストになるわけですから、
総選挙に向けても重要です。

しかし、新聞やテレビでは「どっちが優勢」という報道一色で、
票固めの状況などの「勝ち負け」報道ばかりです。

「勝ち負け」予想だけだったら、競馬新聞と同じレベルです。

社会の木鐸たる大新聞には、政策を報道してほしいものです。
二人の候補者の政策的な傾向や過去の発言などの報道を
もっとやってほしいと思うのは私だけでしょうか?

競馬新聞レベルの勝敗予測は、スポーツ新聞にお任せして、
単に速報性を求めるニュース報道は、インターネットにお任せして、
大手新聞は、速報性よりも、質を重視した報道をやれば、
新聞離れも止まるのではないかと思います。

政治を悪くしている責任の何分の一かは、マスコミにあると思います。
(もちろん一番悪いのは、政治家自身ですが・・・)

メディアは「第四の権力」と呼ばれます。
メディアの皆さんは、日本を良くする責任の何分の一かを負っています。
メディアのがんばりに期待します。

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2009年5月14日 (木)

臓器移植法案の激論

今朝は自民党政務調査会において、臓器移植法改正D案の説明会がありました。
臓器移植法改正にあたって、4つの改正案が出ているという状況は異例です。

臓器移植法の審議にあたっては、党議拘束がありません。
国会議員が個人個人で投票先を決めることになります。

私は改正A案と呼ばれ、WHOの方針にのっとり、子どもの移植を可能にし、
臓器移植を推進する法案を議員立法で提出しています。

自民党議員と公明党議員が一緒に提案しているB案というのがあります。

社民党議員と民主党議員が一緒に提案しているC案というのもあります。

さらに自民党議員と民主党議員が一緒に提案しているのが、上述D案です。

こんな状況は前代未聞ですが、ある意味で健全なことだと思います。
議員それぞれが真剣に臓器移植の問題について考え、議論した上で、
政党の枠を超えて協力したり、協議したり、というのは悪いことではないと思います。

A案:自民と公明
B案:自民と公明
C案:社民と民主
D案:自民と民主
という不思議な図式ができています。

自民党内が3つの案に割れています。

臓器移植法案は「脳死は人の死か?」という宗教観や死生観に根ざした論点があり、
政党と政党の党利党略の戦いとは事情が異なります。

どの案の提出者もそれぞれの良心や信念に基づき議論していて、
どちらが絶対的に正しいとか、どちらが絶対的に間違っている、
ということでもないのだと思います。
みんなそれぞれのやり方で「生」と「死」について真剣に考えています。

しっかり議論した上で主張が平行線になった場合には、それぞれの意思を尊重しつつも、
きちんと今国会中に結論を出していかなくてはいけないと思います。
なんとしても総選挙までにA案で法案を成立させたいと思います。

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2009年5月13日 (水)

もったいない代表選

民主党の代表選挙は、16日の両院議員総会で行われるようです。
党員投票は実施せず、国会議員だけの投票で決めてしまう模様。

なんとまあもったいない話だと思います。
党の代表選挙は、党の政策をアピールするチャンスでもあります。
また党員にとっては、自分たちのリーダーを直接選ぶチャンスです。
党員の参加意識を高め、総選挙に向けて気分を盛り上げるチャンスです。

こんなチャンスを捨てて、国会議員だけで党首を選ぶのはもったいないです。
国会議員だけで党首を選ぶと派閥(グループ)の足し算引き算の要素が強まり、
なんとなく「できレース」的な雰囲気になってしまいます。

聞いたところによれば、民主党の一部の中堅・若手議員は、
党員やサポーターも参加できる代表選を希望したと聞いています。
至極まっとうな意見だと思います。

民主党内でまともな意見が通るようなら、自民党には大変な脅威です。
まともな意見が封殺されるようなら、民主党もたいしたことないかもしれません。

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VIPの扱いの差

昨日のブログで「シンガポール大統領がいらっしゃるから厳戒態勢」と書きましたが、
どうやらロシアのプーチン首相のための警備だったようですね。
テレビや新聞を見ても、プーチン首相との会談(北方領土協議)が大きな扱いで、
シンガポール大統領の来日はぜんぜんニュースになっていません。

プーチン首相は「公賓」としての待遇だと思いますが、
シンガポールのナザン大統領は「国賓」として招かれています。
接遇の意味では、シンガポール大統領の方が「国賓」で上位なのですが、
ニュースの扱いには圧倒的な差がついてしまっています。

外国の要人の扱いについては、ケースバイケースの対応もあるのですが、
一般的には、国王や大統領といった国家元首だと「国賓」扱いになり、
皇太子、王族、首相、副大統領などは「公賓」の扱いが多いようです。

ナザン大統領の方がプーチン首相よりも、外交上の待遇は格上なのですが、
シンガポール大統領の訪日は、あまり話題にもなりません。
シンガポールには在留邦人も日系企業もとても多くて、
日本にとっては経済的にも外交的にも非常に重要な国です。
シンガポールの大統領をもっと歓迎しよう、と思うのは私だけでしょうか?

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2009年5月12日 (火)

厳戒態勢の国会周辺

今朝は地下鉄を降りると、国会議事堂前駅の駅構内から
完全武装(?)の機動隊の人がいて、ものものしい雰囲気でした。

最初は「小沢代表が辞めたから厳戒態勢なのかな?」と思いましたが、
よく考えてみると、民主党の代表が代わっても、
急にテロ組織が動き出すとは思えません。

疑問を抱いたまま事務所に出て、その後、党本部の会議に出ていると、
来日しているシンガポールの大統領の話題が出ていました。
厳戒態勢なのは、単にシンガポール大統領の警備のためだったようです。

駅売りのスポーツ新聞の一面は小沢代表辞任以外の話題が多く、
世の中は普段どうりに動いているようです。

言うまでもありませんが、自民党内の会議はいつもと変わらずで、
以前から予定されていた公務員制度改革の会合に出てきました。
民主党は大騒ぎかもしれませんが、自民党は日常と変らない永田町です。

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2009年5月11日 (月)

一見正しい大学無償化

この前参加した公開討論会で、野党議員が大学教育無償化を主張していました。
低所得の家庭の子どもでも大学に行きやすくなる、ということで、
わかりやすくて、多くの人に支持されやすい政策だと思います。

たぶん「大学教育の無償化」に公然と反対意見を述べる議員は少ないと思います。
教育経済学の授業を取っていた者として、あえて「ちょっと待った」と声をあげ、
敵をつくることは覚悟の上で、少数意見を述べたいと思います。
そして、反対意見とあわせて、代替案を提案したいと思います。

日本の今の状況の下で、大学教育の無償化を行えば、
比較的所得の高い家庭のメリットが大きく、そうでない家庭のメリットは少ないです。
結果として、格差の拡大(再生産)につながる可能性が高いと思われます。

なぜなら、大学進学率は親の所得水準と強い相関関係があります。
親の所得が高い子どもほど大学進学率が高く、
大学の無償化で大きなメリットを受けます。
親の所得の低い子どもは大学進学率が低く、
大学の無償化でメリットを受ける人数は少ないでしょう。

きっと「大学無償化で貧しい家庭の子どもも大学に行くようになる」
という反論があるでしょう。
しかし、子どもの大学進学率は、親の所得以外に親の学歴等の家庭環境に影響を受け、学費が無料になっても、貧しい家庭の子どもの進学率が大幅にアップするとは思えません。

結果的に、大学教育の無償化は、国民の税金を投入して、
比較的所得の高い家庭への補助金を大幅アップすることになります。
マクロに見ると、貧しい家庭から、裕福な家庭への所得移転になりかねません。

教育における公平性を最優先に考えるならば、義務教育段階の小中学校教育や、
進学率が9割を超えた高校教育にもっと税金を投入する方が賢明です。

また、いまの日本は、大学が乱立気味で、教育の内容やレベルの点において、
大学の名に値しない大学もあると言って間違いではないと思います。
そういう大学まで学費を無料にすれば、淘汰されるべき大学まで生き残り、
日本の大学のスタンダードを下げることにつながってしまいます。
国際的に見て日本の大卒者の評価が下がるのは、国全体にとってマイナスです。

さらに、教育経済学の一般的な考え方は、大学教育は効率的な投資と見なします。
大学教育に対する奨学金は、長期的に見れば割に合う投資と見なすことができます。

経済的合理性や社会的背景を考えた上で、大学教育の無償化よりも望ましいのは、
次のような3点セットの政策です。

1)低所得の家庭の子どもに対する奨学金の大幅な拡充。
 (所得が一定額以下の家庭の子どもには無条件に奨学金を提供する。)

2)貸与の奨学金に関しては、親の所得に関係なく、すべての希望者に提供。

3)いったん社会に出た後、大学に戻りやすい制度の充実。
 (必ずしも高卒後すぐに大学に行く必要はありません。
  学費を自分で稼いで大学に戻る、というモデルを社会的に評価すべきです。
  高卒直後の受験生より、高卒後働いた受験生を優遇するのもよいと思います。)

私が提案する上述の3点セットであれば、
①貧しい家庭の子どもの大学進学のチャンスを増やしつつ、
②貧しい家庭から裕福な家庭への逆の所得再分配を防ぐことができます。

これからの時代は【公平性や公正】と【健全な競争】の両立が重要テーマです。
私の3点セット提案は、公平性と健全な競争を両立できる案だと思います。

大学教育の無償化は、文部科学省の肥大化や、高等教育の国家管理化(計画経済化)といった予期せぬ悪影響を及ぼすことにもなりかねません。

大学教育の無償化は、教育経済学をかじったものとして、疑問を感じます。
善意に基づく政策が、結果として逆の効果を及ぼすことはよくあります。
「地獄への道は善意で舗装されている」とはよく言われる警句です。
一見正しそうに見える政策にも、やっぱり注意が必要です。

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2009年5月10日 (日)

心を育てるには?

地元でお世話になっている幼稚園の園長先生から薦められ、
久しぶりに教育分野の本を読みました。
本のタイトルは「4歳の胸のうち」で、本の帯の部分には、
「心ってどうやって育てるの?」とありました。

帯の「心ってどうやって育てるの?」に興味が湧き、
読みかけの他の本をわきに置いて、すぐ読み始めました。

いろんな人が「心の教育が大切だ」とか、
「心の教育が欠けている」と言います。
しかし、「心ってどうやって育てるの?」という問いに、
的確に答えられる人がどれだけいるでしょうか?
私もすぐには答えられないし、答えに自信はありません。

「4歳の胸のうち」を読むと、実際の活動を通じて、
子どもたちの心が少しずつ育っていくのが、
とてもわかりやすく書いてあります。

幼稚園の先生と子どもたち、子ども同士の相互作用の中から、
子どもたちの心がだんだんと育っていくのがわかります。
理屈ではなく、実践の中から、心が育つんだろうな、
とあらためて思います。

幼稚園でグループ活動、芋ほり、なわとび等の活動に、
クラスみんなで取り組み、話し合ったり、協力したり、
思いやりや協調性を身に付けていくプロセスが、
具体的に書かれています。

ここの幼稚園の子たちは、自分で考えること、
自分たちで考えること(=グループみんなで話し合うこと)、
を徹底して教えられているように感じます。

近隣のある小学校の校長先生がおっしゃっていましたが、
ここの幼稚園出身の子は、ちょっとちがうそうです。
先生の話をきちんと聞き、わがままを言わずに、
率先して行動できる子が多いそうです。

私も教室の後ろで見学させてもらったことがありますが、
ここの幼稚園の子は、人の話をきちんと聞いて、
自分の意見をきちんと言える、という印象を持ちました。
怒号渦巻く国会で、大声で野次っている国会議員のことは、
この子たちには見せられません。

文部科学省が道徳教育のマニュアルをつくって、
その通りにやれば、心が育つわけでないのは明らかです。
よく「戦前の修身教育を復活させろ」という人がいますが、
戦前の修身教育を受けた人が戦後復興を支えたのも事実なら、
修身教育を受けた人が無謀な戦争を引き起こしたのも事実です。
中央政府主導の画一的な心の教育には、慎重な方がよいと思います。

むしろ「4歳の胸のうち」に出てくるような教育の実践を、
それぞれの地方自治体やそれぞれの教育現場で積み重ね、
うまく行った事例(good practice)が普及しやすい仕組みを、
つくっていくことが大事ではないかと思います。

ここから蛇足ですが、いつも泥臭い政治の動きを書いているので、
ブログ読者の方々には意外に思われるかもしれませんが、
何を隠そう、私は大学院で教育政策を勉強していました。

教授法や教育理論ではなくて、教育政策が専攻だったので、
教育分野のポリシーメーカーとして訓練を受けました。
教室で教える訓練や児童心理学等はあまり知りませんが、
一応は教育社会学とか、教育学入門とか、デューイとか、
基礎の基礎のようなことは勉強しました。

幼児教育の関して最後に読んだ記憶がある本は、
中公新書「イギリスのいい子、日本のいい子」という本で、
私の母校のロンドン大学教育研究所(Institute of Educaiton)
で勉強された佐藤淑子さんの本でした。
この本もおもしろかったのでお薦めです。

*「4歳の胸のうち」、滑川彩子著、コンテンツ・ファクトリー

*姉妹編として同じ幼稚園の年長組について書かれた本もあります。
 「5歳の誇り」、瀬高郁子著、コンテンツ・ファクトリー

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2009年5月 8日 (金)

説得<共感、対決<対話

アメリカの大統領選挙を見ても、政治の流れは、ものすごく大雑把に言えば、
【①説得よりも共感】【②対決よりも対話】を目指す時代が来ているように思います。

それなのに衆議院予算委員会の審議を見ていると、残念な気持ちになります。
自民党も民主党もひたすら非難合戦に終始しているように見えます。
建設的な批判ならともかく、感情的な非難の応酬のように見えます。

根っからの自民党支持者の中には、自民党幹部が民主党を批判するのを、
こころよく思っていない人たちがたくさんいます。
自民党は政権与党なんだから、心に余裕をもって「横綱相撲」をやってほしい、
と思っている自民党支持者は少なくありません。

これまた大雑把に言えば、根っからの自民党支持者(特に女性)の多くは、
現状におおむね満足していて、おだやかな人が多く、他者の批判を好みません。
世の中に対して不平不満がいっぱいという自民党員はあまりいません。

根っからの自民党支持者は、政治や社会がよくしたいと願っていても、
革命のような過激な手段は望まず、対話とコンセンサスを通じて変革したい、
そういう風に考えている人が多いのだと思います。
失業の増加、公務員の天下り問題、地球温暖化、過疎化などの問題に対し、
健全な危機感と問題意識を有している人が大半です。

自民党支持者の多くは、町内会やライオンズクラブ、商店街、民生委員、NPO等、
地域活動への参加を通じて地道に問題解決を図っていこう、というタイプが多いです。
一部の政党の支持者のようにデモ行進とか、抗議の署名集めといったやり方を
自民党支持者がやっているのは、あんまり見たことがありません。

自民党の根っからの支持者ほど、対決よりも、対話を望んでいると思います。
しばしば言われる「選挙前だから対決ムードも仕方ない」という意見があります。
しかし、オバマ大統領は、選挙中もあんまり相手候補を批判しませんでした。

いわゆる「オバマ現象」の特徴を「共感のコミュニケーション」と呼ぶ人がいます(*)。
「共感のコミュニケーション」では、相手を説得することに重きを置きません。
むしろ相手の共感と信頼を得るためのコミュニケーションを重んじます。
善悪二元論に走らず、多様な価値観を認め、対決型論理で相手をねじ伏せるのではなく、
対話型のコミュニケーションで相手の信頼と共感を得るのが、
オバマ流の「共感のコミュニケーション」だそうです。なるほど。

オバマ大統領の大統領就任演説、大統領選挙勝利演説、2004年民主党大会の基調講演を
あらためて読み直してみましたが、夢や希望、責任やアメリカの偉大さを語り、
共和党の批判やブッシュ大統領の悪口は言っていません。
むしろ大統領選挙勝利演説では、共和党の重視する価値観をたたえ、マケイン候補をたたえ、
自分を支持しなかった有権者に対しても理解と協力を求めています。

わが党のトップや幹部の皆さんにも、オバマ流の「共感のコミュニケーション」から学び、
民主党をやり込めることよりも、国民の共感を得ることを目指すべきだと思います。

*「オバマ現象のカラクリ」田中愼一、本田哲也著、アスキー新書、2009年

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2009年5月 7日 (木)

映画:レッドクリフ

ゴールデンウィークなので、軽めのネタで。
昨日は早目に仕事が終わったので夕方映画を観ました。
上映時間が遅めの吉祥寺の映画館まで出かけて行って、
観てきたのは「レッドクリフ2」です。

ご承知の通り三国志の「赤壁」の戦いを直訳して、
「レッドクリフ」というタイトルなわけです。
ハリウッド本拠地のアメリカ公開ならわかりますが、
三国志が広く読まれている日本では「赤壁」で、
売り出せばいいのにと思っているのは、私だけでしょうか?

小学生のときに子ども向けの児童文庫の三国志を読んで以来、
大人になってからもいろんな人が書いた三国志を読んできました。
たぶん7~8回読んだと思いますが、作者によって印象が異なります。

「レッドクリフ」は微妙に脚色されていて、
三国志演義の本来のストーリーからは外れているですが、
もともと小説だからと割り切れば十分楽しめます。

だいぶ前に香港政府日本代表部の方の講演を聴いたときに、
「中国人は三国志が大好きで、三国志で駆け引きや交渉術を学び、
 現代のビジネスにいかしている」とおっしゃっていました。
三国志に出てくる権謀術数、虚々実々の駆け引きを学んでいるから、
中国の外交はしたたかで粘り強いのでしょうか???
毛沢東も中国の古典をよく読み、三国志や水滸伝の例を引いて、
戦術や戦略のお手本としていたと言われています。

日本には古典や歴史から教訓を得て、現代の政治や外交にいかす、
といった意識はあんまりないように感じます。
イギリスのエリート階級は、ギリシア、ローマから現代史まで、
歴史をよく学ぶと言われています。
歴史好きのチャーチル元首相は、第二次大戦の歴史を書いて、
ノーベル文学賞を受賞したほどです。
日本の政治家や外交官も歴史をもっと勉強すべきかもしれません。

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2009年5月 3日 (日)

「自分は大丈夫」症候群

私の悪い癖のひとつに「自分は大丈夫」症候群があります。
豚インフルエンザが日本国内で大流行したとしても
根拠なく「自分は大丈夫」だと思い込んでしまいそうです。

関東大震災がいつ起きても不思議ではない状況ですが、
もともと災害時の緊急援助の仕事をやっていた関係で、
私には「自分が被災者になる」という感覚はなくて、
なぜか「自分は支援する側になる」という思い込みがあります。

東南アジアの島嶼部のマラリア多発地帯で働いていた時も、
マラリア予防薬の服用を自分の判断で中断して、
きっと「自分は大丈夫」と勝手に納得していました。
運よくマラリアには、かからずにすみました。

アフガニスタンみたいな紛争地でも、
インドネシアのスラム街みたいな犯罪多発地帯でも、
なぜか「自分は大丈夫」だと思ってしまいます。
もちろん治安情報は入手し、安全対策は怠りませんが、
その上で「自分は大丈夫」と思い込んでいました。
そういう楽観的な人間じゃないと、緊急援助はできません。。

もっとも自分以外の人のことに関しては、
悲観的に予測するようにトレーニングを受けていて、
災害時の緊急対応マニュアルづくりとかもやってました。

業界用語で「コンティンジェンシープランニング」と言いますが、
緊急事態の危機管理マニュアルづくりの研修とか受けてました。
そういう観点で観ると、今回の豚インフルエンザ対策については、
日本政府の対応はなかなかいい線行っているように感じます。

阪神大震災やオウム事件の時の官邸の危機管理体制は、
ものの本によると、きわめてお粗末だったようです。
しかし、自然災害や安全保障、防疫・食品安全等に関しては、
最近の首相官邸の危機管理体制は昔と比べて進歩しているようです。
ただし、政局の危機管理体制については・・・

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2009年5月 2日 (土)

未来を語る!

昨日は不思議なご縁で集まった30~40歳代の人たちで、
お酒を飲みながら日本と地域の未来について熱く語りました。

メンバーは地域おこしのNPO関係者、青年会議所のメンバー、
自分でNPOもやっている異色の若手キャリア官僚、
シンクタンクのスタッフ、国会議員(=私)といった組み合わせ。

先日、私が青年会議所主催の公開討論会に自民党代表で出席し、
そのとき出会った青年会議所のメンバーから「今度飲みましょう」
と誘われて、それから広がっていった飲み会でした。

街おこし、地方分権(道州制のあり方)、行政とNPOの関係、
中央政府と地方自治体の関係等などいろんなテーマについて議論し、
とても楽しい会合でした。

メンバーの共通点は、①口先だけではなく、実際に行動していること、
②国に頼るよりも、地域や民間主導で世の中を変えようとしていること、
③自分の仕事にプライドと情熱をもって全力で取り組んでいること、
といったところでしょうか。

世の中を変えよう、という一点のみで集まったメンバーであり、
業種も、立場も、出身地も、活動地域も、性別もバラバラでした。
バラバラながらも、いまの行政や社会の仕組みに疑問を持ち、
それぞれの立場で新しいことにチャレンジしています。

地方のNPOにも、商店街にも、霞が関にも、シンクタンクにも、
もちろん国会にも(=自分!)、志のある若い人たちがいて、
日本と地域の未来を信じて行動している、ということを再確認でき、
とても有意義な会合でした。

ときどきはこういう飲み会がないと、くじけてしまいそうになります。
霞が関、地方自治体、NPO、商店街、シンクタンクなどなど、
いろんなところにいる同志と一緒に社会を変革していきたいと、
決意をあらたにする良い機会でした。

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2009年5月 1日 (金)

豚インフルの影響か?

今朝、駅頭に立ってたら、やたらとマスク姿が目につきます。
やっぱり豚インフルエンザ対策でしょうか。

横浜の高校生が感染した可能性があるとの報道があったので、
お隣の川崎市民も敏感に反応しているのかもしれません。

昨日、経済誌の編集者の人が、マスクメーカーや薬品関連で、
株価が上がりつつあると言っていました。
マーケットは敏感ですね。

新型インフルエンザが蔓延したら、人が集まる場所や行為は、
避けなくてはいけなくなるでしょう。
満員電車、学校、会社、映画館、演説会、集会、観光など、
自粛する傾向が見られるようになると、経済的には大打撃です。
潤うのは、レンタルDVD屋やネットショッピングでしょうか?
外食産業には打撃で、ビザのデリバリーは潤うかもしれません。

すでに政府やWHOもいろんな対策を立てて、
いろんなケースをシミュレーションしているはずですが、
家庭や企業でも緊急対応プランを考えるべきかもしれません。
ムダになることを願いつつ、危機に備えるのが賢明かも。

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