2009年11月13日 (金)

天皇陛下ご在位20年記念

昨日は政府主催の天皇陛下御在位20年記念式典に参加しました。
鳩山総理主催の式典で、衆参両院議長、最高裁長官、駐日各国大使、
そして衆参国会議員他で約1000人が出席した大きな式典でした。

この20年間の陛下の事績を詳細するビデオを30分ほど見て、
正式な式典がスタートしました。
思ったよりこじんまりした会場でした。
新聞報道によれば参加者は約1000人でしたが、
てっきり3000人くらい呼ばれていると思っていました。

天皇陛下、総理、各国大使、閣僚等など、日本中のVIPが勢ぞろいで
皇宮護衛官、警視庁のSP・機動隊、秘書官、大会関係者、国会関係者等、
式典の正式な参加者以外の人が多かったようです。

皇室というのは、遠い世界のことのように感じていましたが、
式典で流されたビデオを見て感動しました。
全国各地の被災地や障害者施設などを小まめに視察され、
あたたかいお言葉をかけられる天皇皇后両陛下の映像を見ていると、
「総理大臣の仕事ならなんとかやれるかもしれないけれど、
 天皇陛下のご公務は絶対に自分にはできない」
などと不遜なことを想像してしまいました。
ふつうの人ではまねのできない大変なご公務だと思います。

ちなみに、衆議院議長も年を重ねればやれるような気がしますが、
最高裁長官は絶対、私にはムリな仕事のひとつです。
宮内庁雅楽部の公務員楽師さんなんかもムリな仕事のひとつです。

さらに、今朝はこれから宮中茶会です。
無作法な私は、お茶の作法なんてまったく知りません。
いきなり宮中のお茶会に出るのは無謀かもしれません。
隣の人の見よう見まねで通用すればいいのですが、
万が一、列の先頭だったりしたらアウトです。
気をつけなくては・・・

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2009年6月 7日 (日)

受け取り方の不思議

職業柄かなり大勢の人と会いますが、久しぶりに会う人から、
あいさつがわりによく言われるフレーズがあります。

ひとつは「あれっ、やせたね」というフレーズ。

もうひとつは「あれっ、太ったね」というフレーズ。

まったく相反するフレーズですが、なぜかよく言われます。
同じ日にある人から「やせたね」と言われたり、
別の人から「太ったね」と言われたり、不思議です。

やっぱり「太ったね」と言われると、ちょっとへこみます。
もちろん「やせたね」と言われると、うれしいものです。

基本的に私は標準体型だと思います。
ちょっと前に受けた健康診断では、体脂肪率も標準の範囲内。
身長175cmで、体重69.5kgなので、
まあ標準体型と言って差し支えないと思います。

決してやせ過ぎではないけれど、そんなに太ってもいません。
だけど、なぜだか「やせたね」とか「太ったね」とよく言われます。

もしかすると前にお会いした時の印象と比較して、
「やせた」とか、「太った」とか、言われるのかもしれません。

同じ体重でも、日に焼けると、やせて見られます。
最近日差しが強いので、だいぶ焼けてきました。
だから「やせたね」と言われるのは、不思議ではありません。

しかしついさっきは「太ったね」と言われました。
そんなに太った自覚はありません。

これから夏にかけて、腹筋や腕立てをやって運動量を増やし、
お酒と油っこいものを控え、しまったボディーを目指します。

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2009年5月17日 (日)

通信手段と感情

通信手段と感情の伝わり方の間には、
なんとなく法則のようなものがあると思います。

インターネットの電子メールが普及する前は、
FAXが重要な役割を果たしていました。

私が大学を卒業してJICAに入団したばかりのころは、
まだそれほどインターネットは普及していなくて、
海外事務所との連絡手段は国際電話とFAXでした。

微妙なニュアンスを伝える必要がある場合や、
文書に残せない本音ベースの話の場合には、国際電話に頼ります。

しかし、文書に残す必要がある時は、FAX文書を起案した上で、
上司(課長や課長代理)のハンコをもらい、送信します。
FAXだと、時間的には、余裕というか、アソビがあります。
FAXのコミュニケーションは、テンポはゆっくりです。

電子メールが普及し始めると、担当者同士でメールをやり取りし、
途中にFAX送信のための上司のハンコがいらなくなって、
コミュニケーションは密になり、テンポが早くなりました。

FAX時代には、FAX送信して2~3日以内に返事がくれば、
それでOKといった雰囲気だったと記憶しています。
時差の大きいアフリカや中南米だと、翌日の返事でも早い方でした。
しかし、メール時代には即座に返事がこないとイライラします。

途上国の電話回線は機嫌が悪いことも多く、FAX時代には、
しばしば「あれっ、そんなFAX届いていませんよ」などと、
けっこう大雑把に仕事していました。

JICAの海外事務所の場合、大半が発展途上国にあります。
相手国政府の役人やカウンターパートものんびりムードのことが多く、
仕事のペースは、東京とは大きく異なります。
東京のペースで、現地事務所にメールで矢のように督促しても無理です。

通信手段が悪いからこそ、東京本部は現地に細かい指示はできず、
現地事務所を信頼して任せるしかないという状況もありました。
通信手段が悪いために、現地に権限委譲せざるを得ない、
という状況も起こり得るわけです。

しかし、電子メールのせいで、東京本部から細々とした指示が来て、
細かい報告文書を要請されるようになるという、悪影響もあります。
よほど意識的に現地への権限委譲を進めないと、中央統制が強まります。

むかし大英帝国はインド亜大陸(含む:パキスタン、バングラディッシュ)を、わずか300人くらいの高等文官で支配していた、と経営学の本で読みました。
通信手段が劣悪であっても、権限委譲して、優秀なマネージャーがいて、
目標設定と方針が明確であれば、効果的な行政が実現できるということです。

メールがあるがゆえに人間関係に悪影響を及ぼすこともあります。
メールで字面だけを読むと、ぶっきら棒で、冷たい感じがします。
NGO時代に海外に派遣されて、現地で仕事をしていたときに、
だんだん東京本部の担当者が憎たらしくなる、という経験がありました。

会って話せばわかることでも、メールだけの冷たいやりとりだと、
ついつい「東京本部のヤツは、現場のことを何もわかっていない」という
不満が出てくることが多くなります。

私の場合「メールだけで仕事のやりとりすれば人間関係が悪くなる」
という法則が存在することを発見しました(あくまで私の場合ですが)。
それ以来、メールでのやりとりには慎重になりました。

どんなに通信手段が発達しても、対面のコミュニケーションにはかないません。
どんなにインターネットが発達しても、面談や会議はなくならないでしょう。

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2009年5月 7日 (木)

映画:レッドクリフ

ゴールデンウィークなので、軽めのネタで。
昨日は早目に仕事が終わったので夕方映画を観ました。
上映時間が遅めの吉祥寺の映画館まで出かけて行って、
観てきたのは「レッドクリフ2」です。

ご承知の通り三国志の「赤壁」の戦いを直訳して、
「レッドクリフ」というタイトルなわけです。
ハリウッド本拠地のアメリカ公開ならわかりますが、
三国志が広く読まれている日本では「赤壁」で、
売り出せばいいのにと思っているのは、私だけでしょうか?

小学生のときに子ども向けの児童文庫の三国志を読んで以来、
大人になってからもいろんな人が書いた三国志を読んできました。
たぶん7~8回読んだと思いますが、作者によって印象が異なります。

「レッドクリフ」は微妙に脚色されていて、
三国志演義の本来のストーリーからは外れているですが、
もともと小説だからと割り切れば十分楽しめます。

だいぶ前に香港政府日本代表部の方の講演を聴いたときに、
「中国人は三国志が大好きで、三国志で駆け引きや交渉術を学び、
 現代のビジネスにいかしている」とおっしゃっていました。
三国志に出てくる権謀術数、虚々実々の駆け引きを学んでいるから、
中国の外交はしたたかで粘り強いのでしょうか???
毛沢東も中国の古典をよく読み、三国志や水滸伝の例を引いて、
戦術や戦略のお手本としていたと言われています。

日本には古典や歴史から教訓を得て、現代の政治や外交にいかす、
といった意識はあんまりないように感じます。
イギリスのエリート階級は、ギリシア、ローマから現代史まで、
歴史をよく学ぶと言われています。
歴史好きのチャーチル元首相は、第二次大戦の歴史を書いて、
ノーベル文学賞を受賞したほどです。
日本の政治家や外交官も歴史をもっと勉強すべきかもしれません。

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2009年2月24日 (火)

うれしいニュース

滝田洋二郎監督の「おくりびと」が外国語映画賞に
加藤久仁生監督の「つみきのいえ」がアニメーション短編賞に、
日本の作品がアメリカのアカデミー賞をダブル受賞して、
テレビもこのうれしいニュースでもちきりです。

昨年のノーベル賞のときもうれしいと思ったものの、
小林誠氏、益川敏英氏、南部陽一郎氏の3先生方が、
どんなすごい研究をやって物理学賞に選ばれたのか、
文系人間の私にとっては理解の範囲を超えていました。

ノーベル物理学賞や化学賞の受賞内容については、
「よく理解できないけれど、すごいんだろうな」という感じで、
私にとっては神仏に対する畏敬の念にちかいものがあります。
理解できないけど、尊敬の念が自然と湧いてくるという感じです。

それに対して映画なら、映画館に行ったり、DVDを借りたり、
実際に観て、感動することができます。
私でも理解できるものにちがいありません。
特に「おくりびと」はぜひ観てみたいと思いました。

アメリカ発のうれしいニュースのせいで、
麻生総理とオバマ大統領の首脳会談が霞んでしまわないか、
ちょっと心配ですが、こっちも成果を期待しています。

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2009年2月 4日 (水)

夢の電気自動車で世界へ

昨夜21:30から久しぶりにプロジェクトJの勉強会がありました。
慶応大学の清水浩教授をお招きして、電気自動車の可能性や、
革新的な新技術の普及のための政策等についてうかがいました。
久しぶりに感動するほどおもしろい講義でした。

電気自動車はガソリン車とは、まったく異なる設計思想で造られ、
単なる技術改良ではなく、「破壊的技術」といえる画期性です。
電気自動車はおそろしくエネルギー効率が高いそうです。
乗り心地や加速度、居住性もガソリン自動車以上のものができます。

電気自動車が普及すれば、省エネ・環境対策として非常に効果的です。
日本人が開発した電気自動車、リチウムイオン電池、太陽電池などを
うまく活用すれば、電気自動車で世界をリードできる可能性が高いです。

電気自動車は試作品としては十分にすでに成功しています。
これから製品化と産業化が課題ですが、それには政府の支援も必要だし、
既存の産業が「破壊的技術」の導入に後ろ向きな中で、
産業界をどうやってその気にさせるかも重要な課題です。

もちろん現段階では電気自動車はきわめて高価ですが、
量産できるようになれば、だんだん安価になっていきます。
産業界には新しい技術が開発された場合には、
生産量が10倍になれば、コストが半分になる法則があるそうです。

もしかするとガソリン自動車から電気自動車への転換は、
フィルムカメラからデジカメへの転換くらい一気に進む可能性があります。
環境にやさしい新技術を使った電気自動車への転換を日本がリードするには、
政府系金融機関の融資や研究開発への助成など政府の役割も重要です。
電気自動車への転換を図るのは、夢のある経済成長戦略になりそうです。

慶応大学“エリーカ”プロジェクト
http://www.eliica.com/

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2008年11月18日 (火)

生命倫理の難しい課題

自民党は総裁が代わるたびに、役員人事が変わります。
主要な役員はすぐ決まりますが、末端の役員人事は時間がかかります。
広報本部マルチメディア局の次長のポストは離れることになりそうです。
マルチメディア局では国会見学会を実施したり、
党のホームページ改善を提案したり、とがんばりました。

国際NGO小委員会の事務局長や、
NPO特別委員会の事務局次長は引き続きやっています。

他方、新しく臓器移植法改正案の提出者になっている関係で、
「脳死・生命倫理及び臓器移植調査会」事務局をやることになりました。
臓器移植については勉強したことはありますが、
生命倫理に関わるその他の領域はこれから勉強です。

この前、日英議会シンポジウムでお世話になった東京財団が、
ちょうど生命倫理に関する勉強会を開催します。
この場を借りて、紹介させていただきます。

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東京財団イベント

「生殖補助医療はどこまで許されるのか?」
~韓国を参考に日本での代理出産を考える~

日時: 11月28日(金)15:00~17:30

場所: 日本財団ビル2階 大会議室

詳しくは、東京財団のホームページをご参照ください。

http://www.tkfd.or.jp/event/detail.php?id=113

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2008年8月15日 (金)

お知らせ「報道2001」

8月17日(日)のフジテレビ「報道2001」に、
スタジオの生出演ではありませんが、
取材してもらったテープが流れる予定です。
取材内容は無駄遣い撲滅プロジェクトチームの現地視察等です。
ちょっとしか映らないかもしれませんが、ご参考までにお知らせします。

放送日時:8月17日(日)7:30~9:00

番組名: フジテレビ「報道2001」

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2008年8月 8日 (金)

タモリさんの弔辞

赤塚不二夫さん葬儀のタモリさんの弔辞が話題になっています。
私はあんまり芸能ネタはブログに書きませんが、
タモリさんは高校(福岡県立筑紫丘高校)の大先輩で、
とても親近感があるので、書いてしまいます。

それにしても素晴らしい弔辞でした。
全文を読んだら、とても良い弔辞で、スピーチのお手本みたいでした。
しかも弔辞のメモは白紙で、メモを読んでいるふりをして、そらで読んだとか。

とても個人的で具体的なエピソードが多くて、
そのときの情景が目に浮かぶようです。
内容はタモリさん以外には絶対に言えないエピソードばかりで、
聴いていて興味を覚えます。

弔辞とは思えないような明るいトーンのエピソードが続き、
聴衆を飽きさせることがありません。
それでいて、ホロリとさせる感動的な言葉も随所にちりばめています。
心がこもっているのが、聴いている人すべてにわかる、そんな弔辞でした。

タモリさんの言葉の選び方のセンスに感動し、
赤塚不二夫さんに対する思いがあふれる話し方に感動します。
こんなに素晴らしい弔辞を読んでもらったら、
亡くなった赤塚不二夫さんもおよろこびのことと思います。

さすが先輩! 見習わなくては・・・。

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2008年7月15日 (火)

コーラの思い出

久しぶりにコーラを飲みました。
フィリピンの大学に留学していた頃は、
いつもいつもコーラを飲んでいました。
フィリピン時代に一生分くらいコーラを飲みました。

いまは年に1~2回しかコーラを飲みませんが、
このところのあまりの暑さにフィリピン時代を思い出し、
ついついコーラを買ってしまいました。

フィリピン時代にコーラばかり飲んでいた理由は、
まず安全ということがありました。
生水を飲むとお腹をこわす恐れがあります。
お湯をつかったコーヒーや紅茶でもいいのですが、
蒸し暑いフィリピンの島での生活では、
冷たいコーラについつい手が伸びます。

フィリピンでは学生寮も教室も図書館も
クーラーはまったくありません。
汗だくになって授業を受け、図書館で勉強しました。
そんなときせめて冷えたコーラでも飲むと、
かなり気分が爽快になります。
そんなわけでフィリピンでの水分補給は、
コーラに頼ってしまいます。

当時は1日にコーラを2~3本は飲んでた気がします。
確かコーラ1本が日本円で20円くらいでした。
安いのもあってガブガブ飲む癖がついていました。

フィリピンでは缶のコーラはちょっと高くて、
ボトルのコーラの方が安かった記憶があります。
安いボトルのコーラは、ちょっと気が抜けていて、
甘ったるさ抜群でした。
いまでもちょっと気が抜けぎみのコーラが好きで、
炭酸がきつ過ぎるのは苦手です。

フィリピンでは島によってボトラーが異なるようで、
○○島ではコカコーラが主流で、
△△島ではペプシコーラが主流といった感じでした。
マニラやセブシティのような大都会ではどちらも飲めますが、
僕のいたネグロス島ではコカコーラが強かった気がします。

コーラを飲むと、20~21歳ごろの自分と、
フィリピンでの暮らしや懐かしい人々を思い出して、
しみじみしてしまいます。
「コーラは青春の味」なんてね。

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2008年6月 6日 (金)

パーティーの司会に挑戦

昨夜は小野寺外務副大臣の政治資金パーティーの司会をやりました。
私自身は政治資金パーティーというのは開いたこともなく、
また他の議員の政治資金パーティーにも滅多に行きません。

が、小野寺先生には党の国際NGO小委員会の小委員長をお務めいただき、
その下で私は事務局長として働かせていただきました。
小野寺副大臣には外務省とNGOとの橋渡しに熱心に取り組んでいただき、
たいへんご恩があるので、よろこんで司会を務めさせていただきました。
また、同じ派閥の新人議員が、先輩議員のパーティーの司会をやるのがふつうです。
しかし、無派閥の私に声をかけていただいたのは、光栄なことです。

慣れない政治資金パーティーに出かけ、慣れない司会業をやり、
まちがった敬語を使ってしまったり、先輩議員の名前を間違えたり、
けっこうカミカミで、失敗の連続でした。
小野寺先生にはちょっとご迷惑をおかけしたかもしれません。

小野寺先生の母校の東京水産大学(現東京海洋大学)の卒業生が中心になって、
小野寺先生の全国後援会が結成されたようです。
東京水産大学の何人かのOBの方と立ち話をしましたが、
とても感じの良い方が多かったです。
JICA勤務時代に海上保安庁と一緒にお仕事をさせていただいたことがあり、
それ以来「海の男」には無条件に好感を持ってしまいます。
海上保安庁も東京水産大出身者も、さわやかなおじさんが多いです。

ちなみに、生まれ変わったらやってみたい職業の1位と2位は、
海上保安官と厚労省麻薬取締官です。
人命救助とか、犯罪者の摘発とか、環境汚染の防止とか、
「議論の余地なく、正しいこと」を追求する仕事には昔から憧れます。
難民援助や災害援助なんかもそのカテゴリー内でしょう(こっちは現世で経験済み)。

政治の仕事は、自分ではできる範囲で精一杯正しいことを追求しても、
世間の人はそう受け取ってくれないことが非常に多く、悲しくなります。
生まれ変わったらやってみたい仕事のワン・ツーが国家公務員ですが、
国家公務員制度改革においても単なる官僚バッシングではなく、
国家公務員のやる気を失わせることなく、官僚制の弊害をなくすという方針で、
考えて行きたいと思っています(生まれ変わった時のために)。

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2008年5月 3日 (土)

品格本ブームの品格

ゴールデンウィーク突入ということで、
お休み気分で、軽めのネタで失礼します。

最近「○○の品格」という本が流行っています。
もちろんブームに火をつけたのは、
売れに売れた「国家の品格」と「女性の品格」です。
この二つはオリジナルなので、特に気になりません。

しかし、柳の下のドジョウを狙って、
多数出ている「品格」本は、けっこう気になります。
ブームに便乗して似たような本が出るという現象は、
よくあることなので、気にはなりません。

しかし、「○○の品格」というタイトルの本は、
かなり気になってしまいます。
「ちょっと品格がないんじゃないの?」と
思ってしまうのは、私だけでしょうか。

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2008年4月16日 (水)

今年も健康診断の季節

今年も恐怖の健康診断の時期がやってきました。
昨年もバリウムを飲み込むのに苦労しましたが、
今年も同じ苦痛を味わいました。

*昨年の模様はブログ「恐怖の健康診断」をご参照ください。
 http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_4c37.html

とりあえず体重や体脂肪率、メタボ検診については、
まあ安全圏内でした。
しかし、血液検査や内臓の検査の結果はこれからです。
去年も肝臓で引っかかりました(職業病です)。

こんなことまで情報公開しなくてもいいのですが、
健康診断の結果が良かったので、公開します。

身長: 175.1cm
体重:  68.6kg
体脂肪率:19.4%
体内年齢:28歳

TANITAの体脂肪計付き体重計によれば、
実年齢は34歳なのに、体内年齢は28歳でした。
やりました!

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2008年1月15日 (火)

座右の銘、尊敬する人物

総選挙が近づいているとの憶測のもと、
報道各社から履歴書(プロフィール)の提出の依頼があります。
そこで「座右の銘」とか、「尊敬する人物」とか、
「座右の書」といった質問項目がしばしば出てきます。

こういった質問には毎回悩まされてきました。

好きな言葉はたくさんあるし、好きな言葉を見つけると、
メモを取るようにしています。
私の「好きな言葉集」は、いまではA4で5ページくらいになります。
しかし、何かひとつに絞った「座右の銘」というのはありません。
尊敬する歴史上の人物も何人もいますが、
誰かひとりを別格扱いにして尊敬する、ということはありません。

インタビューや候補者アンケートで「座右の銘」には、
その時々で思いついた言葉を答えてきました。
ある時は「気骨ある異端」と書き、
ある時は「自らのために計らわず、人のために計らう」と書き、
毎回ちがう答えにしてきました。
秘書から「座右の銘が毎回ちがうのは、まずいんでは?」と、
指摘され、悩んできました。
こんな自分を「オレってへんかな?」と思い、悩んでいました。

しかし、保坂正康著「後藤田正晴:異色官僚政治家の軌跡」を読み、
こんな悩みを持つのが、私ひとりではないことがわかりました。
そして尊敬する人物の「ひとり」である後藤田正晴氏が、
私と同じような思いを持っていらしたとわかり、ホッとしました。

保坂氏流に解釈すると、後藤田先生の次のような考えに基づくそうです。
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自分は自分であって、他人を範にしたり、畏敬したりするものではない。
人間、完全な存在なんてありはしない、
自分と同じ目の位置にいるのじゃないか、
他人を尊敬するなんて安易に口にするのは甘ったれているのじゃないか、
自分が確立していないのではないか、
というのが後藤田の考えの中軸にある。
---------------------------

私自身は後藤田先生ほど確固とした信条に基づいて、
「座右の銘」とか、「尊敬する人物」をひとつに絞らない訳ではありません。
ただ、何かひとつの考え方や誰かひとりの人物像に捉われると、
柔軟性が失われ、視野が狭くなってしまう気がして、それが怖いのです。

また、尊敬する人物に挙げられる人は、たいていカリスマ性のある人です。
20世紀の歴史上もっとも人類に害を及ぼしたのは、
おそらくヒトラーやスターリンだと思います。
これらの人物は非常にカリスマ性がありました。
カリスマ性「だけ」で政治家を選んではいけない、というのが、
20世紀の歴史から学ぶべき教訓だと思います。
もちろんカリスマ性があったらダメということではありません。
カリスマ性があって、かつ、健全な判断ができる人も大勢います。
しかし、カリスマ性「だけ」で判断するのは、きわめて危険です。

という訳で、これからも私は歴史上の誰かでも、先輩議員でも、
誰かひとりを神格視して尊敬することはないでしょう。
カリスマに対しては常に警戒心を持つように心がけています。

そして、私にカリスマ性がまったくなかったとしても、
ワザとそうしていると好意的に解釈していただけると幸いです。

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2007年12月23日 (日)

ミカン派 VS リンゴ派

連休の中日ということで軽いネタをひとつ。

党内で激しい争いが行われている軸には、
消費税増税派VS成長派の対決、ベテランVS若手、
都市VS地方など、いろんなものがあります。

なかでも「ミカン派VSリンゴ派」の対決というのが、
熾烈をきわめているという噂です(?)。

自民党には「果樹振興議員連盟」というのがあって、
通称「果樹議連」と呼ばれています。
果樹といってもいろんな果樹がありますが、
そのなかで二大勢力が、ミカン派とリンゴ派です。

果樹議連のなかでは、西のミカン派、東のリンゴ派が、
議連会長や事務局長のポストをめぐって激しく争い、
会長がミカン派のときは、
会長代理はリンゴ派にして妥協したり、
会長と事務局長をたすき掛け人事にしたりと、
利害調整に苦労しているそうです(ホンマかいな?)。

地元の川崎市多摩区・麻生区はナシの名産地です。
千葉や鳥取に収穫量では負けても、味では負けません。
なんとなくナシは形状的にリンゴ派に近いように感じます。
地元のナシ振興のことを考えるのであれば、
リンゴ派に近づいておいた方が賢明かもしれません。
迷うところです(???)。

もっともミカン派とリンゴ派の間に深刻な利害対立があるのか、
わかりません。別に対立する利害もなさそうな気がします。
対立しているのは人事だけかもしれません。

あくまで先輩議員の雑談から得た情報なので、
信憑性のほどは自信がありません。
クリスマスも近いので、聞き流してください・・・。

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2007年11月12日 (月)

経済学との泥沼の戦い

かつて私は、途上国の貧困問題を解決しよう、
という壮大な理想と、無謀な決意をもって、
大学で開発経済学を専攻しました。。
悪戦苦闘した結果、経済学でメシを食うことはあきらめ、
経済学とは縁の薄い援助行政の実務の世界で働いてきました。

そんな過去がある中で思いがけず、
経済学と再対決することになりました。

一度は敗退し、打ちのめされた経済学に再挑戦するのは、
経済財政政策を考えるにあたって経済学が必要だからです。
こんなことならもっと経済学を勉強しておくべきだった、
といまさら後悔しています。

いま「日本の財政改革」という600ページ超の本と格闘しています。
この本の第3章を書かれた高橋洋一さんから頂いた本なので、
その章を読んでいますが、なかなか進みません。

これでも大学生時代はまじめに勉強していたのですが、
成績はそんなに良い方ではありませんでした。
成績は良いわけではないのですが、のべ3カ国で4つの大学に通い、
最終的に学位をもらえたのは2カ国の2大学だけでした。
通った大学の数だけは自慢できます(?)。
大学に通った年数は、のべ5年半(うち半年は働きながら通った夜間大学)。
日本の大学(学部3年、院半年で中退)、イギリスの大学(院1年で修了)
フィリピンの大学(学部1年、単位取得のみ)という紆余曲折の大学人生でした。

この支離滅裂な学生生活を通じて、
ミクロ経済やマクロ経済などの基礎コースから、
開発経済学、教育経済学など、いろいろやってきたはずですが、
身についた知識は甚だ心もとない、お寒い状況です。

経済学との格闘はまだまだ続きます。
敗れても敗れても、それでも立ち上がって戦いを挑む、という感じでしょうか。

戦い、いまだ終わらず・・・。

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2007年11月 5日 (月)

本の紹介:山崎正和さん

山崎正和さんの「歴史の真実と政治の正義」を読みました。
こういう人が中教審の会長を選ばれるということは、
意外と文部科学省もまともかもしれません。

私なりに勝手に解釈して、勝手に要約すると、
結論は「頭を冷やして、大人になろうよ」ということです。
右とか左とか関係なく、多くの人に読んでほしい論文です。

山崎正和さんの著書はもし英語に翻訳されて広く読まれれば、
世界的な思想家として評価されただろうに、惜しいことだ、
と私の恩師が言っていたのを思い出しました。

*山崎正和著、「歴史の真実と政治の正義」、中央公論社、2000年

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2007年10月18日 (木)

国会中のある日の予定

今日もスケジュールがぎっしりで、忙しい一日を送っています。
臨時国会中のある一日(=今日)のスケジュールをご紹介します。

06:30 自宅 発
07:00 新百合ヶ丘駅で駅頭(国政レポート配り)
08:40 新百合ヶ丘駅 発(小田急線⇒千代田線)
09:20 国会議事堂前駅 着
09:40 国会対策委員会(法案説明)@国会14控室
10:30 某新聞社外信部取材(NGO支援、円借款)@事務所
11:20 農林水産省レク(農業分野の規制改革)@事務所
12:00 安全保障委員会@国会13委員室
12:45 自民党代議士会@国会24控室
13:00 本会議(所要:15分)@議場
13:20 公職選挙法勉強会@国会22控室
15:00 外務省レク(カントー橋崩落事故)@事務所
16:00 文部科学省レク(文化財保存)@事務所
17:00 金融庁レク(銀行)@事務所
18:30 フォーラム21(有識者他の勉強会)@外国人特派員協会
21:30 議員有志の政策勉強会@某ホテルの会議室
23:30 会議終了家路へ(千代田線・赤坂⇒小田急・登戸)
24:20 帰宅

こうして見てみると我ながらびっくりするくらい、
いろんな分野に首を突っ込んでいるものです。
新たに勉強しなくてはいけないことが非常に多いのですが、
ODA政策や教育政策などある程度の知識があって、
ある程度は自信をもって取り組める分野があるのが救いです。

今日はたまたま党本部に用事がありませんが、
ふだんは国会、議員会館事務所、党本部の3ヶ所を行ったり来たりです。
この3ヶ所は意外と遠くて、毎日毎日相当の距離を歩いています。

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2007年7月21日 (土)

博物館の経済波及効果

大英博物館で「わざの美」展が開催され、
日本の伝統工芸を紹介するそうです。
ロンドン大学留学中、大英博物館から徒歩5分くらいの
学生寮に住んでいたこともあり、なんとなく親近感があります。

前々から疑問だったのですが、
「大英博物館」は英語ではBritish Museumなので、
直訳すれば、本来は「英国博物館」でしかありません。
なのに、日本人は「大英」と訳しています。
これもかつての栄光、大英帝国に対する敬意でしょうか。

さて、本題は「博物館の経済波及効果」です。
大英博物館は入場料はありません。
無料と言うと誤解を生むかもしれませんが、無料で入れます。
その代わり、入口に募金箱が置いてあり、
「できれば3ユーロ寄付してください」
といった注意書きがあります(注:私の留学当時)。
人によっては3ユーロ以上出していますし、
日本人観光客は上品に3ユーロ入れる人も多いです。
また、他の著名な国立美術館も同様の入場無料で、
寄付をお願いしているところが多いです。
しかし、仮に平均3ユーロ以下の寄付しか集まらなくても、
十二分に割に合っていると思われます。

イギリスは世界中から観光客が訪れます。
その多くが大英博物館や著名な美術館を訪れます。
観光客が宿泊や食事、お土産品購入に費やすお金を考えると、
イギリス政府が博物館や美術館の入場を無料にしても、
他の収入で十二分にモトが取れるのだと思います。

なんかの本で読んだうろ覚えの記憶によれば、
アメリカで行なわれた博物館・美術館の経済効果の研究では、
公共事業の乗数効果(波及効果)よりも、
博物館や美術館の乗数効果のほうが格段に高いのだそうです。
すでにある程度インフラが整った先進国においては、
ハードの公共事業に投資するよりも、
博物館や美術館に投資するほうが儲かるということです。

そういう意味では、イギリス政府が、
国立博物館や美術館の入場料を無料にしているのも、
十分に経済的合理性を持つ政策判断なのでしょう。
日本もそういうところは見習って、
世界中から観光客を呼び込むことを考えた方が、
公共事業依存型・20世紀型の公共投資より、
割がいいのかもしれません。
まだまだイギリスに学ぶことはたくさんあります。

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2007年7月20日 (金)

スヌーピーと河合隼雄さん

臨床心理学者の第一人者にして元文化庁長官、
河合隼雄さんがお亡くなりになりました。

私にとっては河合隼雄さんと聞いて真っ先に浮かぶのは、
「スヌーピーの解説者」というイメージです。

講談社+α文庫の「スヌーピーのもっと気楽に」シリーズは、
なんと、訳者が詩人の谷川俊太郎さん、
解説が河合隼雄さんという豪華な布陣でした。
谷川俊太郎さんの翻訳も河合隼雄さんの解説文も、
すばらしいものでした。
谷川俊太郎さんの翻訳は原文より優れているかもしれません。

スヌーピーは悩める大人のマンガです。
なかなか思い通りにならない人生で、
失敗しても、くじけない、気にしない、無理しない、
そんな登場人物に励まされます。
前向きに生きるヒントがいっぱいです。

あの河合隼雄さんが亡くなったのは、
とても残念な気がします。

生きるのがつらくなった時には、
スヌーピーの谷川俊太郎さんの翻訳、
河合隼雄さんの解説文をお薦めします。

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2007年7月14日 (土)

台風の影響

たいへん激しい台風が日本列島を横断しそうです。
多くの方が土砂災害などの被害を受け、
交通機関が麻痺したり、停電したりと大迷惑です。

しかし、子どもの頃は台風が来ると
そわそわワクワクしていた思い出があります。
私が生まれ育った九州では、台風が来ると、
学校が休みになることが多く、
台風情報を聞くたびに、
明日は学校休みにならないかな、と
台風直撃を心待ちにしていたものです。

が、大人になった私にとって台風直撃は、
迷惑以外の何ものでもありません。
時節柄いろんな日程が台風で狂うし、
雨天決行の場合もたいへんさが増すし、
台風被害の復旧費用で補正予算でも組もうものなら、
また財政再建が一歩遠のきます。

水不足の地域にとっては朗報なのが、
せめてもの救いかもしれません。

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2007年7月 7日 (土)

七夕の願い

今日は七夕です。
今年は地域の子ども会行事などで、
勧められて2度ほど短冊に願いを書き込み、
竹に結わい付けました。

子どもたちのお願いは、
かわいいのが多くてほほえましいです。
「水泳がうまくなりますように」とか、
「かぞくがながいきしますように」とか、
見ているだけで癒されます。

私としては、周りの大人が見ているので、
へんなことは書けません。
いかに「小泉チルドレン」と
マスコミに子ども扱いされようと、
実際のところ33歳はいい大人です。
癒し系のかわいいお願いで許される年齢じゃありません。

また、参院選必勝とか、安倍政権支持率アップとか、
宙に浮いた年金記録問題の解決とか、
へんに政治的なことも大人気なくて書けません。

結局ベタなお願いにしました。
「世界平和」と「今年こそ結婚」。

「世界平和」は、キレイごとと馬鹿にされるかもしれませんが、
外交政策に取り組んでいる者として当然の目指すべき目標です。
構造的な暴力をなくし、平和な世界を築くため、
日本外交をより良い方向に変えていきたいと思います。

「今年こそ結婚」はお約束のウケ狙いです。
狙い通り、周りの大人にややウケでした。

どっちも難しい課題です。

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2007年6月15日 (金)

愛国心の発露

米系投資ファンドのスティールパートナーズが、
サッポロを買収しようとしています。

学生時代にバイトしていた焼きとん屋さんが、
アサヒビールだったので、
これまでビールはアサヒ党でした。

しかし、ビールの銘柄を選べるときには、
最近、サッポロビールを頼んでいます。

海外からの投資が増えることは望ましいのですが、
サッポロビールがアメリカ企業になるのは、
ちょっと残念な気がします。

変なところで愛国心を発揮して、
サッポロビール党に転向しました。

がんばれ、サッポロ!

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2007年5月15日 (火)

中古品好き

最近、体重が増えてしまいました。
忙しくて、運動不足、外食がちだし、
仕事柄どうしても飲む機会が多くなります。
なんとかやせなくては・・・、
そう思って先日エアロバイクを買いました。
フィットネスクラブに置いてある自転車みたいなヤツです。

インターネット等で値段を調べてみると、
標準的な機能がついているエアロバイクは、
新品だと6~7万円前後で買えそうです。

学生時代キャンパス内の環境を考えるサークルに参加し
学内の紙のリサイクル活動をやっていた元「環境オタク」としては、
新品ではなく、中古品(=リユース)にこだわります。
いま家で使っている冷蔵庫も洗濯機もテレビも、
リサイクルショップで買いました。
学習机や炊飯器は海外赴任する元同僚からもらったもの。

そんな訳で、リサイクルショップに行きました。
ほしかったエアロバイクのひとつ古い型式のものが、
5万9千円(2年オチ)で売っていました。
う~ん、迷うところです。
新品で新型を約7万円で買うか、
中古の型落ちを5万9千円で買うか。

経済的合理性に従って行動すれば、
まちがいなく新品を買うべきでしょうが、
あえて環境配慮を優先し、
リユースに価値を置いて中古品を購入しました。
まずは足もとから環境を考え、行動しよう、
と思う今日この頃です。

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2007年5月 7日 (月)

恐怖の健康診断

国会内の医務室で定期健康診断を受けました。
昨夜9時以降は食事もせず、
今朝は水も飲まず、健診に備えました。
内臓脂肪、体脂肪率、基礎代謝量は標準。

医務室の皆さんと雑談していると、
国会議員はメタボリック症候群の割合が非常に高いようです。
当選回数を重ねるほど、
体重が増えて、運動不足気味になり、
メタボ率が上がるようです。
選挙運動以外は、ろくに運動しない議員がほとんどみたいです。

私の場合、昨年4月に比べて、4キロ増えました。
「当選1回で4キロ増えてたらたいへんですよ。」と注意されました。
和やかな雰囲気で健康診断は進みます。

その後、魔のレントゲンへ・・・

まずガウンを着るように指示され、マシーンへ。
あやしげな粉末(=バリウム?)を水で流し込みます。
次に、飲むヨーグルトの出来損ないのような液体を
ひと口飲むように指示されます。
これがまずい。

ちょっとたって、もうひと口。
さらに、もうひと口。
「ゲップはがまんしてください。」との厳命。
そんな簡単にがまんできるものではありません。
バリウムを飲んだだけでも吐きそうです。

そして検診マシーンの上で、
右を向けだの、うつ伏せになれだの、
2回転しろだの、いろんな指示を受けます。
まな板の上のコイの気持ちがわかります。

マシーンは私の身体を乗せたまま、
いろんな方向に動きます。
逆さづりに近い状態にもされました。
気持ち悪くて、ゲップもがまんならず、死にそうです。
もう少し人道的な健康診断はないものでしょうか。

この状態で捜査一課の刑事さんに、
「お前がやったんだろ!」と言われたら、
「すみません。私がやりました。」と
一発で吐いてしまうでしょう。
捜査段階でレントゲン検査を導入すれば、
冤罪事件が増えることでしょう。

このレントゲン・マシーンは、
旧ソ連のKGBなんかが拷問用に開発したのではないか、
と思うほど苦痛でした。
こんな健康診断をしょっちゅう受けていたら、
健康を害しそうです。
年に一回が限度です。

健康診断が毎月でなくてよかった。

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2007年3月12日 (月)

朝焼けの日焼け

会う人、会う人に「顔が赤いよ。大丈夫?」と聞かれました。
トイレに入って自分の顔を鏡で見てびっくり。
顔が真っ赤になっていました。
もしかして熱でもあるのかなと心配になりました。

よーく考えてみると、日焼けのようです。
今日も朝の通勤時に駅頭演説をやっていましたが、
やたらと天気が良くて日差しが強かったのを思い出しました。
どうやら朝の1時間半ですっかり日焼けしてしまったようです。
スキーに行ったわけでもないのに、
顔が真っ赤で恥ずかしいです。
しかも、ヒリヒリします。
国会議員ってけっこう大変です。

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2007年2月27日 (火)

自分がドナーに?

昨晩も夜11時近くまで国会事務所で残業し、
深夜12時ごろ登戸の自宅にたどり着いて、
郵便受けを開けました。
するとオレンジ色の分厚い資料が入っていて、
仰々しく「重要」と「親展」と朱印が押されています。
さらにご丁寧に「大切なお知らせです。至急開封してください」との注意書き。

送り主を見ると「骨髄移植推進財団」です。
これはもしや・・・、と待ちきれなくて、
エレベーターの中で封筒を開封してしまいました。
中身はやっぱり「骨髄ドナーコーディネートのお知らせ」とあり、
骨髄提供者になってほしい旨の文書でした。
白血病患者の命を救うため、
当然ドナーになるつもりです。

しかし、不安なのは、狂牛病がはやっていた頃にイギリスの大学院に留学をしていたので、
それを理由にドナーの申し出を却下されるかもしれません。
また、血液(白血球)の型が適合するのかどうかも再度調べてもらうみたいですが、
その結果、移植に適さないという判断になる可能性もあります。
どうなるかわかりませんが、人の命を救えるかもしれないという使命感と同時に、
術後の副作用や後遺症も心配です。

うちの事務所のスタッフは口をそろえて、
「骨髄提供って、痛いらしいですよ~」と言っています。
特に国会事務所の学生インターンのS君は、
さわやかな笑顔で、しかも心から楽しそうに、
骨髄移植手術の痛さについて説明してくれます。
痛いのは苦手です。
しかし人(=私)がおびえているのが、S君には楽しいみたいです。
S君を見て、日本の教育を抜本的に改革しなくては、と心に誓いました。

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2007年1月17日 (水)

阪神大震災後12年目。そのとき私は。

今日は阪神大震災から12年目でした。

12年前の今日、私はフィリピンのミンダナオ島というところで、
NGOの植林プロジェクトでインターンの真似事をしていました。
電気も水道もない山の中にいて日本の情報から隔絶され、
あんなに悲惨な震災が発生していることを知ったのが、
地震発生後1週間ぐらいだったと記憶しています。

その後、サリン事件の報道をマニラで見て、
共産ゲリラやイスラムゲリラがいるミンダナオ島の方が、
東京よりも安全な気がしたものです。
災害やテロの怖さを初めて実感したように思います。

12年前の私はフィリピンの大学で学ぶ留学生で、
どうやったら熱帯雨林の減少を止められるか、
どうやったらフィリピンの内戦を終わらせることができるか、
といったテーマに興味を持っていました。

今でも熱帯雨林の減少は止まっていません。
フィリピンの内戦もまだ終わっていません。
12年前と同じ問題意識を持ち続け、
環境や平和のためにがんばっていきたいと思います。

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2006年12月25日 (月)

永田町のトリビア

駅立ちのときに配る国政報告チラシに、
名付けて「永田町のトリビア」というのを
はじめました。
記念すべき第一号は、以下のような内容でした。

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永田町のトリビア(1):黒塗りの公用車

国会議員といえば黒塗りの高級車で移動している、
というイメージをお持ちの方も多いでしょう。

大臣・副大臣や衆参の委員長になれば、
黒塗りの公用車が割当てられます。
公用車は国産の黒い高級車と、相場が決まっています。
ベンツやBMWといった外車の公用車は見かけません。

しかし、それ以外の議員は自分で車を手当てしなくてはならず、
国会議員は誰でも黒塗りの公用車で移動しているというわけではありません。
むしろ黒塗り公用車に乗っている議員の方が少数派です。
秘書の運転する私用車で移動する国会議員が多いのですが、
都内の移動にはタクシーや地下鉄を使う議員もいます。

私の場合、地元の多摩区・麻生区内では、
環境に配慮して中古(中古=リユースなので3Rに適合)のプリウスを使います。
自宅(最寄り駅:登戸駅)と国会(千代田線国会議事堂前駅)の往復は、
小田急線と地下鉄を乗り継いでいます。
また都内の移動も、だいたい地下鉄を利用しています。

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2006年12月12日 (火)

冬の悩み

寒くなってきて、コートを着ることが多くなりました(当たり前ですが)。
コートを着ると、胸の議員バッチが見えません。
そのためけっこう不都合です。

朝、衆議院の議員会館(=うちの国会事務所の入っているビル)に入ろうとすると、
入り口の両サイドに立っていた女性の衛視さん(=警護の職員)2人が、
駆け寄って来て、会館に入ろうとする私を阻止しようとしました。

なんと1年以上議員会館に出入りしていながら、
いまだに警護の衛視さんに国会議員と認識されていないことがわかりました。
しかも2人の衛視さんのうち1人だけが顔を覚えていない程度ならまだしも、
2人そろって私が衆議院議員だということを認識していませんでした。
また夕方、コートを着たまま国会議事堂に入ろうとすると、
今度は男性の衛視さんに止められました。

ふつう国会の衛視や受付職員は、総選挙の翌日には議員の顔と名前を暗記しているものとされています(そうでないと警備ができないはずです)。
なのに、1年以上たっても警護の衛視さんたちから顔を覚えてもらっていない私は、
よっぽど「政治家オーラ」が出ていないのか、
それとも、よっぽど印象に残らない顔なんでしょう。

国会職員でさえ顔と名前を覚えてくれていないので、
選挙区の有権者はもっと覚えていないかもしれません。
次の選挙はこんなことで大丈夫だろうか、とちょっと不安になります・・・。

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2006年12月11日 (月)

国会の仕組み

朝の駅頭演説で国政報告チラシを配っていますが、
今回の号はなかなか好評です。
転載しますので、ご一読いただけると幸いです。

---(以下本文)---
【国会の仕組み】

◆国会ってどんなところ?

国会を身近に感じる人はあまり多くないかもしれません。
私自身も政治や国会とは無縁の生活を送っていました。
正直言って、政治家に対してはうさん臭いイメージしか持っていませんでした。

学生時代の私は途上国の貧困問題や難民問題にしか興味のないマニアックな学生で、フィリピンの大学に留学して、変り者扱いされました。
当時は日本の政治にまったく興味がなく、東南アジアの社会や歴史、国際政治ばかり勉強していました。
JICA(現国際協力機構)に就職して、初めて役所(外務省や農水省等)と一緒に仕事をし、行政の仕組み、政治と行政の関係、ODAへの政治家の影響力について知りました。
また、NGO勤務時は、外務省や法務省入国管理局に対して影響力を行使してもらい、難民政策やNGO支援策を変えるために国会議員にロビイングしていたこともあります。

そんな中で政治を変えなくては、難民政策も寄付金税制も変わらないことを実感しました。
草の根の市民活動を支える制度的土台の構築や外交政策・ODA政策を改革するためには政治を変えることが大切だと感じました。
そして、昨年3月候補者公募に応募し、昨年9月の総選挙で初当選し、ふつうのサラリーマンから国会議員になりました。

日々の暮らしの中で国会に関係することはたくさんあります。
税金も年金も、北朝鮮の核実験問題も、教育に関する法律も、国会で議論され、決定されます。

◆意外と知られていない国会の仕組みと不思議

国会は多くの規則、儀礼や慣習(因習?)で成り立っています。
さまざまな不文律やインフォーマルな組織が、法案可決に大きな影響を及ぼします。
法案成立までの大雑把な流れは、次のとおりです。

@国会提出
A.本会議趣旨説明
B.委員会審査
C.本会議可決(成立)

@国会提出まで
(与党審査: (1)部会 ⇒ (2)政調審議会 ⇒ (3)総務会)

国会提出までの前段階で、勝負のヤマ場は与党審査です。
与党審査は法案の詳細設計の場で、役所がつくった原案に修正が加えられます。
与党審査を経た法案は、そのまま国会で通ることがほとんどで、法案の修正や否決といったケースはそれほど多くありません。

与党審査は政務調査会(政調)の部会と呼ばれる場からスタートします。
各部会は、外交部会や厚生労働部会等と各省庁に対応して、設置されます。
部会長は当選3~4回の議員がやります。
副大臣になる前のトレーニングという色彩もあるようです。
部会では政府側(大臣、副大臣、大臣政務官、官僚)から法案の説明があり、その後フリーディスカッションになります。
私のような新人議員でも自由に発言できます(先輩議員の後ですが)。
部会では新人の意見でも、いい意見なら通ります。
思ったよりもずっと、自民党内の議論は民主的でした。

次のハードルは政務調査会審議会で、政調会長と副会長、約20名の審議委員が審査します。
担当部会長が法案を説明し、補佐として担当省庁の局長も同席します。
そして最終関門は総務会です。
約30名のベテラン・中堅議員からなる総務会で法案が審査されます。
総務会の審査と政調審議会の審査は、似たようなプロセスです。

与党審査はオープンではないため、不透明との批判を浴びています。
私も与党審査のあり方を改革すべきと考えています。
党内の部会、政調審議会、総務会の3つのハードルを越え、意思統一がなされ、党議拘束がかかります。
自民党の意思決定の後、連立のパートナーの公明党との協議に入り、最終的に連立与党内の意思統一が図られます。

A.国会の本会議における趣旨説明

本会議で大臣から法案の趣旨説明がなされます。
儀礼的な意味しかありません。
しかし、これが終わらないと委員会の審議に入りません。
趣旨説明に入ると、ひとつハードルを越えたことになります。

B.委員会の審議

国会議員は、通常2~4つの委員会に所属します。
私は外務委員会、安全保障委員会、青少年問題特別委員会の3つの委員会に所属しています。

委員会審議は、大臣による法案提出理由の説明から始まります。
「お経読み」と呼ばれ、抽象的な内容の原稿を大臣が2~3分で読むだけの儀礼です。
その後、質疑に入ります。質問時間は野党に多めに配分されます。
自民党1時間に対して、野党3時間位の感じです。
自民党議員はなかなか質問時間が回ってきません。
私の場合、直近では10月末に外務委員会でJICA法の改正案の質問に立ちました。与党内根回しを手伝っていたし、元JICA職員なので、麻生大臣や官僚よりJICAのことはよく知っていると思います。
この質問は、議員になって初めてリラックスしてできた質問でした。
蛇足ですが、参議院でJICA法案の質問をした山本一太参議院議員も元JICA職員です。
政府系金融機関の再編にからんだ今回のJICA法案の改正に向けて、山本さんや桝添さんのリーダーシップのもと、財務省や党内の反対派と戦ってきました。
不思議なことに、共産党も含めて全野党が賛成してくれた法案ですが、身内の自民党内の戦いは熾烈でした。
国会を通すより、与党審査を通す方が、難しいケースの好例です。

委員会では主に大臣が答弁に立ち、副大臣(当選3~5回の議員)や大臣政務官(当選2~3回の議員)、各省庁の役人が補佐します。
与党は誰が答えても文句を言いませんが、野党は頻繁に大臣の答弁を求めます。
もちろん大臣が答弁するのが筋ですが、例えば、外務大臣は国際会議や外相会談等で海外に出向くのも重要な仕事です。
必要以上に大臣の答弁を求めると、外務大臣が外国に出張できないという異常な事態に陥ります。
外務大臣不在のときは、副大臣の答弁でがまんしてくれるよう、野党にお願いしたいところです。

C.本会議の可決(国対政治の弊害)

本会議の可決は、全会一致のときは議長が「ご異議はありませんか?」と尋ね、全員で「異議なし」と答えて採決します。
反対がある場合、起立採決となります。
条約の承認や環境問題等は、共産党も含めて全会一致のケースも多いです。
前述のJICA法改正案は全会一致でした。
全会一致法案もけっこうありますが、ニュース性がなくて、あんまり報道されません。
もめる法案ばかり報道されます。

本会議で採決すれば、間違いなく政府・与党案が可決します。
そこで野党は、法案の審議、採決をさせない戦略をとります。
国会に法案を提出するまでは与党内の審議や根回しで苦労し、国会提出後は審議入りを巡って与野党の攻防が始まります。
委員会審議に入れない状態を「つるし」と呼びます。
野党のつるしをいかにして解いてもらうか、それが国会でのヤマ場です。
与野党の国会対策委員(国対)の幹部同士が、駆け引き、会議、根回しを繰り返し、審議に入れるか否かを、入れるとすればそのスケジュールを調整します。

A法案をあきらめるから、B法案のつるしを解いてくれ、といった取引が行われます。
ときには野党のメンツを立てるため、わざと審議を遅らせるといったこともあると聞きます。
与党は早く法案を可決したいし、野党は少しでも遅らせたい。
与野党間で無益なメンツ争いが行われ、政策論争よりスケジュール闘争が大きな意味を持ちます。これを「国対政治」と呼び、長年批判の対象となっています。
ちなみに自民党の一年生議員は国会対策委員に指名されますが、やるのは先輩議員の代理出席だけで、野党との交渉といったデリケートな業務はやっていません。

◆役に立たない国会マメ知識

(1)議員バッチ1個は初登院のときにもらえます。
予備バッチは購入しなくてはいけません。
バッチの値段は衆議院12,000円、参議院16,000円です。
参議院の方が高級です(貴族院のなごりでしょうか?)。

(2)自民党議員の食生活:政務調査会の各部会は朝8時から9時半の間、または、昼食時に開催されます。
朝の部会はお弁当箱に入った朝食が出ます。
昼食は必ずカレーライスです(サラダが付くことも)。
党本部のカレーを週4回食べている議員も多いです。
味はまあまあですが、毎日だと・・・。
自民党新人議員は当選直後に総理官邸の昼食会に招かれますが、そこでもカレーです。
自民党議員はカレーが好きみたいです。

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2006年8月 3日 (木)

亀田選手の判定勝ちと日本人のバランス感覚

昨日のボクシングでは、亀田選手が微妙な判定勝ちを収めました。
ボクシングのことはよくわかりませんが、それに対する世論の反応が興味
深かったです。

普通に考えると日本人が勝ったことを素直に喜びそうなものですが、判定が
フェアではないと考える人が多いようで、テレビ局に抗議が殺到したそうです。
マスコミ報道も世論の動向も、判定が間違っていたのではないかという捉え方
が多いようです。

この状況は日本人のバランス感覚の良さを示しているのかもしれません。
身内である日本人が勝ったとしても、判定のフェアさに疑念を持てば素直に
喜ばない。これこそ冷静で大人の対応だと思います。

日本人のバランス感覚の良さを垣間見た思いです。
日本は健全だと思いました。

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2006年7月 3日 (月)

脱サラ・政治生活 一周年記念日

そういえば昨日(7月2日)は、堅気のサラリーマンを辞めて、政治の世界に飛び込んで1周年記念日でした。

2005年6月30日に自民党神奈川県連の候補者公募の内定をもらい、7月1日に当時の勤め先のJICA(独立行政法人国際協力機構)を辞めました。
2005年7月上旬の段階では「郵政解散」なんて周囲の誰も想像もしていなくて、自民党総裁選挙のある今年の秋ごろに衆議院が解散するのではないか、と言われていました。それを前提に、1年半かけてじっくり地元を回り、それから選挙戦に臨む予定でした。

しかし実際は、候補者内定から約1ヵ月後にはあの夏の解散、そしてさらに1ヶ月後に総選挙となり、あっという間に気付いたら衆議院議員になっていました。

新宿でサラリーマンをしていた当時と比べると、ずいぶんと生活が変わりました。
間違いなく気苦労は増え、スケジュールはハードになりました。衆議院議員の事務所というのは、零細企業みたいなもので、私は零細企業のオーナー社長みたいなものではないかと思います。
人事の苦労、営業の苦労、資金繰りの苦労など、慣れない仕事に悪戦苦闘しています。
人数は少ないとはいえ、従業員の生活がかかっていることもあって、必死の思いで働いています。

1周年記念に際して、思いつくのは苦労ばかり・・・。
しかし、「にもかかわらず」がんばるのが、職業政治家です(確か、マックス・ウェーバーが「職業としての政治」でそんなことを書いていたような気がします。)。

財政赤字、少子高齢化、外交問題、教育問題など、今の日本は心配だらけです。
このままではいけないと、強く強く思います。
だからこそ、困難な状況「にもかかわらず」、強い意思と高い専門性を持ち、職業政治家として頑張っていきます。

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2006年6月25日 (日)

政策論

日本評価学会春季第3回全国大会のセッションのひとつに指定討論者(コメンテーター?)として参加して来ました。

セッションのタイトルは「エビデンス(証拠)に基づく政策立案の普及に向けて」というもの。一言で強引にまとめると、「社会実験等により効果が実証されている介入行為を、政府の政策として採用させることを目指す評価活動」のことです。

実際に成果が上がるかどうかわからない政策的介入を大規模に実施して失敗するよりも、小規模な実験で成果を検証した後で、政府の政策として採用すべきである、という至極まっとうな考え方です。
私も全面的に賛成です。

これまでの政策論議を不毛にしているのは、客観データに基づかない水掛け論です。かつて学力低下が問題視され、「学力論争」が起こりましたが、論争の結果わかったことは、学力が低下しているか否かを検証するためのデータが十分に存在しないと恐ろしい事実でした。
学力論争をするための十分な客観データがなかったという事実に愕然とします。

今日のセッションでは、客観的に検証可能なエビデンス(証拠)に基づく政策立案を行うための方法論について、教育、刑事司法、医療、ODAの4つの分野で議論がなされました。

一番の課題は、研究資金の問題です。
欧米では官庁が、この分野の調査研究のために助成しています。効果のない無駄な政策的介入をなくし、費用対効果が高く有効な政策的介入だけを実施していくためには、この「エビデンスに基づく政策立案」が重要です。
調査研究に経費をかけることで、無駄な政策をなくすことができるので、結果的に経済的にも十二分に割に合います。
行政のシステムに「エビデンスに基づく政策立案」を予算化・法制化していけるよう、努力していきたいと思います。

今朝のTBSラジオ「大宅映子の辛口コラム」で私のことをご紹介いただきました。
これからは「公」イコール「官」ではなく、「公」をNPOと行政で一緒に担っていく時代になる、といったお話しの文脈で、私の話しが出てきました。
最初大宅さんは、私が「つるんとした顔」で頼りないルックスなので、「杉村太蔵さんと同じようなタイプの小泉チルドレン」だと思っていらっしゃったそうです。
しかし、私の話しを聞いてみると、フットワークが軽くて、理想を実現するために積極的に行動していて、期待がもてる、といった趣旨のお褒めの言葉を頂きました。

辛口でなる大宅映子さんからお褒めの言葉をいただだけのですから、喜ばしいことです。 ルックス的に頼りないのは十分自覚していますが、やはりというかここでも指摘されてしまいました(笑)。

そういえば昨日のブログに書きましたが、見ず知らずのおじさんから突然「勉強不足だ!」と怒られたのは、勉強してなさそうに見える頼りない外見のせいかもしれません。しかしここで言わせて頂きますが、見た目は勉強していないように見えるかもしれませんが、忙しいスケジュールの合間を縫ってけっこう本は読んでいる方だと思います(国会議員の平均よりは・・・)。

今日の政策評価学会のセッションのためだけに、政策評価の関連の論文を何本も読み、そして総務省行政評価局の評価担当官や国会図書館の専門家から説明を受けました。今日の評価学会でわずか10分間話すために、少なくとも10時間以上勉強しました。
評価学会に参加するのも2度目ですし、これまでの蓄積も考えると、「政策評価」という分野はについては国会議員の中で最も知識がある部類に入ると自負しています。

さて、この「頼りないルックス」をどうするか。
いえ、ルックスは変えられませんので、行動力でイメージを変えていこうと思います。しばらくはむしろこのギャップを利用してやるとしますか(笑)。

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2006年6月23日 (金)

残念な朝・・・

サッカー、負けてしまいましたね。
実は、私も社会人時代に東京都社会人4部リーグ20ブロック(だったと思います)でプレーしていました。当時の勤務先のJICA(当時:国際協力事業団)サッカー部のマネージャーのひとりとして主に事務作業に従事しつつ、時々試合にも出ていました。
私の場合、プレーヤーとしての評価は芳しくなく、マネージャーとして主にフィールド外で活躍していました。例えばサッカー連盟(協会だったか?)との連絡調整、サッカー会場の予約、審判の手配、対戦相手チームとの連絡、合宿の宿の予約、宴会の手配といったところでしょうか。
そんな私でもやっぱりサッカーは楽しくて、JICAサッカー部にはいまだに愛着を感じます。
JICAサッカー部では途上国からの技術研修員チームと毎年国際交流戦をやっていました。アフリカ系の研修員は身体能力が高かったり、ラテンアメリカ系研修員はお腹が出ていてもボール裁きが絶妙だったり、とお国柄や地域柄が出て楽しい交流戦でした。
と、思い出話はさておき、サッカー敗戦、実に残念です。

今朝はさらに不愉快なことが・・・。

朝から駅頭で演説して、立法府の改革について議論していたら、スーツ姿の年上男性から突然、「イギリスの議会制度を知っているか?」と聞かれました。”知っている”という言葉のレベルも色々でしょうから、とりあえず「どういうことでしょう?」と答えたところ、その方は次のような内容の話をひとしきり怒鳴って、出勤して行かれました。

「お前たちみたいな勉強不足の自民党の国会議員が何も知らないくせに偉そうなことを言うな。イギリスの議会は二院制ですばらしく、それを真似た日本の二院制もすばらしい。だから立法府の改革なんて議論は無意味だ。イギリスの議会のこともろくに知らないで、議会の改革なんて議論はやめろ。」

私も一応、ロンドン大学博士課程の留学経験がありますので、イギリスの議会が二院制であることはもちろん、政治や行政については専門的なことも多少勉強してきたつもりです。

その方も、そこまでのご意見を持たれるからにはおそらく背景事情や知識をたくさんもたれているのでしょう。多少なりとも議論したかったのに、その方は自分の言いたい事を怒鳴った後は、さっさと改札に向かって行きました。
すっかりやる気を失い、それで今朝の駅頭演説は止めにしてしまいました。
すみません。
(今朝の方、もしこのブログをご覧になっていらっしゃいましたら、是非メールを下さい。ご意見聞かせて頂きます。)

今朝は午前8:30時点ですでに残念な事件が2件も起こりました。
これから一日どうなるんだろう・・・。

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2006年6月15日 (木)

講師よりも聴衆の方が大物の講演会

外国人記者クラブという場所で小さな会合で1時間ほど講演させてもらいました。
某国大使や大使夫人、一流企業の元役員、大物評論家、大学教授等、各界の一流の人がたくさん来る会でした。 聞けば誰でも知ってるような評論家が、私のような小者の「小泉チルドレン」の話を聞きに来てくださったのが不思議でなりません。
これまでの人生(ICU⇒フィリピン留学⇒JICA⇒NGO⇒イギリス留学⇒JICA復帰⇒総選挙⇒今に至る)についてお話ししたところ、自民党の現職国会議員とは思えないキャリアがけっこう受けたらしく、評判はまずまずでした(社交辞令も含む)。講師よりも聴衆の方が大物という珍しい講演会でした。

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2006年6月11日 (日)

雨の日曜日

早朝、麻生区の少年野球大会の開会式に出席。
その後、多摩区の剣道大会の開会式に出席。
後援会の方に用事があって何軒かのお宅を訪問しました。
けっこう雨が降っていました。たまたま今日履いていた靴の片方に穴が空いていて、穴から水が入ってきて、靴下がぐちゃぐちゃになりました。
お邪魔したお宅の何件かで「上がってお茶でも飲んでかないか?」と言われました。が、靴下がびしょびしょに濡れていて、床を汚してしまいそうだったし、恥ずかしかったしで、お申し出をお断りしてしまいました。
靴くらいまともなものを買わないと業務上の不都合が生じることがわかり、さっそく靴を買いに行くことにしました。

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2006年6月 6日 (火)

河野洋平議長とのお食事

かつて私自身が創設に関わった「ジャパン・プラットフォーム」という国際協力NGOの事務局長がお見えになりました。ジャパン・プラットフォームの組織改革の方向性、最近の活動(特にインドネシアの緊急人道援助)について説明を受けました。ジャパン・プラットフォームは設立以来の6年の間に、予算で言えば50億円以上の緊急人道援助活動を行ってきました。アフガニスタン、イラク、インド、パキスタン、スーダン等の世界中の紛争地や自然災害の被災地で人道支援を行ってきました。組織が大きくなり、さまざまな改革が必要な時期に差しかかっているようです。

私もゼロからの立ち上げのときにジャパン・プラットフォームに関わっていたので、今でも特別な思い入れがあります。私は今、ジャパン・プラットフォームはじめ国際協力NGOが世界の現場で活動しやすい環境を整備すること、具体的には、NPO優遇税制の拡充、ODA資金による助成の拡大等のため、国政の場でがんばっています。

夜は神奈川県選出の新人議員全員で河野洋平衆議院議長との会食に行きました。けっこう緊張しました。息子さんの河野太郎議員とはつい先日横浜のデパートでベトナム料理を食べたばかりですが、お父様と親しくお話させて頂くのは初めてだったので、何を話して良いのかわからず、ひたすらお話しを聴いていました。河野議長の若い頃、新人議員の頃のお話をうかがっていると、やっぱり太郎議員のお父様だなと妙に納得しました。洋平議長は55年体制真っ盛りの頃に自民党を割って出て、新自由クラブを設立されました。
当時の一般的な感覚としては無謀だったと思います。今の河野太郎議員の総裁選出馬宣言も永田町の常識から言うと相当無謀です。やっぱり親子はどこか似るものだと感心しました。

ちなみに、河野洋平議長は生体肝移植のレシピエント(受け手側)です。生体肝移植を受けていなければ今頃生きていらっしゃらないはずですが、移植医療の進歩のおかげで(それからドナーとなった息子さんの決断のおかげで)、今も元気に衆議院議長としてたいへんな重責を担っていらっしゃいます。けっこうボリュームのあるイタリア料理をぺろりと平らげ、最後のデザートまで全部召し上がられていました。河野洋平議長のように尊敬できる政治家が、移植医療のおかげで今もご健在で働いていらっしゃることをうれしく思います。

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2006年4月16日 (日)

職業としての政治家

母校ICU(国際基督教大学)の学生(1~2年生中心)を対象にした「キャリアナビ:卒業生たちのキャリア・デザイン」というイベントに講演者として参加しました。

コカコーラ、ソニー、開発コンサルタント会社に勤める卒業生と一緒に、卒業後のキャリア、学生時代に学んだことで仕事の役立っていること、これからの目標などをお話ししました。 事前にメールでもらっていた学生の質問の中には、信念や人生観に関する質問も
あったため、真剣に自分の人生を振り返りました。もともと発展途上国の開発に興味があって、学生時代は開発問題だけを勉強し、大学卒業後も一貫して途上国の開発に関わる仕事だけをやってきました。政治経験はまったくないのに、突然国会議員に転職した私の人生設計は、人様にお勧めできるものではありません。

転職回数も多いし(契約ベースの短期の業務や出向を入れると7回転職)、あまり大学の就職相談室主催のイベントにふさわしくない講演者だと思いましたが、人生の転機で何を考え、何を判断基準に決断してきたかをお話ししました。同世代の平均的なサラリーマンよりも、努力してきたつもりだし、痛い目にも遭ってきたと思うし、リスクをとりながら生きてきたと思います。今までの人生を自己評価すると、2勝4敗3引き分けといったところでしょうか。私は、人生はトーナメント戦ではなく、リーグ戦だと思っています。まだまだ勝負はこれから。

と、以上のようなキャリア関連の話しをした後に、議員会館での学生インターン募集の話しをしたところ、イベント終了後10名以上の学生がインターンを希望してくれました。最近の学生は積極的でびっくりしました。学生時代の私は、政治家は胡散臭いものだという先入観があり、国内政治にはあまり関心がありませんでした。国際政治やフィリピンやインドネシアの政治、それに政治思想には関心があったのに、国内の政治はなぜか不信感がありました。学生時代の自分だったら、議員会館のインターンなんて絶対に応募しませんでした。一時期ほどは政治不信や自民党不信がなくなってきているのかもしれません。若い世代が政治に関心を持ってくれるのはいいことです。

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2006年3月30日 (木)

ショッキングな事件

今朝の新聞の一面は非常にショッキングな内容でした。
先週地元の川崎市多摩区中野島で発生した小学校3年生お子さんのビルからの転落事件が、実は犯罪だったという報道でした。
たまたま事件のあった日に車で移動していたらパトカーが随分たくさん走り回っていたので何事かと思っていましたが、後で小学生がビルから転落して亡くなったと聞き、てっきり事故だと思い込んでいました。
というよりも、まさか犯罪だとは思えませんでした。なんでそんな犯罪が発生するのだろうと信じられない思いです。地域の皆さんもきっと同じ思いをお持ちのことでしょう。

何とかしなくてはいけません。国政の場で、また、地域で何ができるかをしっかりと考え、解決のために何らかのアクションを取っていきたいと思っています。

今日のスケジュールは、
朝は新百合ヶ丘駅で駅頭演説、
午前中は衆議院・青少年問題特別委員会出席、
アメリカ大使館政治部のスタッフと昼食、
午後は本会議出席、
国連広報センターのスーダン報告会出席、
夕方は財政金融勉強会の懇親会、
といったところ。

今日もあわただしい一日でした。

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2006年3月20日 (月)

スピーチの準備は大変だ

朝一番は向ヶ丘遊園駅にて駅頭演説。昼間は地元活動。 そして夜は議員会館に出向いて、講演の原稿づくりに追われています。

明日は母校の福岡県立筑紫丘高校の東京研修旅行で講演です。
未来のある高校生の前で下手な話はできないので、無い知恵を絞って一生懸命原稿を考えました。高校生時代から今までの人生を振り返って、これまでにやってきたことを高校生の皆さんに紹介しようと思っています。

私もまだ32歳。人様に説教ができるほど偉くもないし、過去を振り返るほどの年齢でもないのですが、高校の後輩数百人を前に話すので、それなりにまとまりのある話にしなくてはいけません。これがなかなか難しいです。

そしてあさっては党本部にて東京在住の外交官向けの講演会で10分間スピーチをしなくてはいけません。外国の外交のプロの皆さんを相手に関心のある政策分野や外交問題について話をしなくてはいけません。10分間の短いスピーチですが、これもなかなか難題です。

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2006年3月 1日 (水)

客観的なデータが重要ですよね

今日はなぜか心理学雑誌の取材を受けました。
忙しい職業の人がどうやって睡眠をうまくとっているかという特集だそうです。
私の他にインタビューを受けたのはパイロットさんだそうです。どんな記事になるのかよくわかりませんが、知り合いの紹介なので、取材を受けました。
記事がボツにならないことを祈っています。

夕方、党本部国際局主催の勉強会でインドネシア地域研究者として有名な白石隆教授(政策研究大学院大学)の講演を聞きました。
白石先生の著書(日本語)はほとんど読んでおり、前々から白石先生の大ファンでした。白石先生の講演は「東アジア共同体をどう考えるか」というテーマでした。大局的なお話であるにも関わらず、非常に具体的でわかりやすく、さすがに優秀な学者は説明が上手でした。
白石先生は東アジアの歴史、社会、政治、文化、言語等について幅広い知識をお持ちで、客観データに基づく議論はたいへん参考になりました。やはり政策判断の背景には学術的な知見やデータが必要だとつくづく思いました。

政治やマスコミ報道の世界では、客観的・定量的なデータや緻密な情勢分析に基づいていない浅薄な政策論議が満ち溢れています。ややもすると浅薄で性急な結論の方が、歯切れが良くてかっこよく見えることがあります。冷静で慎重な見方をすることが、時と場合によっては難しいことも多々あります。
あたたかい心を持ちながらも、クールな頭脳を持って的確な判断ができる政治家を目指したいと思います。

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2006年2月20日 (月)

質問のしかた

今日の午後は衆議院の予算委員会の応援でした。
野党によるライブドア問題の追及もネタがなくなってきたようで、あまり白熱した議論にはなりません。このところ、予算委員会にずっと出てきて、耐震偽装問題、狂牛病問題、三位一体改革など、特定のテーマに質問が集中し、だんだん同じ質問の繰り返しが多くなってきました。同じ質問を異なる質問者が尋ねるケースが多く、何度も同じような質問と返答を聞いているような気がしてきます。

もし自分が質問に立つことになったらどんな質問をしようかと考えてみました。
所属しているのが、外務委員会、安全保障委員会、青少年問題特別委員会の3つの委員会ですが、青少年問題特別委員会は最近質問したばかりなので、外交と安全保障についての質問のアイデアを考えています。

他の議員の質問を聞いていて思うのは、あまり抽象的な質問や大雑把な質問をしても生産的ではないようなので、具体的な質問を心がけるといいように思いました。また、先輩議員からはなるべくこれまでの経験(私の場合はJICAやNGO)とからめて質問するといいとアドバイスされました。
そこでPKOのより効果的な実施方法(特に人道援助機関と自衛隊の効果的な連携、PKO拠出金のモニタリング方法)、平和構築への日本としての関わり方、機構改革が見込まれるJICAのガバナンスのあり方、海外で紛争が発生した場合の邦人輸送などのテーマを質問の候補にしようと考えて、情報を集めています。結果は質問の機会が回ってきたら、ご報告させていただきます。

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2006年2月 7日 (火)

読む価値ある速記録

今日は丸一日近く衆議院の予算委員会の待機でした。たまたま欠席議員の差し替えで着席したら、けっこうテレビに写る位置だったようで、夕方の横浜の会合でいろんな人に「さっきテレビで見たよ。」と声を掛けられました。

民主党の岡田元代表の質問は、興味深い指摘も多く、フェアでまじめな方だと思いまし。
その他の野党の先生方の質問は繰り返しが多くて退屈になってきたので、昨日の予算委員会の速記録に目を通していました。
昨日質問された伊吹先生などの自民党の大先輩方の質問には、チャーチルの言葉が出てきたり、財政全体の方向性が議論されていたり、環境問題についての大局的な見方が出てきたりと、読み応えのある速記録でした。与党議員は重箱の隅を突くような質問はしないで、各人の哲学や基本方針を述べる質問が多く、勉強になります。

予算委員会の最中に紀子様ご懐妊のニュースが流れました。男の子でも女の子でもおめでたいことです。時期が時期なだけに、皇室典範改正問題とからめて議論されそうな気がします。国民みんなでご無事の誕生をお祈りしましょう。

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2006年1月30日 (月)

地元と永田町のバランス

自民党外交部会の下にある「国際NGOに関する小委員会」の事務局長になりました。
今は臓器移植法案の改正だけでも忙しいのに、またしても仕事が増えてしまい、地元対策がおろそかになりそうで心配です。
さっそく本日、小委員会の小野寺委員長の事務所で外務省の民間援助支援室長と人道支援室長から説明を受けました。打ち合わせをしていくうちに、だんだん熱っぽくなってNGO強化のための方策について熱く語ってしまい、委員長から来週までにポジションペーパー(政策の論拠や考え方を簡潔にまとめたもの)をつくるようにとの宿題をもらいました。私の悪い癖は自分で自分の仕事をついつい増やしてしまうことです。
臓器移植法案で手一杯なのに・・・。

国際NGO小委員会の打ち合わせの後に、体調が悪く熱っぽかったので医務室に行ってみたところ、風邪でした。喉が腫れていて熱があるので、薬を大量にもらって、水分をたくさんとってよく寝るようにとの指示。明日は駅頭の朝立ちもお休みです。

午後は本会議でしたが、補正予算の可決が予定されているため、禁足がかかっていました。禁足とは、国会の周辺に待機していて、いつでも国会に戻れる状態にスタンバイしておくことを言いようです(正確な定義は不明)。体調が悪いのですが、家にも帰れず、議員会館の事務所で事務作業に集中していました。

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2006年1月13日 (金)

ガシコウカンカイ

このところ毎日のように賀詞交換会に出ています。
実のところ「賀詞交換会」という言葉を政治家になって始めて耳にしました。
「ガシコウカンカイ」と聴いて、「ガシ」ってなんだろう、としばらく考えた末、恥を忍んで人に尋ねました。
「新年会のことですよ。」とあっさりした返事が返ってきて、初めて「賀詞」だと認識できました。
業界団体、市役所・区役所、市会議員・県会議員等の賀詞交換会のお誘いが沢山重なり、それに出るのが1月中の主要な仕事になりました。賀詞交換会ではスピーチをさせてもらえる機会もあるのですが、まだまだ苦手で毎回苦労しています。

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2006年1月 3日 (火)

お正月の会館ごもり

お正月休み(?)は議員会館にこもり続けています。
大晦日の昼間、元旦の夕方、2日の終日、3日の昼間とずっと議員会館でパソコンに向かっています。某新聞社の硬いオピニオン誌に6千字のエッセイを書かせてもらえることになり、締め切りを目指して必死でパソコンを叩いています。もっとも編集の段階でボツになるかもしれないので、まだ雑誌名は伏せさせていただきます。

年末年始も毎日来るので議員会館の衛視さんたちとも顔なじみになってきました。さっき地下鉄の駅であった私服姿の衛視さんたちも気軽に声をかけてくれました。たまにはこうして一人きりになって書き物をするのもいいものです。自分の頭の整理にもなるし、記憶があやふやなところを調べ直したりするのもいい勉強です。やはり人間には一人になって考える時間が必要だと思います(と負け惜しみ)。

一人になるのはいいのですが、永田町近辺は年末年始に空いているお店が少なくて苦労しました。たまたま空いている店は焼肉屋だったりしますが、一人ではちょっと入り難いですね。結局この数日間でカップ麺を4回食べ、牛丼屋に5回行きました。昨日の夜は「Y家」で、今日の昼は「M屋」だったから、夕食は「Sや」にしよう、という具合の食生活です。
ちょっと寂しい正月休みだったでしょうか。

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2005年12月31日 (土)

今年1年いろいろありました

私にとって嵐のような激動の1年が今日で終わります。
総理官邸を見渡せる議員会館520号室で1年を振り返りながら、この文章を書いています。さすがに大晦日に議員会館でパソコンに向かっている国会議員はほとんどいないようで、会館は閑散としています。

去年の今頃はインド洋津波災害発生直後のインドネシアのスマトラ島で緊急人道援助に携わっていました。今年の初日の出はメダン空港の倉庫で援助物資の積み込みの手続きをしながら迎えたものでした。思えば、激動の1年の始まりにふさわしい忙しいお正月でした。

そして今、9月11日の総選挙を経て、衆議院議員として活動しています。自分でも信じられないくらい変化の激しい1年間でした。政府機関(JICA)で働いているときには、行政システムの非効率や硬直性に悩まされ、今の政府の仕組みを大きく変えなくてはいけないと思いました。

NGO/NPOで働いているときには、政府がパブリックセクターを独占するシステムがすでに破綻していることに気づき、行政とNPOや企業、地域社会とが一緒になってパブリックセクターを担っていく「新しい公共」が必然の流れだと感じました。

今年は経済効率至上主義の弊害が顕著になりました。来年も「自立した市民からなるやさしい社会をつくる」というビジョンのもと、官から民へ、小さな政府へという構造改革路線を進めるため、国政の課題に全力で取り組みます。

何でもお上まかせの中央集権全体主義国家でもなく、経済効率最優先の弱肉強食の市場万能主義でもなく、小さくても効率的な政府と思いやりのある市民社会を目指した制度づくりに取り組んでいきたいと思います。

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2005年12月22日 (木)

立法スタッフネットワーク

立法スタッフネットワーク(?)という勉強会の人たちの忘年会に参加しました。
党職員(自民、民主)、議会スタッフ(衆参両院の調査部門や法制部門)、政策担当秘書(自民、民主)、大学教員、民間企業(コンサルタント会社等)の人たちの勉強会ですが、党派を超えてより良い政策づくりのために集まっています。
議員で出席していたのは私一人でしたが、民主党の政策秘書や党職員と話をしたのは初めての経験だったので刺激的でした。やはり日本の議会では、政策立案のためのインフラが不十分だと感じました。
改善すべき点としては、
(1)政策秘書の増員(現在1名⇒せめて5名に)
(2)シンクタンクの創設・強化
(3)政党の政務調査会の機能強化
等があげられます。
時間をかけて取り組んでいきたいテーマなので、勉強会で出会った人たちと意見交換しながら、じっくり勉強したいと思います。

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2005年11月21日 (月)

初心新たに

立党50周年記念行事の一環として自民党の学生部全国大会が開催され、私も「青年局次長」という肩書きで参加しました。
いまだに大学院に在籍している私は、本当は学生部に入れるのかもしれませんが、次長の肩書きで参加させていただきました。学生部代表者会議の議事が終わると、テーブルごとに学生と国会議員との少人数の懇談会が持たれました。私の場合、6名の学生からいろんな質問を受け、それに答えるという形式の懇談でした。「派閥についてどう思うか?」とか、「国会議員になりたいと思ったきっかけは?」といった質問が続き、公募の面接試験を思い出しました。

私の場合、政治に関心があって政治家を目指したという感じではありません。途上国援助の政策や教育政策といった政策論に関心があり、政策を形成し、それを実現していくためにはどんな職業に就けばよいかと自問自答した結果、政治家になるという選択肢を選びました。
最初に途上国の貧困問題や教育問題に関心があり、それらの問題解決のための政策を形成し、実行に移していくためには政治を変革しなくてはいけないと思い、政治家を志しました。

学生との対話を通じて、政策通の国会議員を目指して精進しようと決意を新たにしました。

(ところでこれをいつも読んで頂いている皆様、毎度”オチ”がない文章ですみません)

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2005年11月16日 (水)

「鉄砲玉」拝命!

臓器移植法案の改正に向けた準備が進んでいます。
臓器移植法案のように倫理観に関わる法律については、内閣提出法案ではなく、議員立法で法案を制定するのが慣例になっています。また、倫理観や死生観に関わる課題であるため、党議拘束もなく、超党派で法案を制定していくことになります。

神奈川県連会長の河野太郎代議士は、ご自分が生体肝移植を経験したという事情もあり、臓器移植法の改正を強力に主張されています。しかし、河野さんは今回の内閣改造で法務副大臣に就任し、政府の一員になったため、議員立法に関わることができません。
そこで私、不肖の新人議員 山内康一が、河野さんの仕事を一部引き継いで臓器移植法改正に向けた準備をさせていただくことになりました。
河野太郎さんのメールマガジン「ごまめの歯ぎしり」の11月15日号を転載します。

-----以下転載-----

ごまめの歯ぎしり メールマガジン版 河野太郎の副大臣日記 ============================================================
新人の山内康一代議士が、僕が政府入りしてしまったので臓器移植法の改正はどうなるかと心配してくれている。
彼を後任の鉄砲玉に任命する。

-----以上転載終わり-----

というわけで、河野太郎さんの後任として、臓器移植法改正の「鉄砲玉」に就任しました。

国の第一の仕事は国民の命を守ることだと考えます。
臓器移植法案の改正で多くの命を救うことができます。
しかも臓器移植法の改正は、議員立法でなければできない法改正です。
国会議員にしかできない仕事です。

賛否両論あり、難しい課題ですが、国会議員としての責任を果たすべく、
全力でがんばります!

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2005年11月 6日 (日)

佐賀の福岡議員

同僚新人議員の福岡資麿さんの応援に佐賀市に行きました。
福岡さんは私と同じ昭和48年生まれの新人議員です。
立候補する前は三菱地所でサラリーマンをやっていたさわやか好青年です。

http://www.takamaro.jp/top_new.html

彼は佐賀1区選出の衆議院議員で、「福岡」という姓です。
自己紹介するときには「佐賀1区選出の福岡です。」と言っているのでしょうか?
混乱を招きやすい名前で、きっとご苦労されていることだろうと、余計な心配をしてしまいます。

佐賀城跡は立派なお濠があってとてもきれいです。地元の人が言うには、日本一美しいお濠だそうです。広い道路と整然とした市街地が印象的でした。

私の任務は福岡さんの後援会夫人部の国政報告会において、パキスタン地震対策本部の現地調査報告をお話しすることでした。当初見込みの入場者数は70~80名のところ、実際には140名もの多くの皆さんがお集まりになり、大盛況でした。福岡さんの人気はたいしたものです。もし今の段階で、私が後援会の国政報告を開いてもこんな大人数は集まらないでしょう。福岡さんは難しい問題をわかりやすく説明するのが上手です。また、有権者にとって耳に心地よくない国民負担増の話しもきちんと説明します。有権者の皆さんの負担を増やさざるを得ないような政策であっても、必要な政策であれば、逃げずに誠実かつ丁寧に説明することが重要だと思います。見習わなくては・・・。

パキスタンの地震報告の前に、国際貢献の意義や人道支援の重要性について簡単にお話させていただき、その後、ピースウィンズ・ジャパンにご提供いただいたスライド写真を見ながらご報告しました。遠く離れたパキスタンの災害ですが、皆さん真剣に聞いてくださいました。予想以上に反響があり、報告会終了後に募金を呼び掛けたところ、あっという間に4万円以上の募金が集まりました。国際協力に関する話は、一般の方々にも意外に受けるということがわかり、ちょっとうれしくなりました。
私ももう少し自分の後援会の会員が増えてきたら、是非とも国際貢献をネタに報告会を開きたいと思っております。

追伸:私の後援会会員は随時募集中ですので、多摩区と麻生区在住の方は是非ご連絡ください。

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2005年10月31日 (月)

いってきます

今日はいよいよパキスタンへ出発です。
午前(7:00~8:30)と午後(15:00~16:30)の2回にわけて、パキスタン地震
被災者の皆さんへの街頭募金を行いました。今日の反応はなかなかでした。
午後の部では20歳代の若い人が何人か声をかけてくれて、政治に無関心な若者が
多いと言われることも多い昨今ですが、実際にはそうでもないということを実感しました。

これからの政治活動は、いかに若い人たちの参加を担保できるのかが重要になると
思います。子どもをつくる若い世代の意見を踏まえた政策を打ち出していかないと、
少子化対策もうまくいかないと思います。また、少子高齢化で負担が増える現役世代
(特に若い世代)の意見を大事にしていくことも大切だと思います。
こういったブログを読んでくださる方々の中には若い世代も多いと思います。
若い世代に向けて情報発信をがんばっていきたいと思います。

これから23:30の全日空機でパキスタンに行ってきます!

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2005年10月29日 (土)

古巣

私の古巣のJICA(国際協力機構)主催の青年海外協力隊40周年記念式典に出席
しました。天皇皇后両陛下、小泉総理はじめ、国会議員、各国の在京大使も多数参加
され、大きなイベントでした。

かつての上司や同僚がたくさんいてあいさつ回りに忙しかったのですが、元上司に
「山内先生」などと呼ばれると冷や汗ものです。そんなときは「先生は勘弁してください」
とお願いしていますが、やっぱり目上の方や年上の方に「先生」と呼ばれるのは違和感
があります。さらに同期入社組の友人たちが、私が「先生」と呼ばれるのを嫌がっている
のを知っていて、わざと「山内先生」と呼び掛けてきます。今年の7月1日にJICAを退職
して選挙戦に臨んだわけで、ある意味でJICAを裏切ってしまった形になってしまいました
が、JICA関係者はおおむねあたたかく見てくれているようです。
日本のODAをさらに良くしていくためには、JICAの頑張りが大切です。古巣のJICAとも
良好な関係を保ちつつ、言うべきことは言っていくというスタイルを確立したいと思って
おります。

その後、時折小雨の振る中、新百合ヶ丘駅南口でパキスタン地震被災者の方々のため
の募金活動を行いました。約2時間で1万6千円程ご寄付をいただきました。
10月8日の地震発生から時間がたっていることもあって、関心がやや低くなっている
のかもしれません。しかし、死者5万人以上、被災者400万人以上と言われる大災害
なので、災害発生直後の緊急救援も大切ですが、住居の再建やインフラの復旧など
中長期的な復興支援が重要になってきます。緊急援助だけが災害援助ではありません。
長期的な視野に立った復興支援も必要であり、そのためにはこれからもJICAやNGOに
よる息の長い支援活動が求められます。
ご寄付をいただいた皆様、本当にありがとうございました。

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2005年10月28日 (金)

意思があれば

今日は自民党外交調査会で「東アジア共同体」について議論するため、ASEANの
10カ国の在京大使に党本部にお越しいただきました。
久しぶりにつたないインドネシア語を使ってインドネシア大使にご挨拶し、フィリピン大使
にはフィリピンの大学に留学していたことをお話し、東南アジアの懐かしい思い出に浸り
ました。毎回思いますが、「東アジア共同体」の議論は、夢があって楽しいものです。
東アジアの信頼醸成、相互依存関係の強化のため、日本側にも改善すべきことが沢山
あります。関税の問題、貿易のルールの問題、安全保障の問題等など、具体的な課題
もありますが、その先に東アジア共同体の形成という壮大なビジョンがあり、時間をかけて
実現していく必要があります。

夜は、作家、自然保護活動家として長年活躍してきたC.W.ニコル氏の叙勲祝(英国政府
より叙勲)の会に出てきました。環境保護関連のNPOの皆さん、食品会社(ハム)や
ウイスキー会社等のニコルさんがテレビのCMに出ていた会社の方々、英国大使館関係
者など等、いろいろな分野の人が来ていて、非常に勉強になる話をたくさん聞けました。
特にC.W.ニコルさんが主催している財団の環境教育の活動は非常におもしろかったです。
障害をもつ子どもたちや児童虐待の被害者の子どもたちを森に連れて行って、環境教育
をやることで子どもたちのストレスを緩和していくといった活動に取り組んでいるそうです。
公教育と同時並行して、こういった民間非営利団体(NPO)の教育活動が活発になること
が、日本の教育を改善していく一助となると思います。
環境教育や心の教育の実践はやはり公立学校には難しい課題です(そこまで公立学校
に求めるのは酷だと思います)。
こういったNPOや民間財団の頑張りが大切だと思います。

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2005年10月 9日 (日)

パキスタン地震被害拡大

パキスタンの地震では、私の古巣のピースウィンズ・ジャパンがさっそく現地にスタッフを
派遣したようです。また、旧知のNGO関係者に電話すると、すでに緊急オペレーション
が本格化している様子でした。NGOやJICAの緊急援助対応チームの皆さんには
がんばってほしいものです。
また、悲しいことにパキスタン赴任中のJICA専門家の方が地震でお亡くなりになりました。
私もJICA勤務時代に、専門家の方々と一緒に仕事をしておりましたので、本当に残念
でなりません。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

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2005年10月 8日 (土)

パキスタン地震

パキスタンで大きな地震があったようです。たまたまNGO時代の友人と夕食に行く
予定だったのですが、急遽パキスタンの地震の緊急援助対応のためにキャンセルに
なりました。
私自身、地震に関しては、2001年インド西部地震、2002年インドネシアのジャワ島西部
地震、2004年インドネシアのスマトラ島沖津波・地震災害等で緊急人道援助活動に
従事した経験があります。
また、アフガニスタンで活動していた頃にパキスタンにも何度も行ったことがあり、パキスタンのNGOにもコンタクトがあります。
私も国会さえなければ、現場に飛んで行って、緊急援助のお手伝いをしたい気持ちです。

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2005年9月12日 (月)

:「公募新人奮闘記」は新たなステージへ!

皆様へ(スタッフ代筆)

昨日の開票後より、多大なアクセスを頂いておりましたが、更新が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。
実は、あまりというかほとんど知られていないことですが、現在の公職選挙法では開票後の「当選しました!」や「ありがとうございました!」などの記述が一切禁止されています。

皆様に、山内の心情を何もお伝えできないことが誠に、非常に残念です。
客観的な開票結果の記述のみが許されていますので、それはトップページに記載させて頂きました。

さて今後、 活躍の場を新たなステージへと移す山内康一ですが、いつまでも「新人」という言葉には甘えずに、しかし初心を忘れることなく奮闘してまいります。
近々にHPをリニューアルいたしますので、ご期待くださいませ!

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2005年8月24日 (水)

誕生日のお祝い電話

夜の10時過ぎに自民党本部の番号で携帯に電話がかかってきました。
こんな時間に党本部から緊急連絡!
すわ一大事か、とびっくりして電話に出てみると、自民党改革実行本部のNさんでした。
Nさんいわく、「山内さん、あと2時間で誕生日だね。おめでとう!私みたいなおじさんから祝ってもらってもうれしくないかもしれないけれど、32歳の誕生日おめでとう。」というやさしいお言葉。
そういえば明日(8月25日)は32歳の誕生日でした。
あまりの忙しさに自分の誕生日さえ忘れかけていました。
Nさんは、候補者公募の選考試験以来ずっとお世話になってきました。
未知の世界に飛び込んで右往左往している僕に、Nさんはいつも親身になってアドバイスをしてくださいます。
党本部に行くと必ず時間をとって声をかけてくださり、ずっとお世話になりっぱなしです。
地元の自民党関係者の皆さんや学生時代の友人、NGOやJICA時代の同僚等、みなさんが僕の体調のことや食事のこと、睡眠のことを気遣ってくださいます。
見ず知らずの土地に引っ越してきたばかりの僕にやさしくしてくださる地元の人たちには本当に感謝しています。
公募で選ばれてから1ヵ月半ほどしかたっていない私を親身になって応援してくれる自民党関係者の皆さん、ホームページを見てボランティアを申し出てくれる学生などなど、多くの人たちに善意と協力に支えられてなんとかやっています。
政治活動を始めて1ヵ月半ですが、周囲の人たちのやさしさや思いやりに、「じ~ん」とすることばかりです。
前のブログで書いたように、駅頭や投稿メールで誹謗中傷や文句を言われることもありますが、その何倍も多くの人たちの応援してもらってがんばっています。
今夜自民党本部のNさんの誕生祝い電話をいただき、周囲の人たちのやさしさと思いやりをあらためて感じました。
短い電話でしたが、すばらしい誕生日プレゼントでした。

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2005年8月 5日 (金)

初のマイカー購入

生まれて初めて自動車を買いました。9万キロ以上走っている中古の軽自動車バン(S社製)です。狭い道が多い多摩区では、軽が一番です。車を買ったことも、ほしいと思ったこともない私は、どうやって車を選ぶのか検討もつきません。そこでコンビニで買ってきたクルマ雑誌をチェックし、多摩・麻生にある販売店の在庫のなかからまたしても「一番安いやつ」を選びました。免許はゴールド(しかしペーパードライバー)の私は、運転に慣れていないので、これから練習です。

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2005年8月 4日 (木)

多摩・麻生の坂道

今日は麻生区の自民党関係者の事務所に行く用事がありました。地図を見たところ、直線距離でざっと8kmほど。遠くは無いだろうと感じられたのでスーツを着て自転車に乗って出かけました。8kmなんて楽勝じゃないか、と僕が育った福岡の片田舎(これは平野部)のイメージでいました。ところがどっこい、多摩区と麻生区は丘陵地帯でアップダウンが激しく、予想以上に自転車には過酷な条件でした。暑いし、坂道は多いし、へとへとでした。私の地図(ロードマップ)で見ると平面なので油断していましたが、現実の世界はでデコボコです。ロードマップでは高低差がわかりにくいという欠点があることを体感しました。

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2005年7月31日 (日)

戦略会議開催!!

今日は「戦略会議」。
これから政治活動をすすめるにあたって、どのような価値観・理念のもと、どのような政策をもつのかは最重要のテーマです。また一方で、それらをどのように表現していくか、特にわかりやすく表現することにもこだわらなくてはいけません。
そこで、このホームページに載せる文章を考えるため、僕のNGO時代の友人(広報を担当している心強い味方!)や大学時代の同期などに登戸まで集まってもらい、「戦略会議」を開きました。昼食代わりにピザを食べながら皆でああでもない、こうでもないと議論をしていると、あっという間に時間が過ぎて夜になってしまいました(ありがとう、みんな)。
その後、急遽元都議のT女史にお会いできることになり、中野まで意見を伺いに参りました。その方には主に政治活動の仕方について教えて頂き、とても参考になりました。登戸に帰ってきた時には12時近くになっており、さすがに疲れましたが。
最終的に政策は、皆さんからの意見を参考にして、自分で夜中まで考えて作りました。これまでの仕事の経験や学んできたことをもとに、目指す政策を自分の言葉で語ったつもりです。しかしもちろん言葉にするだけでは意味がありません、実現に向けて行動で示していきたいと思っています。
ちなみに、テーマカラー「オレンジ」も友人たちの意見でこの日に決まったものです。明るい色でとても気に入っています。

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2005年7月23日 (土)

マニフェスト勉強会

自治創造コンソーシアムというNPOが主催する勉強会に参加しました。テーマはローカル・マニフェストです。国政の話題とは必ずしも重なりませんが、非常に勉強になりました。早くマニフェストづくりに参加してみたいものです。
この勉強会の打ち上げ飲み会の最中に関東で大きな地震がありました。これまでインドやインドネシアの地震や津波の緊急人道援助に携わってきたこともあり、自然災害のニュースを聞くと、アドレナリンが急激に分泌される体質になってしまいました。必要な物資の調達、チームの編成、作業のスケジューリングなどが頭にドバッと浮かびます。しかし今回は大きな被害がなくて本当に良かったです。

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2005年7月22日 (金)

「政策評価」とは

政治家への第一歩を踏み出しつつあるとはいえ、学生業も残っています。今日は夜間大学院の「政策評価」クラスの期末試験でした。「政策評価」とは、政策が実施された結果をきちんと客観的に分析し、その目的がどれだけ果たされたかを評価して次の政策立案に活かすことです。政治や行政の世界で役立つ知識が得られる、非常に実践的なクラスでした。JICA時代に事業評価の研修を受け、実際に実務でも事業評価をやっていたので、評価手法には自信があったのですが、このクラスを受けて非常に参考になりました。情緒的・感情的な議論ではなく、客観的なデータや論理的な思考を重視する「政策評価」手法は、国会議員全員が知るべきスキルだと思います。

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2005年7月21日 (木)

ブレイン集団始動!!

「ブレイン集団」といっても格好つけたものではないですが、僕のこれまでの知人・友人のみなさまに参加してもらい、政治活動に関して意見をもらうためのメーリングリスト(ML)を開設しました。
参加者には、僕の元同僚やNGOの人たち、そして大学院の仲間などのほか、MBA取得者や市役所職員などもいます。政治活動の経験者もいて、皆いろいろな視点から参考になる意見をくれる、頼もしい味方です。

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2005年7月20日 (水)

市連の皆様にあいさつ回り

今日は川崎市の自民党関係者にあいさつ回りです。政治の世界ではあいさつが大切みたいです。人間関係はまずはあいさつから、ということなのでしょう。川崎市の自民党市連にはこれからお世話になるので、一生懸命あいさつのスピーチを考えてきたのですが、なかなかうまく行きません。準備し過ぎると、緊張してむしろ逆効果になることがわかりました。

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2005年7月19日 (火)

パソコン購入

IT系には弱いので、またまた学生時代の後輩につきあってもらい、パソコンを買いに新宿はビックカメラに行きました。数年前に来たときに比べ、スペックがますます向上しているのでびっくりです。コンピュータの世界の進歩は早いもんだ、とありきたりな感想を持ってしまいました。機種選びを楽しむ余裕はありませんので、「一番安いデスクトップパソコンを下さい」と店員に伝え即座に買ってしまいました。最低限必要なソフトの購入や回線の契約などをしていると合計でそれなりの金額になってしまいます。どうしても必要なものとはいえ、支払い時にはハラハラしてしまいました。

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2005年7月18日 (月)

買出し

JICAの同期職員の夫婦が近所に住んでいて、家具や事務機器の買出しを手伝ってくれました。土地勘がなく、デザインのセンスのない僕には、非常に頼りがいのある助っ人でした。中古機器のお店に行き、会議用机、イスなど等、いろんなものを買いました。こんなにモノを大量に買い付けたのは久しぶりです。親からは「質実剛健な人間になれ」と言って育てられたものの、「剛健」にはなれませんでした。しかし、環境のことも考えて、「質実」であろうと心がけています。モノを買うのになんとなく罪悪感を覚えてしまうのは、親の躾のたまものでしょう。

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2005年7月17日 (日)

新車購入

引っ越してきて移動の足がないので、自転車(いわゆるママチャリ)を買いました。しばらくはこれで活動したいと思っています。自転車は、燃料不要で地球に優しく、価格も安くて、運動になるので健康的。いいことづくめです。近所の自転車屋さんで買いましたが、お店のおじさんはいかにも自転車好きといった人で、自転車について詳しく丁寧に説明してくれました。きっとこの自転車屋さんのおじさんは、本当に自転車が好きなんだと思います。どんな仕事であれ、自分の仕事が好きで、それに誇りを持っている人はカッコイイですね。

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2005年7月16日 (土)

引越し本番

さて、今日はいよいよ豊島区から川崎市多摩区へ引っ越しです。荷物の運送だけは業者に頼みました。学生時代の後輩が手伝いに来てくれたので、総額1万8千円也。思わぬ節約ができました。持つべきものは良い後輩です。
後輩と電車で多摩区へ移動。途中いろんな話をしましたが、なかなかしっかりした後輩で、これからのことについて、アドバイスをもらいました。(でも、長い付き合いのため、私の欠点もよくわかっているらしく、途中から説教じみてる気がしましたが・・・)
引っ越し先の家は、これから仕事場も兼ねるため、前の家よりは少し広め。これから、自分の人生が大きく変わっていくのだと思うと、身の引き締まる想いがしました。

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2005年7月15日 (金)

引越し準備

今日は明日の引越しに備え、荷物整理をしました。引越しをするたび、無駄なものに囲まれて生活していることに気づかされます。一人暮らしということもあり、荷物は結構少ない方ですが、それでも無駄なものは結構ありました。地球に優しいシンプルな生活を送りたいと思う今日この頃です。

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2005年7月14日 (木)

写真撮影

今日は政治活動用ポスターの撮影日。自分の顔がポスターになって、その辺に張り出されてしまうなんて、今まで想像もしたことなかったのですが、本当に現実のことなんでしょうか?撮影当日になっても、まるで現実味がありません。
それに、スタジオでの写真撮影なんて、もちろん初体験。スーツや普段着で何パターンか撮影すれば終わりだろうと思っていたのですが、その考えは甘かった・・・。
なんと!メイクまでされてしまいました!これも、もちろん初体験です。でも、これって、結構めんどうな作業なんですね。毎日メイクをしている女性はすごいなと思いました。
そして、いよいよ撮影スタート。自分では覚悟はできていたつもりですが、自然なスマイル?ができなくて、何度も何度も撮り直していただきました。どうしても、引きつったような笑いになってしまいます。小さい頃から写真に写るのが大嫌いでしたが、まさかこんなところで弱点になるとは・・・。今日は政治活動用ポスターの撮影日。自分の顔がポスターになって、その辺に張り出されてしまうなんて、今まで想像もしたことなかったのですが、本当に現実のことなんでしょうか?撮影当日になっても、まるで現実味がありません。
それに、スタジオでの写真撮影なんて、もちろん初体験。スーツや普段着で何パターンか撮影すれば終わりだろうと思っていたのですが、その考えは甘かった・・・。
なんと!メイクまでされてしまいました!これも、もちろん初体験です。でも、これって、結構めんどうな作業なんですね。毎日メイクをしている女性はすごいなと思いました。
そして、いよいよ撮影スタート。自分では覚悟はできていたつもりですが、自然なスマイル?ができなくて、何度も何度も撮り直していただきました。どうしても、引きつったような笑いになってしまいます。小さい頃から写真に写るのが大嫌いでしたが、まさかこんなところで弱点になるとは・・・。

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2005年7月12日 (火)

東京戻り

早朝便で福岡から東京に戻り、引越しの手続きをしました。電話、水道、ガスなど等、面倒な手続きがいっぱいです。数えてみると、高校卒業以来、13回も引越ししています。半年以上住んでいた場所は、国内では、神奈川(横浜、川崎)、東京(三鷹、豊島区)、埼玉(所沢)、海外ではフィリピン、インドネシア、アフガニスタン、イギリス、いろんなところに住んだものです。これからは川崎市多摩区・麻生区に定住します!

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2005年7月11日 (月)

福岡と言えば。

福岡の実家に帰ったら、必ず食べるものが2つあります。ひとつは全国区で有名な博多ラーメン、もうひとつはうどんです。ぜんぜん有名ではありませんが、福岡のうどんはおいしいです。ただ、他県の人にはあまり評価されません。博多うどんは、讃岐うどんみたいなシコシコ感とは無縁です。どっちかと言えば、ゆるい感じの柔麺です。特にお気に入りは、博多駅のホームの立ち食いうどんです。ぜひお試しください。

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2005年7月10日 (日)

里帰り

急転直下で政治の世界に飛び込むことになり、心配をかけるであろう親にだけは直接報告を行おうと、福岡の実家に帰りました。母は地元の自民党婦人部で長年活動し、選挙の大変さをよく知っているがゆえに、心配しています。父もお金のことを心配しています。自分自身はお金のことをあまり考えていなかったので、急に心配になってきました。ただ、お金をかける政治活動はするつもりはないので、なんとかできるはずだと思っています。

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2005年7月 9日 (土)

最後のクラス

お気に入りの「NPOマネジメント」のクラスの今学期の最終回でした。客員講師の岸本幸子先生は中間支援NPOの事務局長です。
午後は修士論文テーマの発表会でした。「日本の政策マーケットの現状と課題」というテーマで、日本のシンクタンク、政策提言NPO、調査研究機関の現状について調べ、官僚主導の政策形成を脱していくためのシンクタンクやNPOのあり方を考える、という趣旨です。わかりにくいプレゼンテーションだったらしく、教員のひとりから散々突っ込まれました。4名いた教員の中でも、私の論文テーマに対する評価が分かれ、教員同士で賛否両論の議論に発展してしまいました。僕はこれから政治の世界に踏み込もうという身分ですから、内容はもちろん「わかりやすさ」にも磨きをかけたいとおもいます。
夜は自民党神奈川県連の学生部の会合に出席。僕は学生時代に途上国の開発問題にしか興味がなく、政治とは無縁だったので、学生部の皆さんの熱心さに正直言って驚きました。僕も負けずに頑張っていきたいと思いました。

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2005年7月 5日 (火)

公募式ダイエット!?

公募合格の連絡をもらってからの1週間というもの、慌しく選挙区の多摩区麻生区や自民党神奈川県連がある横浜、そして党本部の永田町などに頻繁に移動し、なんと4キロもやせてしまいました。「こんなにやせていいのかしら!−公募式ダイエット」みたいな本でも書けそうですね。
夜も大学院のクラスがありましたが、指導教官の入山先生(市民社会論の権威)は私の公募合格を非常によろこんでくれました。「市民社会論」を大学院で勉強しているのですが、「社会を変えよう」と思ったら、政治の世界を志すのは自然な流れだと思います。ゼミの先輩には東京都の現役区議もいて、「住民投票による直接民主制のメリットと危険性」とか、「地方自治体で住民参加が進むと、代議制の意味がなくならないか」といったテーマの議論が多く、刺激的です。先生は決して自分の考えを押し付けようとせず、参加型のクラスです。それが私のスタイルにも合っており、居心地がとても良いです。

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選挙区での家探し

自民党の支部長(といっても部下も秘書もいない”長”ですが)となったからには、当該選挙区に居住しなければいけません。今は豊島区在住の僕なので、引っ越すために多摩区と麻生区に家探しに行きました。この辺りは、これまで住んでいたワンルームマンション(賃貸)に比べ、手頃な値段で広めの家に住めそうで大満足です。結局多摩区の物件に決めましたが、新宿からも近くてけっこうお薦めかも。
夜はJICAの同期入社組がこぢんまりとした送別会を開いてくれました。10年前は初々しかった同期も、すでに子どもの話で盛り上がる年齢に差し掛かっています。なのに僕はいまだに独身・・・。田舎に住んでいる親からは「そんなことより、早く結婚しろ!」とありがちなセリフで怒られています(笑)。

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2005年7月 1日 (金)

JICA最後の一日

昨日辞職願を出して今日退職。おそらく我が社のスピード退職記録でしょう。(人事部の皆様、月末の忙しい時期に急ぎの仕事をさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした)。
これまでにも何度か転職した私ですが、何度経験しても会社を去るのは寂しいものです。

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2005年6月30日 (木)

突然のJICA退職

公募で採用されたことをJICA(独立行政法人国際協力機構)の上司に報告しました。JICA職員は「みなし公務員」とされ、公務員同様、政治活動禁止です。公募採用者は記者会見を行うことになるので、その前にJICAを退職しないと、「政治活動」になってしまいます。そこで翌日(7月1日)付けでJICAを退職することに。とても大きな変化とプレッシャーを早くも感じてきました。

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2005年6月29日 (水)

始まりを告げた電話

それはちょうど大学院の授業中の夜9時頃でした。実家から携帯電話に着信が入っており、自民党神奈川県連に至急電話してほしいとのメッセージ。22:30ごろ県連事務局長に電話したところ、公募により「自民党衆議院神奈川県第9選挙区支部 支部長」に選ばれたことが判明。
最初の感想は「ええっ、本当にっ!?」という感じでした。正直言って、驚きと嬉しさとともに、「本当に自分にやれるのか?」という考えが交錯し、複雑な気分に。
そしてこの日から嵐のような日々が始まりました。

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