寺子屋教育の先進性
最近読んでおもしろかったのが、徳川恒孝さんが書かれた「江戸の遺伝子」です。
徳川恒孝さんは徳川宗家第18代当主です。
「徳川」という名前だけで、宿屋の末裔の私などはひれ伏してしまいそうです。
この本で特におもしろいと思ったのは、江戸時代の教育に対する考え方です。
江戸時代の子どもたちは5~7歳くらいで寺子屋に入ります。
寺子屋の手習い塾の教育の基本は、ひとりひとりに対する個人教育だそうです。
お師匠さんと子どもの関係は、常に一対一の師弟関係(子弟関係)です。
現代の学校教育とちがって、全員に同じことを一律に「教える」ことはありません。
先生は子どもたちひとりひとりが必要とする「学び」を注意深く検討し、
ひとりひとりにあった進度で教材をそろえて教えます。
手習い塾では、読み書きそろばんの他、冠婚葬祭の儀礼、手紙の書き方、
商売に必要な書類の書き方、街道の名前や地名等の実践的な知識に加え、
道徳教育にも力を入れていました。
商人の子どもには「商売往来」という教材(商業に必要な要素が入っている)、
大工さんの子どもには「大工注文往来」、農村であれば「農業往来」など、
職業別に教材が用意され、オーダーメードの実践的な教育がなされていました。
もしかしていまの日本の学校教育よりも実社会で役立つかもしれません。
また江戸時代には「教える」ことよりも「学ぶ」ことが重視されていました。
これは、実は先進国で主流になってきた考え方でもあります。
私がイギリスの大学院で教育学を勉強していたころ、
「教えること(teaching)」から「学ぶこと(learning)」へ重点を
シフトすべきという考え方が主流でした。
「teaching」では、教員が中心にあります。
「learning」では、子どもが中心になります。
西欧型教育システムでは従来「教える」ことが重視され、
「教授法」の研究が発達してきました。日本でもそうでした。
最近は、「教授法」を重視して子どもの頭に知識を詰め込んでいくスタイルから、
子ども自身のなかに起きる「学び」を重視するスタイルにシフトしつつあります。
何のことはない、江戸時代の寺子屋教育と教育学の最近の考え方は同じです。
環境にやさしい街づくりや資源のリサイクルでも江戸時代が見直されています。
250年も平和を保った江戸幕府は、それだけで立派です。
江戸時代の日本人の知恵をもう一度見直してみるのも有効かもしれません。
平和で豊かな庶民文化が花開いた江戸時代の歴史から、
われわれ現代の日本人は「学ぶ」必要がありそうです。
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