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2012年2月29日 (水)

安易な議論:大学の無償化

予算委員会の議論を聴いているといろんなテーマがあります。
最近何度か耳にしたのが、大学の授業料無償化の議論です。
一見すると良さそうな議論の典型と言えるかもしれません。

民主党政権になってから高校授業料無償化が実現したこともあり、
次は大学の授業料無償化が注目されつつあるのかもしれません。
進学率が9割台後半の高校無償化と、約5割の大学無償化では、
意味合いが異なり、高校の方がまだ納得を得やすいです。

大学院で「教育経済学」のコースを履修した者としては、
大学授業料無償化には、簡単にはうなずけません。
大学の無償化を推進する理由と背景に納得がいきません。

大学の授業料無償化を主張する人は「貧しい家庭の子どもでも、
大学教育を受けられるようにすべきだ」という理由を挙げます。

「貧しい家庭の子どもでも大学教育を受けられるようにすべき」
という点に関しては、私もまったく異論はありません。

私も母校の奨学金基金に募金したことがあります。
学生時代には学生寮の仲間と「あしなが育英会」の街頭募金に参加し、
さらにフィリピンのフォスターチルドレンのために寄付していました。

学生時代の友人のフィリピン人がアメリカの大学院に留学するときに、
銀行の残高証明を提出して、身元保証人になったこともあります。
それくらい「貧しい家庭の子どもが大学教育を受けられるようにすべき」
という意見には心から賛同しています。

しかし、貧しい家庭の子どもが大学教育を受けられるようにするには、
大学の授業料無償化以外にも、いろんなやり方があります。

例えば「低所得の家庭の子どもに奨学金をあげる」というのが、
もっともシンプルでわかりやすい解決策だと思います。

奨学金にしても貸与と給付(渡し切り)の2種類が考えられます。
貸与にした方が、同じ金額でより多くの学生を支援できます。

また、将来、外資系企業でバリバリ稼ぎそうな学生には貸与にして、
僻地医療に従事したい学生には給付にする、といった手もあります。
例えば、看護学部の学生には、奨学金を優先的に提供するのも一案です。

それから、夜間の大学や通信課程の大学の教育内容を充実させて、
働きながら学べる環境を整えることもひとつの解決策です。
あわせて夜間の学部への私学助成額を上げることも考えられます。
名門の国立大学の夜間学部を整備することも有効でしょう。

日本は先進国の中で社会人入学の割合がダントツで低い国です。
海外では25歳以上で大学に入学する人が2~3割います。
そういう人たちは、学費を稼いだ上で大学に進学しています。

社会人入学の条件を緩和し、それを受け入れる社会環境を整えれば、
貧しい家庭の子どもが高校卒業後にいったん働いて学費を貯金し、
そのあとで奨学金をもらいつつ大学に通う人も増えるでしょう。

自分の学費を稼ぐような苦労人のまじめな社会人入学生は、
企業だって評価するでしょう。そういうケースを増やすべきです。
さらに社会人入学生は、動機づけ・目的意識がはっきりしているので、
よく勉強する人が多く、周囲の学生にも良い影響を与えます。

大学に行く人も行かない人もいますが、税金は全員から徴収します。
大学に行かない人の税金で、大学授業料を無償化するということは、
「所得の移転」という側面が出てきます。

大卒の方が平均所得が高く、大卒以外の方が平均所得は低いです。
そうすると「低所得層から高所得層への所得移転」という側面が、
大学の授業料無償化に付いて回ります。

イギリスでは、裕福な家庭の子どもが名門大学に入る可能性は、
貧しい家庭の子どもが名門大学に入る可能性の55倍だそうです。
もしイギリスの大学の授業料が無料だと、お金持ちの子どもの方が、
貧しい家庭の子どもより利益を受ける可能性が格段に高くなります。

またヨーロッパで大学の授業料が無償の国に多いパターンは、
大学進学率が低く、かつ、税金が高い「大きな政府」の国で、
大卒エリートは社会的に重要という認識が強い国です。

大学進学率が高くて、かつ、授業料が無償の国は、税金が高く、
国民が納得した上で高い税金を払っている国です。
「大きな政府」の国では大学無償化も成り立つということです。

「大きな政府」という考え方を支持しない人は、
大学無償化を支持しない方が自然です。

日本のように、大学進学率が5割ほどもある国で、
大学無償化を実現するには相当な予算が必要です。

そうなると「まともに授業に出てないような学生まで、
授業料を無償にしてもよいのか」という議論が出てきます。
日本の大学は、勉強しなくても卒業できることが多いです。

そういう学生の授業料を税金で全額まかなうのが正しいのか。
あるいは「大学教育」といえるレベルではない大学まで、
税金で授業料をまかなうのが正しいのか、という疑問もあります。

しばしば、「アメリカの大学は入るのはやさしいが、出るのは難しく、
相当まじめに勉強しないと卒業できない」と言われます。
日本の大学もそうなら、大学無償化も意義があるかもしれません。

しかし、あんまり勉強していない大学生が多いのが実情でしょう。
きちんと知識や技能を身に着けた学生の学費を税金で払うのであれば、
社会的なリターンから正当化できる可能性は高くなります。
他方、勉強していない大学生の授業料無償化には、私は反対です。
若者を甘やかすのに税金を投入するわけにはいきません。

仮に大学無償化を実現するなら、その前提条件として、
大学卒業資格の厳格化が必要だと思います。
大学卒業時の学士号の認定要件をいまより格段に厳しくして、
知識や技能の習得を条件に授業料を無償化すべきです。

小中学校は義務教育ですが、大学は任意で行く教育機関です。
その学費まで全額税金でまかなうことには、慎重であるべきです。
もし仮に税金でまかなうなら、それに伴う義務を課すべきです。
義務とは、社会に有用な知識や技能を学生が習得することです。

さらに国内の大学に進学する人には無償化は魅力的ですが、
海外の大学に留学する人にはメリットがありません。
海外留学に行く人が、いま以上に減るでしょう。

おそらく海外と国内の大学のどちらに行くか迷ったら、
国内の大学を選ぶでしょう。だってタダですから。
大学無償化は、若者の内向き化に拍車をかけるでしょう。

いろんな要素を考えると、安易な全面的大学無償化よりも、
さまざまな政策をミックスするのがベターだと思います。
奨学金拡充、社会人入学拡大、特定の学科の授業料無償化、
留学用奨学金の充実など、いろんな手があります。

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2012年2月28日 (火)

事故の教訓:システム改善へ

民間有識者による「福島原発事故独立検証委員会」が、
事故発生時の菅直人首相ら官邸の初動対応を検証し、
その結果を公表しました。

同委員会は官邸の対応について「無用な混乱やストレスにより
状況を悪化させるリスクを高めた」と指摘しています。
さらに官邸の指示を「場当たり的で泥縄的な危機管理」と表して、
官邸の指示が事故の拡大防止に貢献しなかったと総括しました。

緊急事態の際の政府トップによる現場への介入を戒めました。
まさに総理官邸が「管理危機」の状況にあったことを改めて指摘し、
今後への教訓としています。

菅氏は第1原発に代替バッテリーが必要と判明した際には、
携帯電話で「大きさは」「縦横何メートル」「重さは」などと
担当者に直接質問し、熱心にメモをとっていたそうです。

同席者は「首相がそんな細かいことまで聞くというのは、
国としてどうなのかとぞっとした」と述べたそうです。
生々しくて空恐ろしくなるような状況です。

一国の首相が現場の係長のような仕事をすることをもって、
民主党は「政治主導」だと誤解していた様子が見てとれます。
政治的リーダーの菅首相が、問題を解決するのではなく、
問題の発生源になっていた、という危機的状況です。

こういった事後の検証はたいへん重要です。
将来の危機管理のあり方、政治的リーダーの役割、政と官の関係等、
これからの統治システムを考えていく上で貴重な参考資料となります。

菅総理は危機に際して、怒鳴り散らして現場の人たちを委縮させ、
政治的リーダーとしての資質なさを露呈しました。
しかし、単に自己当時の首相の資質の問題だけに終わらせては、
今後に向けた参考とはなりません。

当時の菅総理周辺のスタッフの対応にも問題がありました。
総理を支えるチームのあり方、危機管理担当部署の組織や編成、
常設の内閣危機管理監(官房副長官級ポスト)の機能不全など、
システムとしての問題点も検証し、改善しなくてはいけません。

単に「菅総理がダメだった」と納得していては進歩はありません。
被災者の皆さんの態度が、世界の多くの人を感動させる一方で、
統治システムの機能不全は、日本のブランドイメージを損ない、
国益の観点から大きなマイナスとなりました。

いろんな専門家が異なる角度から事故原因とその対応を検証し、
今後の参考として広く公表し、システムを改善することが大事です。
とんでもない事故を起こしてしまった我われの世代にとっては、
そのことが未来の世代への責任だと思います。

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2012年2月27日 (月)

小中学校の留年は非効率

「大阪維新の会」の提案には、おおむね賛同できますが、
すべての政策に賛同できるということでもありません。
個人的には「あれっ」と思う提案もなくはないです。

大阪市の橋下市長が、成績の振るわない小中学生を
留年させる制度を取り入れるよう提案しました。
これなんて「あれっ」と思ってしまう提案です。

途上国の教育統計を見ていると、ときには初等教育の就学率が、
110%といった数字が出てきて混乱することがあります。
日本の常識で考えると、就学率が100%を超えるのは変です。

しかし、途上国では留年が多くダブってしまう子ども出て、
その結果、就学率が100%を上回ることになるわけです。
以前から問題視されてきました。

病欠や貧困で一時的に小中学校に行けなかった子どもたちが、
学び直すためという場合には、留年にも意味がありますが、
そういう「良い留年」ばかりとは限りません。

まず留年したからといって成績がよくなるとは限りません。
もし素行の悪い子どもが何年も同じ学年に留まっていたら、
他の子どもへの悪影響を与える可能性もあります。

最近OECDが出したレポートでも、学校教育での留年について、
「コストがかかるうえ教育成果の引き上げでも効果的ではない」として
廃止を求める提言を出しています。

OECDレポートでは、留年の欠点として、コスト増に加え、
学習到達度の生徒間格差の拡大、自尊心への悪影響、
問題行動に出る傾向を高めることなどを列挙して、
留年より効果的な代替策として学習支援や自動的な進級を推奨しました。

日本では「自動的な進級」をすでに採用しているわけですから、
OECDのレポートに沿った政策が長年とられてきました。
ある意味でOECDは「日本を見ならえ」と言っているわけです。
せっかく評価されている制度を変える必要はありません。

教育の国際比較をかじったことのある人なら、すぐ気付く論点です。
ぜひ教育政策の専門家の意見を聴いて、誤った方向に向かわないよう、
ご注意いただきたいと老婆心ながら思います。
他の政策は支持しているので、留年制度は慎重に願いたいと思います。

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2012年2月24日 (金)

「言うだけ番長」の怒り

民主党の前原誠司政調会長が、定例の記者会見で、
報道内容を理由に産経新聞の出席を拒否しました。
前原氏に対して「言うだけ番長」などと批判したことが、
前原氏の心を傷つけ、取材拒否につながったのでしょう。

しかし、週刊誌やスポーツ紙の記者ならまだしも、
産経新聞という読者数の多い新聞の取材を拒否するのは、
ご本人にとっても、民主党にとってもマイナスです。
前原氏がそのことを認識していないのが、不思議です。

プライバシーが守られてしかるべき私人ではなく、
政治家という公人が、公務に関して批判されるのなら、
ある程度はやむを得ない側面があります。

産経新聞の批判的記事は、前原氏のプライバシーではなく、
政調会長としての発言や行動に対するものだと思います。
批判に対して反論したり、事実誤認があれば訂正を迫ったり、
別の対応の仕方があったのではないかと思います。

自分のことを悪く書くから新聞記者に取材させないなどと、
大人気ないことを言った与党幹部は記憶にありません。
与党の大幹部なら、批判されるのも仕事の一部です。

また、産経新聞記者の排除は、他社にも影響を及ぼします。
他者の記者が前原氏の批判を控えるとは、とても思えません。
おそらく前にも増して、前原氏の批判記事を書くでしょう。

さもないと「取材拒否を恐れて、前原氏の批判をしなくなった」
と誤解される恐れを他者の記者は抱くことでしょう。
「取材拒否を恐れて、前原氏の批判を控える」なんてことは、
絶対に新聞記者のプライドが許さないでしょう。

記者には「報道の自由を守るべき」という職業的良心があり、
その信条に照らして、前原氏の取材拒否は許せないはずです。
前原氏の取材拒否は、自らの首を絞めるような行為です。

前原氏の総理への道は遠のいたような気がします。
政治的リーダーには、「器の大きさ」が必要です。
今回の件は、「器の小ささ」を印象付けてしまいました。

批判されて、すねるようなら、番長にもなれません。
番長になるには、ある程度の器量が必要ですから。
これからは「言うだけスネ夫」と言われかねません。

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2012年2月23日 (木)

言葉の軽い野田総理

昨日の予算委員会中の野田総理の発言には笑いました。
野田さんはことわざや古くて格調ある言葉がお好きですが、
その使い方は無茶苦茶というときがあります。

野党議員の質問で、政権交代後わずか2年半ほどの間に、
消費者問題担当大臣がすでに8人目であることをきかれ、
野田総理は「乾坤一擲のショートリリーフを続けてきた
ということだ」と答えました。

思わず笑ってしまう「乾坤一擲」です。
野田総理の「乾坤一擲」はずいぶんと軽いものです。
さほど重要でもない場面で、大言壮語する癖は、
松下政経塾出身者の共通の癖のように感じます。

辞書で「乾坤一擲」を引くと「天下をかけた大ばくちのこと。
自分の運命をかけて、のるかそるかの大勝負をする」とあり、
「乾坤一擲」のショートリリーフが8回もあるのは変です。

消費者問題に関しては、国政の一大課題という感じはなく、
数年前にできた消費者庁の改善等の問題を粛々と議論し、
フォローしていく程度の優先度ではないかと思います。
「乾坤一擲」の勝負をする官庁ではありません。

政治とは優先順位をつけることだと思います。
ドラッカーは「有能な経営者ほど決断が少ない。
ただ、優先順位だけを決めている」と言います。

政治的リーダーにとって本当に必要な決断の場面というのは、
そんなにしょっちゅうあるものではないと思います。
そんなにしょっちょう「乾坤一擲」の勝負が求められて、
首相や大臣の決断が求められる組織というのは、
ルーティーン業務のあり方が間違っていると思います。

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2012年2月22日 (水)

今日も予算委員会

今日も終日、衆議院予算委員会です。
今日はNHKテレビ中継が入る日なので、
浅尾政調会長に質疑を代わって頂きます。
今日はちょっとだけいつもより楽です。

昨日と一昨日と2日連続で質問をやりました。
毎日9時開会で5時終了の予算委員会に出席しながら、
翌日の質問を用意し、役所に事前通告するのは、
物理的に不可能なことです。

予算委員会を途中で時々抜け出しては事務所に戻り、
パソコンの前で情報収集や原稿書きにいそしみます。
毎日のように質問を用意しなくてはならなくて、かつ、
そのための準備時間があまり取れないため、
どうしてもすでに知識のある分野に質問が集中します。

昨日は臓器移植法改正後の状況について厚労大臣に質問し、
一昨日は文化外交や国費留学生について文部科学大臣と
外務大臣に質問しました。
先週は難民支援等について質問しました。

次の質問を考えるための参考資料や白書類を読みながら、
今日も9時から5時まで予算委員会に出席します。
質問に耳を傾けつつ、書類を読みつつ、質問を考える。
委員会中にも電話やメールで別の仕事も入ってきます。
毎年のことながら、2月の予算委員会はしんどいです。

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2012年2月21日 (火)

政策の効果の良い例

先日、日銀が追加緩和を決断して市中に10兆円を流し、
かつ、日銀総裁が1%のインフレ目標を宣言したことで、
日本経済が少し良い方向に動きはじめました。

円安に動き、1ドル=80円、ユーロも105円台となり
輸出産業にとっては一段落という感じになってきました。
日経平均株価も9500円台を回復する勢いです。

みんなの党は以前から追加緩和とインフレ目標を主張し、
日銀法改正も視野に入れた提案を行ってきました。

日銀の事実上の「デフレ目標政策」を強く批判して、
2~3%のインフレ目標を主張してきました。

日銀総裁が1%のインフレ目標を宣言しただけでも、
これだけの経済的な効果がすぐに出たことを考えれば、
2%のインフレ目標宣言はより大きな効果を生みます。

日銀の最近の動きは、みんなの党の主張の正しさを裏付け、
従来の日銀の「デフレ目標政策」の間違いを証明しました。

失われた20年の経済危機の原因の一つは経済政策です。
正しい政策にシフトすれば、その効果は大きいです。

誤った政策が長く続いたので、正しい政策への転換は、
大きなプラスの経済効果があります。
正しい政策を選べば、日本経済は復活できます。

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2012年2月20日 (月)

東京大学の秋入学の是非

ちょっと前に東京大学が秋入学への全面移行を表明し、
賛否両論のさまざまな議論を呼んでいます。
他大学も賛同する動きもあり、経済界も協力を表明し、
公務員試験の時期の見直し等も検討しています。

9月入学にすれば、1)海外からの留学生を呼びやすくなり、
2)高校卒業後の半年間の「ギャップ」をボランティア活動や
インターン、短期留学等で有意義に過ごせる、という意図です。

春と秋の両方の入学時期を選べる方式がよいと私は思います。
私の母校の国際基督教大学(ICU)ではずっと前から、
春(4月)と秋(9月)の入学時期を選ぶことができました。

春と秋の入学時期を選べると同時に卒業式も2回やります。
3月卒業と6月卒業があり、4年間で卒業する人もいれば、
4年半で卒業する人もいます。

6月卒業だと就職がたいへんかと言えば、そうでもありません。
9月入学生でも4年生の3月までにうまく単位と卒論を終え、
あとは卒業式に出席するだけ、という状況に持っていけば、
3月卒業生と同じような条件で企業に就職ができます。

東大の「一律秋入学システム」では硬直的になって、
既存のシステムを大幅に見直しする必要がありますが、
「秋と春の選べる入学システム」ならより簡単だと思います。

また、企業側もこれまでの4月一律採用システムを見直して、
日本の大学卒業生も海外の大学卒業生も採用しやすいように、
通年採用に切り替えていけば、就職市場の柔軟性も増します。
そもそも新卒にこだわる就職の仕組みも問題だと思います。

大学を出た後、留学したり、ボランティア活動をやったり、
世界を旅したり、様々な体験をした人が、新卒より不利な制度は、
何となくおかしい気がします。

企業が新卒にこだわらなくなれば、4月入学でも9月入学でも、
あんまり関係なくなります。就職浪人という言葉もなくなります。
東大もぜひ「一律秋入学」のような硬直的なシステムはやめて、
より柔軟なシステムを検討されたらよろしいと思います。

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2012年2月17日 (金)

ネットに依存しない情報収集

インターネットは調べものをするのに便利です。
しかし、ネット上の意見というのは、あやしいものが多く、
どうしてこうも質の低い意見が多いのだろうとあきれます。
某サイトのコメント欄を読み、驚愕し、危機感を持ちました。

自分の名前や肩書を出してコメントしている意見であれば、
比較的信頼性は高いと感じますが、匿名のものはひどいです。
ネットの世論調査では、小沢一郎氏が人気だったりします。

自分の意見を持つことは大切ですが、ろくに根拠もなく、
他者をボロクソに批判する人が、匿名のネット上では多いです。
不思議と右と左の両極端の意見が多いような気がします。
その間の中庸な意見より、両極が目立っている印象です。
匿名だから、失礼な言い方やいい加減なことが言えるのでしょう。

すぐに「サヨク」とか、「売国」とか、「米国の手先」とか、
貧困なボキャブラリーでレッテルをはる紋切り型の批判が多く、
読むのも時間の無駄というものが多いです。

インターネットで情報が氾濫する時代だからこそ、
信頼できる情報や、情報の分析・解釈が重要です。
オピニオン誌や新聞の重要性は、変わりません。

サイトによっては、すぐれた情報や分析も読むことができ、
外国のサイトで容易に最新情報にアクセスできますが、
編集者が選んだ情報が載っている紙媒体は手放せません。

ジョセフ・ナイ教授が「国際紛争:理論と歴史」という本で、
次のようなことを言っていたのが印象に残っています。

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情報の氾濫は「豊穣のパラドックス」をもたらした。
情報の過剰が関心の希少化をもたらしたのである。

人々は膨大な情報に直面した時、
何に焦点をあてるべきかを見極めることが困難になる。

情報よりも関心が希少資源となり、
背後の雑音から価値ある情報を区別できる者が、
パワーを得る。

編集や進行にかかわる者の需要が増し、
このことはどこに注目すべきかの指示を出せる者にとって
パワーの源泉となっている。
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ネット上で玉石混交の情報があふれている時代だからこそ、
専門書や学術書をしっかり読み込む知的スタミナのある人が、
何が重要で、何が重要でないかを峻別することができて、
世の中をリードしていけるのだと思います。

新聞や書物を読まずに、SNSとツイッターにふけっていたら
ろくな社会人になれないということを「今どきの若者」たちは、
きちんと理解しているのでしょうか。心配です。

最近、私も「今どきの若者はなってない」シンドロームに、
だんだん感染してきたのかもしれません。

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2012年2月16日 (木)

水面下のイラン戦争

今朝の新聞を読むと、イラン情勢緊迫化というより、
もうすでにイランは戦闘状態に入っているようです。

イランは、濃縮ウラン製造する新しい遠心分離器が完成し、
一部稼働を始めたと発表しています。

また、欧州6か国への原油輸出を停止したと報じられています。
欧米諸国の経済制裁に対し、強硬な姿勢に出ています。

イランの大統領は、イスラエルを抹殺すると主張しており、
イスラエルとイランの紛争の可能性は高まっています。

イランの核開発をやめさせるためには、イスラエル政府は、
先制攻撃のオプションも否定していません。

イランの核技術者暗殺事件は、イスラエルの犯行であると、
イラン政府が非難しています(実際のところはわかりません)。

タイではイスラエル外交官の暗殺未遂事件が起きて、
イラン人の容疑者が逮捕されています。

この事件の数日前にもインドとグルジア(旧ソ連)で、
イスラエル大使館員を狙った爆弾事件が起きています。

イランとイスラエルの双方が、暗殺合戦を始めているとすれば、
すでに水面下で“戦闘状態”と言っていいかもしれません。

イスラエルとイランの衝突は、中東全面戦争につながります。
イスラエル以外の国がイランの核施設を爆破する方が、
まだ“マシ”という判断に傾く可能性もあるでしょう。

イラク戦争前は、米・英 VS 仏・独の対立がありましたが、
今回は米・英・仏・独が協力してイランに対処しています。
旧西側諸国 対 イラン という図式の紛争の可能性もあります。

日本政府はちゃんと対応を考えているのでしょうか?
もちろん石油価格高騰にも備えなくてはいけないし、
ホルムズ海峡が機雷封鎖されるようなことになれば、
自衛隊の掃海艇を派遣することも考えるべきでしょう。

公海上の機雷を取り除くだけだったら法的問題はなく、
自衛隊員は命懸けですが、他国の人の命を奪うことはなく、
むしろ民間の船の乗組員の命を救うための行動なので、
国際社会の理解も容易に得られることでしょう。

今後さらにペルシャ湾で緊張が高まることになれば、
インド洋の海賊対策に参加している欧米の海軍は、
インド洋からペルシャ湾にシフトせざるを得ません。
その穴を海上自衛隊の船で埋めることはできます。

すでに日本は海賊対策でジブチに活動拠点を設けて、
P3C哨戒機や護衛艦等を派遣しています。
それを増強するのは、法的に難しくないはずです。

古い言葉ですが、「西側諸国」という言い方が、
再び使われるような状況が生まれています。
日本も旧西側諸国の一員として何らかの貢献策を考え、
現行法の枠組みの中でできることをやるべきです。

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2012年2月15日 (水)

人の命の値段は?

ちょっと前のユニセフニュースに興味深い数値がありました。
もっとも貧しい人たちに焦点をあてて保健医療の支援を行い、
5歳未満児の死亡数を減らすために必要なコストの数値です。

アフリカのニジェールやウガンダ、ルワンダといった国では、
100万ドル(=約8千万円)の費用を保健医療に投資すると、
5歳未満児の死亡数が125名分減るそうです。

ひとりの子どもの命を64万円で救える計算になります。
人の命は地球よりとも言いますので、お金で済むなら、
お金をきちんとかけて人の命を救うべきだと思います。

来年度予算でもODAの減少傾向には歯止めがかかりません。
日本は先進国の中でもっとも海外援助に冷淡な国になっており、
自国中心主義の利己的な国というイメージはぬぐえません。

せっかく日本は世界中の国で好印象を持たれているのに、
ブランドイメージの低下は避けられないかもしれません。
長期的な視野に立って、ODAの減額を止める時期です。

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2012年2月14日 (火)

「今どきの若者はなってない」シンドロームへの対処法

教育問題というと「今どきの若者はなってない」とか、
「最近の若い親はなってない」といった感じで批判され、
家庭の教育力の低下などが悪者にされる傾向があります。

私は「今どきの若者はなってない症候群」と名づけて、
あんまり気にしないように心がけています。
「今どきの若者」が怠惰で無能で無礼になり始めて4千年ほどです。

エジプトのパピルスでも、メソポタミアの粘土板でも、
中国の甲骨文字でも、イスラム原理主義者の最新サイトでも、
「今どきの若者」を非難する文言を見つけられるでしょう。

教育社会学者の広田照幸さんの本におもしろい指摘があります。
出典を明記して、そのまま引用させていただきます。(*)
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1950年代には、青少年を苦しめる社会関係の多くは、
「日本社会の前近代性」とか「封建的性格」で説明されて
いました。家父長が絶対的な権限をにぎるイエ制度や、
主人が使用人を隷属させる封建的主従関係のなごりが、
年少者たちを抑圧状況においている、というのです。
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教育問題について語る人の多くは、家庭の教育力が低下したとか、
コミュニティの絆(きずな)が弱くなったとか、親がダメだとか、
深く考えていないような常套句を並べがちです。
そして「昔は良かった」としみじみと思い出にひたりながら、
映画館で「ALWAYS 三丁目の夕日」に感動して涙するのです。

「家庭の教育力」と封建的・家父長的な家族関係は、
かなりの密接に関係していると思われます。
父親がきびしく体罰なども含めて教育していたとすれば、
「家庭の教育力」は強くても、子どもの精神的抑圧はひどく、
それはそれで問題があったかもしれません。

コミュニティの「絆」は、時として「縛り」にもなります。
昔の農村社会は、逸脱すれば村八分が待っている世界であり、
息苦しさも同時に存在していたことも忘れてはいけません。
そうじゃなかったら、農村から都市に人口は流失しません。
経済的理由だけで、農村人口が減っているとは思えません。

意地悪な見方ですが、農村的な相互依存「絆」社会は、
ある意味で相互監視的で不自由な社会です。
治安はよく安定していて、同時に不自由さも持っています。
それを居心地良く感じて守りたい人がいても自然ですし、
息苦しく感じて都市に出ていく人がいても自然です。

「少年犯罪の凶悪化が進んでいる」なんてことを言うのが、
ワイドショーの“コメンテーター”の仕事なわけですが、
実際のところは、凶悪な少年犯罪は増えていません。
単にワイドショー等のテレビの報道量が増えているので、
そういう印象を受けているだけのことです。

凶悪な少年犯罪が多かったのは1950~60年代です。
いまの60~70歳くらいの人たちが若かった頃が、
若者が荒れていた時代と言えるかもしれません。
統計的には「今どきの若者」は、さほど凶悪ではありません。

そう考えると「今どきの若者はなってない症候群」に陥り、
あやまった政策判断を行わないためには、工夫が必要です。
現在の尺度で過去を見ず、相対化して判断する必要があります。

そのために「教育社会学」という学問は有効です。
広田照幸教授の本は、距離を置いて物事を見る訓練に最適です。
昔読んだ広田先生の「日本人のしつけは衰退したか」という
講談社現代新書(1999年)は興味深く、特にお薦めです。
頭の体操に広田照幸教授の本、ぜひご一読を!

*広田照幸、伊藤茂樹著「教育問題はなぜまちがって
 語られるのか?」、日本図書センター、2010年、154ページ

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2012年2月13日 (月)

予算委員会は紛糾中・・・

今日の衆議院予算委員会は紛糾して、午後から流会となりました。
先週から質問の準備をしていたのですが、その機会は流れて、
明日以降に持ち越しとなりました。

「民主党が三党合意を守らない」と自民と公明が批判して紛糾し、
三党で再び合意が成り立つまで、予算委員会は開かれません。
みんなの党は三党合意に参加していないので、いい迷惑です。

自民と公明が批判している三党間の合意事項というのは、
昨年8月9日付の岡田幹事長(当時:民主)、石原幹事長(自民)、
井上幹事長(公明)で確認した以下の部分です。

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一、歳出の見直しについては、以下のとおりとする。

・高校無償化及び農業戸別所得補償の平成24年度以降の制度の
 あり方については、政策効果の検証をもとに、必要な見無しを検討する。

なお、これらを含めた歳出の見直しについて、平成23年度における
歳出の削減を前提に、平成23年度第3次補正予算ならびに平成24年度
予算の編成プロセスなどにあたり、誠実に対処することを確認する。
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自民と公明は、高校無償化と農業戸別所得補償の「政策効果の検証」が
なされていないことを非難し、その点を再確認すべきと主張します。
第三者的に見て、自民と公明の言っていることに理があります。

民主党政権は「政策効果の検証」をなぜしないのでしょうか?
野党から言われなくても、やった方がいいのは明らかだと思います。
どんな政策であれ、「政策効果の検証」はやるべきだと思います。

ましてや民主党政権のマニフェストのシンボルのような政策です。
うまく行っていれば宣伝に使えるでしょうし、そうじゃないとしても、
「政策効果の検証」を通じて改善につなげることは必要です。

高校無償化と農業戸別所得補償は、何千億円単位の予算の政策です。
きわめて大規模な事業の「政策効果の検証」がなされていないのは、
言語道断だと思います。

しかも、三党の合意文書には、現副総理の岡田幹事長の署名があり、
マスコミにも発表されているようなフォーマルな約束ごとです。
公然と破るには、まずい種類の合意文書です。

民主党政権は何を考えているのでしょうか?
効果の検証をやると、失敗したのがばれるので隠しているのでしょうか?
それとも担当者がボーっとしていて忘れていたのでしょうか?
どうしてこんなことで国会が止まるのか不思議でなりません。

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ヴァイツゼッカー大統領も!

学生時代に買った「ヴァイツゼッカーのことば」という本を
久しぶりに本棚から引っ張り出して読み返してみました。

ドイツのヴァイツゼッカー大統領は、感動的な演説で有名で、
党派を超えて尊敬され、国際的にも高い評価を受けています。

それで何となく学生時代に買った名言集なのですが、
十数年ぶりに読み返すといい言葉がありました。

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今日、自由が内包する新しい危険、
ますます制御するのが
難しくなっていく危険が迫っている。

テクノロジーの大衆に対する圧迫、
匿名のままで行われる官僚支配、
中央集権的単一化と合理化である。
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みんなの党は「脱官僚」と「脱中央集権」を柱に掲げていますが、
ドイツの大統領もやはり「官僚支配」や「中央集権」を危険視し、
警告を発していた点を新鮮に感じました。

みんなの党を「官僚バッシングの党」だと批判する人がいます。
「匿名のままで行われる官僚支配」は自由への脅威であり、
多様な価値観の世の中で「中央集権的単一化」は機能せず、
やはり「脱官僚」と「脱中央集権」は本質的なテーマです。

ドイツの偉大な政治家も、みんなの党と同じ危機感を持ち、
そのことに警告を発していたことに安心しました。
昔読んだ本を読み返すのも、新しい発見があってよいものです。

*「ヴァイツゼッカーのことば」日本基督教団出版局、1996年

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2012年2月10日 (金)

政府のコスト感覚の異常さ

4次補正予算に「外国人看護師・介護福祉士候補者に対する
日本語教育実施経費」として5億円が計上されています。

日・ベトナム経済連携協定に基づき、看護師と介護福祉士候補者を
受け入れるために実施されるベトナムでの日本語研修の経費です。

この5億円を受け入れ人数で割ると、日本語研修の経費として、
ひとり当たり年間300万円近くになります。

この300万円には研修中の生活費や講師の渡航費等も含まれ、
妥当な金額だと玄葉外務大臣は主張されていました。

玄葉大臣は役所のメモを読み上げていたのだと思いますが、
金銭感覚が麻痺しているとしか思えません。

ひとり当たりGDPが約1200ドル(年間)のベトナムで、
ひとり当たり300万円も日本語研修にかけるのは無茶苦茶です。
どういう計算をすれば、こんなに高くつくのか不思議です。

日本語教育は、基本的に当事者(本人や医療施設や介護施設)が、
自らの経済的な負担でやるのが筋だと思います。
多少は補助してもいいけれど、ひとり300万円はあり得ません。

外国人看護師の日本語教育にひとり300万円をかけるくらいなら、
日本語ができる外国人で看護師や介護福祉士になりたい人に、
奨学金を出したり、給与補てんを行った方がよいと思います。

例えば、東北の被災地には日本人と結婚したフィリピン人の女性が
思った以上に大勢住んでいらっしゃいます。
被災したフィリピン人女性が200人くらいいるそうです。

この人たちは、仕事がなくて困っています。
もともと水産加工場等で働いていた人が多いそうです。
そういう人たちに訪問介護員の資格をとってもらうために、
トレーニングををやっているNPOがあります。

そこで訪問介護員のトレーニングを受けたフィリピン人女性は、
まじめで土地勘もあり、言葉の問題も少なくて、お年寄りに優しく、
介護の現場で高い評価を受けているそうです。
ひとり当たりのトレーニング経費は、何十万円かですみます。
300万円あれば、10人以上は訓練できるはずです。

大臣にしても、中央省庁の官僚にしても、コスト感覚が異常です。
すぐに増税したがる官僚は、どこかのNPOに2年くらい出向し、
社会的に価値のある仕事を安く上げる方法を学ぶべきです。

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2012年2月 9日 (木)

役所発想が自発性をつぶす

中野区に「地域支えあいポイント」という制度があって、
高齢者世帯を尋ねたり、家事の手伝いをするとポイントがたまり、
区内で使える商品券と交換できるという制度でした。
この制度がボランティアの間で不評で頓挫したそうです。

高齢者や障がい者支援のボランティアの人たちからすれば、
なにもポイントがほしくてやっているわけではないのに、
ポイント目当てだと思われるのは心外だったようです。
まったくもって健全な感覚です。

幼稚園児がお手伝いをして「がんばったシール」を貼ってもらう、
そんな感覚で役所が企画したのではないかと思います。
ボランティアの人たちのプライドをなめた企画です。

中野区役所の人にはわからなかったのかもしれませんが、
お金のため(報酬目当て)だったらやりたくないけれど、
無償のボランティアならやれる仕事というのもあるのです。

例えば、東日本大震災の被災地のがれきの撤去作業なんてのは、
1日1万円の報酬だったら絶対やらないような高給取りの人が、
ボランティアなら無償(しかも交通費自腹)でやってたりします。

大手企業のサラリーマンに「1日1万円でがれき処理をやれ」と
お願いしたとしても、おそらくやらないと思います。
しかし、「被災者のために」という思いがあるからこそ、
無償(交通費自腹!)で遠くからやって来るわけです。

世の中には「お金じゃ買えない価値がある」という当たり前のことに
お役所の発想では気付かず、失敗してしまったのだと思います。
官僚的思考がボランティア活動を損なってしまった良い例です。

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2012年2月 8日 (水)

国民の責任とワイドショー

今朝のワイドショー(というか報道番組)を見ていて、
とても嫌な感覚と絶望感に襲われました。

海兵隊の岩国基地移転に関して“コメンテーター”は、
きわめて感情的かつ当たり前のコメントしかしません。

“コメンテーター”は、投資のプロだったりしますが、
安全保障や外交の専門家でないケースが大半です。

「沖縄県民の気持ち」とか「岩国市民の気持ち」について
誰でも考えつきそうな、ありきたりのコメントをして、
政治家や政府に対して情緒的な批判をするだけです。

中国やロシアの軍拡、北朝鮮の核開発、朝鮮半島の緊張等、
東アジアの安全保障環境については、ノーコメントです。
何の代替案もなく、政府を感情的に批判するのみです。

学者が言っていましたが、欧米のまともな報道番組では、
当該分野の専門家をコメンテーターとして呼ぶのが普通で、
日本みたいに、元スポーツ選手とか、現役のオカマとかが、
専門外の政策課題にコメントすることはないそうです。

専門家ではない“コメンテーター”に期待される役割は、
一般市民と同じ知識レベルのわかりやすいコメントを、
テキトーに反射神経で答えるという程度なのだと思います。

反射神経で気の利いたわかりやすいコメントさえできれば、
特定の分野の専門性や知識は求められていないようです。
素人“コメンテーター”は、よく間違ったことを言いますが、
それが訂正されることはほとんどないように感じます。

何年も当該分野の研究や実務に携わってきた専門家が、
そのテーマについて多角的かつ正確に論評することは、
日本のワイドショー的報道番組には求められていません。

よく「国民目線」という言葉を使うことがありますが、
オールマイティにいつでも必要とは限らないと思います。
例えば、市営バス運転手の給料が1000万円を超えてたら、
「国民目線」で見ておかしいと思います。
こういう時に「国民目線」は大事です。

しかし、東アジアの安全保障環境とか米軍国防計画の見直しは、
「国民目線」で見て、いい加減なコメントを垂れ流すよりも、
「専門家目線」で解説してもらい、分析・評価してもらった方が、
国民が政策課題を正しく理解し、世論を形成する上で有益です。

ふつうに働き、ふつうに生活をしている一般の国民にとっては、
忙しい中であらゆる政策について深く学ぶ暇などありません。
その代り池上彰さんみたいな人に複雑な政策課題を解説してもらい、
短い時間で背景や論点を整理してもらうことが有益だと思います。

素人的な感情論だけを話す“コメンテーター”の意見を聴けば、
その瞬間は安心できるし共感できるかもしれませんが、
頭に残らないし、賢くもなれません。愚かになるだけです。

世論は大事です。
しかし、世論にも、いろんな世論があると思います。
単なる一時の感情的な世論では、国を誤ります。
きちんと情報を提供され、熟慮された世論の方が、
より望ましいのではないでしょうか。

国民のレベルを大きく外れた政治や政府はあり得ません。
私のような国会議員が言うとまずいのかもしれませんが、
政治家や政府が悪いとすれば、国民にも責任があります。

先日の沖縄防衛局長の選挙介入問題もそうですが、
権力は、適切な監視なくしては、誤った方向に向かいます。

国民の側でも、「知ろう」とする努力を怠らず、
権力を賢明に監視しようとする努力が必要です。

単なる感情論や情緒的な議論では、権力の監視はできません。
メディアと国民は、権力監視の責任があるという自覚を持ち、
専門家が世界標準のまともな政策論を展開できるようにして、
報道番組の質の向上に努めることが必要ではないでしょうか。

芸能人やスポーツ選手のコメントをありがたがる風習を廃し、
政策の専門家のコメントを聴ける番組を増やしてほしいものです。

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2012年2月 7日 (火)

国会質疑のショー化の危険

予算委員会での田中防衛大臣に対する野党の追及は、
パフォーマンスのような質問が多くて閉口です。

テレビの生放送を意識したようなクイズ形式の質問だったり、
委員会中に中座してコーヒーを飲んでいた云々の質問だったり、
防衛政策の本質とは関係のない質問が多いです。

沖縄防衛局長の投票呼びかけ事件の質疑に関しても、
田中防衛大臣の資質を追及することが重要ではなくて、
官僚の行き過ぎを立法府として監視することが重要です。

防衛官僚が組織的に選挙介入(政治介入)していたとしたら、
与党・野党を問わず、立法府として本気で追及すべきです。
政治に対する行政の介入は、あってはならないことです。

単に田中防衛大臣を茶化して終わりにするわけにはいきません。
議会人として、官僚の暴走を止める方法を考えるべきです。
この期に及んでも自民党の一部は防衛省をかばおうとします。

今朝の新聞では岩国基地への海兵隊移転が話題になっており、
国会で田中大臣のコーヒー問題や秘書交代問題を議論するより、
そっちを真剣に議論すべきだと思います。

NHKで国会審議と生中継する時ほど「ショー化」が激しく、
本質的な議論より、パフォーマンス的質疑が多くなる傾向があり、
政治の質を劣化させているような気がします。

テレビが悪いのではなく、政治家が悪いのですが、
それにしても政治のショー化を食い止める方法を
ちゃんと考えた方がよい時期かもしれません。

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2012年2月 6日 (月)

「自民党的なモノ」を壊す選挙

マスコミ報道によれば、民主党の樽床伸二幹事長代行と、
自民党の田野瀬良太郎両幹事長代行らが都内で会談し、
自民党の田野瀬氏側から「次期衆院選後、第1党が首相、
第2党が副総理を出して任期満了まで解散せず、
社会保障制度などの懸案を一気に解決すべきだ」と発言。

自民党の林芳正政調会長代理も、テレビ番組に出演し、
民主、自民両党による大連立の可能性について、
「選挙をやって、どこも過半数を取れない状況になれば、
積極的にそれをやって、国民が安心して過半数を与えよう
という組み合わせをつくるのはわれわれの義務だ」と述べ、
次期衆院選の結果によっては、あり得るとの認識を示した。 

仰天発言です。選挙をやる前から何を言っているのでしょう。
すでに総選挙後の民主党と自民党の大連立の可能性が語られ、
そのための布石が打たれ始めているようです。

これも民主党が、「第二自民党」化しているのが背景にあり、
自民党の連携相手として魅力的になってきたのでしょう。
いまや自民党と民主党の差別化は難しくなりました。
どちらも増税路線、大きな政府路線、官僚主導路線です。

かつて小泉元総理は「自民党をぶっ壊す」と叫びましたが、
国民が強く支持したのはその点だったと思います。
「自民党的なモノ」を壊してほしいという願いだったと思います。

「自民党的なモノ」とは、政官財の癒着構造、利益誘導政治であり、
それを壊してくれるのが、小泉元総理だと国民は思ったのでしょう。
おそらく小泉元総理への国民の支持の背景にあったのは、
「自民党的なモノ」の破壊者というイメージだと思います。

小泉元総理が引退し、自民党政権が先祖返りを繰り返し、
麻生政権あたりでまったく「改革」を叫ばなくなってしまい、
その結果が民主党への政権交代だったのだと思います。

しかし、その民主党政権も、「自民党的なモノ」を壊すどころか、
まさにその「自民党的なモノ」に取り込まれていってしまい、
いつの間にかすっかり「第二自民党」になっています。
だから自民党も安心して連立を呼び掛けられるのです。

しかし、国民はいまでも「自民党的なモノ」に反感を持っています。
それが顕著に出たのが、昨年の大阪ダブル選挙だったと思います。
民主党(公務員労組)や自民党が応援する現職市長よりも、
大阪市民は「大阪維新の会」を選びました。

多くの人は橋下徹市長の個人の「キャラ」に注目していますが、
私は「自民党的なモノ」への反発という「構造」に注目しています。
民主党が期待外れで、第三極への期待が高まりつつありますが、
ポイントは「自民党的なモノ」を壊せるかどうか、だと思います。

次の解散総選挙のテーマは「自民党的なモノ」を壊せるか否かです。
公務員労組や業界団体、農協や医師会といった既得権を守る側に対し、
不特定多数のふつうの国民の利益を守る側が「戦う改革」を挑み、
新しい政治や行政、経済の仕組みをつくれるかどうかの戦いです。

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2012年2月 3日 (金)

守りに弱い防衛省

昨日の衆院予算委員会では2回質問しましたが、
今日も沖縄防衛局長「講話」問題で質問します。

就任以来の素人発言で迷走の田中防衛大臣は、
まったくもって「守りに弱い防衛大臣」です。

予算委員会の質疑の中で自民党議員が野田首相に対して、
「田中防衛大臣は『参院枠』で入閣したのではないか」と
指摘していました。

まったくその通りだと思います。
適材適所より「参院枠」を重視する野田内閣は、
安全保障問題や沖縄基地問題を軽視しています。

このところの防衛大臣は、「参院枠」というよりも、
むしろ「素人枠」に成り下がっています。
これでは日本の安全保障は危ういです。

防衛官僚も「守りに弱い」ことが明らかになりました。
今回の沖縄防衛局長「講話」問題はまったくお粗末です。
公職選挙法違反の重大な非違行為です。

また、こんな露骨な選挙介入を何十人も集めてやれば、
どこかから情報が漏れるのはわかりきったことです。
防衛省のくせに、守秘の感覚もなっていません。

守りに弱い防衛大臣に率いられた守りに弱い防衛官僚で
日本の安全は守れるのでしょうか。心配です。

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2012年2月 2日 (木)

防衛官僚のズレた感覚

米軍普天間基地のある宜野湾市の市長選に関連して、
防衛省沖縄防衛局長が職員に投票を求める「講和」をして
大きな問題になっています。

衆議院予算委員会でこの問題の追及が行われているので、
私にとっても無関係ではありません。
この件に関する集中審議を要求しています。

防衛局内の電子メールの写しを見る機会がありましたが、
選挙のプロっぽいやり方だと直感しました。
自民党が業界団体や協力企業に協力を呼びかけるようなやり方で、
素人っぽくなくて、選挙のプロがやった仕事のようでした。

その後の報道を見ていると、宜野湾市長選だけではなく、
他の自治体の選挙でも同じようなことをやっていたようです。
防衛官僚は、選挙慣れしているということなのかもしれません。

まったくもって信じられない感覚です。
国家公務員が選挙に介入するのは言語道断の違法行為です。
これまでは日教組等の公務員労組の選挙運動は有名でしたが、
こういう公務員の選挙介入もあったのかと驚きました。

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2012年2月 1日 (水)

与野党の意外な対立

国会内では、意外な理由で与野党がもめています。
それは「新党きづな」の取り扱いをめぐるものです。

与党の民主党は、「きづな」は野党だと主張しています。
その他の野党は、「きづな」は与党だと主張しています。
当の「きづな」は、野党に入れてほしいと主張しています。

民主党からすれば、自分たちを裏切った離党者の党なので、
仲間ではなく、「野党」として扱いたいのだと思います。

野党から見れば、「きづな」は小沢グループの一部です。
いまでも小沢氏主催の勉強会に参加しているようです。
そしたら、与党の一部のように見えるのも自然です。

また「きづな」は選挙の洗礼を受けていない政党です。
選挙では民主党議員として当選した人たちの政党なので、
やはり与党側のように思えます。

さらに「きづな」所属議員は、昨年の首班指名選挙では、
野田総理に投票している点も考慮しなくてはいけません。

当の「きづな」の所属議員は、自ら「ゆ党」と呼んで、
「与党でもなく、野党でもない」とおっしゃっていました。
当然「野党でない」ので、野党陣営にも入れられません。

与党陣営なのか、野党陣営なのかは、大きなちがいです。
野党陣営になると、委員会の質問時間が多めに取れます。

国会での質疑時間は、議員の人数には比例しません。
野党側に多めに時間配分する慣習があります。

国会というのは、政府(行政)をチェックする場ですが、
与党は法案や予算案の事前審査段階で意見を言えますが、
野党は国会以外では意見を政策に反映できません。
そこで、国会では野党側にだいぶ多めに時間を配分します。

だから「きづな」は、国会審議では野党枠に入りたいわけです。
自称「ゆ党」の小沢グループ別動隊の「きづな」が、
野党枠に入ることには、野党陣営は反感を覚えています。

「きづな」は「民主党マニフェストの実現」を目指しています。
私個人としても、やっぱり野党ではないように思います。

与党か野党かというのは、前例のない争点だと思いますが、
なかなか折り合いがつかない状況が続いています。

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