2009年10月 9日 (金)

衆議院議員2期目のテーマ

衆議院議員2期目のテーマとしては、
1)グローバルスタンダード以上の新しい政党を創る
2)国会対策委員長として国会運営の改革を実現する
3)外交に力を入れ、英語のブラッシュアップに努める
ことに力を入れていきたいと思っています。

衆議院議員1期目は政策の勉強は地道にやってきましたが、
政策実現のプロセス(国会対策)や党運営については、
あまり関与したことがなかったので未経験です。

自民党のような大政党の場合、党運営や国会対策で、
ある程度責任ある仕事を任せられるまで時間がかかります。
その点でみんなの党は、新しい小政党なので、
私のような当選2回の若手でも責任ある仕事を
任せてもらえます(任かさざるを得ません)。

国会対策、党の運営、党の選挙対策等の未経験の領域で、
この機会をいかして経験を積み、新しいアイデアを出し、
政治の世界のイノベーションを起こしていきたいです。

また衆議院議員1期目のときは地元活動を最優先に考えて、
海外出張や国内視察出張にもあまり行けませんでした。
海外出張にはひんぱんに行けないにしても、
東京で行われる国際的なイベントに積極的に参加したり、
在京の各国大使館関係者や国連関係者との交流を増やし、
将来国際的な舞台で活躍できるよう、準備したいと思います。

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2009年8月17日 (月)

選挙前最後のブログ

公選法の規定により、明日からの選挙期間中はブログの更新ができません。
こんなアホな規定は早めに変えていかなくてはいけませんが、
いまのところ法律で決まっていることなので法律は守ります。

これまで約4年間の衆議院議員としての活動の中で目指してきたものは、
いまの日本の統治構造を大きく転換することでした。

それを具体的な活動のレベルに落とし込むと;

1.政治の仕組みを変えること
1)政党改革
 若手議員の勉強会「国民本位の政治を実現する会」の事務局長として、
 ①総裁選の改革、②マニフェスト策定プロセスの改革、③候補者公募の改革
 といった党改革の提言をつくってきました。
 イギリスの保守党、労働党、ドイツの社会民主党等の他国の政党を研究し、
 政党の理想像を描き、それに至る道筋を提案してきました。

2)国会改革
 自民と民主の若手議員有志7名で超党派の国会改革の勉強会を開き、
 共同で月刊誌「中央公論」に国会改革の提言を発表しました。
 また日英議会シンポジウムに参加し、議会改革について議論しました。

3)政治主導の仕組みづくり
 官僚主導の政策立案のあり方を改めるため、シンクタンク、民間財団、
 NPOや学界等と連携した政治主導の政策立案のモデルをつくるべく、
 シンクタンクやNPOとの交流や協働作業(事業仕分け等)に努めました。

4)議員立法
 官僚に頼ることなく、議員が自ら法案をつくり、法案の説明や根回し、
 世論の喚起を行うことが大切です。実際に臓器移植法改正A案の成立に向け、
 医学界やNPO、患者団体と協力し、法改正に向けキャンペーンを行いました。
 その結果、衆院解散直前に臓器移植法の改正に成功しました。

2.行政の仕組みを変えること
1)公務員制度改革
 渡辺行革担当大臣(当時)を側面からサポートし、霞ヶ関改革のコアとして、
 明治以来の公務員制度の改革を推進しました。

2)ムダボ(ムダ遣い撲滅)
 民間シンクタンク「構想日本」と協力し、党のムダボ(ムダ遣い撲滅プロジェクト)
 の一員として、役所のムダ遣い撲滅に取り組みました。
 河野太郎主査のもと数千億円のムダ遣いを指摘し、歳出削減に貢献しました。

3)独立行政法人や政府系金融機関の改革
 独立行政法人の元職員(JICA)として独立行政法人や公益法人の改革に
 積極的に関わりました。特にJICA(国際協力機構)とと旧国際協力銀行の
 の円借款部門の統合は政治主導で実施されましたが、党内議論をリードしました。

4)NPOと行政の協働の仕組み(ODA改革、寄付金税制)
 党のNPO特別委員会および国際NGO小委員会の事務局として、
 NPO支援策や、NPOと行政との協働の仕組みづくりに貢献しました。
 公益を官が独占するのではなく、民も公益を担う時代をつくるため、
 寄付金税制の優遇やNPOと行政との政策対話を推進しました。

以上のような活動にこの4年間取り組んできました。

私がこれからも取り組みたいテーマは、日本の統治構造のモデルチェンジです。
以前にもブログで紹介しましたが、私が目指す「日本の未来像」を再掲します。

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日本の未来像:5つの指針
1)中央集権官僚国家から分権型市民社会へ
2)“量の拡大”から“質の向上”へ
3)重点は“経済生活”から“社会生活”へ
4)地球環境危機、環境の制約へのチャレンジ
5)グローバル化時代の経済と外交・安全保障

20世紀型の中央集権官僚国家から、21世紀型の分権型市民社会へ
1)分権型市民社会
 ①地方分権(将来の道州制、今すぐ国の出先機関統廃合、
  権限と財源の委譲、“事業仕分け”等)
 ②官による公益独占の終わり:“新しい公共”
2)分権型市民社会=主体的参加型社会
 ・みんなで社会を支え、みんなに居場所がある社会へ
 (=疎外のない社会、共生社会)
3)中央集権官僚国家の解体⇒“新しい公共”
 ・官僚主権から国民主権への大政奉還:国民に権限を戻す
 ・行政、企業、民間非営利セクターの三本柱で社会を支える

20世紀型の“量の拡大”志向から、21世紀型の“質の向上”志向へ
【21世紀の前提】①人口減少、 ②経済の安定成長
 ☆高度成長思考と決別=成長型組織の終焉
これから目指すべきは;
1)一人当たりの豊かさと快適さ
   ⇒適正なインフラ(選択と集中、過剰インフラ解消)
   ⇒ワーク・ライフ・バランス、雇用改革、子育て環境
2)一人当たりの生産性向上
   ⇒教育と職業訓練:「人への投資」
   ⇒イノベーションを生む多様なネットワークづくり

重点は“経済生活”から“社会生活”へ
1)グローバル化・近代化による世界的な“心の危機”、
 “アイデンティティの危機”が起きている。
 (例:イスラム原理主義、日本を含む先進国の家庭崩壊等)
2)社会の絆や帰属意識の変化
  *組織選挙から個人選挙へ:オバマの選挙も個人選挙
3)コミュニティの再生と創造:伝統的地縁社会、NPO、
  趣味やスポーツの会等⇒みんなに“居場所”をつくる
4)“複属社会” 会社やNPO等で複数の役割
  ⇒“脱会社人間”で社会生活を豊かに。ネットワークで問題解決。
5)家族や社会の変化にあわせた制度設計:“標準世帯”の終わり。
  母子家庭等が不利にならない仕組み。
  社会全体で子どもや高齢者、障害者を支える=担い手は家庭から社会へ。

地球環境危機、環境の制約へ チャレンジ:新しい文明の発信
1)環境・省エネ技術:産業としての重要性
2)自然との調和やライフスタイル:日本文化の特性
3)低炭素社会の制度・インフラづくり:公的セクター
4)戦略的外交ツールとしての環境・省エネ技術

グローバル化時代の経済と 外交・安全保障
1)アジアの成長を日本の成長に。アジア共同の枠組みづくり。
  国際的なルールを主体的につくる側に。
2)経済の高付加価値化・知識経済化・ソフト化
3)国際社会の平和と安定に貢献:日米同盟維持、国際平和協力活動、核軍縮
4)ODAも経済から社会へ:存在感より好感度
  経済援助からソフトパワー的交流(文化・学術交流等)へ
5)日本モデルを世界に発信:高齢化対応、環境保全、医療制度等

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2009年8月16日 (日)

みんなのマニフェスト⑤

「みんなの党」のマニフェストでは、規制改革や税制改革を通じて、
地域密着型産業の創出を目指すことを公約に掲げています。

地域密着型産業とは、医療・介護、福祉、子育て支援、家事支援、
教育、農業等のことを指します。

また、別の項目には、介護士の処遇の改善、子育て支援拡充、
医師・看護師不足解消等も掲げており、地域密着型産業と関係します。

私は「新しい公共事業」として介護、障害者福祉、子育て支援等を
積極的に推進し、雇用・景気対策と安心社会の実現を両立すべき、
と前々から主張してきました(下記のブログ参照)。

道路建設のようなハードのインフラ建設(=資本集約的)よりも、
介護、子育て、障害者福祉等の仕事の方がずっと労働集約的で、
多くの雇用を生みます。

シンクタンクの研究によれば、今の日本では、ハードの公共事業よりも、
福祉に税金を投入した方が、乗数効果(波及効果)は高いそうです。

インフラが整っていない時代は、公共事業の乗数効果は高いのですが、
だんだんインフラが整ってくると、公共事業の乗数効果は下がります。

発展途上国における道路や発電所の建設は、乗数効果が高いです。
しかし、経済が発展してくると、インフラよりも、人に投資した方が、
より乗数効果が高くなってきます。

いまだに高度経済成長期の発想から抜け切れず、
ハードのインフラ建設で景気浮揚を図るのは時代遅れです。
人口減少高齢社会、知識経済社会にふさわしい景気対策が必要です。

私の造語では「新しい公共事業」に対応しているのが、
「みんなの党」のマニフェストで言う「地域密着型産業」です。

介護、子育て支援、障害者福祉、教育、職業訓練等、
いわば「人に対する投資」こそが21世紀の成長産業です。

これらの仕事は、ハイテクではなく、人と人との触れ合いが主ですが、
貿易とは無関係な産業なので、内需振興という意味でも重要です。

最新のテクノロジーだけがイノベーションではありません。
NPOやコミュニティビジネスが生み出す社会的イノベーションも、
21世紀の日本を引っ張る成長産業になり得ると思います。

競争と共生を両立するのが、コミュニティビジネスだと思います。
某政党のトップは「競争から共生へ」とおっしゃっていました。
しかし、競争と共生は、社会全体で見れば、必ずしも二律背反ではありません。

節度ある競争と共生の両立が可能な分野も多々あります。
競争が望ましい分野もあれば、競争がなじまない分野もあります。
市場競争を全面的に否定すれば、待っているのは官僚統制です。

競争の全否定が生むのは、官僚機構の肥大化による「政府の失敗」です。
経済学の教科書には「市場の失敗」が必ず出てきます。
行政学では「政府の失敗」という言葉を習います。

世界各国の長年の経験から学んだ事実は、
「政府の失敗」の方が、「市場の失敗」よりタチが悪いということです。
最たる例がソビエト連邦の崩壊です。

日本で「政府の失敗」といえば、天下りやわたり、税金のムダ遣い、
官製談合、不透明な随意契約、規制による割高な価格等、いろいろあります。
国民の怒りは「政府の失敗」に向かっているのではないでしょうか。

「競争を否定すれば、官僚統制と官の肥大化が待っている」という事実を、
決して忘れてはいけません。
安易な競争否定に警鐘を鳴らしたいと思います。

ブログ:新しい公共事業(2008年8月25日付)
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_24f8.html

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2009年8月15日 (土)

みんなのマニフェスト④

今日は終戦の日です。戦没者を慰霊し、平和を祈る日です。
ということで「みんなの党」のマニフェストから、
平和と外交・安保に関する記述を抜き出します。

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こうした中で日本は、「唯一の被爆国」という原点に立ち返って、
また、「アジアの中の日本」という認識に立脚し、
「核廃絶」「世界平和」に向けて、持てる力をフルに活用し、
国際社会において主導的役割を果たしていくべきである。

また、政治の最大の責務は、国民の生命・財産を守る、
国土を守ることにある。
そのためには、日米同盟を基軸にしながら、我が国への脅威、
急迫不正の侵害に対しては、万全の体制で臨むべきだ。
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ご覧のとおり、かなりストレートに「核廃絶」や「世界平和」を
前面に押し出しています。
アメリカの大統領が「核兵器を使った世界で唯一の核大国」として
「道義的責任」に言及し、核廃絶を目指す時代です。
日本は「唯一の被爆国」として核廃絶のためのプロセスづくりに、
人もお金も出して積極的に貢献すべきです。
オバマ大統領が核廃絶を訴えたプラハ演説に対して、
日本の首相はあまりにも反応が鈍く、
日本の存在感をさらに薄めてしまいました。

同時に「みんなの党」は、日米同盟は引き続き重要と考えます。
北朝鮮の核開発、中国やロシアの軍拡といった状況を考えると、
アメリカとの同盟関係は引き続き重要です。

「みんなの党」は非武装中立といった非現実的な認識にも立たないし、
「自主防衛」を旗印にした軍備拡大も考えていません。
日本で「自主防衛」を唱える人の多くは、核武装まで考えて、
防衛力の強化を考えているケースが多いようです。

3年前にブログで書きましたが、核武装はまったく非現実的です。
割に合わない外交・安全保障政策の最たるものです。

アメリカは日本の10倍くらい防衛費のお金をかけています。
中国も日本の2倍程度の防衛費をかけている、と言われています。
それだけの防衛費をかける余裕は日本にはありません。
約5兆円の防衛費さえ削られかねない現在の財政状況の下で、
どうやって追加の防衛費をねん出するのでしょうか?

いろいろ考えると、日米同盟は効果的な安全保障政策です。
当面(この先10~20年くらい)の間、日米同盟だけが、
日本にとっての現実的な安全保障政策だと言えるでしょう。

「みんなの党」は核廃絶や軍縮の動きを積極的に促進しつつ、
日米同盟を基軸にした現実的な安全保障政策を推進します。

ブログ:核“非”武装論(2006年10月29日付)
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_56d6.html

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2009年8月14日 (金)

みんなのマニフェスト③

みんなの党は「まず国会議員や官僚が身を切るべきだ」という発想のもと、
国会議員と国家公務員の定数削減と給与カットを公約に掲げています。

衆議院議員は300人(180減)、参議院議員は100人(142減)、
将来的には憲法改正時に衆参統合による一院制を目指しています。
また、国会議員給与を3割、ボーナスを5割カットを公約に掲げています。

私は前々から一院制論者です。二院制のメリットを感じません。
小中学校の社会科の授業で何となく覚えているのは、
「二院制により慎重な審議が期待できる」といった説明です。
実際に衆議院議員を4年近くやってみて、この説明に疑問を感じます。

いまや列国議会連盟参加の約180か国中、
約4分の3の国は一院制で運営されています。
世界の多数派は、一院制というのが現状です。

G7の主要先進国はすべて二院制ですが、日本以外の国では、
上院と下院の議員選出方法(選挙方法等)が異なります。
また、上院と下院の機能が異なっているケースが多いです。

日本は衆参の機能が似通っていて、選挙制度も似ています。
こういう二院制の国は、あまり例がありません。
そして日本の二院制は有効に機能しているとは思えません。

先進国でもニュージーランドや北欧の一部の国は、
もともとあった上院を国民的合意のもとで廃止しました。

県議会や市議会が一院制で困った、という話は聞きません。
一院制だと慎重審議ができないと言えば、県会議員や市会議員に失礼です。

一院制にすれば、国会議員の数は半分くらいですむようになります。
国政選挙の回数も半分になります。
頻繁に国政選挙をやれば、その度に国会がストップし、国政が停滞します。

また選挙のたびにバラマキ合戦になりがちなので、
選挙回数とバラマキ公約出現率の間には相関関係があります。
選挙のたびに「甘くておいしい公約」のオンパレードです。
(みんなの党は、いまや唯一の反バラマキ政党です。)

一院制導入には、国会議員の定数削減以上の効果が期待できます。

また、国家公務員10万人削減は、自民党や民主党にはできません。
自民党政権下でも、国家公務員の定数削減は進みましたが、
非常にゆっくりとしたスピードでした。

自民党は、既存の制度を前提にして、公務員の削減を検討します。
したがって、漸進的な改善や改良はできても、抜本改革には至りません。
いまの仕組みを抜本改革しなくては、10万人もの国家公務員を減らせません。
国家公務員10万人の削減は、道州制導入のような脱官僚・脱中央集権の大改革と
セットでなくては、とても実現できません。

また、民主党は公務員の労働組合が支持母体なので、当然のことながら、
公務員の定数削減や給与カットには、あまり積極的ではありません。
下手をすれば、独立行政法人を廃止して、国家公務員に戻しかねません。
民主党が支持母体の既得権に切り込めるとは思えないので、
民主党政権が改革を進める上でのボトルネックになるでしょう。

みんなの党以外の政党には、公務員制度改革や公務員定数削減は、
とてもできないことが、おわかりいただけると思います。

一院制についてのブログ:2008年5月16日
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_e8f5.html

みんなの党:ホームページアドレス
http://www.your-party.jp/

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みんなのマニフェスト②

渡辺代表も私も自民党時代から主張が一貫しています。
それは「歳出削減なき、消費税増税には反対」という立場です。

財政再建には、①歳出を減らすか、②歳入を増やすか、の2つしかありません。
国際研究によれば、財政再建の黄金比は、歳出削減6割、増税4割です。
将来的には増税もやむを得ないと思いますが、まずは歳出削減から始めるべきです。

自民党はしきりに「消費税増税」=「責任」という図式を打ち出しています。
そして「消費税増税を主張しないのは無責任だ」と主張しています。
しかし、歳出削減が不十分なまま消費税を増税する方が、もっと無責任だと私は思います。

歳出削減を嫌うのは、霞ヶ関の官僚機構です。
増税をよろこぶのは、霞ヶ関の官僚機構です。
なぜなら増税で財源ができれば、歳出を削らなくても済み、既得権を温存できます。

みんなの党は、マニフェストの重点5項目のいちばん初めに
「増税の前にやるべきことがある!」という項目を持ってきました。
まずは「国会議員や官僚が身を切るべきだ」と主張します。

そして具体策トップに「国家公務員の数を大幅削減し、給与もカット」を置きました。
公務員労組に支援を受けた民主党政権にはむずかしい公約でしょう。
自民党の方がこの点は踏み込んでいますが、この4年間でやれなかったことを、
選挙後になって急にやれるようになるとは、ちょっと思えません。

みんなの党は「予算をゼロベースで見直し」ます。
私も自民党時代に河野太郎主査の下で「事業仕分け」という手法を用いて、
各省庁の事業をゼロベースで見直していく作業を行いました。
民間非営利シンクタンク「構想日本」と組んで、ボランティアの助けを借りて、
河野太郎チームでやった予算のゼロベースの見直しは、きわめて効果的でした。
「予算のゼロベースの見直し」というのは、地味で目立たない項目ですが、
きちんとやれば非常に効果的な歳出削減の手段です。
残念ながら河野太郎さんががんばっても、自民党を挙げて「事業仕分け」をやる、
という体制には至らず、やりすぎだと他の議員から批判されました。
万年与党の自浄作用というか、自己革新に期待するのはむずかしいです。

みんなの党は、徹底した歳出削減なき消費税増税には、反対します。

みんなの党:ホームページアドレス
http://www.your-party.jp/

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2009年8月13日 (木)

みんなのマニフェスト①

公選法の規定により、選挙が始まるとブログの更新ができません。
いまのうちに「みんなの党」のマニフェストの中身や政策を、
できるだけ詳しく説明していきたいと思います。

知り合いの研究者の方からメールが届きました。
政策のプロの視点で各党のマニフェストを比較した結果、
「みんなの党」のマニフェストを「唯一の反バラマキ政党」と
評価してくださいました。

やっぱり見る人はちゃんと見てくれています。
一部では「みんなの党」という親しみやすいネーミングを見て、
政策の中身も子どもっぽいと誤解している人もいます。

しかし、自民や民主のように支持団体に気を使わなくてもよいので、
わが「みんなの党」は自由な発想で理想に近い政策を打ち出せます。
業界団体や労組の支持がまったくないことの“強み”です。

渡辺さんや江田さん、浅尾さんはいわゆる「政策のプロ」というよりも、
むしろ「政策のマニア」という感じで、政策にはこだわりが強いです。
こういう「政策マニア」が族議員や業界団体・労組の圧力を受けることなく、
学者や脱藩官僚のサポートを受けながらつくったマニフェストが、
自民や民主のマニフェストに負けるわけがありません。

もちろん自民にも民主にも政策通の優秀な議員はいますが、
彼らも支持団体や党の重鎮の意向には逆らえません。
また政権政党にも労組依存政党にも、しがらみと既得権が多々あり、
これまでの行きがかり上、できないことがたくさんあります。

自民も民主も公共事業や現金給付のバラマキ路線に走り、
大きな政府路線で官の肥大化が進む公約のオンパレードです。
きちんと各政党のマニフェストを読み比べていただければ、
「みんなの党」が一番手堅いことがおわかりいただけると思います。

ぜひご一読を!

みんなの党:ホームページアドレス
http://www.your-party.jp/

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2009年8月 1日 (土)

今こそ、ベンチャー政党

既成の大政党である自民党も民主党も、
55年体制の自民党と社会党のDNAを引き継ぎ、
政権交代だけでは、日本は大きく変わらないと思います。

経済成長にイノベーションが必要なのと同じように、
政治の世界でもイノベーションが必要だと思います。

既成の大政党が、既成の概念や既得権に捉われて、
新しい発想や新しい仕組みを生み出せない場合には、
ベンチャー企業的な「ベンチャー政党」が出てくる余地が、
大いにあると思います。

もちろんずっと「ベンチャー政党」である必要はなく、
時間とともに発展して、大きな勢力になれればベストです。
トヨタもソニーもパナソニックも日本を代表する大企業も
最初はベンチャー企業みたいなものだったと思います。

ベンチャー政党が、社会的に有用であるためには、
既成の大企業が気付かなかったような視点を持ち、
それまでになかった価値を生み出し、有権者に信頼され、
製品である「政策」で競争力を持たなくてはいけません。

単に「新しい」だけではなく、真に「有効な」解決策を
打ち出していかなくては、ベンチャー政党の意味はありません。
新奇なだけではすぐに国民に見透かされます。
政策の質こそが問われるのだと思います。

ベンチャー政党には、いわば「政策起業家」が必要です。
シンクタンク、NPO、大学教授、企業人、脱藩官僚など、
いろんな人の知恵を借りながら、霞が関とは異なる視点で、
新しい政策、新しい仕組みを提案していく必要があります。

いわば「政策の生産プロセス」から新しい方式を採用し、
政策コミュニケーションのやり方も、
まったく新しいものをつくっていかなくてはいけません。

私の場合、自民党を離党してしまった結果として、
組織的基盤はまったくと言っていい程なくなりました。
自民党の看板で支持してもらっていた業界団体はもちろん、
自らの後援会組織もいまや壊滅的な状況にあります。
これではとても組織選挙は戦えません。

前にブログで書いた「組織選挙から個人選挙へ」の流れを
一気に先取りせざるを得ない状況に追い込まれました。
有権者と直接的かつ個人的につながることができる方法を
実践していかなくてはいけません。

既成政党が選挙キャンペーンのおいて重視してきたのは、
業界団体、後援会組織、労働組合、宗教団体等の中間組織です。

 政党 ⇒ 中間組織 ⇒ 有権者(=中間組織の構成員)

という上意下達のピラミッド型組織選挙の有効性は薄れました。

うまくインターネット等の新しい技術を使って、

    政党 ⇔ 有権者(個人)  *矢印が重要!

という一対一のダイレクトでパーソナル、かつ、双方向の関係を
つくることができれば、新しい「個人選挙」が戦えると思います。

すでにアメリカの若い世代の間では、テレビ視聴時間よりも、
インターネットにつながっている時間の方が長いと言われています。

日本でも40歳代未満だと、テレビを見ている時間よりも、
ネットにつながったパソコン画面を見ている時間が長いでしょう。

会社でパソコンを使っていた団塊世代の元サラリーマンも
インターネットを自在に使いこなしている人が大勢います。

アメリカの大統領選挙で威力を発揮した「ユーチューブ」等は、
日本でもかなり影響力を発揮できる潜在性はあります。

「テレビ政治」や「テレポリティックス」という言葉がありますが、
それすら時代遅れになり、「ネット政治」の時代が来ても、
全然不思議でも何でもありません。

もちろん「テレビ政治」の時代になったからといって、
活字メディアや、街頭演説等の直接接触は、不要にはなりません。
ちょうど、第二次産業(工業)が発達しても、
引き続き第一次産業(農業)が不可欠であるように、
「ネット政治」時代にも、活字メディアやテレビは引き続き重要です。

ベンチャー政党は、組織選挙に弱いので、その弱みを克服すべく、
ネット等を活用した個人選挙を展開する必要があります。

またベンチャー政党は、未組織の非正規労働者、都市部のサラリーマン、
専門職の知識労働者(会計士、エンジニア等)、子育て世代、大学生など
中間組織に属さない(または帰属意識が薄い)人たちのニーズをくみ取り、
政治に反映させる努力をしていかなくてはいけないと思います。

ブログ:組織選挙から個人選挙へ
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-4ca1.html

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民主主義を蝕むバラマキ

国政選挙になると各政党ともにバラマキ色の強い政策を出します。
「国政選挙の回数が多ければ多いほど、バラマキ公約が増える」という、
法則のようなものが存在します(政治学者が研究しています)。

衆院選(平均3年に1度)と参院選(3年に1度)があり、
おおざっぱに言えば、1年半に1度の国政選挙があるので、
選挙目当ての口当たりのよい公約がドンドン出てきて、
バラマキ政策が増えて、財政規律がゆるくなるのは当然です。

私は衆参統合して一院制にすべきだと考えていますが、
その理由のひとつは「国政選挙がひんぱんにありすぎる弊害」です。
衆参二院制を一院制にすれば、財政規律は多少改善するでしょう。

バラマキ政治の弊害についてドラッカー氏が次のように述べています;
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民主主義国家は、公選された国民の代表が、その第一の仕事として、
貪欲な政府から選挙民を守ってくれるとの確信を前提に機能する。
したがって、ばらまき国家は自由社会の基盤を侵食する。
票を買うために国民を貧しくすることは、市民性の概念の否定である。
事実、すでにそのように理解されている。
ばらまき国家が、代議制による政府という民主主義の基盤そのものを
侵食しつつあることは、投票率の着実な低下が示している。
政府の機能や、政策上の課題や、政治に対する国民の関心の低下が
示している。こうして今や、選挙民の多くが、自分個人にとって
いずれが得かを基準に投票している。
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ドラッカー氏がこの文章を書いたのは1993年のことですし、
日本のことを書いたわけでもありませんが、
今の日本の現状を指しているように思えてなりません。

バラマキ国家は、肥大化した官僚国家に通じます。
官僚国家は、中央統制の管理国家に通じます。
バラマキ国家は、長期的には自由と民主主義、市民性を損ないます。

私の主張する「分権型市民社会」をつくるには、
バラマキ国家、中央集権官僚国家からの決別が必要です。

もちろん不況期にある程度の財政出動が必要なことはわかっています。
私は財政再建至上主義者ではありません。
今の日本に必要なのは、「バラマキ=悪」という前提に立ちつつ、
不況期の需給ギャップを埋める「必要悪」としての節度ある財政出動です。

「バラマキは善だ」と思って、景気よくばら撒くのと、
「バラマキは今の時期だけの必要悪だ」と思って、慎重に財政出動するのでは、
長い目で見たときに、結果において大きなちがいになってくると思います。

*P・F・ドラッカー著
「イノベーターの条件:社会の絆をいかに創造するか」
ダイヤモンド社、2000年、192ページ

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2009年7月29日 (水)

無分別なりの決意

選挙対策に走り回るより前に、お詫び行脚を続けています。
そのときに、多くのおしかり、ご意見、激励をいただきますが、
よく言われるのが、次のようなご意見です。

○若いんだからもう少し我慢をしなくてはダメ。我慢が足りない。

○1期目であきらめるのは早すぎる。

○どんな組織でも、不満があるのは当然。
 それに耐えて、えらくなるまでグッと我慢すべき。

○今回落選しても次の選挙までがんばれば、また風が吹いて、
 自民党政権に戻る。それまで我慢すべき。

○先の見通しもなく、離党したのは、無分別で思慮が足りない。

私もそういう方法もあるだろうと思いますし、
常識的かつ合理的で賢明な判断だろうと思います。

山内は「我慢が足りない。慎重さが足りない。若くて無分別」
といった評価を下されているのが、ひしひしと伝わります。
後援会の幹部の皆さんは人生の大先輩ばかりなので、
そういった評価を下されても当然のことをしたと思います。

他方、そういったご批判を受けるのは覚悟の上で、
自分なりに考えに考えて、あえて離党に踏み切ったのは、
現状に対する危機感と時代認識の問題が大きいです。

右肩上がりの成長期に大企業や官庁に属しているのであれば、
我慢して組織の中での成長と出世を目指し、慎重に行動するのが、
非常に合理的かつ理解を得やすいのだと思います。

私は「ひとりで離党」という無謀なことをやったので、
常識はずれの「変人」と多くの人に見られているのでしょう。

しかし、危機的な状況のもと、世界と社会が急変していて、
ゆっくりと改良・改善を目指していく漸進的アプローチでは、
対応できない時代に入っていると私は考えています。

グローバル化、中央集権官僚国家の崩壊、人口減少、環境悪化、
北朝鮮の核開発、日本の国際社会における相対的地位の低下等、
日本が置かれている状況は、たいへん厳しいと思います。

今までのやり方をちょっと変える程度の中途半端な改革では、
この難局に立ち向かっていくことはできないと思います。
これまでのベクトルの延長線上ではなく、
まったく新しい発想や仕組みを創造していく大転換期に、
日本は差し掛かっていると私は考えています。

王政復古の大号令のとき「維新の三傑」と言われる3人は、
西郷隆盛39歳、大久保利通37歳、木戸孝允34歳でした。
アメリカ独立宣言のとき、ワシントン44歳、アダムズ41歳、
ジェファソン33歳と、若くして歴史的な仕事をやっています。
30~40歳代の若いリーダーたちが困難と混乱を乗り越えて、
新しい時代を創ってきました。

こういった歴史上の人物が、当時の体制を大転換するために、
行動を開始したのは、20~30歳代前半だったわけです。
もしこの人たちが、組織内での安定した地位と出世を狙い、
既成のルールに則って、慎重かつ常識的に行動していたら、
歴史的大事業は達成できなかったと思います。

自分が「維新の三傑」ほど偉大だとは勘違いしておりませんが、
少なくとも、その気概や意気込みは見習いたいと思っています。
今ほど危機感をもった「出る杭」が必要な時期はないと思います。

ジョージ・バーナード・ショウの言葉にこんなのがあります;
 「分別のある人間は、自分の方を世界に合わせる。
  無分別な人間は、世界を自分の方に合わせようと押し通す。
  したがって、進歩というものはすべて、
  無分別な人間のおかげなのである。」

無分別は無分別なりに、より良い社会と日本をつくるため、
精一杯がんばっていきたいと思います。

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2009年7月23日 (木)

構造改革への殉死?

昨夜は国内と海外の週刊誌から電話取材を受けました。
取材内容は、私の離党ではなく、構造改革との決別でした。
どちらの週刊誌も、自民党の進んでいる方向性を、
構造改革路線からの決別と捉えて記事を組んでいるようです。

4年前の郵政選挙では構造改革路線への是非が問うて、
小泉自民党が圧勝したわけですが、それがいつ間にやら、
構造改革路線から少しずつ離れてきていて、
一昨日の麻生総理の記者会見において明確化された、
というのが取材の趣旨だったようです。

麻生総理は「行き過ぎた市場原理主義からは決別」と述べて、
明示的に構造改革路線の全面否定を行いました。
そもそも「市場原理主義」の定義が明らかではありませんが、
規制緩和や民営化の流れを逆転させる意思が感じられます。

私は「市場の失敗」もきちんと認識すべきだと思いますが、
それよりも警戒すべきは「政府の失敗」だと思っています。
ちょっと前には「官製不況」という言葉がありましたが、
これは規制強化によって民間のビジネスが大迷惑を被った結果です。

独立行政法人や公益法人の肥大化、ムダ遣いや官製談合等は、
すべて「政府の失敗」の典型的な例です。
国民の怒りは「政府の失敗」に向けられていると思います。

最近もネットでの医薬品販売の規制強化の動き等が見られます。
何となく「民間企業の自由競争に任せておいたらダメだ」という
風潮が強まり、安全や消費者保護を看板にした規制強化が進み、
役所の権限拡大と業界団体等の既得権強化が進んでいます。

金融バブルの崩壊により、他業界まで市場メカニズム否定の動きが、
どんどん広がっているのは由々しき問題だと思います。
「市場メカニズムは悪」という図式ができあがってきましたが、
それでは市場メカニズムに代わるものはあるのでしょうか?

市場と民主主義は似ていると思います。
チャーチルの有名な言葉に
「実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。
 これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば。」
というのがあります。

市場も同じようなものだと思います。
市場には欠陥があり、歴史を振り返るとバブルは何度も発生しましたが、
それでも市場メカニズムよりも効率的な資源分配システムはありません。
市場の失敗を補完するために、政府が一定の役割を果たすべきですが、
政府が市場メカニズムを否定すれば、社会主義国の失敗を繰り返します。

構造改革否定派による「市場原理主義からの決別」の背景には、
規制を強化して権限や予算を確保したい霞が関の意思が見えます。
大きな政府への道を逆戻りしたら、官の肥大化による重税国家が、
待っていると私は思っています。

そもそも社会保障の財源を確保するためにも、
経済成長を促す政策、競争力を強化する政策は不可欠です。
一時的な財源は増税で賄えるかもしれませんが、
10~20年単位で考えると経済のパイを拡大するのは、
社会保障の財源確保の観点から重要だと思っています。

私は小泉構造改革の影の部分や副作用に手当てしつつも、
官僚制度の改革、公共事業の削減、地方分権等の大転換は、
これからも絶対に必要だと思っています。
私は、構造改革の影の部分に手当てしつつ、改革の成果を拡大し、
次のフェーズの新しい改革、大転換を促す政策が必要だと思います。
構造改革の全否定ではなく、部分修正の上に、新しい改革が必要です。

自民党が全体として構造改革路線の全否定に向かっている中で、
自民党を飛び出したのは、結局は私ひとりだったようです。
自民党内の黄昏の構造改革派は、両院議員懇談会で完敗しました。
小泉純一郎元総理の引退とともに、構造改革派は絶滅しそうです。

たったひとりの反乱になってしまいましたが、
「小泉構造改革路線へのたったひとりの殉死」にならないよう、
生き残りをかけて全力でがんばります。

例えば:2008年10月ブログ「小泉改革が格差の元凶か?」
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-9518.html

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2009年7月20日 (月)

ビジョン:分権型市民社会論

選挙が始まると、大昔に制定された公職選挙法により、
ホームページやブログの更新ができなくなります。
更新ができなくなる前に、いろいろ書いておこうと思います。

最近、議員有志の勉強会でマニフェストをつくるにあたっては、
やっぱりビジョンが大事なんじゃないかということになりました。

とても不思議な現象ですが、日本でマニフェストと言えば、
とかく数値や行程表といった具体的な点ばかりが強調され、
理念やビジョンといった抽象的な点は軽視されがちです。

しかし、マニフェストには具体的な公約も含まれるべきですが、
もっと重要なのは、理念やビジョン、「どんな社会をつくるのか」
「どんな国をつくるのか」という方向性に関する議論です。

オピニオン誌の座談会である学者(仏文学者だったと思いますが)が、
「『自民党にはこういう社会をつくります』というビジョンがない、
 総裁に聞いてもそういうビジョンはないだろう」
といった趣旨の発言をされていました。私も同感です。

そこで、議員有志のマニフェスト勉強会の場を借りて、
私のビジョン「分権型市民社会論」を発表する予定でした。
しかし、残念ながら政局が流動的になり、発表機会を逃しましたが、
この場を借りて訴えさせていただきたいと思います。

パワーポイント作成のプレゼン資料なので、口頭説明の補足です。
若干舌足らずの部分も多いかと思いますが、ご容赦ください。

-------(以下、プレゼン資料)---------

日本をモデルチェンジ:日本再生の設計図

日本の未来像:5つの指針
1)中央集権官僚国家から分権型市民社会へ
2)“量の拡大”から“質の向上”へ
3)重点は“経済生活”から“社会生活”へ
4)地球環境危機、環境の制約へのチャレンジ
5)グローバル化時代の経済と外交・安全保障

20世紀型の中央集権官僚国家から
21世紀型の分権型市民社会へ
1)分権型市民社会
 ①地方分権(将来の道州制、今すぐ国の出先機関統廃合、
  権限と財源の委譲、“事業仕分け”等)
 ②官による公益独占の終わり:“新しい公共”
2)分権型市民社会=主体的参加型社会
 ・みんなで社会を支え、みんなに居場所がある社会へ
 (=疎外のない社会、共生社会)
3)中央集権官僚国家の解体⇒“新しい公共”
 ・官僚主権から国民主権への大政奉還:国民に権限を戻す
 ・行政、企業、民間非営利セクターの三本柱で社会を支える

20世紀型の“量の拡大”志向から
21世紀型の“質の向上”志向へ
【21世紀の前提】①人口減少、 ②経済の安定成長
 ☆高度成長思考と決別=成長型組織の終焉
これから目指すべきは;
1)一人当たりの豊かさと快適さ
   ⇒適正なインフラ(選択と集中、過剰インフラ解消)
   ⇒ワーク・ライフ・バランス、雇用改革、子育て環境
2)一人当たりの生産性向上
   ⇒教育と職業訓練:「人への投資」
   ⇒イノベーションを生む多様なネットワークづくり

重点は“経済生活”から“社会生活”へ
1)グローバル化・近代化による世界的な“心の危機”、
 “アイデンティティの危機”が起きている。
 (例:イスラム原理主義、日本を含む先進国の家庭崩壊等)
2)社会の絆や帰属意識の変化
  *組織選挙から個人選挙へ:オバマの選挙も個人選挙
3)コミュニティの再生と創造:伝統的地縁社会、NPO、
  趣味やスポーツの会等⇒みんなに“居場所”をつくる
4)“複属社会” 会社やNPO等で複数の役割
  ⇒“脱会社人間”で社会生活を豊かに。ネットワークで問題解決。
5)家族や社会の変化にあわせた制度設計:“標準世帯”の終わり。
  母子家庭等が不利にならない仕組み。
  社会全体で子どもや高齢者、障害者を支える=担い手は家庭から社会へ。

地球環境危機、環境の制約へ チャレンジ:新しい文明の発信
1)環境・省エネ技術:産業としての重要性
2)自然との調和やライフスタイル:日本文化の特性
3)低炭素社会の制度・インフラづくり:公的セクター
4)戦略的外交ツールとしての環境・省エネ技術

グローバル化時代の経済と 外交・安全保障
1)アジアの成長を日本の成長に。アジア共同の枠組みづくり。
  国際的なルールを主体的につくる側に。
2)経済の高付加価値化・知識経済化・ソフト化
3)国際社会の平和と安定に貢献:日米同盟維持、国際平和協力活動
4)ODAも経済から社会へ:存在感より好感度
  経済援助からソフトパワー的交流(文化・学術交流等)へ
5)日本モデルを世界に発信:高齢化対応、環境保全、医療制度等

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2009年7月12日 (日)

昭和の名将の条件

今日は注目の都議選挙ですが、浮世離れしたネタをひとつ。
政治的リーダーも見習う点があると思われる「名将の条件」です。

半藤一利氏と保坂正康氏の「昭和の名将と愚将」を読むと、
名将と言われる指揮官にはある程度の法則があるようです。

山本五十六、栗林忠道(「硫黄島からの手紙」で有名に)、
山口多聞、今村均、本間雅晴など、いろんな人が出てきますが、
アメリカやイギリスに駐在した人が多いです。

敵国のことをよく知っていたからよい作戦が練れた、
ということもあるでしょう。
しかし、それ以上に英米型の合理的・プラグマティックな思考が、
戦略や戦術を考える上で重要だったと私は思います。

日清・日露戦争の頃は、戊辰戦争や西南戦争の実戦経験者がいて、
欧米の先進国に謙虚に学んだ将校がいて国際法も遵守し、
やみ雲な精神論に頼らず、最新兵器を揃えて戦いに臨んだのでしょう。

日露戦争当時でも、日本軍の方が機関銃等の当時の主要兵器も多く、
日本海海戦でも日本海軍の方が良質な兵器が揃っていました。
日清・日露の戦いは、精神論ではなく、兵器や戦術の質、兵士の練度、
モラール(士気)等の総合的な要素で勝ったのだと思います。

そこを勘違いして神がかり的になった昭和の陸海軍が失敗したわけです。
そのあたりは名著「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」に詳しいですが、
昭和の名将たちは、決して神がかり的にならずに、
部下や家族を愛し、クールに判断し、断固として行動しています。

また、陸軍幼年学校(中学相当)卒業生はあまり名将になれず、
一般の中学(旧制中学)出身者の方が名将になっています。
中学から純粋培養で軍事だけ勉強し、神がかり的精神論を教え込まれ、
合理的な判断ができなくなってしまった結果だと思います。

逆に教養教育を重視し、広い視野を養う教育を行った旧制中学組は、
距離を置いて客観的に物事を判断する素地ができていて、
名将となる必要条件を満たしていたのではないかと思います。

指導者になる人の必要なのは、大局的・客観的に物事を見る能力で、
その素地には教養や知性、国際的センスが必要なのだと思います。

また名将に共通しているのは、虚勢を張ったり、威張り散らしたり、
私利私欲を優先させたり、といった見苦しい行為に走らないことです。
名将になるためには、まず紳士でなくてはいけないということでしょう。

よい政治家の条件も、名将の条件と同じようなものかもしれません。

*半藤一利、保坂正康「昭和の名将と愚将」文春新書、2008年

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2009年6月26日 (金)

動画の宣伝です。

「超人大陸」という政治専用の動画サイトがあります。
政治家の主張を取り上げるサイトです。
これまで3回ほど取材を受けてます。

タイトルは以下の通りです。

1)20年後の外交ビジョン

2)なぜ今国会改革か?

3)進む人口減少 これ以上の新規インフラ禁止

http://www.akibach.com/yamauchi/

時間がかかりますが、ぜひご一読(?)ください。

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2009年6月23日 (火)

私が目指す社会像

いま骨太方針の議論が行われています。
社会保障費抑制のことが特に騒がれています。

私も歳出削減は重要だけど、社会保障費の抑制はもう限界だと思います。
公共事業費や公務員人件費の削減、官庁の調達改革等で財源を捻出し、
社会保障費はきちんと確保すべきだと思っています。

社会保障費を抑制するのが構造改革ではなくて、
効率化とムダ削減を通じて社会保障費を捻出するのが構造改革だと思います。
国民の健康と幸せに直結する社会保障費は、これ以上抑制できないと思います。

最近、私個人としては、臓器移植法案の勉強を通じて、
医療現場の問題点をより良く知ることができました。
お医者さんたちと付き合いが多くなり、いろいろ話をお聴きしていると、、
医療費抑制はもう難しいというのもだんだんわかってきました。

さて、本題ですが、マニフェストの柱になるのは、
農家の所得補償とか、子育て手当てとか、配るお金の金額ではなくて、
どんな社会、どんな国を創りたいか、というビジョンだと思います。

私が目指すのは「分権型市民社会」です。
20世紀型の中央集権官僚国家から、21世紀型の分権型市民社会へ。
ここで「分権型」といっている点が重要です。

単なる地方分権(あるいは地方主権)だけではありません。
中央省庁の権限を地方自治体に移していくのと同時に、
中央集権官僚国家を解体していくことが重要です。

行政官僚が握っていた権限を、市民の手に戻していくというプロセス、
官僚主権から国民主権への「大政奉還」と言ってもいいかもしれません。

中央主権官僚国家を解体した上で、「新しい公共」を確立し、
行政と企業と民間非営利セクター(NPO等)の三本の柱で、
公益を担い、社会を支える仕組みを創っていくことを目指します。

そして「分権型市民社会」は、「参加型社会」でもあります。
市民が政治にも行政にも参加し、単にお上に頼るという発想を捨てて、
ひとりひとりが社会を支え、助け合っていく、という社会です。

政府機関(JICA)で働き、NPOで働いた私は、
政府と民間(企業とNPO)の線引きを見直し、行政機構を解体的に見直し、
新しい政府の役割を再規定していくことが、
これからの行政改革・地方分権の最重要のポイントだと思います。

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2009年6月 1日 (月)

私が党首なら:日本を再設計

先週の党首討論については、このブログでも書きましたが、
ふと「自分が党首だったら何を言うか」を考えてみました。

首相と野党党首では立場が大きく異なりますが、第1回目なら、
私だったらどっちの立場でも、日本の未来像、ビジョンを語ります。
あまり細かい問題には踏み込みません。

ひとことで言うと「日本の再設計」をテーマにします。

設計図を書くにあたっての前提条件は、次の通りです。
1)人口減少(ただし、少子化対策で減少スピードを緩和)
2)環境、エネルギー、資源の制約
3)経済の安定成長(=急成長は期待できない)

人口も経済も拡大し続ける、という20世紀の前提を捨てます。
高度経済成長期の「量の拡大」の思想と決別します。

人口減少に転じた日本は「質の向上」を志向します。
森や山を崩し、田畑をつぶして都市が拡大する時代は終わりです。

新しいインフラや箱モノをつくるのは、原則としてもうやめます。
よほど費用対効果の高いインフラ以外は、新規建設を禁じます。

新しいインフラをつくれば、建設費で借金が増えるだけでは済みません、
それ以後ずっと維持管理費がかかります。建て替えも必要です。
未来の世代に二重のツケ(建設費+維持費)を残します。

むしろ既存のインフラを大事に長持ちさせ、質の向上を図ります。
既存インフラのバリアフリー化、省エネ化、耐震化を重視します。
都市の拡大はやめて、都市の再整備や既存インフラの改良を行います。

都市部では「車がなくても快適に暮らせる街」を目指して、
コミュニティバスや路面電車(LRT)等の公共交通機関を充実し、
自転車や歩行者にやさしい道路づくりを行います。

環境と人間生活が調和した街づくりを目指し、
行政コストを下げ、エネルギー効率の向上を実現します。
地方の過疎地では「コンパクトシティ」化を進めます。

以上の前提に立てば、補正予算の使い道も大きく変わります。

もうひとつの主要テーマは「分権型社会」の建設です。
地方分権とあわせて、行政の再設計(解体と再構築)を行います。
公(おおやけ:パブリック)を政府が独占する時代に終止符を打ちます。
①行政、②企業、③民間非営利セクター(NPO)の三者で公共を担います。

政府が独占していた権限を「分権化」していく流れをつくります。
私の言う「分権型社会」とは、①中央から地方への分権と、
②政府から民間・市民社会への分権が、同時並行的に進む社会です。

「分権型社会」では、中央政府は国にしかできない仕事に集中します。
霞が関の中央省庁や国会の国際的な業務はむしろ強化します。

地方政府に命令を下す霞が関から、地方政府をバックアップする霞が関に、
意識の面でも、機能の面でも転換を図ります。

霞が関の事業官庁は、シンクタンク的官庁へと転換します。
中央省庁の公務員の数は減り、今より知的で高度な仕事をやってもらいます。

中央省庁の地方の出先機関はなくなり、地方政府に業務を移譲します。
利益誘導が仕事だと思い込んでいる国会議員は絶滅するでしょう。

NPOに対する寄付金優遇税制やNPOとの協働事業を大幅に拡大します。
地域の問題は地域で解決できる仕組みをつくります。
「分権型社会」は同時に「参加型社会」でもあります。

新しい社会をデザインするのが、日本のリーダーの仕事です。
日本を再設計するビジョンの善し悪しこそが、
次の総理を決める評価基準だと思います。

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2008年12月21日 (日)

ドサクサ期は転換期

来年度予算の財務省原案が出ました。
景気悪化の影響で歳出が増え、歳入は大幅減見込みです。
100年に1度の経済危機ということで、
やむを得ない側面はあります。

これだけの経済危機だと、ある意味「ドサクサ」です。
ドサクサに紛れて、改革骨抜きをたくらむ勢力がいます。
油断していると、ドサクサに紛れて、改革が後退し、
ムダな公共事業やムダな公益法人が生き残ってしまいます。

逆にドサクサに紛れて、新しい政策を打ち出したり、
大胆な政策転換を図るチャンスでもあります。
平時の発想ではできない、思い切った政策を実現すれば、
麻生政権の支持率回復にも貢献すると思います。

いまは歴史的な転換期なのかもしれません。
ドサクサ紛れに既得権を温存して小泉改革以前に戻すのか、
それともドサクサ紛れに新機軸を打ち出して生まれ変わるのか、
その分岐点に立っているのかもしれません。

例えば、景気悪化で雇用情勢が悪くなってくると、
既得権温存勢力は「雇用・能力開発機構は重要だ」と言って、
独立行政法人改革を逆戻りさせようとするかもしれません。

しかし、同機構がやっている失業者向けの職業訓練なども、
政府系機関が直営でやる必然性がないものが多数あります。
民間企業やNPOに委託したり、専門学校と提携したり、
民間の力をいかしてできることがたくさんあります。
あるいは新たに「職業訓練バウチャー(チケット)」を導入し、
専門学校に行ったり、NPOでトレーニングを受けたりと、
失業者が自ら職業訓練先を選べる方が良いかもしれません。

ドサクサ期は転換期です。
このドサクサ期に古い仕組みに後戻りするのではなく、
新しい時代にあった新しい仕組みを創るべきです。

道路や橋梁といった従来型の公共事業ではなく、
前々から主張してきた「新しい公共事業」を推進すべきです。
ドサクサ期は分岐点です。
新しい方向に踏み出すチャンスです。

ご参考:「新しい公共事業」
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_24f8.html
http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-a17b.html

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2008年12月18日 (木)

ムダボ・フォーラムの感想

昨夜、政策シンクタンク「構想日本」主催のフォーラムに出ました。
タイトルは「国民あげて国の無駄撲滅を!」でした。
テーマは無駄遣い撲滅プロジェクトで実施した「事業仕分け」です。
河野太郎主査ほかプロジェクトチームの若手議員でいっしょに登壇し、
事業仕分けの成果や感想について述べました。

実は、昨年12月にも構想日本のフォーラムに参加して、
その時のテーマも「事業仕分け」でした。
タイトルは「いよいよ増税!?その前にやらないといけないこと」でした。
昨年12月も今と同じように消費税増税の議論がありました。
昨年のフォーラムでは民主党、新党日本、自民党からひとりずつ議員が参加し、
なぜか私が自民党を代表してゲストスピーカーに招かれました。
当時はそれ位「事業仕分け」に対する党内の理解がなかったということでしょう。

昨年のフォーラムで私が「国の事業仕分けをぜひやりたい」と発言しました。
そしたら出席者の複数の方から「自民党には無理だ」と全否定され、
たいへん悔しい思いをしました。
しかし、チームリーダーの河野さんが園田政調会長代理にかけあって、
事業仕分けを実施する許可をもらい、構想日本のサポートを得て、
国の事業仕分けを実行に移すことができました。
1年前に「自民党には無理だ」と言った人たちは驚いていることでしょう。
フォーラムの聴衆は約150人ほどだったと思いますが、
国の事業仕分けは概ね好評で「自民党を見直した」という人が多かったです。

どちらかと言えば、自民党が事業仕分けに率先して取り組んだというより、
河野太郎チームリーダーの思い入れと突破力、若手議員の熱意に、
構想日本のスタッフのプロフェッショナルなノウハウとサポート、
ボランティアの“仕分け人”の皆さんのご協力のお陰で成功したと思います。

やる気と実務能力のある議員が10人くらい集まれば、
けっこういろんなことができるような気がします。
それにシンクタンクやNPO、研究者や自治体職員等のサポートがあれば、
もっといろんなことができるような気がします。
構想日本のホームページには「『思い』を『政策』に変える」とあります。
熱い『思い』からスタートして熱意をもって地道にがんばれば、
少しずつでも『政策』を実現していけるのだろうと思います。

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2008年12月17日 (水)

消費税増税明記の?

政府の社会保障と税制の中期プログラム案で、
11年度の消費税増税を明記したようです。
経済危機のさなかにあえて増税を主張するのは、
国際社会の中でも日本だけのように思います。

イギリスは消費を喚起するため、
消費税(付加価値税)を期間限定で減税します。
大きな買い物(住宅や車)は今が買い時だ、
と消費につながるかもしれません。
約1年の期間限定なので、ある意味で劇薬です。
副作用も強いでしょう。批判も多いです。
しかし、イギリス政府の本気さはわかります。

今は消費税増税を言うべきではないと思います。
少なくとも消費税増税までの道筋を明確に示し、
国民の理解と納得を得る努力から始めるべきです。

消費税増税を納得してもらうためには、
少なくとも次の条件をクリアする必要があると思います。
1)景気の回復(せめて成長率2%程度までは)
2)徹底した歳出削減
3)国会議員と公務員の削減で痛みを伴う行政改革
以上の条件が満たされるまで、消費税増税は無理です。

徹底した歳出削減や行政改革を抜きにして、
増税だけやれば、霞が関の官僚機構は肥大化します。
既得権は温存され、非効率なシステムが生き残ります。

ある議員が「“増税派”と“バラマキ派”が結びつくと、
次世代にとって最悪」という表現を使っていました。
まったくその通りだと思います。

今やるべきことは、公共事業のバラマキのような90年代に、
大失敗した景気対策の焼き直しではありません。
ムダな歳出の削減を引き続き進めながら、
経済構造の転換を進めるための景気対策が必要です。
地球温暖化対策、省エネ・環境、子育て支援、介護、医療、
バリアフリー化、農業等の分野に投資すべきだと思います。

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2008年12月 9日 (火)

中小企業救済プラン

今日は「中小企業資金繰り救済プログラム」という会に参加しました。
中心になっているのは、平将明議員と木原誠二議員の二人です。

平さんは大田青果市場の仲卸をやっている中小企業経営者で、
中小企業向けの日本振興銀行を設立した人物です。
自らも資金繰りに苦しんだ経験のある中小企業経営者です。

木原さんは財務省出身の政策通。
財政金融政策について詳しく、行政の動かし方等もよく知っていて、
自民党若手議員の中では政策通のエースです。

この二人が中心にまとめた提言を、参加した議員で議論しました。
中小・零細企業への新規貸し出しに対する利子補給、
金融機関の預貸率の目標値の設定、ミドルリスク貸し出しの充実など、
中小・零細企業に実際にお金が回る仕組みづくりの提言ができました。

かなり技術的な議論が多かったので、ここでは書きませんが、
平さんと木原さんという実務者二人が中心になったので、
非常に具体的で、現場の実態に即した政策提言になったと思います。

また、役所からのボトムアップの政策形成ではできない位、
思い切った内容になっています。
中小企業向けの金融といえば、財務省、金融庁、経済産業省など
さまざまな役所が関係しますが、タテ割りにとらわれない発想は、
政治主導の政策提言ならでは、だと思います。

この政策提言を言いっ放しにしないため、政府への働きかけと、
党の政務調査会(金融部会、経済産業部会)への働きかけを行います。
平氏・木原氏の両氏をサポートして、政策実現に向けてがんばります。

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2008年6月 3日 (火)

インドネシア文学評論(?)

この数週間インドネシア文学の最高傑作と言われる、
プラムディヤ・アナンタ・トゥールの4部作に、はまりました。
主に電車の中で読み続け、やっと読み終わりました。

プラムディヤはノーベル文学賞に何度もノミネートされたものの、
残念ながら受賞することなく、2006年に亡くなりました。

プラムディヤは、政治犯として3度にわたって投獄されました。
一度目は1947年から2年半ほど独立戦争中にオランダ軍に投獄され、
二度目は1960年から61年にかけてインドネシア国軍に投獄され、
三度目は1965年から10年以上も同じく国軍に投獄されさました。
ブル島の監獄にいた頃に書き上げたのが、私が読んだ4部作です。

プラムディヤは信念と勇気の人です。
こういう過酷な人生を歩んだ人だからこそ、
味わい深い文学作品が生み出せるのでしょう。
こういう文学作品を書ける人にはなりたいですが、
同じような過酷な人生に耐える自信はありません。

この4部作を読むと、オランダ植民地勢力に対する憎しみと、
インドネシアに対する愛国心が湧いてきます(インドネシア人でなくても)。
東南アジア研究者や東南アジア・フリークの間では必読書です。
多くの東南アジア研究者が「お薦めの本」として本書をあげます。

この4部作の日本語訳が出始めたのは1986年ですが、
完結したのは2007年でした。

1部 「人間の大地」   1986年
2部 「すべての民族の子」1988年
3部 「足跡」      1998年
4部 「ガラスの家」   2007年

20年近くかかって翻訳されたので、読者としてはもどかしかったです。
私は確か大学生の頃に読み始め、1部と2部は続けて読んだのですが、
3部が出るのが待ち遠しく、大きな本屋で毎回チェックしていました。
4部に至っては、3部が出てから10年近く待たされました。
出版社に「なんで4部は出版されないんですか?」という手紙を出した程です。
あまりにも4部の出版が遅いので、すっかり忘れていました。
完結の4部が出ているのを知ったのが、ごく最近のことです。

1部の「人間の大地」は4回読みました。
2部の「すべての民族の子」は3回読みました。
3部の「足跡」は2回読みました。
何度読んでも新しい発見があり、感じ方も年齢とともに変ります。
インドネシアに1年ほど住んでみて、ますますこの本が好きになりました。

プラムディヤ・アナンタ・トゥールの4部作、お薦めです。
きっとあなたもインドネシアに行きたくなります。
どうやってインドネシアという多様な民族と宗教からなる国家が、
形成されて行ったかがわかります。
多様で寛容な多文化共生社会をつくるために、
日本がインドネシアから学べることも多々あるはずです。

なお、この作品はトヨタ財団「隣人をよく知ろう」プログラムにより、
助成を受けて翻訳・出版されました。
こういった民間財団の活動が、二国間関係の改善や文化交流に、
大きな役割を果たしていることも付記します。

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2008年3月23日 (日)

民主の横暴、自民の無策

日銀総裁人事も道路特定財源の問題も、
与野党激突モードのままです。
与党側がやっと道路特定財源の修正案を提示し、
かなり民主側に歩み寄った提案をしています。
しかし、民主側はまったく歩み寄りません。

民主党は「国民生活が第一」ではなくて、
選挙に勝つための「党利党略が第一」という路線で、
突っ走っています。
民主党でも心ある議員は嘆いていることでしょう。

日銀総裁同意人事については、
与野党で真剣に話し合う場を設けるべきです。
道路特定財源については民主党の側も歩み寄るべきです。

このままでは4月に国民生活の大きな影響を与え、
日本経済が「政治不況」にまっしぐらです。
与党も野党もメンツや党利党略を捨てて、
危機的な日本経済の現状を考えて、手を打つべきです。
いまの状況は、民主党は横暴だし、自民党は無策です。
道路特定財源については、われわれのグループの提案を、
与野党で真剣に検討してもらいたいと思います。

自民党と民主党で日本国内のコップの中で争うよりも、
台頭する中国、インド、ブラジル、原油高で好調のロシア、
統一が進む欧州、いまだ世界最強の米国経済など、
日本が全力を尽くすべきはグローバルな競争だと思います。

私が昨年「国民本位の政治を実現する会」を設立したのは、
永田町の党利党略の政争ばかりが続けていては、
国民の政治不信が深まることを危惧したからです。
いまの状況では、政治不信はますます深刻化します。

政治不信がピークに達したときや、景気が悪いときに、
威勢のいい排外主義やマッチョな全体主義が力を得ます。
国の強さを強調するのは、弱さの自覚の現れです。

戦前の政党政治の腐敗が、軍国主義を招いた不幸な歴史を、
繰り返さないために、政治不信を取り除く必要があります。
大げさかもしれないし、考えすぎかもしれませんが、
今のうちに政治に対する信頼を取り戻さないと、
全体主義や軍国主義のまずい方向に進みそうな気がします。
核武装論を唱えるような人が政治家のなかにもいます。
杞憂かもしれませんが、警戒は怠らず、
全体主義の温床となる民主主義の退廃を防ぐため、
政治に対する信頼を取り戻すため、がんばります。

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2008年3月18日 (火)

「信念の政治家」について

電車の中で読んでいる故森嶋通夫教授の「政治家の条件」に、
おもしろい分析が出てきました。
森嶋教授はノーベル経済学賞候補に何度もノミネートされた方ですが、
政治に対してもたいへんおもしろい見方をされています。

マックス・ウェバーの「職業としての政治」に出てくる
「心情倫理」と「責任倫理」の二つの重要な概念に関し、
訳語にコメントされています。
前者の訳語は、本当は「心情倫理」ではなく、
「信条倫理」または「信念の倫理」が正しいのだそうです。

森嶋教授の論に従うと、「信念の倫理」ばかりを重視していると、
結果に対する「責任倫理」がおろそかになる傾向があります。
信念を貫いた結果、不幸な結果を招くことはよくあることです。
ブッシュやブレアは、「フセイン政権は悪で、倒さなくてはいけない」
という信念を貫いた結果、あまり芳しくない結果を招きました。
フセインを打倒した後の結果を正確に予想できたら、
あのような軍事介入を行ったかどうかわかりません。

逆に「責任倫理」を重視しすぎると、結果に対する責任を恐れ、
リスクを避けて無難なことばかりやる傾向が出てきます。
過剰な「責任倫理」は、不確実な世の中で、
勇気をもって行動するときに、足かせになることもあるでしょう。
「責任倫理」が強すぎて、行動力がないのでは、それも困りものです。

ウェーバーが言いたかったのは、職業政治家(天職としての政治家)は、
「信念の倫理」と「責任倫理」の両者をバランスよく持ってないといけない、
ということだと思います。

そういう視点で日本の政界を見てみると、
安倍前首相は「信念の倫理」が過剰で、「責任倫理」がちょっと弱く、
福田首相は「信念の倫理」が弱く、「責任倫理」が重いのかもしれません。

福田首相には「信念の倫理」をもう少し前面に出して、
改革の旗を高く掲げ、経済政策に関する明確な方向性を示してほしいものです。
そうなるように党内で声をあげていきたいと思います。

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2008年2月 1日 (金)

割に合う環境対策を!

2月の朝の駅頭配布用チラシの内容を転載します。
長文で読みにくいのですが、ご容赦ください。

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地球環境を守るために:割に合う環境対策

昨年は気候変動に関する政府間パネル(IPCC)と
アル・ゴア元副大統領がノーベル平和賞を受賞するなど、
地球環境問題への関心が高まっています。
日本がホスト国になるG8洞爺湖サミットでも、
環境・気候変動が最重要課題です。
市民、政府、企業、NPOがそれぞれの立場で
環境問題の解決に向けてアクションを起こすことが
求められています。

地球環境問題は日本一国で取り組んでもあまり意味がなく、
国際協力がとても重要です。
CO2や大気汚染物質に国境はありません。
中国沿海部の工業地帯で排出される窒素酸化物は、
偏西風に乗って日本までやってきて酸性雨の原因になります。
また、日本は四大公害病を克服してきた経験とノウハウに加え、
世界最高水準の省エネ技術や環境保全技術を持っています。
日本は環境保護にいかせる技術とノウハウがあり、
そして地球環境を守ることは日本の国益でもあります。

私は学生時代にフィリピンで
約2か月の植林ボランティアに参加して以来、
環境問題にずっと関心を持ち続けてきました。
JICA在勤時には環境行政、水処理、ゴミ処理などの分野で
環境分野の国際協力に携わりました。
その体験も踏まえ、環境を守るためにできることを考えてみました。

1.日本にできる国際貢献(ODAと環境ビジネス)
これまでも日本政府は、ODAで環境行政、大気汚染防止、森林保護、
生物多様性保護など途上国の環境対策を支援してきました。
ODAベースでの環境協力は引き続き重要です。
また、環境保護に関わる分野の留学生の受け入れや
研究協力といった知的な支援でも日本は国際社会に大きな貢献ができます。

他方、ODA削減が進むなかで、これまで以上に民間の貢献が重要です。
日本企業が持つ省エネ技術や環境保全技術を商業ベースで世界に売り込み、
企業が収益を上げつつ、環境にやさしい技術を普及させることで、
CO2の削減や石油資源の節約に貢献できます。
省エネ技術の多くは、環境にやさしいと同時にコスト削減にも役立ちます。
地球環境にやさしく、相手国の企業や消費者にもよろこばれ、
それでいて日本企業も潤う、といった互恵的(=WIN-WIN型)環境ビジネスを
政府として積極的に後押しすべきです。

例えば、日本製の蛍光灯は、白熱灯より電力消費がはるかに少なく、
寿命も長くなっています。
中国やインドの家庭用白熱灯をぜんぶ蛍光灯に替えれば、
CO2が大幅に削減でき、火力発電プラント何基分もの消費電力を節約できます。
石油高騰のなかで途上国に大いに歓迎されるでしょう。
ODAで途上国に火力発電所を建設するより、
蛍光灯普及などの省エネ対策に力を入れる方が、
地球環境にも途上国政府のお財布にもやさしい国際協力になります。

昨年秋に「エコプロダクツ2007」という
環境にやさしい商品や環境・省エネ技術の見本市を視察し、
日本企業の環境・省エネ技術の優秀さを再認識しました。
ジェトロ(日本貿易振興会)が支援して、アジア、北米、欧州など
世界各地で日本企業の環境関連製品の見本市を開催し、
世界市場に売り込むべきです。
日本企業が潤うという側面もありますが、
それ以上に日本のすぐれた環境技術で
地球環境悪化を食い止められる点が重要です。
環境技術で日本経済が上向けば、
環境保護と経済成長の一石二鳥の効果が期待できます。
日本企業の環境技術を世界に売り込むことを国家戦略にすべきだと思います。

2.地域の活動や環境NPO、環境教育
日々の暮らしのなかで環境を守るためにできることがあります。
すでに多くの皆さんも実践していらっしゃることでしょう。
地域の環境NPOや生活協同組合はもちろんのこと、
CSR(企業の社会的責任)の一貫として環境保全に積極的な企業も多くなりました。
暮らしのなかで環境を守る活動を行政がサポートする仕組みを強化すべきです。
環境NPOと政府の公式的な政策対話を行い、
環境行政に現場の声をいかす仕組みが必要です。
寄付金優遇税制や助成制度を工夫し、
行政と企業やNPOの協働を促進する仕組みを強化します。

また、子どもの頃から環境の大切さを教え、
環境を守るために行動できる市民を育てましょう。
必ずしも「環境教育」という教科をつくる必要はありませんが、
理科や総合学習、あるいは、国語や英語の授業に
環境教育の要素を取り入れることが大切です。
学校教育を通じて環境破壊のメカニズムや
環境にやさしいライフスタイルを理解し、
行動する市民を育てるべきです。

3.環境保全が「割に合う」経済システムづくり
大量生産・大量消費・大量廃棄の20世紀型経済システムは、持続不可能です。
環境保全が「割に合う」経済システムを築くことが大事です。
裏を返せば、環境を汚染することや資源浪費が、
割に合わない仕組みをつくるべきです。
ゴミの有料化はまさに好例です。
ゴミを出さないライフスタイルだと安くつき、
大量消費・大量廃棄のライフスタイルでゴミを大量に出せば高くつきます。
長持ちするものを買って、大切に長く使い、
使えなくなったらリサイクルする。
そんな日本の昔ながらの伝統的な暮らし方が、
経済的に割に合うようにすべきです。
福田首相の長年の持論の「200年住宅」政策の基本コンセプトは、
「いいものをつくって、きちんと手入れして、長く大切に使う」です。
この日本の伝統的な考え方は、あらゆる分野で妥当すると思います。

環境税の本格導入もいつかは必要だと思います。
道路特定財源の改革にあたっても環境税の要素を取り入れるべきです。
CO2の排出量に課税し、環境を悪化させれば
その分税金を払わなくてはいけない仕組み(=汚染者負担の原則)を
確立すべきです。
原油高の影響もあっていますぐには難しいかもしれませんが、
5~10年程度かけて環境税を導入すべきと考えます。
ただし、ただでさえ環境税導入には産業界が大反対なので、
国民の理解を得るために環境税導入が国民負担を増やさない工夫が必要です。
つまり環境税の増税額と同じだけ、消費税や所得税等の他の税を減税し、
国民負担はプラスマイナスゼロ(=財政中立的)にすべきです。
大雑把に言えば、環境にやさしい生活をしている人は減税となり、
環境に悪い生活をしている人は増税となる仕組みです。
環境にやさしい暮らしが、経済的に割に合うようにすることは
有効な環境対策です。

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市民社会と政治

尾崎行雄記念財団「世界と議会」の今年1月号に、
私のインタビュー記事が出ました。

http://www.kou1.info/pdf/sekai_to_gikai.pdf

国会の憲政記念館に事務所がある由緒正しい財団の
雑誌にインタビューしていただけて、大変光栄です。

「世界と議会」1月号が「市民社会と政治」特集だったので、
自民党の「国際的NGO小委員会事務局長」と
自民党の「NPO特命委員会事務局次長」とを兼ねていて、
かつ、元NPOスタッフの私に声がかかったのだと思います。

ちょっと長めのインタビュー記事ですが、
業界関係者の間ではそこそこ好評です。
ぜひご一読を!

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2008年1月 1日 (火)

年頭ブログ:50年後の日本と世界

年初めということで(?)、未来のことを考えてみました。
1901年に書かれた100年後の未来予測の記事を
最近地元の支持者の方から見せていただきました。
携帯電話(?)や新幹線(?)のようなものも予測され、
見事に実現しています。
けっこう予測が当たっている確率が高くて驚きます。

それに触発されて、50年後の世界と日本を、
私の独断と偏見に、希望をちょっぴり加えて、
少し楽観的に予測してみたいと思います。
国会議員として「こんな社会をつくりたい」という
理想に基づきつつ予測したので、相当楽観的です。
なお、100年後だと私は生きていないと思いますが、
50年後だと生きているかもしれません。
100年後の日本と世界に責任を持つのは難しいですが、
50年後だったら幾分かは責任を持てる可能性があるので、
50年後の未来予測にしました。

50年後の日本と世界

●石油資源は枯渇の一歩手前。
 石油を燃やして燃料として使うことはなくなり、
 石油化学製品の原材料として大事に使うようになる。

●再生可能なエネルギーに関する産業が成長を続ける。
 ボルネオ島原産の生育の早い雑草の一種が、
 エタノール燃料の材料として優れていることがわかり、
 トウモロコシ等の穀物からエタノールを作ることはなくなる。

●環境税(炭素税、ゴミ処理税等)が税体系の柱になる。
 法人税や所得税の割合は大幅に低下。
 環境にやさしいライフスタイルと産業が、
 経済的に割に合う市場メカニズムができあがる。

●世界人口は約80億人で安定。人口増加率は0%に近づく。
 移民政策の影響もあり、日本の人口は1億人程度で安定。
 日本は多文化共生社会へと大きな転換を遂げる。

●日本では高齢社会がすっかり定着。
 日本人の平均寿命は100歳を超える。
 高齢者の定義が変わり、75歳以上が高齢者とされる。
 高齢者の労働参加率は大幅に上昇。
 高齢者への差別(年齢差別)は厳しく禁止される。

●再生医療が発展し、臓器移植は一切不必要になる。
 移植に頼らなくても多くの人の命が助かるようになる。
 中山太郎氏、山内康一他提出の臓器移植法案は廃止となる。

●女性や子どもにとって、より住みやすい社会になる。
 少子化に歯止めがかかり、出生率は2.2に回復。
 女性の労働参加率は大幅に上昇。男女の雇用格差は皆無に。
 男性の育児参加(家庭進出)も大幅に進む。

●障害者や在日外国人に対する差別は見られなくなり、
 多様な価値観を認める寛容な共生社会になる。

●東アジア経済共同体のもとアジアの連携は深まり、
 国家間の軍事的緊張は緩和される。
 水資源やエネルギー資源をめぐる争いも、
 国連やARF等の国際的な紛争解決・調停メカニズムが機能し、
 軍事的な衝突へ至ることはなくなる。

●国際的な投資活動や商取引への課税制度(トービン税等)が、
 導入され、国際公共益に資する事業の財源となる。
 災害援助や難民援助の資金の大半は、トービン税で賄われる。
 地球温暖化で災害被害は甚大になり、環境難民も大量発生。
 災害援助と環境難民援助のニーズはますます高まる。

●世界の基軸通貨は、米ドル、ユーロ、ACU(アジア通貨単位)
 の三極時代へ突入。通貨の変動幅はかなり狭くなる。

●日本のGDPは中国やインドに抜かれるものの、
 一人当たりGDPでは依然としてアジアでトップを維持。
 日本経済はハイテク産業、デザイン、文化・観光産業等、
 高付加価値のソフト産業で繁栄。知識経済化に成功。

●道州制はすっかり定着。中央政府の役割は、外交・安全保障、
 税制、財政金融政策、消費者保護等の分野に限定される。
 各道州の強みをいかしたユニークな産業政策や教育制度ができ、
 地域色豊かで多様な文化が花開く日本になる。

●国会は小選挙区選出議員からなる衆議院と
 道州の代表からなる参議院の二院制になる。
 衆参の役割分担は明確になり、活発な政策論争が行われ、
 衆参ねじれ時も国政に停滞を生じなくなる。

●雇用者の3分の1は非営利セクターで働くようになる。
 また企業や政府で働く雇用者の60%は、
 土日や平日夜等の余暇にボランティア活動に参加している。

●日本はおいしくて安全な高級農産物の輸出国として有名になり、
 日本産のコメ、果樹、お茶、野菜等は世界的ブランドになる。
 民営化された農協の「JAオニギリ」チェーンは、
 マクドナルドやケンタッキーフライドチキンと並び、
 ファーストフードの国際ブランドになり、世界中で大人気。

●都市部への人口集中は止まらず、環境と調和した都市づくりが進む。
 山手線内はほとんどが中層・高層ビルになり、公園面積は広がる。
 公共交通機関がさらに発達し、エネルギー効率の高い都市になる。

書き始めるとキリがないので、この辺で終わりにします。

いまの政治や経済、社会のシステムのままでは、
いずれ日本も地球も破綻してしまうと思います。

いまはコースを変えなくてはいけない大事な時期です。
50年後も日本と世界が平和であるように、
日本と世界のコースを変えるため、今年も1年がんばります。

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2007年12月15日 (土)

エコプロダクツ展示会見学

東京ビックサイトで開催された環境イベントの
「エコプロダクツ2007」を見学してきました。
桜井郁三環境副大臣、河野太郎代議士他で行きましたが、
さすがに環境副大臣といっしょだと対応も丁寧で、
質問に答えてくれる人がまわりにたくさんいて助かります。
我われは午前中に視察しましたが、
今日の午後には、福田総理も視察にお見えになるそうです。

私は前々から環境問題に関心がありました。
学生時代にはキャンパス内の環境問題を考え、
紙のリサイクル等にとりくむサークルに入っていました。
フィリピン留学時代にもNGOの植林プロジェクトで
インターンのようなことをやらせてもらいました。
延べ2か月以上も山間部やマングローブ林で
植林プロジェクトの現場体験をさせてもらいました。
そんな経緯もあって環境問題も、
非常に興味のあるテーマのひとつです。

そんなわけで将来は環境分野の政策通、
特に環境分野の国際協力のスペシャリストになりたい、
と密かに思っているところです。

来年は洞爺湖でG8サミットもあるし、
アフリカ開発会議(TICAD)もあります。
環境分野の国際協力は両方の国際会議において、
重要なテーマになるでしょう(しなくてはいけません)。

今日の「エコプロダクツ2007」では、
日本の環境分野の強さを再認識しました。
ODAが右肩上がりでない現状では、
民間ベース(商業ベース)で日本の環境技術を、
地球環境の保全に活用していくのが、
効果的で現実的な国際貢献だと思います。

日本企業が持つ環境技術は、省エネルギーであり、
かつ、省コストであるケースが大半です。
原油高の影響で省エネ技術のニーズは高まっています。
非産油国の途上国は、原油高が経済を直撃しています。

エコプロダクツ展の視察をしながら思いついたアイデアとして、
1)洞爺湖サミットのときに近くでエコプロダクツ展示会を開催し、
  各国の首脳や環境大臣に日本の環境技術を紹介する。
2)アフリカ開発会議(TICAD)のアフリカ政府代表団に、
  日本の優れた環境技術を紹介する。
3)ジェトロ(日本貿易振興会)と環境省で連携し、
  アジアや北米、欧州、アフリカ等でエコプロダクツ展を開催する。
4)途上国の白熱灯を蛍光灯に切り替えを進めために、
  国際協力銀行の融資や円借款を積極活用する。
といったものがあります。

企業も潤い、環境にやさしく、省コストにもつながる環境技術を、
世界にどんどん売り込んでいくことは国際公共益につながります。
日本にできる国際貢献としては、誰も反対しない有効な手段です。

もう途上国の火力発電所や水力発電所の建設にODAを使うのをやめ、
逆にエネルギー使用量を抑える技術にODAを使うべきだと思います。
たとえば、中国やインドで使われている白熱灯をぜんぶ蛍光灯にすれば、
そうとう電力消費を減らせるはずです。

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シンクタンクのフォーラムにゲストとして参加

来週開催の構想日本のフォーラムにゲスト参加します。
構想日本というのは、非営利のシンクタンクで「事業仕分け」等、
さまざなま興味深い政策提言をしています。

つい先日私が事務局長を務める「国民本位の政治を実現する会」の
勉強会に構想日本の加藤秀樹代表に講師として来ていただきました。
そのお礼もあって、ゲストとしての参加依頼を快諾しました。

テーマは「いよいよ増税!?その前にやらないといけないこと」です。
私は消費税増税の前に歳出削減を徹底してやるべきだ、と
繰り返し主張してきました。
構想日本の担当ディレクターの方がそれを覚えていて下さったようです。

構想日本のようなまじめな政策シンクタンクに、
ゲストとして呼んでいただけるのは光栄なことです。
自民党議員を代表して、他党の議員の皆さんと、
議論することになるのでしょう。これも光栄なこと。

私は聴衆として何度も構想日本のフォーラムに参加してきましたが、
今回はゲストとしての初参加です。
いつもは2千円払って参加していますが、今回は無料で、得した気分です。

事業仕分け等の歳出削減の具体策に関心があってお時間のある方、
ぜひともご参加ください!

テーマ:いよいよ増税!? その前にやらないといけないこと
日時: 12月19日(水)午後6時半から
場所: 日本財団ビル2階
参加費:2千円
*詳しくは構想日本ホームページをご参照ください。
http://www.kosonippon.org/forum/detail.php

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2007年12月 9日 (日)

コツコツ世論をつくる

昨晩は選挙区外で途上国援助についての
小さな勉強会を講師をつとめさせて頂きました。
途上国援助、特に政府開発援助(ODA)についての関心は、
近年ますます薄くなってきたように感じます。
選挙のときの世論調査などでも、選挙公約でも
ODAが国政の優先課題と認識されることはまずないです。
世論の大勢に従って、人気取りに走ろうと思えば、
ODAや外交は無視した方が得策です。

外交を一生懸命やる議員は落選しやすい、
とむかしから言われてきました。
私が尊敬する地方選出の某先輩議員(Mさん)は、
見識も海外経験もあり、世界に通用する政治家ですが、
地元の選挙区では「国際派隠し」をやって、
農業や医療の話を中心に演説し、
外交については語らないそうです。
もったいないことです。

地方政治とは異なり、国政においては、
内政が半分、外政が半分だと思います。
地方分権を進め、道州制等が導入されれば、
内政は地方政府が主に担当するようになり、
国政における外政の比重はますます高まるでしょう。
また、グローバル化が進む中で、
外政と内政の関連性も高まっています。

国会議員はもっと外交を語り、
日本の進むべき道筋を示すべきだと思います。

世論調査に一喜一憂して、世論調査の結果に盲従し、
有権者がよろこびそうな事だけ言えば済むのなら
政治家という職業も、国会もいりません。
単に市場調査会社や広告代理店に委託して世論調査を行い、
世論の動向の通りに政策を決めれば済むことです。
そうじゃないと信じます。

むしろ世論をつくっていく、世論を喚起する、という役割が、
政治家に求められる重要な機能のひとつだと思います。
少なくとも昨夜の途上国援助の勉強会に来てくださった人は、
ODAの重要性をある程度わかっていただけたと思います。
参加者の人数は少なかったですが、感触はとてもよく、
ODAに好意的な世論をつくるのに多少は貢献できたと思います。

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2007年10月 5日 (金)

駅頭ビラ24号:それでもやっぱり改革を止めるな!

朝の駅頭演説(民家が近いところではビラ配りだけですが)では、
いつも国政レポート(ビラ)を配っています。
同僚議員に「こんなビラを毎朝配ってるよ」と言って見せてみたら、
「えっ、こんな堅くて字ばっかりのビラ配ってるの?」とあきれられました。

それでもめげずに駅頭ビラには力を入れています。
駅頭演説といっても立ち止まって聞いてくださる人は皆無です。
通り過ぎるときに演説の一部(15~30秒くらい?)が耳に入る程度です。
それでは考え方や政策が正しく伝わらないと思います。
下手をすると一部だけを聞いて、誤った印象を持たれるかもしれません。
駅頭ビラはきちんと読んでもらえれば、きちんと真意が伝わると思い、
一生懸命ビラを書いて、配り続けています。

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それでもやっぱり改革を止めるな!

悪者扱いの小泉改革
このところ小泉改革は、マスコミからも、野党からも、

さらには与党内でも悪者にされています。
先日も「小泉・安倍改革を問う」といった内容のラジオ番組に呼ばれましたが、
評論家もリスナーも小泉改革を否定する意見が多く、
私ひとりで必死に小泉改革を擁護しました。
小泉改革の人気はさんざんです。
日本経済新聞以外の主要なマスコミは、構造改革路線に否定的な論調になり、
「小泉改革の陰」といった表現が多用されています。
自民党内も参院選大敗後、構造改革推進派はいまや少数派です。
格差是正の美名のもとに財政出動派が力を盛り返し、
公共事業のバラマキを増やせという声が高まっています。

小泉改革とは何だったのでしょうか?
「ポピュリズム政治」との批判もありますが、
これは一般的な政治学用語の定義には該当しません。
通常の意味の「ポピュリズム政治」は財政的バラマキで国民の人気を得るものですが、
小泉首相はバラマキ否定の痛みをともなう改革を訴えて支持を得ました。
大衆迎合どころか、大衆に痛みに耐えるよう呼び掛け、
その点でポピュリズムとは逆でした。
いわゆる小泉構造改革は、小さな政府を目指し、歳出の削減、官から民へのシフト、
規制緩和、地方分権(脱中央集権)などのいくつかの側面がありました。
また、政治改革の領域では、従来の自民党の派閥談合的、利益誘導的な体質を改め、
官僚主導から政治主導への転換を目指しました。
小泉改革は、従来の自民党政権の「枠組みの中の改革」ではなく、
「枠組み自体を変える改革」だったと言えるでしょう。
小泉構造改革により、プライマリーバランス赤字は、
政権発足時点の約28兆円から約8兆円へと大幅に改善されました(消費税の増税なしで)。
公共事業費は最盛期に約14兆円だったのが、いまでは約7兆円です。
増え続ける社会保障費をまかなうには、公共事業削減は必須です。
小泉政権下で銀行の不良債権処理は進み、経済も少しずつ回復しました。
失業率も減少しました。構造改革の成果は着実にあがっていると言えるでしょう。
他方、中央と地方との格差拡大(地方の疲弊)、
非正規労働者の増加などによる賃金格差、
規制緩和で誕生したコムスンなどの企業の不正が、
「小泉改革の陰」とされるケースが多々あります。
また、過渡期に特有の摩擦も発生しています。

中央と地方との格差是正
地方の疲弊は、全面的に小泉改革の責任にされています。
しかし、小泉改革よりもグローバル化が、地方の疲弊により大きく影響しています。
地方の中小企業が中国やベトナムへ進出し、地方の雇用が減少する。
あるいは海外から安い農産物が輸入され、農業が打撃を受ける。
こういった現象はグローバル化によって引き起こされた問題です。
逆に観光客や輸出産業の誘致などにより、
グローバル化にうまく適応した地方には活気があります。
グローバル化という避けられない現実を前にして、
それにうまく対処するのが重要な政策課題です。
構造改革による公共事業削減が、地方経済に打撃を与えているのは事実です。
しかし、公共事業だけに頼りきった地域経済は、そもそも不健全です。
公共事業の乗数効果(波及効果)は下がり続け、
90年代にあれだけ道路工事をやっても地方の疲弊は止まりませんでした。
公共事業に頼った地域振興はもう限界です。
格差是正の名のもと公共事業を拡大しても、地方は救われません。
公共事業バラマキ復活が招くのは、「国土の均衡ある衰退」と財政赤字拡大です。
誤った診断に基づいて、誤った処方箋を出せば、地方の疲弊はさらに進みます。
中央と地方の格差是正には地方分権で対処すべきです。
地方分権を通じて、それぞれの地方が知恵を絞って、
地域の特性をいかした地域振興に努力するしかありません。
公共事業のバラマキによる格差是正では、
中央省庁が箸の上げ下ろしまで介入し、地方の創意工夫をいかせません。
霞ヶ関の官僚や永田町の国会議員が資源配分に関わるよりも、
現場に近い地方自治体や地方議会が資源配分に関わる方が効率的です。
小泉政権の三位一体改革は不十分でしたが、方向性は正しかったと思います。
より一層の税源委譲と地方交付税の拡充によって、
中央と地方の格差是正に取り組むべきです。
また、地方分権は国会議員の仕事も変えます。
税源委譲や交付税改革で、地方のことは地方で決められるようになれば、
国会議員が「私はここに道路をつくるためにがんばります。」
といった利益誘導で票を獲得することができなくなります。
そうなれば、国会議員は、外交や安全保障、税制や高等教育政策など、
国家の基本政策のみに関与するようになります。
国会議員が地元の陳情処理に奔走して票を稼ぐというスタイルは、
選挙区の一部の有権者にとっては利益になっても、
国全体(国民全体)の利益には必ずしもなっていません。

所得格差の拡大
「ワーキングプア」や「ネットカフェ難民」と呼ばれる新しいタイプの貧困層の出現や、
非正規労働者の増加など、個人間の所得格差拡大も進んでいます。
それも小泉改革のせいにされています。
しかし、所得格差の拡大は、先進国共通の悩みです。
規制緩和により規制に守られていた業種の賃金が下がっているという側面は確かにありますが、
それ以上にいわゆる「ニューエコノミー」のもとで進む雇用の二極分化が
より大きな要因として作用していると思われます。
グローバル化やIT化によるニューエコノミーが、
雇用の二極分化を招いているのは先進国共通の問題です。
首相が別の人でも(民主党政権でも)、所得格差の拡大は進んでいたでしょう。
市場経済のもとでは公正な競争をやっても、
勝者と敗者が発生し、なんらかの格差は生じます。
格差がまったくないのは、理想的な状態での共産国家だけです
(現実の世界では旧ソ連も共産中国も特権階級がいて、格差は存在します。)。
したがって、格差は避けられない現実であり、
「どの程度までの格差は許容し、どの程度を超えれば国が救済するのか」
という社会的コンセンサスに基づく線引きの問題です。
いま問題なのは、貧困層が増えていることです。
貧困層の底上げこそが喫緊の課題です。
格差が拡大しているからといって、金持ちを引きずり下ろすのではなく、
貧困層を引っ張り上げる政策が必要です。
「貧困層」という言葉に抵抗感を覚える人もいるかもしれませんが、
「貧困対策」というストレートでどぎつい言葉で課題を設定し、
貧困問題に真正面から取り組む時期です。
途上国の貧困問題を大学で学び、
途上国の貧困対策プロジェクトに関わってきた私の経験から言っても、
経済成長が自動的に貧困緩和に結びつくとは限りません。
貧困層にターゲットを絞った支援策が有効です。
ニートやフリーター向けの就業支援、ホームレス支援、母子(父子)家庭への支援など、
社会的・経済的な弱者への対応を拡充する必要があります。
経済成長の促進という観点からも、貧困層の生産性を高める支援策が望ましいと言えます。
そしてこれらの施策は、構造改革路線と矛盾するものではありません。

それでもやっぱり「改革を止めるな!」
前述のラジオの討論番組でリスナーの質問を聞いて気付きましたが、
「小泉改革のせいで○○の問題が起きた」という主張を分析すると、
実のところ改革のせいというよりも、
改革が不徹底だから発生している問題も多いことに気付きました。
例えば、行政から民間企業に仕事を委託しているケースで、委託先企業にお勤めの方から「委託を受けているが、役所が細かいことまで口出ししてきて仕事がやりにくく、
コストは下がらない。」という批判がありました。
これは権限委譲が不十分という問題であり、改革の不徹底が問題の本質です。
そもそも構造的な改革は、ほんの数年ですぐに成果が出るものばかりではありません。
過渡期に特有の問題や試行錯誤のプロセスで起きるミスもあるでしょう。
例えば、まったく新しい技術を導入した当初は、何らかの不具合が出たり、
慣れないせいで起きる事故もあるかもしれません。
しかし、そこで元の技術に戻っていたら、まったく進歩せず、
競争に敗れ去ってしまいます。
構造改革の過程で発生する痛みを緩和し、
不慣れなせいで発生するミスには地道に対応し、
微調整しながらも、やはり構造改革路線は継続すべきです。
国の借金が800兆円を超える現在、歳出削減、地方分権、規制緩和、官から民へ、
小さな政府へという構造改革路線は、微調整しつつも、まだまだ必要です。

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2007年10月 4日 (木)

政治とカネの問題

今朝は8時から党改革実行本部の総会があり、
政治とカネの問題について議論しました。

とりあえず1円以上の領収書を出すことにはなりましたが、
その取り扱いについては議論が煮詰まっていません。
党改革実行本部の事務局の提案では、国会に第三者機関を設け、
政治資金報告書を専門家の目で監視することになっていました。
事務局から素案の説明があり、その後、自由討論になりました。

一部議員が「政治活動の自由」を守るためにという理由で、
1円以上の領収書の公開に難色を示しています。

また、一部議員から資金報告のやり方を民間企業並みにすべき、
という意見があります。
民間企業は税務署に対しては支出内容をすべて報告しますが、、
税務署以外には非公開となっています。
したがって、ここで言う「民間企業並み」とは、
一般向けには非公開、税務署の代わりの第三者機関には公開、
という区分けにすべきという意見のことです。

私は以下のような趣旨の発言しました。

1)国会に第三者機関を置けば、国会議員だけ特別扱いしているような印象を受け、
国民の理解を得られない。第三者機関はいらない。

2)何人かの議員が「政治活動の自由」うんぬんと発言しているが、
いまの状況で「政治活動の自由」は通用しにくい。
国民が政治を信頼しているときなら通用する理屈だが、
いまほど政治不信が高まっている時期には通用しない。
「政治活動の自由」と言っても、「政治家の身勝手」にしか聞こえない。
「政治活動の自由」を理由に領収書の公開を阻むのは、国民の理解を得られない。

3)「民間企業並み」というが、国会議員の仕事は、
民間企業以上の高い倫理観が求められるはずであり、
「民間企業以上」の厳しいスタンダードを設けるべき。

4)いまの時期に公明党や民主党よりも後ろ向きな法改正を提案するのは、
絶対にやめた方がよい。公明党や民主党よりも前向きな提案をすべき。

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2007年10月 2日 (火)

「政治は生活」の違和感

テレビを見ていると民主党の記者会見場の背景に、
「政治とは生活である」というフレーズがちらちら見えます。
私はこれを見るたびに違和感を覚えます。
なんだか理由はわからないけれど、違和感を覚えて、
この嫌な感じはなんだろう、と自問自答してきました。

民主党のキャッチコピーの「国民の生活が第一」には、
なにも違和感を覚えません。
当たり前じゃん、という感じで、すーっと腑に落ちます。
なかなかいいフレーズだと思います。

しかしなぜか「政治とは生活である」には、いや~な感じを受けます。
先日、早野透氏の本を読んで、やっとその理由がわかりました。

これは田中角栄氏の口癖の「政治は生活だ」とまったく同じです。
田中角栄氏直系の小沢代表だからこそ「政治とは生活である」なんだと、
やっとのことで気付きました。
小沢代表がやってきたこと、やろうとしていることがよくわかりました。

早野氏の著書(*)から該当部分を引用させて頂きます。
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角栄はいつも「政治は生活だ」と演説していた。
そこで見たものは、人々の生活の隅々に目を配って
国の予算を配っていく「角栄の王国」だった。
---------------------

きっと小沢代表は田中角栄的な手法を用いて、
政権を獲得しようとしているのだと思います。
先の参議院選挙の民主党の公約を見れば明らかですが、
財源を無視して、バラマキ公約のオンパレードでした。
民主党の3大公約は、農家の所得補償、子ども手当、年金の全額支給と、
すべて「国が国民に現金をあげますよ」という公約でした。

田中角栄的な利益誘導政治を復活させるのが、
小沢民主党流の政権獲得戦略なのだと思います。

しかし、田中角栄的政治手法が通用した時代と、
国の借金が800兆円を超えて、少子高齢化が進む今では、
時代背景がまったく異なります。
田中角栄的な利益誘導政治の復活を許してはいけません。

政治(=政府・国家)が国民生活の隅々に目を配るというのは、
ある意味で中央集権的な大きな政府路線に近づく発想です。
国民の生活が困らないように政府が目配りするのは当然ですが、
そこで「政治は生活だ」とばかりにストレートに政治(政府)が、
前面に出てくることに違和感を覚えます。
ここで言う「政治」とは、政府のことであり、国家権力のことだと思います。
政府が国民生活の細かなところまで口出しするのが、
21世紀の日本の社会のあり方として望ましいとは思いません。
政治と生活がベタッとウェットに密着しているのが、利益誘導政治の特色だと思います。
利益誘導政治、・バラマキ政治からの脱却を目指せば、
「政治とは生活である」という感性から離れていくはずです。

自立した市民からなる成熟した市民社会こそが、
これからの日本にふさわしいと私は考えます。
政府と企業(営利セクター)およびNPO(非営利セクター)が、
一緒になって公共セクターを担っていく、という「新しい公共」概念こそ、
これからの日本社会のあり方だと思います。

「新しい公共」という発想に立った社会においては、
「公(おおやけ)」を政府(=政治)が独占するわけではありません。
「公(おおやけ)」を政府と市民社会(企業+NPO)で協力して支えます。
そこでは政府の果たす役割がこれまでより限定的になり、
政治のあり方もこれまでと異なるものになるでしょう。

「新しい公共」の担い手が増え、地方分権が進み、小さな政府が実現できれば、
政治家が利益誘導を行う余地が少なくなります。
そうすれば「政治とは生活である」というモットーに、
なんとなく違和感を覚える人が増えるでしょう。

*早野透、「日本政治の決算」、講談社現代新書、3ページ、2003年

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2007年9月16日 (日)

派閥のかんたんな壊し方

今回の総裁選は、派閥政治に逆戻りしたような様相です。
派閥をかんたんに解体する方法を思いつきました。
それは総裁選規定を見直して、党員票の比重を大きくすることです。

いまの規定では、国会議員はひとり1票、党員は300票です。
国会議員が387人いて387票に対して、
党員は100万人以上にいるのに300票しかありません。

議員票の比重が大きいからこそ、
議員を束ねる派閥の影響力が大きくなります。
議員票を獲得するため、総裁選において総裁候補は、
派閥と議員の支持を得ることを重視します。

もし党員票の比重が大きくなれば、
総裁候補は党員に向けて語りかけるようになります。
自民党員は100万人以上いるので、
国民全体に語りかけるのと同じ雰囲気になります。
100万人に訴えかけるには、わかりやすい言葉とロジックで説明し、
多くの場所で多くのメディアを通じて、国民と対話しなくていけません。
総裁候補者が、議員ではなく、党員(≒国民)に対して、
自分の言葉で政策を語りかけるようになるでしょう。

議員票の重要性が低くなれば、派閥の力も弱まります。
総裁になろうと思ったら、自分の派閥の子分を増やすよりも、
国民に政策を訴えて信頼される能力を磨かなくてはいけません。

例えば、【議員票】1 対 3【党員票】くらいの比率になれば、
議員票の重要性はかなり弱くなり、党員の人気がさらに重要になります。
そうなれば、総裁選に勝つための道具としての派閥の意義は薄れます。

純粋な「政策集団」としての派閥であれば存続しても構わないのですが、
ポストやカネのための「利害集団」としての派閥は解体すべきです。

総裁選で党員票の比重を大きくすれば、
派閥の意義は薄くなり、派閥は解体します。
脱:派閥政治の決定打になるのでは?

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2007年8月23日 (木)

観光文化省の設置を!

冬柴国交大臣が「観光庁」新設の方針を発表しました。
国土交通省の観光担当部署を統合し、
国土交通省の審議官を長官にあてるそうです。
予算や人員を増やすことなく、部署再編で乗り切り、
100名程度の人員になる見込みです。
基本的には良い考えだと思います。

しかし、せっかくだから「観光文化省」にして、
1)国土交通省の観光部門、
2)文部科学省の文化庁、
3)外務省の国際交流基金、
の3つを統合して省に昇格してしまえば良いと思います。

理由1:
運輸省が海外で観光客誘致キャンペーンをやるときに、
国際交流基金の日本文化紹介を兼ねたほうが効果的です。
あるいは逆に国際交流基金の海外での日本文化紹介イベントで、
運輸省が日本への観光客誘致を図れば効果的です。

理由2:
文化財は観光資源です。
文化庁の文化財保護と運輸省の観光客誘致はセットで考えるべきです。

理由3:
文化庁は日本国内での日本語教育をやっていて、
国際交流基金は海外での日本語教育をやっています。
同じ機能は統合すべきです。

理由4:
国際交流基金の日本文化紹介事業は、
文化庁と一緒になった方が効果的に実施できます。

理由5:
3つの機関の予算と人員を統合して、重複する機能を整理すれば、
予算や人員を増やすことなく、効率性を高めることができます。

「観光文化省」構想、悪くないと思いませんか?

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2007年8月17日 (金)

閣僚に民間人の登用を!

いま永田町では安倍内閣の閣僚人事が話題です。
当選回数や派閥を無視して、思い切った人事をやるべきだ、と
私はこのブログでも何度も言ってきました。

思い切った人事として、民間人の行革担当大臣がいいと思います。
中曽根臨調がうまく行った理由のひとつに、
民間人の土光敏夫さん(経団連会長等を歴任)の登用があったと思います。
多くの国民も「メザシの土光さんがやるなら大丈夫だろう」と納得し、
国民の支持が広がったと思います。

いまだったら伊藤忠の丹羽宇一郎さんなんてどうでしょう。
経営不振を理由に自らの報酬をゼロにしたり、
トップとなった後も電車通勤を貫くといった清廉さで有名です。
全社員との対話集会を開くなど型破りな経営手法で知られ、
伊藤忠商事を立て直したノウハウは、
行政改革・公務員制度改革にも応用可能だと思います。

また、環境大臣に環境NPO出身者をあてるのも斬新でいいと思います。
NPO出身者を閣僚にするのは、他の国ではよくあることです。

学者や官僚出身の民間人ではなく、
企業やNPOなど、実業をやってきた民間人の方が、
官僚機構をやりあいながら改革を進めるのに適しているかもしれません。

行政改革や環境はこれからの最重要の政策課題なので、
「政治とカネ」の問題でケチがついたら大変なことです。
民間人なら「政治とカネ」問題には無関係です。
ぜひ民間人の積極登用を!

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2007年8月 6日 (月)

矛盾した政策が打開策

安倍政権にとって、衆議院と参議院のねじれ、党内の求心力低下、
支持率の低下など、悪い材料ばかりです。
この状況を大転換するには、一見矛盾したことをやるしかないと思います。

私のいう矛盾した政策とは、
1)与党(自民党)や霞が関に対しては厳しく対決政策(瀬戸際外交的路線)、
2)野党(民主党)や公明党に対しては宥和政策(六者協議的路線)、
をとることです。

身内の抵抗を排除しても、他党の意見には真摯に耳を傾け、
いわば「改革実行暫定政権」を目指すのがよいと思います。
本格政権になるには、やはり政権選択の衆院選を経る必要があるので、
あえて「暫定政権」と呼びます。

今回の参院選の民意を真摯に受け止めると、
これまでのような強引な国会運営には戻れません。
次の総選挙までの改革実行暫定政権として、
野党や公明党の意見をよく聞きながら、
最大公約数的で国民の多くが支持できる改革を進めるべきです。
それが衆参のねじれの状況下でやるべき改革だと思います。

国会改革や公務員制度改革、年金制度の改革は、
党利党略を離れて超党派で取り組めるテーマです。
衆参のねじれが恒常化しそうな今こそ、超党派でしかやれない案件を片付け、
これまでになかった全く新しいやり方を試行し、
日本の議院内閣制をバージョンアップしなくてはいけません。

55年体制のもとで発展してきた国対政治のOS(基本ソフト)を捨て去り、
新しいOSに切り替えなくてはいけない時期です。
国会運営における戦後レジームからの脱却が視野に入ってくると思います。

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2007年7月24日 (火)

コメント紹介@朝日新聞

今朝(7月24日)付けの朝日新聞の特集で、
「ロストジェネレーション@選挙」というのがありました。
読み進んでいくと私のコメントが載ってました。

(以下引用)
---------
05年の総選挙で初当選した自民党の若手衆議院議員は語る。
「自民でも民主でも、未来に夢が持てるビジョンを示さなければ
若者に響かない」
---------

この「自民党の若手衆議院議員」とは私のことです。
私自身が団塊世代=ロストジェネレーションなので、
この特集の取材対象になったようです。

私と同じ1973年生まれの有名どころでは
イチロー、宮沢りえ、篠原涼子など、
個性的というか、型にはまらないというか、
わが道を行くタイプが多いのかもしれません。

団塊ジュニアは、18歳人口がピークだったので大学受験も苦労したし、
その上にバブル崩壊直後の就職氷河期にあたって、
正社員になれずにフリーターになってしまった人も多い世代です。
格差拡大、希望格差時代を肌で感じている世代だと思います。

我われの世代、ロストジェネレーションこそ、
未来に夢が持てるビジョンを提案し、
それを実現していく核にならなくてはいけません。

政治というのは、理想と現実のギャップを、
少しずつ埋めていく作業だと思います。
政治家はまず理想を持たなくてはいけないし、
同時に現実を見据え、地に足を着けて行動しなくてはいけません。
単なるお題目だけの夢想家ではダメで、
現状を変える実行力も必要です。
ときには妥協も必要でしょう。
現実を無視して理想の実現に邁進すれば、
独善的な原理主義者になってしまい、もの事は前に進みません。

まず夢が持てるビジョンを示すこと、
そしてそれを実現する具体案を設計・実行すること、
それが政治の役割だと思います。
ビジョンを示すのは、官僚機構の仕事ではなく、まさに政治家の仕事です。

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2007年7月 3日 (火)

鈴木先生の出版記念パーティー

「シンクタンク2005・日本」の鈴木事務局長の
出版記念パーティーに出てきました。
この「シンクタンク2005・日本」は、
自民党がバックアップして設立されたシンクタンクです。
著書の名前は「日本に『民主主義』を起業する」*というもの。

自民党の関係者は思ったより少なく、
研究者、官僚、マスコミ、企業関係者、在京大使館関係者、大学生など、
多種多様ないろんな人が来ていました。
民主党の現役議員も2名、民主党の政策調査会の職員も来てました。
党派を超えた「政策コミュニティー」とでも言えるものが、
日本にも小さいながらも存在していることがわかります。
不思議なことに自民党関係者よりも、
民主党関係者のほうが多かったような・・・。

党派色はまったくなく、日本の政策形成のあり方を変えたい、
と純粋に考える人たちが集まった場だったように思います。
こういう場がもっと増えていくと、
日本の政策コミュニティーも活性化すると思います。

*鈴木崇弘著、「日本に『民主主義』を起業する
-自伝的シンクタンク論」、第一書林、2007年、ぜひご一読を!

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2007年7月 2日 (月)

評価の評価:安倍政権の公約検証を検証する。

21世紀臨調が政権公約検証大会を開催し、
9団体が安倍政権の政策実績を評価し、
その結果が、今朝の新聞に載っていました。

点数だけを列挙するとこんな感じです。
経済同友会:        65
連合:              30
日本青年会議所:     53
言論NPO:          39.35
PHP総研:           61
日本総研:          58
構想日本:          27
チーム・ポリシーウォッチ:60

同友会の65から構想日本の27まで、
てんでバラバラです。
ここまで幅があると、
1)評価を行なった団体の適切さ、
2)評価手法や評価基準の妥当性、
が疑われます。

21世紀臨調はたいへん優秀な人が集まり、
すぐれた提言を出してきた団体です。
政権公約を検証する、という志は立派です。
しかし、団体の選び方や評価手法が問題だと思います。
少なくとも評価手法と評価基準は、
統一しないと比較検討できません。

もっとも評価手法と基準については、
新聞に書かれていないのでコメントできません。

しかし、団体の選び方には、ざっと見た印象論ですが、
言いたいことがいくつかあります。

まず民主党の支持母体である連合が、
自民党政権を評価するのは公平ではありません。
自民党支持の国民政治協会が、
民主党の公約を評価するのと同様、
ナンセンスだと思います。

チーム・ポリシーウォッチは、
竹中元大臣が中心人物なので、
少し公平性を欠く気がしますが、
研究者としての専門性を信頼して、
ぎりぎりセーフというところでしょうか。
実際、チーム・ポリシーウォッチは、
安倍政権に辛いコメントを付けています。

日本青年会議所も政策評価の専門性があるとは思えません。
青年会議所の取り組みの中でも、
公開討論会の推進といった活動は良いのですが、
青年会議所の政策提言は質が低いです。
私も青年会議所のメンバーなので会報を読んでいますが、
いまどき「公共事業を増やすのが日本経済復活の近道だ」
みたいな提言が出てきたりして、
のけぞってしまうことがあります。
これ以上、へんな政策を提言するなら、
脱会してやろうかと思っています。

PHP総研、日本総研、言論NPOや構想日本は、
評価を行なうのに適した団体だと思います。
もっとシンクタンクやNPOの参加を促すべきでしょう。

評価結果を評価すること(二次評価、メタ評価)も必要だと思います。
21世紀臨調の次回の政権公約評価に期待したいと思います。

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2007年6月20日 (水)

「戦略」とは?

今日も国会は大荒れ。
野党から河野議長の不信任決議案が出され、
午前中に出席予定だった委員会が午後に延期です。
午前中の予定がぽっかり空いて、
午後の予定を再調整しなくてはいけなくなりそうです。

ところで、政治の世界では「戦略」という言葉が、
定義があいまいなまま使われています。
○○戦略会議とか、△△戦略計画とか、戦略的外交とか、
わかったような気分になれるので要警戒の言葉です。

私が考える「戦略」の定義・要件は、

1.切り捨てること。
選択と集中と言ってもよいでしょう。
目的にあわないもの、無駄なものを切り捨て、
目的に向かってまっしぐらに進むのに「戦略」は不可欠です。
あれもこれもと網羅するのは「戦略」としては弱いと思います。
限られた資源を効果的に使うためにメリハリをつけて、
優先順位の高いところに資源を重点配分する、
それが「戦略」だと思います。

2.トップダウンで決定。
ボトムアップで各部署や各省庁から上がってきた案を、
切り貼りしてつくっていくのは「戦略」の名に値しません。
ボトムアップの積み上げ方式だと、
重点がぼやけてしまって、
何が重要なのか見えにくくなります。
みんなの意見を聞きながら、
パッチワーク式に切り貼りした「総合戦略」は、
大局観を欠き、「戦略」の定義に入らないように思います。

3.思い切った決断をともなう。
将来の状況を予測するのが容易な状況のもとで、
漸進的に改革を進める場合には、
「戦略」はそれほど重要ではありません。
しかし、先が読めない状況のもとで、
思い切った決断が求められるケースこそ、
「戦略」が重要になってくるのだと思います。
みんなが納得するような小さくまとまったものは、
あまり「戦略」的でないと思います。
とんがった内容で、反対者がたくさんいても、
あえて勇気を持って踏み込むときに「戦略」が
必要になるのだと思います。

といったものです。

以上1~3のモノサシに照らすと、
昨夜発表された「骨太2007」は、
戦略としては弱いように感じます。
自民党の総務会であっさり了承される「骨太方針」が、
戦略的であろうはずがありません。
自民党の総務会でカンカンガクガクの激論を経て、
やっとこさ了承されるような「骨太方針」こそ、
戦略的で「骨太」だと言えると思います。
八方美人的で誰からも反対されない「骨太方針」は、
もはや「骨太」ではないと思います。

学生時代バイトしていた焼きとん屋のおやじさんが、
「いい人、いい人。どうでもいい人ってな。
いい人と言われたら、どうでもいい人だと思われてるんだ。」
といった趣旨のことを言っていたのを思いました。

誰からも愛される「どうでもいい骨太方針」にならないか、
たいへん心配です。

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2007年6月13日 (水)

300字の決意表明

自民党の機関紙に投稿する300字の文章を考えています。
300字というのは思ったことを表現するには、
非常に限られた字数です。
一生懸命がんばってやっと500字にしました(下記)。
さらに200字削らなくてはいけません。
明日の朝までに添削(主に削る方)をやらなくては・・・。

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社会保険庁の年金問題、膨大な国の借金、環境問題、少子化問題など、
日本が抱える問題に取り組むには、3つのキーワードの政治が必要です。
それは、(1)そとから見える政治、(2)先送りしない政治、
(3)新しいことにチャレンジする政治です。

深刻な問題は見えにくいところで発生します。
一般会計の赤字より、特別会計の赤字は見えにくい。
中央省庁の問題より、公益法人の問題は見えにくい。
情報公開をさらに進め、そとから見えるようにすれば、
不正やムダは劇的に減らせます。
「そとから見える政治」を目指します。
宙に浮いた年金問題は、問題を先送りしてきたツケです。
早い段階で対処すれば傷が浅くすんだものを、
先送りしてきた結果、深刻な問題なりました。
国の借金が増え続けており、このままでは日本は破産します。
地球温暖化もこれ以上先送りできません。
「問題を先送りしない政治」が求められています。
日本を活力と希望にみちた国にするには、
新しいアイデアや技術、新しい産業、新しい制度が不可欠です。
既成概念や因習にとらわれず、
「新しいことにチャレンジし続ける政治」が不可欠です。
33歳の若い力、行動力とやわらかい頭で、
新しいことにチャレンジし続けます。

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2007年6月 9日 (土)

年金問題・・・

年金問題はたいへんなことになっています。
安倍政権になってから問題が爆発しましたが、
歴代の政権・厚生労働大臣・社保庁長官が、
問題を先送りしてきたツケです。

この問題に関しては、丁寧に記録を調べて、
一件一件誠実に対応していくしかないと思います。
安易な解決策があるようにも思えません。

社会保険庁の体制を徹底的に変革し、
これまでの膿を吐き出すしかありません。
お茶を濁すような小手先の改革ではなく、
ドラスティックな大変革が必要です。

社会保険庁の長官自ら謝罪のビラを、
街頭で配っているようですが、
効果の程はよくわかりません。

2週間ほど前、年金問題と社会保険庁の問題を議論する部会で、
私は以下のような意見具申を行ないました。

1)組織疲労を起こしている官僚機構を、
内部の人間だけで改革するのは無理。

2)社会保険庁の村瀬長官は、
初の民間企業出身の長官として、
社会保険庁改革に取り組んできたが、
いまだ不十分であることは明らか。

3)機能不全を起こしている巨大官僚機構に、
村瀬さんがたった一人で立ち向かっても限界がある。
役所の幹部はトップに上げる情報をコントロールでき、
改革を効果的に骨抜きにすることも容易である。

4)思い切った改革のためにはチームで乗り込むべき。
村瀬長官のような民間出身の長官を補佐すべく、
アドバイザーや幹部職員を民間や他省庁から連れてくるべき。

以上の意見を述べたところ、
すぐさま他の議員から野次られました。
私の意見のどこが間違っているのかいまだ理解できません。

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2007年6月 4日 (月)

日本に『民主主義』を起業する

表題は最近読んだ本のタイトル(*)です。
著者の鈴木崇弘先生は、自民党シンクタンクの事務局長です。
鈴木さんが日本に本格的なシンクタンクを創設すべく、
悪戦苦闘してきた半生を振り返った本です。
副題は「自伝的シンクタンク論」です。

日本にはまだ民主主義が存在せず、
これから「起業」していかなくてはいけない、
という問題意識で書かれています。
私も実際に国政に携わってみて同じ感想を持ちました。

鈴木先生の主張を私なりに要約すると、

1)政策形成のプロセスをオープンに。

2)政策形成を霞が関が独占している状況を打破すべき。

3)非営利独立の政策シンクタンクが複数存在し、
多様な政策オプションを提示することが大切。

4)政党のシンクタンクも、官僚主導からの脱却に有効。

5)政策人材、政策メディア、政策シンクタンクの3つが、
成熟した民主国家には必須のアイテム。
残念ながら、いまの日本はどれも弱い。

テーマはマニアックですが、読みやすくておもしろい本です。
ぜひご一読を!

*「日本に『民主主義』を起業する」、鈴木崇弘著、第一書林、2007年

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2007年5月 1日 (火)

内閣府の鯉のぼり: 総論派VS各論派

議員会館の私の机からは首相官邸と内閣府がよく見えます。
子どもの日が近いせいか、内閣府の屋上に鯉のぼりが上がっています。
内閣府は少子化対策を主管しているので、
鯉のぼりなのかな、と思う一方で、素朴な疑問がわいてきます。

あの鯉のぼり、どんな予算費目で買ったんだろう?
内閣府のどの部署が、鯉のぼりの上げ下げを主管してるんだろう?
入ったばかりの総務課の新人職員やなんかが、
上司の課長補佐から指名されて、
「おい新人。お前が今年の鯉のぼり担当官だ。しっかりやれ。」
とか言われて、先輩にやり方を聞きながら、
鯉のぼりを一生懸命上げているんだろうか?
と、どうでもいい疑問がふつふつとわいてきます。

知り合いの記者さんに言わせると、
私は「各論派」だそうです。
政治家には、「総論派」と「各論派」がいて、
天下国家を論じるのが好きで、
理念の議論や抽象論に走りやすいのが、
「総論派」の特徴だそうです。
それに対して「各論派」は、
政策の細部にこだわり、具体論が好きで、
イデオロギー闘争には走らない、
というのが彼の見立てです。

内閣府の屋上の鯉のぼりをみて、
予算や所掌が気になる私は、
筋金入りの「各論派」なのでしょう。

なんとなく「総論派」のほうがかっこいいですが、
悪魔は細部に宿る、と言います。
これからもマイペースな「各論派」でいこうと思います。

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2007年4月18日 (水)

長崎市長の銃撃事件

たいへんショッキングな事件です。
選挙戦の真っ最中ということで、なおさらショッキングです。
きっと選挙中だったら周りに運動員もいたでしょう。
選挙中の政治家を殺害する、ということは、
単なる殺人以上の犯罪だと思います。
民主主義に対する犯罪です。

ある小学校の先生が言っていましたが、
子どもたちの多くは、政治家、イコール、悪い人と
認識しているそうです。
知り合いの新聞記者さんが冗談めかして言っていましたが、
なんとかサスペンス劇場などのテレビドラマの中では、
週に2回くらい国会議員が汚職をしたり、人を殺したりしているそうです。

いまの日本では、政治家は尊敬される職業ではなくなってしまいました。
その上、危険な職業になってしまえば、
ますます優秀な人材は政治の世界を目指しません。

一般の人たちへの暴力や脅迫はもちろんのことですが、
民意によって選ばれ、公職に就いている者に対する暴力や脅迫は
きびしく断罪すべきです。
政治家に対する暴力や脅迫は民主主義に対する犯罪であり、
被害者だけなく、選挙区の有権者に対する犯罪でもあると思います。
犯人はきびしく罰せられるべきです。

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2007年4月 4日 (水)

政治における知的な誠実さ

朝日新聞社の「論座」というオピニオン誌がありますが、
昨年の4月号で私の体験談風の文章を載せてもらったことがあり、
それ以来、毎月購読しています。

さて、その「論座」5月号で政治学者の佐々木毅教授が、
政治に関して、次のようにおっしゃっていました。
「状況が複雑になり、自分のポジションが難しくなると
すぐに単純化して、話をわかったようにしたい
という一種の知的退廃がありますね。
インフォメーションはみんな追い求めるけど、
それをどうするかというと、
そこで思考停止してしまう」

私が学生時代に受けた授業の中で、
最上敏樹教授(国際政治、平和研究)は、
「複雑なことを単純化して理解しようとする態度を、
クロマニヨン的知性と言う」
といった趣旨のことをおっしゃったのが
強く印象に残っています。

ややもすると政治の世界では、
複雑な事象を単純に、
言わば、みのもんた風にバッサリと切り捨て、
結論に短兵急に飛びついてしまう、
そんな場面がたくさん見られます。
それじゃあ、いけないんでしょう。

しかし、テレビ政治と言われるくらい、
テレビの影響力が強い中で、
短いフレーズでインパクトのあることを
言わなくてはいけない、
という状況は変わらないと思います。

複雑で難しい事象を簡潔にわかりやすく伝える能力、
混沌とした状況の中で本質を見抜いて言語化する能力、
専門知識を持ちつつも素人にわかる言葉で話す能力、
そういう能力が政治家に求められるのでしょう。
そういう能力を身に付けるべく、日々努力します。

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2007年3月22日 (木)

城山三郎さんご逝去

作家の城山三郎さんが亡くなりました。残念です。
城山さんの作品が好きで、
「落日燃ゆ」とか、「官僚たちの夏」とか、「男子の本懐」とか、
若い頃(?)に読んだものでした。

「落日燃ゆ」を大学生の頃に初めて読んだときは、
おもしろい歴史小説だな、位にしか感じませんでした。
しかし、数年前に海外でたまたま人に借りて10年ぶり位に
もう一度読み返してみると、泣けて泣けて仕方がなかったです。

「落日燃ゆ」に出てくる広田弘毅元首相のように、
こんなにも周囲に流されずにまっすぐに生きていけるだろうか、
こんなにも純粋な気持ちを持ち続けられるだろうか、
と自問自答すると、自信が持てません。

まだ33歳の若造の私が言うのも変ですが、
世間を知らなかった学生時代の感じ方と、
社会人になって多少は苦労した後の感じ方は、
随分と変わるものだと我ながら驚きました。

そういえば新人議員研修のときに与謝野政調会長(当時)が
全員に本を5冊プレゼントして下さいました。
その1冊がこの「落日燃ゆ」でした。

すばらしい作家がいなくなって、
日本にとって大きな損失です。
心からお悔やみ申し上げます。

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2007年2月 8日 (木)

宮崎県の副知事について

宮崎県の東国原知事が、対抗馬だった元官僚の持永さんを副知事に起用する話が持ち上がっています。
国会議員がよその県政に口出ししても仕方ないのですが、
これで「しがらみのない政治」ができるのか心配です。

持永氏起用のメリットは、たくさんあります。
1)自民・公明推薦の持永氏を抱きこみ、議会の自民・公明の県議との関係を改善できる。
2)元官僚なので、行政手腕は高い。
3)中央省庁出身で中央とのパイプがある。
4)元官僚という安心感のある副知事起用により、県庁官僚機構の役人に安心感を与える。

しかし、官僚出身の副知事をつけることで、
官僚主導の政策立案・政策決定への道筋をつけてしまいました。

知事職は、巨大な官僚機構の海にぽつりと浮かぶ孤島のようなものです。
官僚機構は知事に上げる情報を統制し、
通称「レク」といわれる説明を通じてマインドコントロールしようとします。
いたずらに官僚機構と対立するのも現実的ではありませんが、
官僚機構にあやつられないようにするには相当な努力が必要です。

また、副知事に民間出身者をあてれば、
「官から民へ」という姿勢をアピールできます。
副知事には企業経営者や学者、NPO経験者等をあてて、
官僚機構と時には協調し、時には対決し、時にはともに創造していく。
そういった県政が「しがらみのない政治」にはふさわしかったようにも思います。

この時期に官僚上がりの副知事では、
有権者もがっかりではないかな、
と余計な心配をしてしまいます。

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2007年1月29日 (月)

格差是正は正義か?

ふだん自民党守旧派の批判ばかりしている私ですが、
野党にも問題があります(なんのこっちゃ?)。
あえてタイトルを強い表現にしましたが、
民主党の課題設定は大いに疑問を感じるのです。

特に今日行なわれた小沢代表の代表質問を聞いて、
(1)「格差」イコール「悪」であり、
(2)公正な競争をやれば格差はなくなる、
と認識されているように思いました。

そもそも格差自体は問題ではなく、
所得の低い人の割合が増えていることが問題です。
お金持ちが増えることは、
必ずしも悪いことではありません。
ただ、生活に困窮している人が増えることは、
決して望ましいことではありません。

目指すべきは、貧困層の底上げです。
金持ちを引きずり降ろすのではなく、
貧困層を引っ張り上げる政策こそ必要なのです。

「貧困層」という言葉に抵抗感を覚える人もいるようですが、
あえて貧困対策と呼びたいと思います。
私は大学で「開発経済学」という学問を勉強し(一応)、
JICA時代やNGO時代には途上国の貧困削減を目指して働いてきました。
途上国援助に関わってきた人間には「貧困対策」という言葉がしっくりするのですが、
途上国でも他の先進国でも貧困対策に真剣に取り組んでいます。

わが国もやはり「貧困対策」と明確に銘打って、
全力をあげて貧困層の底上げに取り組むべきです。
格差是正といったニュートラルな言葉ではなく、
貧困対策というある意味でドギツイ言葉を使って課題を設定し、
貧困問題に真正面から取り組むべきだと思います。
失業者の就業支援、ホームレス支援、母子家庭への支援、女性の雇用機会均等のための政策、フリーター・ニート対策等、取り組むべき課題はたくさんあります。

また、公正な競争のもとでもやはり勝ち組も負け組も発生する以上、
格差はなくなりません。
昨年の千葉補選で民主党候補は、
「負け組ゼロ」を公約にしていましたが、
そんな社会はあり得ません。
実際、そのときの補選では、
負け組が2名(=自民候補と共産候補)が出ています。
格差をなくし、負け組をゼロにしようと思えば、
社会主義的な政策をとり、
大きな政府を目指していくしか道はありません。

ある程度の格差の存在を前提としながらも、
負け組になっても再チャレンジできる政策、
格差が固定化しない仕組みこそがいま求められます。
格差是正国会ではなく、
あえて「貧困対策」国会であってほしいと思います
(こんな意見は自民党内でも通りそうにありませんが・・・)。

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2007年1月24日 (水)

政党政治の危機?!

政治の世界では「そのまんま東ショック」とでも言えそうな激震が続いています。

毎日3~4件のペースで参加している地元の各種団体の新年会でも、
一般市民の皆さんがもつ政党政治に対する不信の高まりを感じます。
自民党も民主党も国民から見放され、
なんとなく「なんでもいいから新しいもの」に対する期待感が高まり、
それが、そのまんま東氏の当選につながったように感じます。

この「なんでもいいから新しいもの」を求める風潮は、
一歩間違うと危険な事態に至るかもしれません。
「なんでもいいから新しいもの」が、
たまたま危険なものという可能性も否定できません(今回のそのまんま東さんはそれ程危険はないでしょうが)。

戦前の日本でも大正デモクラシーで花開いた政党政治が、
政党の腐敗によって自壊し、
結果的に軍国主義への道を開いてしまいました。
腐敗した政党政治よりも、クリーンな軍人政治を求めた世論が、
悲劇的な第二次世界大戦を招いたと思います。
戦前、「政党政治に対する不信感が軍国主義を招いた」、
と短絡的に結論付けても、差ほど大きくは間違ってないように思います。

日本のような議会制民主主義の国では、
政党抜きには政治を語れません。
単純に考えてみても、ひとりの国会議員が、
国政全般の課題(防衛、外交、農林水産、教育、医療など等)すべてをカバーできるはずもありません。
多岐にわたる国政の課題に対応するため、
複数の議員から構成されるチームで問題解決にあたっていくために、
政党という組織が必要なわけです。

もちろん独立独歩の無所属議員もいますが、
彼らは限られた特定の課題について関与することはできても、
ひとりで組閣し、国政全般を動かすことはできません。
政党の存在抜きには、日本の議会制民主主義は機能しないのです。

民主主義を守るためにも、
政党が国民の信頼を取り戻さなくてはいけません。
わが党も自浄作用をしっかり働かせ、
政治不信の根っこを取り除いていかなくてはいけません。

参院選対策は、何よりも国民の信頼を取り戻すこと。
そのためには政治資金規正法の改革、
政治の意思決定プロセスの透明化、
国対政治の弊害除去など、
党改革・議会改革に取り組んでいかなくてはいけません。
目指すべきは、開かれた党、外から見てわかりやすい政治です。

昨年12月に設立した「改革加速議員連盟」の出番が、
意外に早くやって来たかもしれません。
自民党は、いまこそ党改革に積極的に取り組み、
民主党の一歩も二歩も先を行く改革をぶち上げていかなくてはいけません。
選挙は守りに入った方が負けだと思います。
党改革、政治改革で民主党をぶっちぎりで引き離すような改革こそ、
安倍政権に求められる宿題だと思います。

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2007年1月 1日 (月)

元旦の日経新聞記事。今年の抱負。

今朝の日経新聞(朝刊、13面)の「政治を切り開け」という特集で、
公募の議員のことが取り上げられ、私のコメントもちょっと出ました。
日経新聞を読んでいない方のため、自分の関係部分のみ引用します。
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 「政策を競うマーケットを作りたい」。
山内康一氏(33)=神奈川9区=も公募組。
国際協力機構(JICA)などで国際援助活動に従事するうち、
中央省庁と現場との距離を痛感した。
「霞ヶ関とは別の知恵袋が必要だ」。
安倍政権が進める教育改革をにらみ、
若手中心の勉強会で政策提言を準備する。
「族議員にならない努力を一生懸命やっている」と笑う。
---------------------------------------
1時間近くインタビューを受けたわりには、
あっさりとした扱いでした。
プロのカメラマンが来てたくさん写真を撮っていきましたが、
そのときの写真はムダになったようです(だったら欲しい位です)。

昨年は新人議員の私にとっては慣れない事ばかりで、
試行錯誤の連続でした。
多少慣れてきた今年は、もっと効果的・効率的に仕事に取り組み、
新しいことにチャレンジする1年にしたいと思います。

また、政治を志した初心を忘れないようにと、
年末年始の休みを利用して、
ジョン・ロールズの「万民の法(The Law of Peoples)を読み始めました。
ロールズの「無知のヴェール」という考え方には、
学生時代けっこう感動した記憶があります。
ものごとを判断するときの基準のひとつにしたいと常々思っています。
そして、ロールズの言うような「正義」を実現することが、
政治家としての自分の使命だと思っています。
平和で公正な国際社会、
自立した個人から成る市民社会、
自然と環境にやさしい社会、
そういう社会を創るため、
現実の世界で地道に努力したいと思います。

政治哲学とか、歴史とか、文学とか、社会学とか、
そういうものは政治家にとって、
意外と大切なもののように感じます。
政治哲学や社会学、政治学などの理論に照らして、
理想的な状況、目指すべき状態を考えることが大切だと最近思います。
理想とか建前論というのは、案外大切なものだと思います。
特に、先行きが不透明だったり、重大な決断を迫られたりするときに、
右往左往せずにしっかりとした判断を下すためには、
堅い信念や健全な倫理観や歴史観が必要だと思います。
そういう基礎的な実力も日々精進して身につけていきたいと思います。

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2006年12月14日 (木)

内閣支持率の意味の変化

このところ、安倍政権支持率が急落しています。
最初は70%近くあった支持率が、
いまでは40%代になりました。
小泉政権と比べると酷ですが、
それ以前の内閣では40%代の支持率でいいほうだから、
気にすることはない、といった意見を言う議員も多くいます。
しかし、まったく間違いだと思います。

かつての派閥の合従連衡でできた内閣なら、
党内(自民党議員)の支持基盤さえしっかりしていれば、
世論の支持がなくてもそれ程大きな問題ではありませんでした。
多少世論を敵に回しても、
族議員や役所、業界団体としっかり手を結んでいれば、
なんとか政権運営ができました。

しかし、安倍政権誕生の経緯を思い出せば、
むかしとは状況が違うことが明らかです。
安倍さんは国民的人気が高いから総裁にしよう、
という勢力が多かったはずです。
しかも他の総裁候補では選挙の顔としてはちと劣る、
といった党内世論に支えられて、
圧倒的大差で安倍総裁が誕生したわけです。
つまり、世論をものすごく意識した結果として、
国民の人気が高くて若い安倍総理が誕生したと思います。

世論調査の数字が悪くなれば、
かつての派閥のような確固とした支持基盤のない安倍政権は足場が弱くなります。
だからこそ支持率40%代は危機的状況だと思います。

これからやるべきことは、
1) 支持率アップにつながる大胆な改革を推進する、
または、
2) 党内の支持基盤を固めるために議員の味方を増やす、
のふたつです。

ふたつとも大切で党内支持基盤もおろそかにはできませんが、
でもやはり世論の支持、国民の支持が一番の武器です。
安倍政権の思い切った改革に期待し、
国民の理解と支持を得られるよう、
安倍改革を下支えしていきたいと思います。

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2006年12月 8日 (金)

道路特定財源の一般財源化について

このところ道路特定財源の一般財源化について、
官邸と与党とのせめぎあいが続いていました。

私は道路特定財源の一般財源化に賛成です。

道路特定財源があるがゆえに、
その枠いっぱいまで道路を作ろうというインセンティブが生まれ、
必要性が疑わしい道路がたくさん建設されてきました。
高度経済成長期には道路特定財源が必要だったかもしれませんが、
いまや主要な道路の整備は一段落し、財政赤字を無視してまで、
ガソリン税を全部道路建設にあてる必要はないと思います。

道路が重要でないとは言いませんが、
社会保障や教育の予算との兼ね合いもあり、
道路だけが優遇されるのはおかしいと思います。

一般財源化を推進しなければ、
サイレント・マジョリティの都市有権者は納得しないのは明らかです。
一般財源の中で本当に必要な道路を精査して、建設していけば良いと思います。

国交省が根回しして、地方の首長や地方議会議員が、
地元選出国会議員に圧力をかけています。
国交省道路局長に地方の政治家が頭を下げて陳情するというスタイルが、中央集権的な行政を温存し地方分権を妨げています。
声の大きい政治家のいる地方にだけ立派な道路をつくるというスタイルは、最適な資源配分につながりません。

道路特定財源の問題は、地方分権の問題でもあります。
国が関わらなくてはいけないような「大きな道路」(例えば、東名高速等)は、すでにかなり整備されています。
これからの道路整備は、生活に密着した道路の建設や、
バリアフリー化、開かずの踏み切り対策、通学路の安全対策、
といった「小さな道路」が主流になるべきだと思います。
「小さな道路」を整備する主体は、地方自治体が適しています。

残念ながら、道路特定財源の完全な一般財源化は、
とりあえず難しいようです。
次善の策として、以下のことを提言したいと思います。

「道路特定財源のうち、国税部分を大幅に縮小し、
縮小分の半分(あるいは75%)を地方税に回し、
残り半分(あるいは25%)を一般財源化する」

これにより、地方への税源移譲・地方分権が進み、
地方からも感謝されると思います。
それに、地方の裁量で建設できる「小さな道路」の方が、
費用対効果・裨益効果は高いと思います。

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2006年10月 2日 (月)

臓器移植法改正シンポジウムと腎臓売買

日曜日に臓器移植を推進するための法改正のシンポジウムに
参加し、臓器移植法の改正案を提出している国会議員として
短いスピーチをしました。
言うべきことを忘れてしまったり、繰り返しが多かったり、出来は
イマイチ。臓器移植法案の改正のためには、世論の支持が必要
である旨を強調しました。

小さな地味なシンポジウム(というより集会)だった割には、
テレビカメラも2台入り、マスコミも主だったところは全部
入っていました。
そしてシンポジウムを途中で抜けて帰ろうとしたら、マスコミ
に囲まれてコメントを求められました。
腎臓提供者に金品を提供した事件の直後だったので、その件
の質問を受けました。

私は昨日の午後2時の段階でその事件のことを何も知らなか
ったため、何を質問されているのかよくわからず、しどろもどろ
の回答しかできませんでした。
今朝になって新聞を見ると一面トップで腎臓売買の事件が出て
いて、マスコミの注目の高さを知りました。

シンポジウムでは移植を受けた患者さん、移植医、患者団体
などの関係者が集まり、腎移植が進まないことの弊害について
の講演が行われました。
腎移植を待っている人が多いにも関わらず、臓器移植法が厳し
すぎて移植件数が増えません。
いくら待っても腎移植を受けられる可能性が低いために、
生体移植や海外での移植が増えてしまう傾向にあります。

生体移植では売買の問題もありますし、海外での移植に関して
は売買の問題に加えて、死刑囚からの移植といった問題も抱え
ています。生体移植には問題も多く、先進国並みに脳死移植を
普及させていくことが必要です。
究極的には再生医療が進歩して脳死移植が不必要になるのが
理想ですが、それまでの過渡期には脳死移植がどうしても必要
です。

移植法案の改正に向けて努力し、待っていれば移植を受けられ
る可能性を高めることが、今回のような不幸な腎臓売買を防ぐ
手立てになると思います。

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2006年9月29日 (金)

「不利益分配政治」の時代

安倍政権の基本方針は、
1)歳出削減を優先し、
2)消費税の増税は先送り、
というもの。

消費税の増税はすべての国民にとって痛みです。
消費税増税は嫌われます。
他方、歳出削減については、一般に好意的に見られがちです。
歳出削減を進めるべきだ、と主張すれば、マスコミもほぼ
無条件に賛成です。

しかし、よくよく考えてみると、
歳出削減も国民にとって痛みを伴いがちです。
もちろん無駄を削減する歳出削減は問題ないですが、
無駄ではない歳出も削減対象となります。

歳出削減の結果、医療費の自己負担が増えたり、
行政サービスの質が低下したりといった結果につながる
ことも多々あります。

そういう意味では、歳出削減という痛みに加えて、さらに
消費税を増税するのは、耐えがたい痛みになります。

安倍政権が消費税増税を先送りし、まずは歳出削減から
入るのは十分妥当な判断だと思います。

むかしの日本の政治は利益分配政治でした。
小泉総理以前のわが党は、そんな利益分配政治の申し子でした。
しかし、高度経済成長期には非常にうまく行った利益分配政治も、
1990年代以降は機能しなくなりました。

これからの政治は、「不利益分配政治」(by 高瀬淳一氏)となります。
不利益分配政治を本格的に始めたのは、小泉純一郎総理でした。
そして安倍政権もそれを引き継がざるを得ません。
高度経済成長期のような安易な分配政治はもう無理です。

そして不利益分配政治の時代に求められるのは、
国民にきちんと説明し、納得してもらった上で、利益をフェアな
やり方で分配することです。

安倍新政権は、世耕さんを広報担当首相補佐官に任命し、
不利益分配政治を組織的・効率的に実施しようとしています。
がんばれ、世耕補佐官!
痛みを伴う改革実現のキーマンはあなただ!

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2006年9月27日 (水)

安倍新政権の閣僚人事

安倍新政権の閣僚人事についてのマスコミの評価で多かったのは、
「論功行賞人事」という批判です。
派閥ごとのポストの割振りをやめて安倍さんと考え方の近い人を
選んだら、 たまたま総裁選で安倍応援団に入っていた人が多く
なった、 というだけのことでしょう。

自分と考え方の近い人を集めるのは、 ある意味当たり前のこと
だと思います。
これから霞ヶ関の官僚機構や族議員の抵抗を排除しながら改革
を断行していこうと思ったら、 どうしても心を許せる味方で周りを
固めたくなるのは理解できます。
もっとも、「この人は族議員では?」と首をかしげたくなる人も
入っているので、 私としては安倍新政権の閣僚人事に全面的に
賛成というわけでもありません。

それでも以下の理由により、
今回の閣僚人事と党役員人事は適切なものだと思います。

1.官僚機構と戦ってきて、役人に嫌われている塩崎さんが
  官房長官になったこと。

2.官のリストラに熱心な中川秀直さんが幹事長になったこと。

3.竹中大臣のもとで経済財政諮問会議を支えてきた大田弘子
  さんと高橋洋一さんが重用されたこと。
  大田さんは経済財政担当大臣として、
  高橋さんは首相補佐官付政策スタッフとして任用されました。
  マスコミの注目は低いですが、私は高橋さんに注目しています。

4.世耕さんが広報担当の首相補佐官として官邸に入ったこと。
  マスコミは政府を批判することに熱心なあまり、政府の政策の
  良いところを無視しがちです。
  政府の政策のプラス面もしっかりと国民の皆さんに知って
  もらうことが、改革を進めるために重要です。
  痛みをともなう改革を進めるためには、国民の皆さんに十分
  に説明し、納得していただいた上で、痛みを分かちあうことが
  必要です。
  そのためには、説明責任を強化するための広報システム
  づくりが重要だと思います。

私自身は、歳出削減と経済成長、地方分権化等の面で、
安倍政権を支えていきたいと思います。

なお、不満といえば、環境や途上国援助を重視している印象を
受けない点です。
外交はアメリカと中国、朝鮮半島だけではありません。
また、教育再生については、アングロサクソン(米英)だけでなく、
もう少しヨーロッパ大陸の事例からも学ぶべきだと思います。

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2006年9月 1日 (金)

国民年金制度の破綻

今日の新聞によると、昨年度の国民年金の徴収不能が
1兆円を超えたとのこと。もう国民年金制度は破綻している
と言えるのではないでしょうか。

まじめに払っている人が老後に受け取る国民年金と、
年金の掛金を払っていない人が受け取る生活保護費
の額に大差がなければ、まじめに払う人が損をしている
ような感覚に陥るはずです。
そんなことではいけないと思います。

むしろすべての国民が受け取る基礎年金である国民年金は、
税金で負担した方が良いと思います。
税金で負担する方式にすれば、不祥事続きの社会保険庁も
廃止でき、経費の大幅削減に貢献します。
例えば、消費税を年金の財源とすれば、消費税はアップする
代わりに、国民年金の掛金負担がなくなり、さらに老後の安心
も手にすることができます。

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2006年8月31日 (木)

山内康一の政権構想、発表!

突然ですが、「もし私が現段階で総裁選に立候補するとしたら」という
あり得ない仮定のもとで政権構想を考えてみました。

自民党総裁選の各候補の政策ペーパーを読んで、
共感できる部分、そうでない部分があります。
私が考える理想の社会や政治について思いつくまま箇条書きしました。
なお、紙面の制限のため、分野的に絞った政権構想になり、
また、舌足らずの説明になっていることをお詫びします。

【1.政権のキャッチフレーズ】
麻生さんは「日本の底力」、
谷垣さんは「絆」、
安倍さんは「美しい国」というように、
各陣営とも粋なキャッチフレーズを考えています。
私の2006年総裁選キャッチフレーズは、
「ともに生きる」です。
いろいろな意味で「ともに生きる」ことが大切な時代だと思います。
子どもも高齢者もともに生きる。
障害者や外国人といった排除されがちな人たちとともに生きる。
自然とともに生きる。
日本と世界がともに生きる。
男性も女性もともに生きる。
多様性に富んだ寛容であたたかい社会、国、世界をつくりたいと思います。

【2.基本政策】
総花的になるとインパクトがないので、麻生さんの3つの基本政策に倣い、
私も3つの基本政策を掲げます。
政策を選んだ基準は、
(A)30年後、50年後の未来の世代のためになること、
(B)思い切った政策転換が必要な分野であること、
です。

〔山内康一政権構想 3つの基本政策〕

1)堅実な経済成長:
  国際競争力を維持して豊かさを実感できる国づくり

2)世界一の環境先進国へ:
  人類の生存をかけて今こそ行動

3)平和を創造する外交:
  国際社会で尊敬される日本へ

【3.政策(10分野に限定)】

①堅実な経済成長と多様な働き方
 ・技術革新による生産性の向上。技術革新の土台となる基礎研究を支援。
 ・医療技術、バイオ、ナノテク等の成長産業を支援。国際競争力強化。
 ・高齢者や女性の労働参加の促進。定年制の廃止。
 ・非正規労働者対策、ニート対策の拡充。同一の仕事には同一の賃金を。

②環境と省エネルギー
 ・環境技術や省エネ技術の開発と普及を支援。
 ・財政中立的な環境税の大規模導入(環境税の増税分で法人税等を減税)
 ・環境技術や省エネ技術で世界をリード(21世紀の成長産業)
 ・環境保全型農業の振興。
  
③外交・安全保障
日米安保を重視。
 ・総合的な観点から外交・安保を考える組織を官邸に新設(外務省、防衛庁、
 経産省等の縦割りの発想から脱却。国家としての総合益を追及。)
 ・東アジア共同体の実現に向けて努力。
 ・近隣諸国との文化交流や学術交流を通じた相互理解の促進。
 ・紛争予防、国連平和維持活動や人道援助で積極的に国際貢献。

④行政改革
 ・内閣機能の強化(官僚主導の政策形成から政治主導の政策形成へ)
 ・公務員削減。省庁の壁を越えた配置転換により人員配置を適正化。
 ・市場化テスト、民間委託、民営化の一層の推進。民業圧迫を一掃。
 ・公務員の雇用改革(終身雇用一本やりから脱却。中途採用や期限付き
  任用の増加。民間との人材交流促進。利権化した天下りの廃絶。)

⑤教育改革:公教育の再生、基礎学力重視
 ・すべての子どもが、生きるために必要な基礎学力を身に付けられる教育。
 ・家庭や地域の教育力を再生。学校と地域社会やNPOとの連携。
 ・教育の地方分権化。文部科学省の介入を制限。現場への権限委譲。
 ・公教育の再生。公立校の教員のレベルアップ。
 ・経済格差が教育格差につながらない仕組みづくり。奨学金制度の充実。

⑥地方分権化
 ・三位一体改革をさらに徹底。地方への税源委譲をさらに推進。
 ・地方公共団体の裁量を拡大。中央省庁の介入を極力減らす。
 ・市町村の統廃合をさらに促進。 基礎自治体の権限と裁量を強化。
 ・道州制の導入に向けた道筋をつける。

⑦社会保障
 ・年金改革(基礎年金は税負担。社会保険庁は廃止。)
 ・少子化対策。児童手当拡充。子どもの医療負担軽減。就学前教育の拡充。
    子育ての不安感を解消する支援体制構築。
 ・給付と負担のバランスを適正化。

⑧NPOや地域の力の活性化
 ・NPOや地域社会、企業と行政との連携強化。
 ・企業の社会貢献活動を促進する税制。寄付金控除の拡充。
 ・1%税を導入(所得税の1%が自分で選んだNPOや財団に助成)。

⑨国会改革(立法府改革)
 ・開かれた国会運営を目指す。国対政治からの脱却。
 ・国会事務局の経費削減。衆参で重複する機能の一元化。
 ・国会(立法府)による行政府の監視機能の強化(会計監査や行政評価の
  専門機関の創設=米国議会のGAO的組織。)
 ・一票の格差是正。 国会議員の定数削減。

⑩党改革(政策形成、透明度)
 ・開かれた党運営。派閥主導の人事をやめる(適材適所の人事)。
 ・党の政策立案機能の強化(シンクタンク拡充)。政策の質とその実行力で
  勝負する政党を目指す。
 ・党の政務調査会(部会)による法案や予算の事前審査制度を改める。

政権構想は以上です。

さて、実際の自民党総裁選挙では、以上のような私の政権構想に一番近い
総裁候補に投票するつもりです。

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2006年8月20日 (日)

朝日新聞が誉める小泉改革?

今朝の朝日新聞(朝刊)の論説で経済財政諮問会議のことが
取り上げられていました。
朝日新聞が珍しく、「曲折はあったが、規制改革などでは省益
の壁を跳ね返し、それなりに前進した。」と、小泉改革の一部を
誉めています。

まったく同感です。
私は経済財政諮問会議こそが小泉改革の最大の成果だったと
思います。

それまで縦割りの各省主導で経済や財政の政策形成がなされて
いたのが、経済財政諮問会議のおかげで「国全体の視点から
経済や財政の基本方針を定める」(朝日より引用)ことができる
ようになりました。

経済財政諮問会議のメンバーには、学者や経済人が民間議員
として加わり、省益や既得権から離れた立場で議論を進める
手法が成果をあげてきました。
私のような国会議員が言うのは変ですが、国会議員(族議員に
なりがち)や官僚主導ではなく、民間議員主導で議論を進めて
きたのが、経済財政諮問会議の良い点です。

官から民への改革と言えば、どちらかと言えば民間委託やPFI
など、政策実施部門(政策の下流部門)で推進されてきました。
これからは政策形成部門(政策の上流部門)でも、官から民へ
の改革が大切だと思います。

特に公務員改革、公益法人改革、特別会計の改革など、官庁の
既得権に切り込んでいくような改革では、官僚主導では思い切っ
た改革にはなり得ません。
民間の知恵や人材をいかした改革が必要であり、そのためにも
経済財政諮問会議のような仕組みが重要です。

そして経済と財政の分野だけではなく、他の分野(外交・安全保障、
教育・職業訓練・労働など)でも、縦割り省庁の壁を越えた政策策
定が重要であり、経済財政諮問会議のような仕組みを創っていく
ことが大切です。

国民全体・国家全体の利益を実現するためには、政治主導を、
単なる族議員主導にするのではなく、官邸主導にしていくことが
大切です。

ポスト小泉政権には、官邸機能の強化、縦割り行政の打破、族
議員政治からの脱却を目指して頑張って頂きたいと思います。
そしてそういう総裁候補に一票を投じたいと思います。

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2006年7月28日 (金)

東京新聞より

今朝の東京新聞の「こちら特報部」というコーナーの総裁選特集で私の
コメントが載りました。
電話取材を受けて15分ほどお話しした内容を編集したものでした。
東京新聞をお読みでない方も多いかと思うので、長いのですが以下引用
します。

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無派閥新人議員の会の事務局を務める、山内康一衆議院議員は
「個人的には福田氏の不出馬は二つの意味で非常に残念だ。
総裁選での政策論争がなくなってしまうこと。
安倍、福田という有力候補が二人出ることで、森派が割れれば派閥
政治を終わらせる象徴的な事態となったのに、できなかったことだ」
と語る。
山内氏は、党内の若手議員にも「安倍さんで決まり」というムードが
強まり、総裁選に向けた関心も薄まっていると指摘する。
自身は党改革を進める安倍氏を評価し、総裁選での「勝ち方」を重視
する。
「やや昔の政治家というイメージだった福田氏を総裁選で堂々と論破し、
勝ってこそ安倍政権でも改革を継続できる。このまま党内で勝ち馬に
乗れという動きが強まると、安倍氏が目指す方向と違う人までが安倍
陣営に入ってくるのでは」と分析、“不戦勝”では強い『安倍政権』は
できないとみる。

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新聞記者さんが書くときれいにまとまるものだと、感心しました。
他方、私が意図していたことと、ちょっとニュアンスが異なる部分もあり
ますが、私が誤解を招くような言い方をしたのでしょう。
マスコミの方と話すときは、説明に気を使わなくてはいけないとつくづく
思いました。

総裁選の政策論争をオープンで健全なものにすること、それが私の
願いです。「誰が」総裁になるかよりも、「どうやって選ぶか」が大切だと
思う今日この頃です。

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2006年7月24日 (月)

政策形成のプロセスの重要性

中小企業・ベンチャー企業の経営者の勉強会に参加して、竹中総務大臣の
補佐官で経済財政諮問会議の裏方であった高橋洋一氏の講演を聞きました。

経済財政諮問会議という構造改革の司令塔での意思決定・政策決定の
現場のリアルな体験談をお聞きして印象深かった点が1つあります。
それは、政策の中身よりも、政策策定のプロセスの方が重要なケースが
多いということです。

どんなに優れた政策でもプロセスを誤ると実現しません。
役所用語で言えば、「サブよりロジが重要」といった言い方ができそうです。
この10ヶ月の永田町生活で「根回し」の重要性がなんとなくわかってきましたが、
これもプロセス重視ということでしょう。

決して、政策の中身を軽んじて良いという意味ではありません。
良い政策を実現したいからこそのプロセス(ロジ)重視。
この法則をしっかりと胸に刻み、政策の実現を図っていきたいと思います。

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2006年7月14日 (金)

無派閥でも安心!

今日の朝日新聞朝刊では河野太郎代議士のインタビュー記事が載っていました。
タイトルはずばり「派閥、国民に無関係」。
本当にそのとおりだと思います。
政治記事を読むと派閥単位の発想に基づく報道が多いのですが、ふつうの国民の感覚で考えると、派閥なんてあまり気にならないのではないでしょうか。
私は昨年7月に候補者公募で選ばれるまでは、政策には興味があっても、政局にはまったく興味がなく、自民党にどんな派閥があるのかさえよくわかっていませんでした。
大学院では教育政策を専攻していたし、ODA実務に携わっていたので外交政策にも関心があり、行政経営・政策評価の勉強会にもプライベートで参加し、公共政策に関心を持ち続けていました。
しかし、どの派閥にどんな人がいる、なんて情報にはまったく関心がありませんでした。
昨年9月の総選挙で当選した直後は、派閥の名称すらわからず、「近未来研究会(=山崎派)」や「士師会(=旧江藤・亀井派)」、「大勇会(=河野グループ)」といった名称が何を意味するのかさっぱり理解できませんでした。
派閥とはそもそも派閥の領袖を総理大臣にするのが主な目的だったと思います。
しかし、昨今の安倍官房長官支持グループの動き等を見ていると、派閥の最重要機能(=派閥の領袖を総理にすること)が薄れています。
河野太郎代議士は記事の中で「派閥を政策グループと称するのはウソだ。週に1回、みんなで昼食を食べているだけ。」と言っています。
ここまでストレートに派閥の存在を無視する感覚はすごいと思います。
河野太郎代議士は、名門政治家一家の3世議員なのに、不思議なほど感覚が市民的です。
自分自身が大勇会(河野グループ)の一員でもある河野太郎代議士が、派閥の枠組みを全面的に否定しているのがおもしろい現象です。
派閥に属していない私にとっては、派閥でどんな活動をやっているのか興味しんしんでしたが、単に「週に1回、みんなで昼食を食べているだけ。」ということがわかり、安心しました。
また、ついさっき知り合いの記者さんに薦められて読み始めた「首相支配-日本政治の変貌」(竹中治堅著、中公新書、2006年)でも、派閥政治の枠組みが機能しなくなったことを整理して説明してありました。
時代の流れは、無派閥でも安心できるように向かっているようです。

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2006年6月18日 (日)

改革を止めろ!という動き

今朝の朝日新聞一面トップは「小泉改革『修正を』9割」というものでした。
自民党の都道府県連幹部への取材によれば、小泉改革の流れを修正すべき、という意見が多いそうです。来年の統一地方選と参院選に向けて、地方交付金や公共事業の削減の流れを止めるべきと考えている地方組織の幹部が多いとの報道。

我が党の先輩方は、一体何を考えているのでしょうか?
国民の小泉改革への期待をどう考えているのでしょうか?

改革の遅れに対する批判、あるいは、族議員や官僚機構の抵抗による改革の骨抜きに対する批判は、一部正しい面もあると思います。しかしながら改革が不徹底な状態のまま、選挙対策のために、改革を後戻りさせようという動きには大反対です。
そんなことをすれば、選挙対策としても自殺行為です。

例えば、格差の拡大はすべて小泉政権のせいといった論調がありますが、IT化やグローバル化の中である程度の格差拡大は世界共通の現象です。もし改革を進めていなければ、さらに経済は悪化し、失業が増えてもっと格差が広がっていたかもしれません。
もちろん格差の拡大は望ましくありませんので、再チャレンジできる仕組みを用意する等の何らかの手を打つ必要はあります。しかし、格差が拡大したからといって、改革の時計の針を元に戻そうとすれば、改革以前から存在している問題を悪化させるだけです。

また、例えば耐震偽装の問題についても、建築確認の検査業務の民営化という規制緩和の弊害が出たため、再び官僚機構に検査業務を戻すべきといった議論がまかり通っています。
しかし、本来検討すべきは、検査業務を官に戻すよりも、どうすれば民間でうまくできるかを考えて、もう一度ルールを作り直すことではないでしょうか。
どんな改革でも最初から完璧な制度は作れません。
痛みを伴う試行錯誤を繰り返しながら、時代のニーズにあった効率的な仕組みを構築していけるのではないでしょうか。完璧なものを求めすぎるのは、我われ日本人と官僚機構の最大の欠点かもしれません。

これまで「行政の無謬性神話」のために、過去の誤りから教訓を学び、方向転換を柔軟に進めることができませんでした。そろそろ「行政の無謬性神話」から卒業し、試行錯誤の中からより良いものを築いていくというプラグマティックな仕組みを整備していく時期に来ていると思います。

わが党の先輩方、今こそ「改革を止めるな!」というスローガンを思い出しましょう。

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2006年2月14日 (火)

データと評価と政策決定

青少年問題特別委員会にて、初めての質問に立ちました(動画はこちら)。
子どもの安全についての参考人質疑だったので、NPO法人防犯ネットワークの関係者や地元の防犯ボランティアの方にも傍聴に来ていただきました。
初めての質問で緊張し、思ったとおりつまづくことだらけでした。前日のうちに質問事項を整理して参考人の先生方にFAX送信済みだったこともあり、私の質問に対して各先生方から滑らかで素晴らしい回答があり、予想以上に短い時間で用意していた質疑が終わってしまいました。その場で考えた質問を続けて、なんとか質問時間を使い切ることができました。

今日の質疑で日本の安全対策に関してよくわかったことは、まったくと言って良いほど犯罪社会学的な調査研究がなされていないことです。たまたま参考人の立正大学の小宮先生がイギリスで犯罪社会学を研究された方だったので、イギリスの例についてお尋ねしたところ、イギリスでは安全対策の効果について客観データがたくさんあるのに、日本にはれがほとんど存在しません。
きちんと事実とデータを積み上げて政策判断を下すイギリスと、情緒的になんとなく政策判断を下す日本との、政府のシステムのちがいのように感じました。
日本でも客観データに基づいて合理的な政策判断を下せるような体制づくりが急務だと思いました。行政評価や基礎的な政策研究にもっと人員と予算を投入することが、究極的には税金の効率的な使い方につながるとつくづく思います。

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