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2009年6月30日 (火)

候補者よりも公約では?

昨日は新人議員有志で小泉元総理や武部元幹事長、中川元幹事長を囲み、
これまでお世話になったお礼の会を開催しました。
3週間くらい前から用意していた単なる懇親会でしたが、
なぜか報道では「反麻生グループ会合」みたいに言われていました。
もちろん小泉元総理は、政局的な話は一切されませんでした。
タイミングが悪いと、変なレッテルを貼られるので困ります。

さて、報道によると東国原宮崎県知事を比例東京ブロックの1位にして、
選挙戦の目玉にする方向で検討中とのことでした。
前にもブログで書きましたが、任期を半分も終えていない知事に対して、
国政選挙への出馬を要請するのはいかがなものかと思います。

東国原知事が地方分権に熱心なのはよくわかりますが、
その地方分権を宮崎県という現場でどう実践したのか、私にはわかりません。
宮崎地鶏とマンゴーの売り上げに貢献しているのは間違いありませんが、
その他の実績というのは、あんまり聞いたことはありません。

大阪府の橋下知事が、公務員の労働組合や霞ヶ関の中央省庁と戦いながら、
地方分権と歳出削減に向けて努力しているのはよくわかります。
どちらの知事も人気があってテレビ界出身なので、イメージが重なりがちですが、
実際にやっている仕事の内容では、天と地ほどの差があるように感じます。

東国原知事を候補者に擁立するのは、目先の人気取りのように見えてしまいます。
比例名簿の上位記載者の擁立などに力を入れるよりは、
マニフェストづくりに力を入れるのが先ではないかと思ってしまいます。

今日は有志議員で集まってマニフェストに盛り込んで欲しい政策を議論します。
前向きな政策を打ち出すのが、正攻法の選挙戦略だと思います。

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2009年6月29日 (月)

自民党の喫緊の課題

御厨貴教授が2001年に書かれた論文の中で、
93年の細川政権下の自民党について次のように述べています。

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野党に転落した自民党が得た唯一の教訓は、
自民党とは与党のことであり、
与党でない自民党に再生はないという強迫観念にも似た
今一つの自己の再定義を行ったことにあった。
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残念ながらいまだに自民党内では利益誘導政治の呪縛がきつく、
いまのままでは「与党でない自民党に再生はない」という指摘は、
まちがっていないかもしれません。

自民党が仮に下野した時に、復活できるか否かは、
理念やビジョンといった政党の「背骨」にかかっています。

単に利益配分のために人が集まっている“疑似”政党では、
政権与党から転落すれば支持してくれる人がいなくなります。
利益目当ての烏合の衆的な政党では、下野した場合、
二度と復帰できない恐れもあります。

しかし、きちんとした理念とビジョンを軸に結集した政党なら、
たとえ一時的に党勢が振るわなくても、理念に共鳴する人がいて、
そのうち復活するチャンスは出てくると思います。

だからこそ、マニフェストが大事です。
そしてマニフェストの中でも、理念とビジョンが大事です。
どんな国をつくりたいのか、どんな社会を目指すのか、
骨太の政策論争を行うのが、政権選択の衆議院選挙であるべきです。

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2009年6月26日 (金)

動画の宣伝です。

「超人大陸」という政治専用の動画サイトがあります。
政治家の主張を取り上げるサイトです。
これまで3回ほど取材を受けてます。

タイトルは以下の通りです。

1)20年後の外交ビジョン

2)なぜ今国会改革か?

3)進む人口減少 これ以上の新規インフラ禁止

http://www.akibach.com/yamauchi/

時間がかかりますが、ぜひご一読(?)ください。

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理想と現実のギャップ

私は新人議員の勉強会などで政党改革を研究してきました。
多くの学者の意見を聞いたり、政治学の文献を読んだり、
議員内閣制で日本に近いイギリスの労働党や保守党、
政党本位の政治の先進国のドイツの例などを見てみて、
こういう政党政治が理想だろうな、というイメージがあります。

政党改革3本柱は、①党首選び、②マニフェスト策定、
③候補者選考、だと思うようになりました。

小選挙区制の衆議院選挙は、①党首、②マニフェスト、
③選挙区の候補者、の3本柱で戦うものなので、
自然とこの3要素が重要になってきます。

1.党首選び
まず党首の任期は、衆議院の任期となるべくあわせるべきです。
政権与党の場合には、総選挙を戦って勝った党首は、
次の総選挙の直前まで任期を全うすべきだと思います。
一度党首を選んだら、任期中は党首を変えるべきではありません。
参議院選挙は政権選択選挙とは位置付けられないので、
安倍元総理は参院選に負けても辞めるべきではなかったのです。
安倍総理の場合、健康上の理由なので、仕方がない面もあります。
党首選び(総裁選挙)は開かれた政策本位の選挙であるべきです。
公開討論を全国で開催し、各候補のビジョンや政策を明確化し、
党員投票の比重を重くした総裁選挙で総裁を選ぶべきです。
派閥単位の多数派工作等はやめるべきです。

2.マニフェスト策定
マニフェスト策定には時間をかけるべきだと思います。
原案は党のプロジェクトチームのような少数精鋭チームで作り、
それをホームページで公開し、党員に配布した上で、
パブリックコメント的に国民・党員の意見を受け付け、
地方自治体や学者、NPO、各種団体の意見をヒアリングし、
原案をブラッシュアップしていきます。
一般に公開することで、議論を呼び、問題点が事前に指摘され、
政策としての完成度が高まっていくことが期待されます。
国民も自分の意見を党に対して表明する機会を持てます。
最終的には党大会のようなオープンな場で議決して、
マニフェストを党全体の目指すべき方向として確定します。
丁寧に作ったマニフェストなら、造反もしにくいでしょう。
イギリス労働党はマニフェスト策定に2年かけるそうです。
あまり早い時期からマニフェストを発表すると、
他政党に後出しジャンケン的な対案を出されるのでまずい、
という意見も一部にはあります。
しかし、国民もマスコミもちゃんと見ていると思います。
後出しジャンケンなんてセコイことをやる政党は、
すぐに品性のなさが露呈していまい、支持されません。
また後出しジャンケンで他政党がより良い対案を出してくれば、
それは国民全体にとって利益になるので否定できません。
仮に他政党が良い対案を出してくれば、さらにそれを上回る、
よりグレードアップした政策を出せばよいことです。

3.候補者の選考
候補者選考プロセスの改革の目玉は、世襲制限ではありません。
優秀な人材が参入しやすいように、参入障壁を下げることです。
結果として優秀な人材が集まってくれば、実力のない世襲候補は、
自然と淘汰されていきます。
実力のある世襲候補はまったく問題ありませんし、
実力があるなら、親と異なる選挙区で立候補しても勝つでしょう。
参入障壁は、①資金、②リスク、の観点から説明できます。
国政選挙に出るためには、どうしてもお金がかかります。
自己資金を何千万も用意できる人は多くありません。
党営選挙で候補者自身の自己資金負担を減らすことと、
同時にお金のかからない選挙制度をつくることが大事です。
政党改革で重要なのは、党営選挙を実現することです。
リスクというのは、選挙に出るためには、仕事を辞めて、
すべてを失う覚悟がいる、ということです。
リスクが比較的少ない人がいます。
例えば、弁護士とか、医師とか、公認会計士とか、
市場価値の高い資格を持っている人は、
落選してもすぐに仕事に戻れる点で有利です。
ふつうのサラリーマンや公務員はもう元の職場に戻れません。
フランスなどでは公務員は選挙に出るための休職があり、
イギリスでは会社員でも選挙に出るための休職制度があります。
日本でもそういう会社がごく一部出てきて、よい傾向です。
また親の後援会や支援企業を引き継げる世襲候補も、
リスクが低い人のカテゴリーに入ります。
弁護士や医師の資格は、努力して勝ち取った資格なので、
ある程度納得がいくのですが、
国会議員の子どもに生まれるかどうかは、
本人の努力や才能とは無関係の要素です。
そういった点で世襲が有利な状況は不健全です。
大切なことは、優秀でやる気のある人材が、
国政を目指しやすい環境を整えることだと思います。
やる気と能力さえあれば、市役所職員でも、NPO出身でも、
中小企業経営者でも、銀行員でも、学者でも、国家公務員でも、
誰でも国政を目指せる開かれたリクルートの仕組みが大事です。

以上の3つの条件をクリア―できる自民党であれば、
選挙に負けないと思うのですが・・・

東国原知事の騒動や「麻生おろし」のドタバタを見ていると、
政治に対する理想を見失ってしまいそうになります。
こういう時だからこそ、理想の政治象や政党象をイメージし、
それに近づける努力を忘れないようにしたいと思います。

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2009年6月24日 (水)

政治家がダメになる理由

今日は「構想日本」が主催する勉強会(J・Iフォーラム)に参加しました。
テーマは「政党の自己統治能力」というもので、政治学の飯尾潤教授、野中尚人教授、
毎日新聞の与良正男論説委員、構想日本の加藤秀樹代表がパネリストでした。

政党の改革については、私が事務局をつとめる「国民本位の政治を実現する会」で、
研究して提案してきた政策提言と同じような意見が大勢でした。
他の先進国の議会制度や政党を研究すれば、だいたい結論は近いものになります。

政党改革でやるべきことは、ちょっと考えればわかることです。
ただ残念なことは、ちょっと考えればわかるけれども、実行するのは困難です。
目指すべき改革の方向性を示すのは、ある意味で、本当に簡単なことです。

しかし、いま政党内でえらくなっている人たちは、いまの制度を変えたくありません。
また既存の政党ガバナンスシステムを変革されると、困る人がたくさんいます。
自民党のような伝統ある大政党を内部から変革するのはとても難しい課題です。

政党改革の重要な側面として選挙改革も重要になってきます。
堺屋太一さんがこんなことを書いています。
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もともと日本の政治家の質はけっして悪くない。勤勉さでも知識の点でも、
また文化性の高さでも、諸外国の政治家に比べれば、むしろ質が高いといえるだろう。
だが、彼らのしている政治、とくに選挙運動は、けっして上品とも知的ともいえない。
このため、知性と品格のあった人物でも、政治家となって選挙運動を繰り返すうちに
非知性的で下品なパフォーマーになってしまう。
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本当にそういう側面は強いと思います。
選挙のやり方も変革が必要だと思います。

大音量で政党名や候補者名を連呼するのは、けっして品の良いことではありません。
町の美観を損ねるポスターをベタベタ貼りまくるのも、上品ではありません。
朝から駅前で通行中の人の邪魔になりながら、演説をするのも品がよくありません。
自己顕示欲と図々しさ、押しの強さがないと、政治家は務まりません。
そりゃあ「非知性的で下品なパフォーマー」が政界に多いのは理解できます。

それでも選挙に勝ち残らないと、理想を実現することはできません。
そこのところが、とてもむずかしいところです。

ご参考:2007年7月27日付ブログ「田中秀征氏の選挙論」
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_bf89.html

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東国原知事への出馬要請

自民党の古賀選対委員長が宮崎県の東国原知事に対して、
衆議院選挙の立候補を要請したと報道されています。
たいへん残念な気持ちになりました。

まだ任期1期目の途中の知事に対して出馬要請するのは、
県民に対して失礼な気もします。
東国原知事は、知事選挙のときに宮崎県民に対して約束したことを、
どれくらい達成したのでしょうか。
ある程度実績をあげて、県民に説明がつく程度に仕事をした後なら、
国政への転身も十分に理解できます。
あまりにも短い期間しか知事としての仕事をなさっていないと思います。
そういう人に対して出馬要請をするもんじゃないと思います。

東国原知事のようなスター政治家を擁立したい気持ちはわかりますが、
もっと党としてスターを育てる努力をすべきだと思います。
よく有権者から「民主党の若手は優秀だが、自民党はダメだ」と言われます。
私はそうは思っていません。
特にいまの衆議院当選4期には人材がたくさんいます。
自民党の若手にも優秀な人材がいますが、党としてチャンスをあまり与えません。
当選回数至上主義で若い人にあまりチャンスが回ってこないために、
優秀な人材が埋もれてしまっているということもあります。

チャンスを与えないから、スターが育たない。
スターが育たないから、よそから引っ張ってくる、というのでは情けないです。
人材育成を考え、優秀な若手や中堅を抜擢し、組織を活性化すべきだと思います。

ある程度「こいつは優秀だ」と目をつけた人材には、
若いうちから責任あるポジションにつけて経験を積ませることも大事です。
長い目で人材を育成しないから、人材が枯渇するのだと思います。

次の総裁選(総選挙後か?)では、当選4期組(総選挙後は5期組)から、
新しい総裁が誕生すればいいな、と思っています。
4期組には、河野太郎議員、菅義偉議員、棚橋泰文議員、水野賢一議員、
渡辺喜美議員(残念ながら離党)等、多士済々です。

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2009年6月23日 (火)

私が目指す社会像

いま骨太方針の議論が行われています。
社会保障費抑制のことが特に騒がれています。

私も歳出削減は重要だけど、社会保障費の抑制はもう限界だと思います。
公共事業費や公務員人件費の削減、官庁の調達改革等で財源を捻出し、
社会保障費はきちんと確保すべきだと思っています。

社会保障費を抑制するのが構造改革ではなくて、
効率化とムダ削減を通じて社会保障費を捻出するのが構造改革だと思います。
国民の健康と幸せに直結する社会保障費は、これ以上抑制できないと思います。

最近、私個人としては、臓器移植法案の勉強を通じて、
医療現場の問題点をより良く知ることができました。
お医者さんたちと付き合いが多くなり、いろいろ話をお聴きしていると、、
医療費抑制はもう難しいというのもだんだんわかってきました。

さて、本題ですが、マニフェストの柱になるのは、
農家の所得補償とか、子育て手当てとか、配るお金の金額ではなくて、
どんな社会、どんな国を創りたいか、というビジョンだと思います。

私が目指すのは「分権型市民社会」です。
20世紀型の中央集権官僚国家から、21世紀型の分権型市民社会へ。
ここで「分権型」といっている点が重要です。

単なる地方分権(あるいは地方主権)だけではありません。
中央省庁の権限を地方自治体に移していくのと同時に、
中央集権官僚国家を解体していくことが重要です。

行政官僚が握っていた権限を、市民の手に戻していくというプロセス、
官僚主権から国民主権への「大政奉還」と言ってもいいかもしれません。

中央主権官僚国家を解体した上で、「新しい公共」を確立し、
行政と企業と民間非営利セクター(NPO等)の三本の柱で、
公益を担い、社会を支える仕組みを創っていくことを目指します。

そして「分権型市民社会」は、「参加型社会」でもあります。
市民が政治にも行政にも参加し、単にお上に頼るという発想を捨てて、
ひとりひとりが社会を支え、助け合っていく、という社会です。

政府機関(JICA)で働き、NPOで働いた私は、
政府と民間(企業とNPO)の線引きを見直し、行政機構を解体的に見直し、
新しい政府の役割を再規定していくことが、
これからの行政改革・地方分権の最重要のポイントだと思います。

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2009年6月22日 (月)

朝から頭にくること

今朝交差点で信号待ちをしていると、
救急車のサイレンの音が聞こえました。

もちろんほとんどの人は信号が青になっても、
止まったままで、救急車を優先しようとします。

しかし、一台の車が救急車の前を横切って、
猛スピードで走り抜けていきました。

ほんとに信じられません。
救急車の中には死にそうな急病人がいる可能性が高く、
おそらく1分、1秒を争っているはずです。

自分勝手な1台の車のせいで、何秒かのロスが生じ、
そのわずかな差で人の命が失われるかもしれません。

そもそも救急隊員以外でほんの数十秒や1分のちがいが、
そんなに重要な人がいるのでしょうか?

救急隊員や消防士、警察官といった人たちが、
緊急に現場に向かっているときに、
その人たちよりも緊急で重要な仕事をしている人が、
日本にいるのでしょうか?

朝一番から不愉快な思いをしました。

他方で、交差点で信号待ちをしていた他の数十人に人たちは、
救急車が通り過ぎるのをきちんと待っていました。
まあ社会のマジョリティは常識的で健全なのでしょう。
その点は安心してよいのかもしれません。

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2009年6月21日 (日)

総選挙の兄弟対決?

報道によれば、鳩山元総務大臣が「チャンスがあれば」
総裁選に立候補する旨を発言したそうです。

なんでこんな時期に、そんなことを言うのかわかりません。
あたかも総裁選に出たくて、麻生総理と決別したかのように、
思えなくもなくなってきます。
麻生総理とけんか分かれしたからこそ、後継争いに参加できる、
という計算があったのでしょうか。

実際、総選挙の前に総裁選があるかどうかわかりませんが、
もし総裁選が行われて、鳩山元大臣が総裁になると、
自民党総裁の鳩山(弟)と民主党代表の鳩山(兄)の対決です。

世襲議員の兄弟対決という前代未聞の勝負になります。
兄弟で「友愛」ではなく、兄弟の「決戦」になります。
傍から見れば「どこが友愛じゃ!」と突っ込みたくなります。
兄弟対決の勝ち負けを判定するのが、
ご両親ではなく、国民というのが、ユニークなところでしょうか。

逆に、兄弟仲良く「友愛」の精神で大連立というのも困ります。
おそらくないでしょうが。

日本の政局はますます何だかわからなくなってきました。
権力闘争よりも、理念やビジョンの競争が、望ましいと思います。
政策の旗を掲げて競う総選挙にしなくてはいけません。

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2009年6月19日 (金)

A案の衆議院通過。

昨日、衆議院本会議においてわれわれの提出したA案が可決しました。
賛成263、反対167、棄権(投票せず)47という結果でした。

昨日朝のたまたま見た某テレビ局のニュースで、
「A、B、C、Dのどの案も過半数に達しない可能性がある」
といった報道がなされていました。

しかし、フタを開けてみると、大差でA案が可決されました。
われわれの事前の票読みでは、A案可決は確実という情勢でしたが、
多くのマスコミは予測を誤りました。

おそらくA案以外のグループが故意に「どの案も過半数に達せず」という、
情報を流していたように思われます。
(*業界用語で「ディスインフォメーション=偽情報」と言います。)

誰が流している情報かわかりませんが、有りもしない問題点を挙げ、
わざとA案の内容をねじ曲げて説明している人もいるようです。
海千山千の人たちがいっぱいいる永田町は、怖いところです。

反対の人がいることも考えると、一層丁寧な説明が必要だと思いました。
またA案に対する批判の中には、誤解に基づくものも多く、
誤解を解くために、説明のやり方を工夫しなくてはいけません。

昨日はいろんな人からお祝いメールやお祝い電話が入りましたが、
よろこんでいい状況ではなく、油断はまったくできません。
これから参議院審議があり、解散総選挙の時期も気になる中で、
迅速な参議院審議入りと、早期成立を目指してがんばらなくてはいけません。

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2009年6月18日 (木)

いよいよ採決の日

今日は衆議院で臓器移植法改正案の採決が行われます。
この3年半ほど臓器移植法改正A案の法案提出者として、
そしてA案支持グループの事務局(窓口)として力を注いできました。
個人的にはこれまでの衆議院議員生活のなかで一番重要な法案です。

本法案に関しては、共産党が棄権する以外は、全政党が党議拘束を外します。
各議員がそれぞれの考えで投票先を決めます。
議員ひとりひとりに働きかけて、A案への支持を呼びかけなくてはいけません。

政府提出法案であれば、厚生労働省の役人が各議員に丁寧に根回しをする、
ということになるのですが、本法案は議員提出法案です。
したがって、根回しするのは、議員と支持団体や支持してくれる個人です。
臓器移植患者団体、移植学会はじめ医学界の関係者の皆さんと協力して、
各議員への働きかけを行ってきました。

臓器移植改正の運動は何年も前から粘り強く行われてきましたが、
ほとんどが手弁当のボランティア的な活動です。
お医者さんたちは本業の患者さんのケアの合間を縫って、
患者のご家族の皆さんは本業を休んだりしながら、
法改正に向けたロビイング活動を行ってきました。

議員会館の私の事務所は、A案支持グループの選対本部のようになっています。
毎日のようにお医者さんたち、患者のご家族が、うちの事務所に集まり、
うちの事務所を拠点として各議員の部屋へ散って行きます。

マスコミ関係者もよくうちの事務所に取材に来ます。
国会の動きを聞きにくる記者も、移植医療の専門的なことを質問したい記者も、
患者のご家族の生の声を聴きたい記者も、うちの事務所のやって来ます。
この数週間は特に活気があります。
もうちょっとで法改正がうまく行くかもしれない、という期待感があります。
私も含めてみんな今日の採決でA案が通ることを祈るような気持ちで待っています。

もっとも衆議院通過はあくまで第一のハードルでしかありません。
今日の採決がうまく行っても、第二のハードルの参議院が待っています。
参議院での攻防も厳しい戦いになりそうです。

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2009年6月17日 (水)

危機だからこそビジョン

鳩山元大臣の迷走等もあって麻生政権支持率がさらに下がり、
永田町では総選挙前倒し論とか、「麻生下ろし」論とか、
騒がしくなってきました。

危機的な状況だからこそ、将来に希望がもてる骨太なビジョンと、
それに沿った政策(改革案)を堂々と掲げることが大事だと思います。
だからマニフェストが重要なのです。

マニフェストの議論をここまで遅らせてきたのは問題ですが、
やっとマニフェスト策定プロジェクトチームができて、
菅義偉選対副委員長がマニフェスト作りの責任者になりました。

自民党の幹部の中で菅副委員長は、数少ない改革派だと私は思っています。
公務員制度改革や地方分権に熱心な議員は、だいたい干されています。
改革後退・先祖帰り的な対応が多くなってきた自民党の中では、
菅副委員長は貴重な存在だと思っています。

政局より政策が大事、とずっと私は主張してきました。
こういう危機的状況だからこそ、政策の旗がとても大切です。
マニフェストにわれわれ若手議員、改革推進勢力の声を反映できるよう、
できる限り努力していきたいと思います。

そんな努力の一環として、昨日も若手議員有志13名で菅副委員長にお会いして、
マニフェストに含めてほしい政策を提案してきました。
具体的には、霞ヶ関改革(公務員制度改革)、道州制(地方分権)、議員定数削減、
社会保障費2200億円抑制の解除、子育て支援の充実等です。

こういった具体的な政策とあわせて考えていかなくてはいけないのが、
10~20年後を見すえて目指すべき国家像や社会像だと思います。
くどいようですが、私が目指すのは「分権型社会」です。
地方分権と政府の解体・再編成、新しい公共の創造で21世紀型の社会を創ります。

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2009年6月16日 (火)

解散総選挙の時期?

解散・総選挙の時期が私にとって大変重要になってきました。
あまり早くに解散されると、議員立法で提出している臓器移植法改正案が、
参議院で審議してもらえなくなってしまいます。

患者団体や医師の皆さん、同僚議員といっしょにこの3年間活動してきて、
その結果が「審議未了廃案」では、これまでの努力が徒労に終わります。

選挙の勝ち負けよりも、法案審議の日程確保の観点から、
すぐに解散されると、とても困ります。

衆議院の採決は今週中に終わりそうですが、
参議院の審議に1ヶ月はかかると思われます。

麻生総理に早まったことをしていただいては、
臓器移植法改正を首を長くして待っている患者さんたちが困ります。
もう少しねばっていただかなくては・・・

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2009年6月15日 (月)

今日もムダボ:独法・公益法人編

今日も朝9時から午後1時半まで休憩なしでぶっ通しで、
ムダボ・チームの作業を行いました。
内閣府関係の独立行政法人や公益法人への委託事業等を、
一件一件チェックしていきました。

作業をしながら気付いた最近の動向としては、
入札や調達の仕組みが厳しくなってきたため、
官庁の傘下の公益法人が民間企業との競争に敗れて、
仕事を取れないケースが増えています。

ある意味、健全な状況になってきたと思います。
民間企業との受注競争に敗れ去ってしまって、
倒産した、あるいは、倒産直前の公益法人がいくつかありました。
倒産(実際には解散)した公益法人職員の皆さんには気の毒ですが、
天下りを受け入れて、役所から無競争で独占的に仕事をもらう、
という構造自体に問題があったわけです。

その他で気になったのは、国がやっている青少年国際交流事業です。
青少年の国際交流の大切さはよくわかっています。
わかっているどころか、予算拡大のために努力しています。

しかし、予算の使い方が効率的・効果的でないものは困ります。
内閣府では約50日間の国際交流プログラムに、
なんと1人当たり200万円もかけています。

NGOがやっているスタディツアーだと、フィリピンとかカンボジアで、
だいたい1人当たり20~30万円くらいでやっています。
私も学生時代にNGOのスタディツアーで30日間フィリピンに行って、
20万円くらいしかかからなかったと思います。

内閣府の青少年交流プログラムで1人に200万円かけるくらいだったら、
NGOに委託して10人に200万円かけた方がずっと良いと思います。
あるいはNGOのスタディツアーに補助をしてあげて、
参加費の半額とか3分の1くらいを国で負担してあげれば、
より多くの若者に海外体験のチャンスをつくることができます。

若い人向けの国際交流事業は、至れりつくせりである必要はありません。
多少不便だったり、多少宿泊先が小汚かったりしても、
あとで振り返ると、いい思い出になったりします。

青少年の国際交流事業がムダだと言っているわけではありません。
ただもっと低コストで効果的なやり方があるなら、
今までのやり方を見直すべきだと思っているだけです。

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2009年6月12日 (金)

ODA改革の提言

自民党には対外経済協力特別委員会といって、ODA専門の委員会があり、
委員長は塩崎恭久元官房長官で、事務局長が不在です。
不在の事務局長代わりに、なぜか私が事務局長の役割を果たしています。

このところマニフェストに盛り込むための政策提言づくりのため、
ヒアリングをやってきました。
ゲストスピーカーの人選も5人中3人までは私が選ばせてもらいました。

衆議院選挙が近くて国会議員の参加者がなかなか集まらない割には、
非常におもしろいお話を聞かせていただけて意義深い委員会でした。

5月28日 緒方 貞子 JICA 理事長

6月2日  小川 忠  国際交流基金 日米センター 事務局長

6月4日  大橋 正明 国際協力NGOセンター 理事長

6月11日 白石 隆  アジア経済研究所 所長/内閣府総合科学技術会議 議員

6月12日 近藤 正晃 ジェームス 日本医療政策機構 事務局長

集中的にヒアリングを行い、大御所から若手まで多彩なゲストからお話を伺いました。

事務局長として私が今の段階で考えている提言は、まとめると以下の5点です。
ちょっと固くて、専門的過ぎるかもしれませんが、こんな感じです。

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1)「人間の安全保障」をODA政策の基本として、紛争国や最貧国に対する援助、ならびに、基礎教育や保健医療分野の協力を引き続き重視する。

2)日本のソフトパワーを強化すべく、日本の経験や知見の対外発信を強化するとともに、双方向の文化交流や学術交流、留学生交流を拡充する。イスラム圏やアフリカ等において非西洋の先進国として日本独自の役割を果たし、相手の立場に配慮した協力や交流を心がけ、相互理解と対日イメージの向上を図る。

3)ODA卒業国との新たな協力の枠組みとして、環境・省エネ技術、文化交流、学術交流、産業協力、有償技術協力等を再編・強化する。ODA対象国から卒業国へ移行する際に、日本との関係を失うことなく、それまでの日本の協力の成果がそれ以後も活用される仕組みづくりに取り組む。そのためには外務省と文部科学省や経済産業省等との省庁間連携が重要である。また、ODA卒業国・新興ドナー国と地球規模の課題に共同して対処する。

4)政府機関だけでなく、NGOや大学、財団、地方自治体等が実施する国際協力・交流活動も、日本の外交力強化につながるものと認識し、民間の交流・協力に対する公的助成を強化する。またODAや外交の政策策定の上流部分にも、NGO等の市民団体等が参画できる仕組みをつくる。

5)個別の援助案件を見れば、日本は優れた協力を行っていても、戦略性に欠けるため、それが広く知られていない例や単発で終わっている例が多い。官邸の海外経済協力会議の事務局を強化し、タテ割りの省庁の壁を超え、JICAの研究所やJETROアジア経済研究所、国際交流基金、NGO、経済界、大学等とも連携して、オールジャパンの観点で対外経済協力の戦略を策定すべきである。

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2009年6月11日 (木)

臓器移植法の多数派工作

臓器移植法改正にあたっては、A案、B案、C案、D案があり、
自民や公明、民主は党議拘束を外して、議員個人の判断に委ねます。
国民新党は党議拘束なしでも、ほぼA案で固まっており、
社民と共産はC案か、あるいは、そもそも移植医療に反対のようです。

いまは各案の支持者が多数派工作を党派を超えてやっています。
衆議院に関しては、A案で過半数に届くと思っていますが、
D案というのがごく最近提出されたため、D案支持の人数が読めません。

C案というのは、もともと社民と民主の一部議員が出した法案で、
自民党内には支持者はほとんどいません(たぶんゼロ)。

B案はもともと支持者がそれ程多くありませんし、
現状維持の法案で自民党内であまり人気がありません。

D案というのは、自民と民主の一部議員が提出した改正案です。
よく知らない人にとっては、一見「折衷案」に思えます。
A案の一部とBを折衷したように「見えます」。

しかし、このD案では15歳以上の成人に関しては現状維持で、
移植を受けられずに毎年何千人と亡くなっている待機患者さんは、
助けることはできません。

臓器移植法改正の流れが盛り上がってきた背景には、
海外に渡航して心臓移植を受けている子どもたちを助けるべき、
という世論の後押しがありました。

しかし、移植が必要な患者は、子ども1 対 大人10くらいの比率です。
移植を受けられずに亡くなっている患者さんも、
海外渡航して移植を受けている患者さんも、子どもより大人が多いのです。

D案では子どもに関しては多少の改善が見られるものの、
大人に関してはまったく進歩がありません。
移植を受けられずに亡くなっている患者さんは、心臓で400人、
肝臓で2000人、腎臓はもっと多いと言われています。
移植医療が進めば、毎年何百人の人たちの命が救えます。
裏を返せば、助かるはずの命が、法の不備のために、
見殺しになっていると言えます。

A案でなくては、多くの人を移植医療で救うことができません。
残念ながらA案支持者は、衆議院で確実なのは200名ちょっとです。
過半数を確保するためには、あと何十人かの賛成者が必要です。

おそらくB案とC案の支持者は両方合わせて50~70名くらいだと思います。
D案支持者は100名には程遠く、60~80名だと予測しています。
D案が過半数に届く可能性は、限りなく低いと思われます。

そして態度を表明していない議員が150名くらいいる感じです。
態度表明していない議員のうち、50名以上がA案を支持すれば、
十分に過半数を確保できる目途は立っています。

不思議なのはD案が出てきた背景です。
国会の外では、D案支持者は多くないと思います。

A案を支持しているのは、医学界のほとんど、患者団体などで、
多くの人たちが熱心に応援してくれています。

B案やC案は、宗教的理由で「脳死を人の死としない」人たちや、
法律で人の死を定義するのに反対する人等に支持されています。
宗教界の一部は徹底的にA案に反対しています。
B案とC案の支持者は、われわれとは立場が異なりますが、
それでも、どんな考えに基づいて反対しているのかは明確です。
宗教的信条に基づいて反対されるのであれば、
それは尊重しなくてはいけないと思います(そのために
法的脳死判定を拒否できる条項がA案にはあります)。

B案やC案の提出者の皆さんは、移植医療が進まなくて、
助けられるはずの命が救えなくても、「脳死は人の死ではない」以上、
やむを得ない、という信念に基づいて行動されています。
そういう理屈であれば、理屈としては納得できます(私は反対ですが)。

しかし、D案というのは、最近になって突然降って沸いたように出てきて、
国会の外には応援団はほとんどいないと思われます。
何となく国会対策的な理由で出てきた「もっともらしい折衷案」に見えます。

某政党は衆議院での採決を引き延ばす作戦に出てきたようです。
引き伸ばして、時間切れ、審議未了廃案に持ち込もうとしているのでしょうか。
国会議員にとっては、たくさんある法案のひとつでしかないかもしれませんが、
移植を待ち望んでいる待機患者にとっては、生きるか死ぬかの問題です。
国会の不作為でこれ以上、死ななくていい命が失われないように、
何としても今国会でA案を通したいと思います。

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2009年6月 9日 (火)

文科省の事業仕分け

昨年の文部科学省の事業仕分けの続きで、文科省関連の独法・公益法人を、
昨日9時から18時半までの終日かけて(私は途中別件で抜けましたが)、
党の無駄遣い撲滅プロジェクトチームでチェックしました。
いつものように民間シンクタンクの構想日本にお手伝いいただき、
議論の様子をオープンにして、事業仕分けを行いました。

最初の案件は独立行政法人国立美術館です。
補正予算の中で激しい批判を浴びたメディア芸術センターが含まれます。
マスコミ等で「国営マンガ喫茶」と揶揄されているものです。

マンガやアニメ、コンピューターグラフィック等のメディア芸術が、
産業としても、日本のイメージアップのためにも、重要なのはわかります。
しかし、そのために専門のハコモノを作るべきかと言えば、
議論の余地は大いにあります。

文部省の担当課の説明を聞くと、117億円もの予算を確保しながら、
計画の細部はまったく詰まっていません。
建設費は考えていますが、将来にわたる維持管理費は考えていません。

これまでメディア芸術に関しては年に2週間程度の展示会をやったり、
既存の国立美術館で企画展示をやったりしてきたそうです。
またメディア芸術の一部は、インターネットでも鑑賞できます。

マンガ関連の美術館は自治体や民間でもいろいろやっています。
三鷹のジブリ美術館などはすでに有名ですし、
わが川崎市も藤子不二雄ミュージアムを開設予定です。
地方都市が地元出身の漫画家のミュージアムをつくるのがブームです。

国立で新たにメディア芸術の美術館をつくる必要性は疑問です。
ムダボチームの議論の結果、「不要」と判定されました。
チームとしては、政府に対して予算の執行停止を申し入れていく方針です。

その他、奨学金制度、留学生受入れ、産学連携など等に関連して、
やり方にいろんな問題が明らかになりました。
詳しくは、構想日本のホームページまで。
http://www.kosonippon.org/project/detail.php?m_project_cd=741&m_category_cd=16

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2009年6月 8日 (月)

ほうちゃんを救う会

いま臓器移植法改正のための活動を行っています。
私も提出者に名を連ねた改正A案でないと、
移植医療は進まず、助かるはずの命が救えません。

特に先天性の心臓疾患の小さな子どもたちは、
現行法では国内で心臓移植ができないため、
日本にいる限り、死ぬしかありません。
やむを得ず海外渡航して心臓移植を受ける子どもが、
これまでも大勢いましたし、いまもいます。

いま「ほうちゃんを救う会」というグループが、
海外で心臓移植を受ける費用を集めるために、
募金活動を行っています。

ほうちゃん(片桐 鳳究ちゃん)はわずか2歳です。
私の母校の国際基督教大学のある東京の三鷹市在住で、
私の同級生がボランティアとして募金活動を手伝っています。

残念ながら今から急いで法改正を行っても、
ほうちゃんの手術には間に合いそうにありません。
ほうちゃんが助かるには海外渡航しかありません。

海外で移植手術を行うと膨大なお金がかかります。
もちろん医療保険が適用されないため、すべて自己負担です。
手術待ちの待機中はICUに入っている必要がありますが、
海外ではICUの使用料が1日あたり何十万円もかかるそうです。
1億円以上のお金がかかってしまうケースが大半です。

1億円ものお金をポンと用意できる家庭はほとんどないでしょう。
海外での移植手術には、募金活動による支援がどうしても必要です。
ご関心のある方は、ぜひ以下のホームページをご覧ください。

ほうちゃんを救う会
http://www.hou-chan.com/index.html

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2009年6月 7日 (日)

受け取り方の不思議

職業柄かなり大勢の人と会いますが、久しぶりに会う人から、
あいさつがわりによく言われるフレーズがあります。

ひとつは「あれっ、やせたね」というフレーズ。

もうひとつは「あれっ、太ったね」というフレーズ。

まったく相反するフレーズですが、なぜかよく言われます。
同じ日にある人から「やせたね」と言われたり、
別の人から「太ったね」と言われたり、不思議です。

やっぱり「太ったね」と言われると、ちょっとへこみます。
もちろん「やせたね」と言われると、うれしいものです。

基本的に私は標準体型だと思います。
ちょっと前に受けた健康診断では、体脂肪率も標準の範囲内。
身長175cmで、体重69.5kgなので、
まあ標準体型と言って差し支えないと思います。

決してやせ過ぎではないけれど、そんなに太ってもいません。
だけど、なぜだか「やせたね」とか「太ったね」とよく言われます。

もしかすると前にお会いした時の印象と比較して、
「やせた」とか、「太った」とか、言われるのかもしれません。

同じ体重でも、日に焼けると、やせて見られます。
最近日差しが強いので、だいぶ焼けてきました。
だから「やせたね」と言われるのは、不思議ではありません。

しかしついさっきは「太ったね」と言われました。
そんなに太った自覚はありません。

これから夏にかけて、腹筋や腕立てをやって運動量を増やし、
お酒と油っこいものを控え、しまったボディーを目指します。

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2009年6月 5日 (金)

オバマのイスラム政策

オバマ大統領がエジプトでイスラムとの「新たな始まり」を訴え、
アメリカとイスラム世界との関係修復を呼びかけました。
ブッシュ大統領時代に悪化したイスラム世界との関係を改善することは、
世界全体にとっても、日本にとっても良いことだと思います。

世界中のイスラム人口を敵に回すような政策は、
アメリカの国益にも、世界の公共益にもならないのは明らかです。
オバマ大統領の対イスラム政策の変化に、日本も遅れてはいけません。

というよりも、日本は伝統的にイスラム諸国と比較的良好な関係です。
非西欧の先進国の日本は、イスラム諸国では信頼されやすい立ち位置です。
イスラムと和解しようとするアメリカの手助けをできれば、
世界の平和にも貢献し、日米同盟を強化することにもなります。

オバマ大統領は「過去の相互不信や猜疑心を捨てる」と呼びかけました。
日本とアメリカは第二次大戦では血みどろの戦いをしたにも関わらず、
戦後は同盟国としてパートナーシップを築いてきました。
ドイツとフランスもこの200年で何度も戦争しましたが、いまは枢軸状態です。
イスラムとアメリカだって和解のチャンスは十二分にあるはずです。

欧米メディア経由の情報を見ると、イスラム教に怖いイメージを持ち、
どうしても「イスラム教イコール過激な原理主義」という印象を受けがちです。
私自身はインドネシアやアフガニスタンで生活した経験があるので、
幸いにしてそういうステレオタイプには組しません。

例えば、自爆テロはイスラム原理主義の専売特許ではありません。
スリランカのヒンドゥー教徒のゲリラも自爆テロで世界的に有名です。
キリスト教徒でも自爆テロに走るケースがあります。

また自爆テロになる若者は「貧しくて希望を失った狂信者」ではありません。
そこそこ裕福な家庭に生まれて、コミュニティのなかで信頼され、
信仰の厚い、好青年といったプロフィールが平均的だそうです。
9・11のテロリストも理系のインテリのイスラム教徒が大半でした。
日本のオウム真理教のテロリストも、理工系の優秀な人が多かったわけです。

自爆テロに走るのが「貧しい狂信者」ではないのであれば、
単に経済援助だけでテロの温床をなくすことはできません。
むしろ教育を受けたイスラム教徒との相互理解を模索する必要があります。

宗教の原理主義研究の専門家の小川忠氏(国際交流基金)の著書によれば、
テロの温床は、経済的貧困というよりも、むしろ「誇りの不平等」だそうです。
近代化やグローバル化で誇りを失った人たちが、アイデンティティ危機に陥り、
誇りを取り戻すために原理主義的な動きに共鳴する、という流れがあるそうです。
これはイスラム教に限りません。日本でも一部に見られる状況です。

この「誇りの不平等」を解消するためには、相互理解の促進が重要です。
押し付け的なODAや軍事的威圧を用いれば、「誇りの不平等」は広がります。

中国のODAがアフリカ各国で目立ち、中国の存在感は高まっています。
しかし、中国の強引なやり方は好感度は低い、と言われています。

日本のODAは相手国の立場に寄り添って、自助努力を重視しています。
そのせいか日本は存在感で弱くても、好感度は高いと評価されています。
相手の「誇り」を傷つけず、ともに歩んでいく姿勢こそ、
これまでずっと日本のODAが目指してきた理想です。

また、日本の文化交流事業は、相手国の文化を尊重し、一方的な押し付けを嫌います。
日本の文化交流事業では、例えばインドネシアの芸術家を日本に招いて、
日本人とインドネシア人の協働作業で新しい文化を創造する、といったやり方をします。
そういうやり方がとてもアジアの国々では好感を持って受け入れられています。

日本人は日本人が思っている以上に東南アジアでは好感度を持たれています。
かつて反日暴動が盛んだったインドネシア等でも、対日イメージは相当良くなりました。
これまでのODAや文化交流事業の成果でもあると思います。
残念ながらメディアは成功例はあんまり報道せず、失敗例は大々的に報道します。
日本人はもっと自信を持ってよいと思います。
日本がイスラム社会との共生をリードし、アメリカとのブリッジ役になり、
アメリカに恩を得る、という戦略はどうでしょう?

参考文献:「テロと救済の原理主義」小川忠著、新潮選書、2007年

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2009年6月 4日 (木)

市民の声をマニフェストに

今朝は8時から対外経済協力特別委員会の事務局役(司会)でした。
来るべき選挙のマニフェストに反映させるために、
国際協力NGOのネットワーク組織の方に来ていただいて、
ODAの改善に向けた提言をお聴きし、意見交換しました。

NGOの皆さんは市民社会の声を活かしたODA政策を望んでいます。
政策形成の上流部分にもっとNGOの代表を入れるべき、というのが提案です。
政府の政策をつくる段階からNGO/NPOが参加するのは望ましいと思います。

だからこそODAを担当する対外経済協力委員会にもNGOの人を招きました。
政策の下流(事業実施段階)にNGO/NPOが参加するケースは増えてきましたが、
政策の上流(計画立案段階)にもNGO/NPOが参加できるようにすべきです。

政策の上流といえば、ODAだと、ふつう国際協力局長や外務大臣を指します。
われわれの委員会では、外務大臣等の政府幹部レベルの上流より、
さらに上流の上流にあたる政党の政権構想〔=マニフェスト)作成に、
市民社会の代表のNGO/NPOに参加してもらうことを意図しています。

政策形成の上流の上流なので、「源流」と言ってもよいかもしれません。
これからの政党のマニフェストづくりのプロセスにおいて、
あらゆる分野で市民社会の代表のNPOの声を聴くべきだと思います。

いろんな提言が出れば、政策に反映できるものも、できないものもあるでしょう。
しかし、まず「耳を傾ける」という姿勢こそが大事なのだと思います。

政策形成は国会議員や官僚が水面下で勝手にやるものだ、という意識があれば、
政治に対する信頼は生まれてこないと思います。

国民の「政治参加」は、選挙における投票だけではありません。
一般市民や、市民が集まって形成されたNPOが、政策形成に関わっていくことも、
別のチャンネルを通じた「政治参加」だと思います。

政策形成の上流(源流)であるマニフェスト作成にも、
NGO/NPOといった市民社会組織に参加してもらうのが時代の流れです。

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2009年6月 3日 (水)

司会議員?

昨日は党の「生命倫理・脳死および臓器移植調査会」と、
「対外経済協力特別委員会」という二つの会合で事務局をやり、
司会進行役を務めました。

今日はこれから臓器移植法改正A案支持の議員、医学会代表、患者団体で
合同で勉強会と記者会見を開催し、そこでも司会進行をやります。

司会ばっかりやっているので「司会議員」と呼ばれている議員がいましたが、
私も最近は「司会議員」化しつつあります。

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2009年6月 1日 (月)

私が党首なら:日本を再設計

先週の党首討論については、このブログでも書きましたが、
ふと「自分が党首だったら何を言うか」を考えてみました。

首相と野党党首では立場が大きく異なりますが、第1回目なら、
私だったらどっちの立場でも、日本の未来像、ビジョンを語ります。
あまり細かい問題には踏み込みません。

ひとことで言うと「日本の再設計」をテーマにします。

設計図を書くにあたっての前提条件は、次の通りです。
1)人口減少(ただし、少子化対策で減少スピードを緩和)
2)環境、エネルギー、資源の制約
3)経済の安定成長(=急成長は期待できない)

人口も経済も拡大し続ける、という20世紀の前提を捨てます。
高度経済成長期の「量の拡大」の思想と決別します。

人口減少に転じた日本は「質の向上」を志向します。
森や山を崩し、田畑をつぶして都市が拡大する時代は終わりです。

新しいインフラや箱モノをつくるのは、原則としてもうやめます。
よほど費用対効果の高いインフラ以外は、新規建設を禁じます。

新しいインフラをつくれば、建設費で借金が増えるだけでは済みません、
それ以後ずっと維持管理費がかかります。建て替えも必要です。
未来の世代に二重のツケ(建設費+維持費)を残します。

むしろ既存のインフラを大事に長持ちさせ、質の向上を図ります。
既存インフラのバリアフリー化、省エネ化、耐震化を重視します。
都市の拡大はやめて、都市の再整備や既存インフラの改良を行います。

都市部では「車がなくても快適に暮らせる街」を目指して、
コミュニティバスや路面電車(LRT)等の公共交通機関を充実し、
自転車や歩行者にやさしい道路づくりを行います。

環境と人間生活が調和した街づくりを目指し、
行政コストを下げ、エネルギー効率の向上を実現します。
地方の過疎地では「コンパクトシティ」化を進めます。

以上の前提に立てば、補正予算の使い道も大きく変わります。

もうひとつの主要テーマは「分権型社会」の建設です。
地方分権とあわせて、行政の再設計(解体と再構築)を行います。
公(おおやけ:パブリック)を政府が独占する時代に終止符を打ちます。
①行政、②企業、③民間非営利セクター(NPO)の三者で公共を担います。

政府が独占していた権限を「分権化」していく流れをつくります。
私の言う「分権型社会」とは、①中央から地方への分権と、
②政府から民間・市民社会への分権が、同時並行的に進む社会です。

「分権型社会」では、中央政府は国にしかできない仕事に集中します。
霞が関の中央省庁や国会の国際的な業務はむしろ強化します。

地方政府に命令を下す霞が関から、地方政府をバックアップする霞が関に、
意識の面でも、機能の面でも転換を図ります。

霞が関の事業官庁は、シンクタンク的官庁へと転換します。
中央省庁の公務員の数は減り、今より知的で高度な仕事をやってもらいます。

中央省庁の地方の出先機関はなくなり、地方政府に業務を移譲します。
利益誘導が仕事だと思い込んでいる国会議員は絶滅するでしょう。

NPOに対する寄付金優遇税制やNPOとの協働事業を大幅に拡大します。
地域の問題は地域で解決できる仕組みをつくります。
「分権型社会」は同時に「参加型社会」でもあります。

新しい社会をデザインするのが、日本のリーダーの仕事です。
日本を再設計するビジョンの善し悪しこそが、
次の総理を決める評価基準だと思います。

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