2008年4月24日 (木)

世界中の子どもに教育を(その後)

昨日の「世界中の子どもに教育を」のモデル授業を、
マスコミ各社がどんな風に扱うか、興味深く見ました。

やっぱりとテレビは、アグネスチャンさんのことを中心に、
取り上げていて、主催者の意図はあまり伝わりませんでした。

某Fテレビの朝の番組を見ていると、ナレーションで、
「アグネスチャンさんが学校教育の重要性を話しました」
みたいな説明をしていました。
そうじゃないんです。
日本人のほとんどは学校教育の重要性を理解しています。
そんなことを今さら強調しても仕方ありません。

主催者の意図は「途上国における基礎教育の重要性」を、
広く日本の国民に知ってもらいたいわけです。
そして途上国の基礎教育普及のために、NGOを支援したり、
ODAのうち基礎教育分野の割合を増やしたり、
という行動につなげるのが目的です。

その点では朝日小学生新聞のような活字媒体は、
ちゃんと主催者の意図を理解した報道をしてくれていました。

世界中の子どもに教育をキャンペーン
http://www.jnne.org/gce2008.html

|

2008年4月17日 (木)

東京都の塾代融資の本末転倒

東京の教育についての姿勢にはいつも驚かされます。
話題の杉並区の和田中の「夜スペ」にも驚きましたが、
今度は学習塾代を都が融資するそうです。

親の所得格差が、子どもの教育格差につながるのは、
なんとしても避けるべきだと思います。
そういう意味で出発点の問題意識には共感します。

しかし、だから地方自治体が学習塾代を融資する、
という発想はまったく理解できません。
それより先に自治体がやるべきことは、
学習塾に行かなくても学力がつくようにすることです。
地方自治体が考えるべきは、公教育全体の底上げです。
学習塾に頼らないと、学力を保証できないのであれば、
公教育のあり方を見直すことを考えるべきです。

融資と言っても無利子融資であれば、税金を投入するわけです。
同じ税金を投入するのなら、教員の人数を増やしたり、
教員研修の予算を増やしたり、別の使い道を考えるのが普通です。

新銀行東京の例を見ても、東京都は融資のセンスがありません。
またしてもセンスのない融資事業を始めるつもりでしょうか。
川崎市の国会議員が余計なお世話かもしれませんが、
こんな変な政策をまねる自治体が出てこないことを切に願います。

|

2007年12月28日 (金)

教育再生会議の軟着陸

今週、教育再生会議の第三次報告が出ました。
軟着陸といった感じで、だいぶ角がとれました。
まだまだ気になる部分も多々ありますが、
第一次報告に比べて穏やかなものになったようです。
また、とても良い提案もあります。

私は教育再生会議の第一次報告が出た段階で、
教育再生会議の議論の進め方に大いに疑問を感じ、
議員有志の教育政策勉強会のメンバーと連名で
オピニオン誌に小論文を投稿しました。
当時は教育再生会議に勢いがあり、
その勢いを削がないと教育改革があらぬ方向へ
行くのではないかと強い危機感を持っていました。

教育再生会議のメンバーは各分野で一流かもしれませんが、
教育学の専門家がひとりも入っていなくて、
印象論や体験談中心の議論が多く、
教育政策論としては乱暴な議論が多いと感じました。
私も「いちおう」教育政策の修士号をとっているので、
教育政策のセミプロとして論文を書き、
教育再生会議の暴走を抑えるべく、抵抗しました。
この論文は教育学の専門家や現場の先生の間では、
意外に評判がよく、いろんな新聞で引用してもらいました。

http://www.kou1.info/pdf/education_paper.pdf

政権が代わって教育再生会議の勢いもなくなり、
第三次報告も内容がだいぶ丸くなったように感じます。
教育再生会議が暴走しないようにとの努力は、
一定の成果をあげられたのではないかと思います。

現場の先生、教育学者、自治体関係者、文科省官僚など、
いろんな人の意見を聞きながら、教育改革の進め方について、
建設的な提案ができるよう丁寧に努力したいと思います。

|

2007年12月10日 (月)

犯人目線に立て!

地域安全マップで有名な小宮信夫教授(社会学)の
講演を聴きに行きました。
私が顧問をつとめているNPO法人防犯ネットワークの勉強会で、
講師として来て頂いた小宮先生に初めてお会いし、
その後、衆議院の青少年問題特別委員会でも、
参考人として招かれた小宮先生に質問したことがあります。
それ以来のお付き合いです。

先日小宮先生から新刊「犯人目線に立て!」を献本頂きました。
講演はこの「犯人目線に立て!」の内容に沿ったもので、
どうやったら犯罪が起こる場所を予測できるかを学ぶものでした。
小宮先生のお話は、いつもながらわかりやすく、実践的でした。
犯罪が起こる場所は、「入りやすく」「見えにくい」の2つの
キーワードで予測することができるそうです。
子どもでもわかる理屈で、なるほど、と思いました。

私も途上国援助の専門家としてトレーニングを受け、
安全管理・危機管理の研修を受け、マニュアルも散々読みました。
また、東チモール、アフガニスタン等の紛争地でも仕事をしました。
それなりに安全管理の基礎は身に付いていると思いますが、
それでも小宮先生のお話はとても新鮮でした。
小宮先生の理論は途上国でも十分役に立ちそうです。
古巣のJICAに提案しようかな、と思うくらいです。

統計的には犯罪はさほど増えているわけではないので、
ワイドショーがあおっている体感治安の悪化におびえて、
過剰反応する必要はありません。
しかし、犯罪が皆無ではない以上、
交通ルールやごみ出しルールを覚えるのと同じように、
安全管理のルールを覚えるのは有益だと思います。

*小宮信夫教授「犯人目線に立て!」(PHP研究所)

|

2007年12月 5日 (水)

PISAショック、再び

OECDの学習到達度調査(PISA)の結果が、
また下がったと報道されています。
PISAは応用力を問う問題なので、
思考力を鍛える教育が弱いことがわかります。

東京新聞で国際基督教大学の北原和夫教授(物理)の
秀逸なコメントが紹介されていました;
「詰め込んだ知識は蒸発してしまう。
 残るのは科学的な考え方や方法のはずだが、
 それがないために納豆ダイエットを映像で見て
 信じてしまったりする。」

まったくそのとおりだと思います。
私はそれに加えて、日本の教育に欠けているものは、
批判的思考力(critical thinking)だと思います。
母校の国際基督教大学の新入生コースでも、
もうひとつの母校のロンドン大学の論文の書き方クラスでも、
口を酸っぱくして「critical thinking が大事だ」と教わりました。
もっともどこまで身についたか不明ですが・・・。

いろんな角度からものを見ようとする態度、
人の言うことを鵜呑みにせず、自分の頭で考える姿勢、
そういったものを身に付けさせるのが、
これからの教育の目的であるべきだと思います。
知識社会を生き抜くために必要なcritical thinkingを、
日本の教育システムの中に組み込んでいきたいと思います。

|

2007年11月 6日 (火)

子どもと携帯メール

今日の青少年問題特別委員会は教育学者、NPO・行政関係者をお招きし、
携帯電話やネット上のいじめの実態についてお話しを伺いました。
以前から地元の保護者の皆さんから「学校裏サイト」の問題などを
聞いてはいましたが、これほど深刻な問題になっているとは思いませんでした。
有識者の皆さんから体系的に説明を受けて衝撃を受けました。
我われが子どもの頃とは全然状況が異なり、
親が教員が問題をまったく把握できていないことがわかりました。

親や教員が知らないところで問題が起きており、
まずは実態を把握することが大事だと感じました。

有識者の先生方のご意見や提言も踏まえて、
私は以下のような対応が必要だと感じました。

1.総務省、文科省などの関係省庁がタテ割りの壁を超えて、
この問題に対応するためのナショナル・センターなり、ネットワークをつくる。

2.自治体と連携したり、教育社会学者等から成るチームを編成し、
実態把握のための調査研究を行う。

3.この分野で活動する専門家、NPO、学校関係者、行政関係者等の
連携を強化し、行政として助成できる体制をつくる。

4.携帯電話が子どものいじめにつながる危険性等を警告することを義務付ける。
タバコのパッケージに健康への害を警告する文言があるように、
携帯電話の販売のときに警告の文言を入れることを義務付け、
保護者に携帯電話を子どもに買い与えることに伴う危険性を認識させる。

問題が深刻な割にそのことが理解されていません。
これからフォローしていきたいと思います。

|

2007年11月 5日 (月)

外国人の子どもの教育

先日、衆議院の青少年特別委員会で
外国人の子どもの教育について諮問しました。
衆議院の調査局によれば、これまでこの件で質問した議員は、
皆無と言ってよい状況で、注目されてこなかった分野です。

マニアックな質問ですが、2万人以上の外国人の子どもが
適切な教育を受けていないとすれば大問題だと思い質問しました。

ところが意外と反響があって自分でも驚きました。
自民党の神奈川県議議員、自治体の教育関係者、民間の助成財団など、
いろんなところから資料の請求や面談依頼が入りました。
思ったより外国人の子どもの教育の問題は、
地域社会において大きな問題になっているのかもしれません。
こういう見過ごされているけれど重要な問題に手をつけるのも、
数少ない国際NGO出身議員としての役目だと思っています。

|

2007年10月26日 (金)

青少年特委の質問

今日は衆議院の青少年問題特別委員会で25分間、時間をもらい、
多文化共生教育、外国人の子どもの教育について質問しました。

在住外国人は200万人を超えており、子どもも多く含まれます。
グローバル化の中で、優秀な外国人労働者の確保は死活問題になりつつあります。
外国人にとって住みやすい社会をつくることが重要で、
そのために外国人の子どもの教育環境を整備する必要があります。

日本ハムのヒルマン監督が帰国する理由は子どもの教育でした。
日本ですぐれた教育を受けられれば、
ヒルマン監督も帰国しなくてすんだかもしれません。

また、外国人の「集住都市」と呼ばれて、人口の10%以上が、
外国籍(特に日系ブラジル人)という地域が出てきました。
そういう自治体では外国人の子どもの教育、多文化共生教育は切実な課題です。

質問では、以下のような項目について尋ねました。
1)外国人の子どもへの日本語指導の現状
2)日本語指導や異文化理解についての教員研修の実態
3)不就学の外国人の子どもの実態 (など)

移民政策は先進国共通の難しい課題です。
長年に外国人労働者を受け入れてきたイギリスやフランスでさえ苦労しています。
グローバル化が進む中で、いまさら鎖国もできません。
外国人の受入れを非合法にしても、地下に潜ってしまって状況は悪化します。
そろそろ移民政策、多文化共生政策に真剣に取り組む時期が来ています。

日本の子どもに好きな食べ物を聞いたら上位に来るのは、
カレー、ラーメン、ハンバーグ、スパゲティといったものだと思います。
外国起源の食べ物や文化がどれだけ生活を豊かにしてくれているでしょう。
多文化共生社会は、バライエティに富んだ豊かな社会なり得ると思います。

在住外国人の子どもは将来日本と母国をつなぐ架け橋になってくれる可能性があります。
在住外国人の子どもたちにもやさしい社会、やさしい学校をつくりたいものです。

|

2007年9月 8日 (土)

武道の必修化

学習指導要領が改定されて武道が中学で必修になりそうな風向きです。
日本の伝統文化に触れる機会を広げる、のも目的だそうです。

武道の必修化が悪いことだとは思いませんが、
霞ヶ関の中央政府の決定でやることなのか、
という疑問が湧いてきます。

武道といっても剣道、柔道、相撲、弓道、銃剣道などいろいろあります。
どの武道が望ましい、と文部科学省が決める必要があるのか疑問です。
基礎自治体とか、中学校区レベルで、親や先生、生徒で話し合って、
どの武道を選ぶか、そもそも武道より器械体操がいいとか、
自由に決められるようにした方がいいのではないでしょうか。
現場に裁量を下ろしていく、という教育改革こそ必要だと思います。

また、「日本の伝統文化」も中央政府が定義するより、
各自治体や学校、中学校区で話し合って定義すればいいと思います。
明治維新後150年くらいの慣習を「伝統」と呼ぶ人もいれば、
江戸時代以前からの慣習を「伝統」と呼ぶ人もいるでしょうし、
定義があいまいなものについて中央政府が基準を設ける必要はないと思います。
私の住む川崎市多摩区には、昔から薬師堂で子ども相撲をやっている地域がありますが、
そういった地域の小学校では相撲を必修にするのがいいかもしれません。

各地域に根付いた伝統こそ大切だと思います。
中央政府が「伝統」を押し付けるのはやめましょう(それが官僚機構の「伝統」ですが)。

本論とはあまり関係ありませんが、
よく「武士道が日本の伝統」みたいなことを言う人が多いのですが、
前々からシンプルな疑問を持っていました。
うちの先祖は宿屋だったので武士道とは無関係です。
江戸時代の人口比でも、士農工商のうち、
武士階級は人口の1割くらいじゃないかと思います。
そして武士階級でも女性に「武士道」がそのまま該当するのか微妙なので、
人口に占める割合でいえばわずか数パーセントの武士階級の伝統を、
日本の伝統として喧伝していいのか不思議に思ってきました。
人口比でいえば、日本の伝統の主流は「農民道」だと思いますが・・・。
素朴な疑問でした。

|

2007年9月 2日 (日)

授業時間数10%アップ

文部科学省が授業時間を10%アップし、
同時に総合学習を削減する素案を取りまとめました。

私は、授業時間10%アップも、総合学習削減にも、
反対でも賛成でもありません。

しかし、方向転換が早すぎます。
これまでのいわゆる「ゆとり教育」路線や、
「総合的な学習の時間」の実践を体系的に検証することなく、
不正確で情緒的なマスコミ報道に踊らされる形で、
政策転換が図られているように思われます。

かなりの部分のマスコミ報道(特にテレビ)は、
客観的データや学術的知見に基づくのではなく、
限られた数の証言や印象論に基づいています。

いまやるべきことは、
1)学力は低下しているのか?
2)誰のどの学力が低下しているのか?
3)学力向上には何をやるべきなのか?
を緻密に議論することです。
言葉の定義から入って、
客観データや教育社会学者等の知見をいかし、
教育の問題点を検証し、
実証研究や社会実験を通じて解決策を模索しなくてはいけません。

これまでの教育改革の一番の問題は、
あっちこっちと方針がひんぱんに変わり、
現場の先生や生徒たちを混乱させてきたことです。

新しいことを始める前に、
これまでの問題点と成果を検証すべきです。

反省なくして、進歩なし。
新しいことを始める前に、
総括と反省が必要です。

|

2007年7月19日 (木)

学力テストの不正

足立区の学力テストをめぐって、
学校ぐるみの不正があったという報道がありました。
ひどい学校では児童の誤答を指さして教えるという、
カンニングを先生が率先してやっていたそうです。
その他の足立区内の複数の学校でも、
前年度の問題をテスト直前に解かせる不正が行われ、
学校間競争にともなう弊害が表ざたになりました。

しかし、このような不正が起こることは、
十二分に予測できたことです。
学校間競争の本場のアメリカでもイギリスでも、
先生が児童のカンニングを手助けしたり、
先生が児童の誤答をこっそり書き換えたり、
といった事例は、たくさん報告されています。
マークシート式テストなら統計的手法で不正を見抜けるため、
アメリカでは先生の不正がかなり見つかっているそうです。

児童の学力テストの成績が学校の先生の給与に反映されるとなれば、
先生たちも必死になるのは当たり前です。
必死になってより良い教え方を工夫してくれればいいのですが、
必死になって不正に励んでしまう先生も一定割合発生するようです。

アメリカ人やイギリス人に比べて、
日本人だけが清廉潔白というわけではないでしょう。
こういった事態が起こることも計算に入れて、
学校間競争や学力テスト導入を進めるべきでした。

欧米の先進事例を取り入れるときには、
メリットばかりに目を奪われることなく、
デメリットにもきちんと目配りしなくてはいけない、
という典型的なケースだと思います。

また、この手の事件が起きると、
「そもそも先生たちの心の教育、規範意識の研修が必要だ」
といった意見が出てくるかもしれません。
しかし、この手の道徳論や精神論では、
問題は解決しないことが経験的に知られています。
きれいごとで無益な精神論よりも、
問題が発生しにくいメカニズムづくり、
問題を起こすインセンティブをなくす工夫こそ、
有効な解決策です。
求められるのは、精神論よりマネジメントの観点です。

|

2007年7月10日 (火)

ヤンキー先生は元共産党員?

ある雑誌のつり革広告によれば、
参院選に出馬予定のヤンキー先生は、
元共産党員だったそうです(?)。

真偽の程はどうでもいいと思います。
教師を困らせていた元ヤンキーが更生し、
教師になったのが世間で受けたのだと思います。
再チャレンジの象徴ということでしょうか。
自民党を敵視していた共産党の党員が、
共産党を抜けて自民党議員になって、
再チャレンジするのも悪くないと思います。

教育政策に関する考え方でいえば、
私はヤンキー先生に賛同できない部分が多いです。
しかし、元共産党員だからと言って批判するのは、
フェアではないと思います。
「過ちて改めざる、これを過ちという」と申します。
元共産党員だったのが致命的な過ちだとは思いませんし、
それで国家・国民に大きな害を与えたわけでもないでしょう。
反省して悔い改めたのであれば、
若い頃の過ちには寛容な態度で接すべきです。

|

2007年7月 5日 (木)

夏休みの宿題:教育政策の勉強

今日で通常国会は閉会です。
参議院選挙や地元活動もあって、
「夏休み」ということではありませんが、
国会閉会中の方が資料を読む時間はとれます。
今年の閉会中に自分に課した宿題として、
しっかり教育政策を勉強し、政策提言として
まとめて発表したいと思っています。

その宿題のために調査報告などの資料を読み始めました。
OECDの「生徒の学習到達度調査(PISA)」という調査があります。
日本の学力が上がった、下がったと議論されるとき、
しばしば引用されるのがこの調査です。

2003年の調査報告書の日本語版の序文で、
国立教育政策研究所の渡辺氏は、
「学力をどう捉えるかという共通の認識が
必ずしも形成されてきたとは言い難い中で、
しかも信頼に足るデータが十分ではなかった中で、
経験的、感覚的に学力を論じる傾向があった」
と述べています。
メディアでも国会でも印象論・経験論に基づく、
教育論議が横行しています。

OECDの教育局評価分析課長の言葉:
「実証的なデータに基づかずにものを言う人は、
ただ単に個人的な意見を述べているにすぎない」
Without data, you are just another person with an opinion.
というメッセージは日本にとてもよく当てはまります。

今回の参院選の与野党の選挙公約を見ても、
データの裏付けのない意見がたくさん出てきます。
特に財源と実効性を無視した思いつきのような公約を
マニフェストと呼ぶに値するのか甚だ疑問です。
データに基づかない公約が多いことが、
日本の政策形成のあり方の不毛を物語っています。

評論家のように第三者的に批判したり、
嘆いたりするだけでは何も変りません。
隗より始めよ、せめて自分が関わっている範囲だけでも、
実証データに基づく政策論議を推進したいと思います。

実証データに基づく教育政策の提言を考え、
それを広く発信していくことを、夏休みの宿題にします。

|

2007年6月 2日 (土)

今朝の朝日新聞

昨日発表された教育再生会議の第二次報告について、
朝日新聞からコメントを求められたので、
コメントしたらちょっと掲載されました。
評価できるポイントと、改善すべきポイントの両方を述べましたが、
予想通り改善すべきポイント(批判)のみが掲載されました。
マスコミは批判的な意見は取り上げてくれるのですが、
好意的な意見はなかなか取り上げてくれません。
私がいつもいつも批判ばっかりしているように思われるのは、
ちょっと残念です。

|

2007年6月 1日 (金)

教育再生会議の第二次報告

教育再生会議の第二次報告が今日発表になりました。
新聞2紙から感想を聞かれました。
オピニオン誌に投稿した「教育再生会議への7つの疑問」が、
予想以上に反響があったおかげで、
教育に関する取材をよく受けるようになりました。

今回の教育再生会議の第二次報告の感想として、
コメントした内容は以下のとおりです。

1)全般的な印象として、良い提案も多く含まれているが、改善の余地もある。
第一次報告で見られた問題点もそのまま残っている。

2)あれもやろう、これもやろう、と意欲的で総花的。
望ましいことを積み上げていくときりがない。
選択と集中の視点が欠けている。
マンパワーや時間、予算の制約を踏まえているように思えず、コスト意識が薄い。

3)思い切った提案の割に、根拠となるデータや理論が弱い。
思いつきのような提案が多いと批判されているが、
客観データなどを用いて提案の妥当性を証明すべき。

4)教員の負担を増やす提案が多い。
中学生の社会体験、小学校の英語教育導入といった提案の実施の手間はたいへんなものになるだろう。
授業時間10%増に加えて、さまざまな新規事業が加われば、教員の負担は今の比ではない。
ますます教員志望者が減る懸念。
「子供と向き合う時間を大幅に増やす」という提言と整合性がとれるのか疑問。

ちゃんと使ってもらえるかわかりませんが・・・。

|

2007年5月30日 (水)

教育再生会議ってスゴイ!(「徳育」論議)

教育再生会議の議事録(概要)を見ていたら、
スゴイ意見が出ているので、のけぞってしまいました。

ヤンキー先生こと、義家委員の発言の抜粋です。
「道徳は、0歳から10歳までに子どもにたたきこむべきもの。」
「0~10歳に教えることは、罪と恥である。」

学校で道徳を教科にしようという提言が出るみたいです。
そこで教える内容は、「罪と恥」になりかねない勢いです。
お寺、教会、モスクが果たしてきた役割を、
学校が担う時代がやってくるのでしょうか。

|

2007年5月28日 (月)

なぜ国が「家庭教育」

表題は朝日新聞の今朝の朝刊3面記事のタイトルです。
昨日の私のブログと同じ問題意識のようです。
政府(行政/官)の領域を減らし、
市民社会(NPO、企業、地域社会)の領域を広げる、
それがこれからの日本社会の進むべき方向性だと思います。
自立(自律)した責任ある個人からなる社会こそ、
21世紀にふさわしいと思います。
官僚主導国家からの脱却は、お上意識の払拭から。
国が家庭内の箸の上げ下ろしまで指導する時代じゃないでしょう。
教育再生会議に再考を願いたいものです。

|

2007年5月27日 (日)

親の教育を議論してよいのか?

今朝の朝刊を見ると、教育再生会議の第二次報告の概要が出ています。
どこでどうやって発表されたのかよくわかりません。
教育再生会議のホームページにも載ってません。
私は衆議院の教育再生特別委員会の委員なので、
せめて記者が知るのと同じタイミングで知らされてもおかしくないと思います。
でも二次報告の内容、私、まったく知りません。

知らない中で論評するのは無理があるかもしれませんが、
このところの報道を見ていると、
教育再生会議は親の教育にも熱心みたいです。

教育再生会議(分科会)の公開資料を見ると、
「まず親が道徳を学ぶ必要がある」
といった表現が出てきます。

母乳で育てましょうとか、
子どもにテレビを見せないとか、
そういう「親学」にしてもそうです。

政府が子育てや道徳教育について役立つ情報を提供し、
家庭内の教育がスムーズにいくように、
側面支援するのは大切だと思います。
子育てや教育の不安を取り除くような、
行政サービスはもっとやりましょう。

しかし、政府(国家)が成人した国民を教育しようというのは、
危険な兆候のように思えます。
まるで国民を子ども扱いしているように見えます。
そもそも行政府が、成人した国民に道徳を教えようとするのは、
成熟した民主国家として問題だと思います。
お上が下々の者の教化をする、という江戸時代的発想から、
抜け切れていないのではないのでしょうか。

行政府は「ルールを守りましょう」という法令遵守を
徹底させることに専念すればよいと思います。
ルールを破る自由はありませんが、
思想や信条の自由は守らなくてはいけません。
ときの政権(もしかすると共産党が政権をとるかもしれません)が、
政権の望む方向に国民を教化しようとするのは、
自由に対する挑戦ではないでしょうか。

政府が国民を教育するよりも先に、
政治資金規正法をより透明度の高いものにしたり、
官製談合等の行政の問題点を解決したり、
他にやることがいっぱいあるように思います。

教育再生会議の皆様、
まずは子どもの教育をしっかり議論してください。
親の教育まで議論しなくてもよろしいのでは?

|

2007年5月26日 (土)

教育の原点を考えようと・・・

教育の勉強会をはじめて以来、
教育政策や教育改革の本や資料ばかり読んでいます。
かたくて難しい本ばっかりではなくて、
たまには心あたたまるような児童文学でも読んで、
教育の原点に立ち返ろうかと、
古本屋に行って児童文学の本棚をのぞきました。
むかし好きだった灰谷健次郎さんの本を探し、
「兎の眼」という本を買いました。

これまで読んだことのない本を買ったつもりでしたが、
読みはじめて10ページ目くらいで、
前に読んだことがあることにやっと気付きました。

この手の失敗はときどきやります。
すでに持っている本を
もう一冊買ってしまうことがあります。
しかも、本を読み終わった後になって、
やっとそのことに気付くことさえあります。
本を読むのは早いのですが、
忘れるのも早いのが難点です。

さて、二度目でしたが、「兎の眼」けっこういけました。
灰谷さんの弱者へのやさしいまなざしが、じ~んときます。
ベストセラー「兎の眼」、お薦めします。

|

2007年5月25日 (金)

教科書検定の問題

あるNPOが主催する教科書検定制度の勉強会に出ました。
文部科学省の教科書検定制度にはいろいろ問題があるようです。
と言っても、歴史教科書の検定のことではありません。
高校の生物の教科書の検定のことです。

生物の教科書をつくった大学教授や高校の生物教師によれば、
日本の生物の教科書はおもしろくないものしかつくれないそうです。
学習指導要領に沿った教科書は非常に無味乾燥な説明しかできず、
生徒の興味を引くような記述は、
ことごとく文科省の検定官から改善するように言われるそうです。
しかも学習指導要領の解釈はたいへん恣意的で、
検定意見が出てはじめて、
「あっ、そういう解釈をするのか」と気付くことが多いそうです。

現場の教員や生物学の研究者が、
おもしろくて日常生活に役立つ知識を教えようと努力し、
文科省の検定官がその努力を台無しにしているようです。

また、学習指導要領自体が古い内容で、
生物学の最先端の研究成果は教科書に反映されません。
ある先生は「50年前の生物学の知識を教えている」と言っていました。
また、生物を学ぶことの意義が、わかるような記述は許されないそうです。
アメリカの高校の生物の教科書には、
エイズの話や喫煙の害についての記述があり、
日常生活に関連付けて学べる工夫があるそうです。
日本では学習指導要領と教科書検定制度のせいで、
そういった工夫がしにくいそうです。

おもしろい教科書、日常の現象を理解するのに役立つ教科書だったら、
もっと勉強するのも楽しくなって、学習意欲も出てくると思います。
学習意欲が高まり、教科書が興味深いものになれば、
自然と学力向上につながるようにも思います。
まず授業時間数10%アップありき、ではなく、
教科書検定制度の改革や教授法の改善で、
学力向上を図るべきです。

教育の量(授業時間)から入るより、
教育の質(教授法や教科書の改善)から始めるのが、
教育改革の正攻法だと思います。

|

2007年5月21日 (月)

教育再生会議への要望:高学歴ニート問題

今朝の朝日新聞に「博士、漂流」という記事がありました。
このところ国策で博士が急増したのに、
それに見合う就職先がないことが問題視されています。
修士号取得者も含めて、高学歴の就職難が深刻化しています。

特に文科系の高学歴者の就職が厳しいようです。
企業は大卒を好み、高学歴だとかえって敬遠することも多く、
せっかく博士や修士の学位をとったのに、
それに見合った高度な仕事につけない人が増えています。

そんな現状を踏まえ、先週開催された党の教育再生特命委員会で、
教育再生担当の山谷えり子補佐官に以下の2点を要望しました。

1)高学歴失業者が増えている現状を踏まえると、
  安易な大学院振興策は避けるべきで、
  社会のニーズにあった大学院教育改革が必要。

2)教育再生会議が官邸に置かれた意義として、
  省庁横断的な視点に立って教育改革を議論すべき。
  文部科学省の枠組みの中にとどまる議論であれば、
  教育再生会議を設置した意味がない。

上述1)に関連して言うと、
社会的ニーズのない人材を養成すれば、
高学歴失業者・高学歴ニートを増やすだけです。
実践的な大学院教育の実現を目指していくか、
さもなければ、大学院の入学定員を減らすべきでしょう。

|

2007年5月18日 (金)

教育「井戸端会議」なら全くいらない

表題の「教育『井戸端会議』なら全くいらない」というのが、
今朝の日経新聞の社説のタイトルでした。

中身をみると、わが「マネジメントの観点からの教育再生研究会」の
提言の小論文を参考にしてもらっているようです。
われわれ論文で使ったフレーズを、
そのままカッコ付で引用してもらっているようでした。

先日は東京新聞の社説でも、引用してもらいました。

われわれの研究会の活動の成果が、
それなりに世論にインパクトを与えているように感じます。

|

2007年5月12日 (土)

教育勉強会の予想以上の波紋

私が事務局長を務める教育勉強会で出した論文が、
予想以上の波紋を投じています。
今週火曜日に発表したものが新聞各紙に取り上げられ、
今朝は東京新聞の社説と日経新聞の囲み記事で引用されました。

特に「『親学』に関する提言」とからめて、
われわれの論文の一部が使われています。
思いつきのような教育改革ではダメで、
きちんとしたデータと理論に基づく教育改革を進めるべき、
というのが論文の趣旨です。
「親学」に対する批判の文脈に、
われわれの論文が使われています。

こんなにインパクトがあるとは思っていませんでしたが、
反安倍政権的な動きと誤解されないかちょっと心配です。
だんだん不安になっていましたが、
安倍総理が教育再生会議の分科会で、
「議論がもっと物議を醸していい」と言われたそうです。

われわれの勉強会も物議を醸していますが、
安倍総理がこんな調子なら許されそうな気がします。
自民党が寛容な政党でよかった。

|

2007年5月 7日 (月)

裏・教育再生会議:本家に果たし状!?

本日発売のAERA(5月14日号、No.22)で、
私のインタビュー記事が載っています。

なんと、タイトルは、
「本家に果たし状!? 裏・教育再生会議が始動」
という過激なもの。
そんな過激なインタビューではないのですが、
電車内のつり革広告用に脚色してあるようです。   
週刊誌は怖い。

内容にもちょっとした間違いがありました。
私が事務局を勤めている勉強会は、
「マネジメントの観点からの教育再生研究会」です。
しかし、AERAの記事では誤って、
「マネジメントの観点からの教育再生会議」になっていました。
「会議」じゃないのに・・・。
まぁ、気にならない程度の悪意なき間違いです。

勉強会の提言趣旨は、
教育再生会議「第一次報告」における議論の進め方の問題点を指摘し、
「ここをこうすれば、よくなるはず」という改善策を提案するというものです。
何度も「安倍政権批判ではありません」と念を押したので、
きちんと書いてくれていました。
良心的な記者さんでよかったです。

そして、明日発売ですが、岩波書店の月刊誌『世界』で、
われわれの勉強会の小論文が出ます。
タイトルは、「教育再生会議への7つの疑問」。
自民党議員が岩波の『世界』に投稿するのは珍しいと思いますが、
今回、岩波側から声をかけてもらったので、お受けしました。

『VOICE』、『中央公論』、『読売ウィークリー』など、
チャンスがあれば、どんどん発信していきたいと思います。
われわれの伝えたいメッセージは、
いまの教育改革の進め方はおかしい、
「教育改革の改革」が必要だ、というものです。

|

2007年4月27日 (金)

山崎正和氏の道徳教育論

文部科学大臣の諮問機関・中央教育審議会(中教審)の
山崎正和会長が「道徳教育はいらない」という発言が注目を集めています。

高校生時代のあやふやな記憶に頼れば、
山崎正和さんと言えば、評論文が国語の教科書に載っていて、
入試や模擬試験によく出る人だったような・・・。
懐かしいお名前です。

その山崎会長のご意見の趣旨は次のようなもの;
1)倫理教育や道徳教育について学校制度の中で
  教えるのは無理がある。
2)妊娠中絶や競争社会で勝者と敗者が出ることなど、
  学校で教えられるような簡単なものではない。
3)代わりに順法精神、法律を教えればいい。

まったく正論だと思います。
例えば、万引きも、校内暴力も、いじめも、
道徳(モラル)の問題というより、
法律(ルール)違反の問題です。

道徳・モラルは人により異なります。
思想、信条、良心の自由は、憲法でも保障されています。
「思想、信条、良心」は、道徳・モラルの領域の話だと思います。
しかし、法律・ルールは人により異なるものではありません。
法律を破る自由はありません。

学校教育の中でしっかり教えるべきは、
法律・ルールを守らせることだと思います。
ルール違反をしてはいけない、
という感覚を身に付けさせることが
学校教育に期待すべき役割だと思います。

そして民主的にルールをつくっていくプロセス(立法)、
ルールを執行するシステム(行政、司法)について教えることが、
責任ある国民・市民を育てていくことになると思います。

ルールを守らせるだけでもむずかしい仕事です。
学校教育では順法精神を身に付けさせましょう。

|

2007年4月26日 (木)

教育再生特委の対決法案

昨日は、教育再生特別委員会で
民主党提出法案の問題点について質問しました。
政府提出法案にも100%納得できるわけではありませんが、
民主党提出法案のほうがより納得できないものでした。

いろいろ納得できない点もありますが、
もっとも問題だと思った点は、
民主党案では学校の先生になろうと思ったら、
まず修士号をとらなくてはいけないことです。
学士より修士の方が、教員としての能力は高いかもしれませんが、
それにはいろいろハードルがあります。

いま幼稚園教員の8割は短大卒ですが、
民主党案では修士号をとらなくてはいけません。
既存の短大はバタバタつぶれるでしょうし、
これまで高卒後2年で幼稚園の先生になれたのが、
これからは高卒後6年もかかるとなれば、
幼稚園教員を目指す人は激減するでしょう。

また、修士号をとるためには、6年間大学に行かなくてはいけません。
6年間も大学に通えるのは、比較的豊かな家庭の子どもが多いでしょう。
それに、修士号をとっても、確実に教員になれるとは限りません。

昨年度の公立学校の採用試験の合格率は15%でした。
昨年度は約16万人が教員採用試験を受け、
そのうち約2万2千人しか採用されていません。
採用される可能性がさほど高くないのに、
6年間も教員養成大学に行くのは、かなりのリスクです。

いろいろ考えると、民主党提出の教育関連法案は、
まったく現実的ではありません。

|

2007年4月24日 (火)

教育再生特別委員会の質問に向けて

委員を拝命したばかりの教育再生特別委員会で、
明日(4月25日)質問することになりました。

これまで外交や安全保障、青少年問題(子どもの安全)の委員会では、
質問したことがありますが、
教育問題で国会質問をやるのは初めてです。

昨秋から教育勉強会を事務局長として運営し、
地道に勉強してきた成果を発揮して、
インパクトのある質問ができればいいな、
と思っています。

また、教育勉強会で議論した内容について、
某オピニオン誌に小論文を発表する準備をしています。

ロンドン大学教育研究所(*)出身議員として、
精神論や印象論、イデオロギー論ではない、
国際標準のまっとうな教育政策論を戦わせたいと思います。

*Institute of Education, University of Londonというところで、
 教育と国際開発の修士(MA in Education and International Development)
 というコースを修了しました。
 途上国の教育が専門でした。
http://ioewebserver.ioe.ac.uk/ioe/index.html

|

2007年4月18日 (水)

教育再生特別委員に就任

4月18日(水)

教育関連の法案を審議するため、
新たに衆議院の教育再生特別委員会が設置され、
私も委員を拝命しました。

自民党の国会対策委員会(国対)が委員を決めます。
委員のポストは派閥別に割り振られます。
各派閥は1名の国対副委員長を出し、
派閥代表の副委員長が自派所属議員の委員を決めます。
私のような無派閥議員には、
無派閥議員担当の国対副委員長がいます。

副委員長のA代議士との会話(概略):

【A氏】山内さん、教育再生特別委員会に興味ある?
【山内】えっ。いや、ないわけじゃないですが・・・。
【A氏】あっ、興味ないよね。今の反応を見るとなさそうだね。
【山内】いやっ、そんなことないんですが・・・。
【A氏】いいよ。興味ないなら。
【山内】いや。興味はあります。ただ、教育再生会議に対して、批判的なんですよ、私。野党みたいな批判的な質問したら、まずいですよね。
【A氏】そんなことない、ない。いいよ。批判的な質問でもいいんじゃない。
     (*自民党って意外と懐の深い政党でしょう?)
【山内】そうですか・・・。じゃあ、もう少し考えさせてください。

すでに外務委員会、安全保障委員会、青少年問題特別委員会の
3つの委員会に所属しています。
さらに教育再生特別委員になれば、
4つの委員会に属することになります。
ふつう新人議員は2~3の委員会に属します。
4つの委員会は多いほうです。

さらに、臓器移植法改正、NGO小委員会事務局、改革加速議連のプロジェクトチームなど、
これから忙しくなる案件をたくさん抱えています。
しんどいスケジュールがさらにしんどくなるので迷っていましたが、
やっぱり教育再生特別委員会の委員に就任することにしました。
政府の方針には若干批判的だけど、
教育再生特別委員会でがんばります。

|

2007年3月30日 (金)

道徳テストの優等生

今朝の新聞によれば、教育再生会議では、
道徳を「教科」に格上げし、
成績評価の対象にすることも検討中だそうです。

仮に成績評価の対象になれば、
学力テストに「道徳」の科目ができ、
そのうち進研ゼミや代々木ゼミナールなどから、
「道徳 必勝 厳選問題集 100問」とか、
「東大受験生対象 道徳模試」とか、
そんなものがでてくるかもしれません。

そして、道徳テストの解法テクニックが出回り、
道徳テストの過去問を暗記するのが、
当たり前になるのかもしれません。
先生が「テストに出るぞ!」とか言って、
道徳を教えるようになるのでしょう。

道徳テストを導入すれば、上っ面だけで道徳を学習し、
機械的にペーパーテスト用に道徳を暗記していく、
といった事態が起きることは容易に想像できます。

表面的にモラリストのふりをして、
口当たりの良い言葉を並べ、
実行が伴わない、
という人間を増やすだけの結果につながりかねません。
口先だけの「政治屋」予備軍を大量に作り出すのが、
道徳を「教科」に格上げすることの目的ではないか、
といらぬ心配をしてしまいます。

道徳教育は、テストの点数で計測すべきものとは思えません。
教育再生会議が愚かな提言を出さないことを切に願います。

|

2007年3月11日 (日)

河野太郎会長のスピーチ

地元の自民党麻生区支部の決起集会というのを開催しました。
ゲストスピーカーとして神奈川県連の河野太郎会長にスピーチをお願いしました。
私が公募で候補者に選ばれたときの経緯からはじまり、
私の東京での仕事振り等についてご紹介いただきました。
河野代議士といっしょにやっている「公教育再生勉強会」について
詳しく話してもらいました。
教育再生会議の議論のあり方について、納得のいかない部分や、
こうした方がうまく行くのではないかと思う部分がたくさんあります。
より良い教育論議のあり方を提案していきたいと思っています。
世論を喚起して議論の方向性を正すために、
もう少し提言の内容がまとまったら、
積極的に情報発信していきたいと思います。

|

2007年2月16日 (金)

子どもたちへのメッセージ

以前に知り合いの都内の小学校の先生から、
授業で使うので小学6年生へのメッセージを書かないか、
との申し出を受けました。
シチズンシップ教育に関心のある私にとっては、
たいへん興味ある、そして、チャレンジングなお話だったので、
よろこんで受けました。

ちょうど小学6年生の甥っ子もいることなので、
小学6年生の社会科の教科書を国会図書館から取り寄せたり、
シチズンリテラシーの本を参考にしたりして書いてみました。
長くて読みにくいかもしれませんが、
ご一読いただければ、さいわいです。

---------------------------------------------------
6年生の皆さんへ

 これからの社会を背負っていく皆さんに、知ってほしいこと、お願いしたいことを書きました。自分の考えを押し付けるつもりはありませんが、「こんなものの見方もあるのか」と思ってもらえるとうれしいです。そして、この手紙が社会を良くする方法を考えてくれるきっかけになるといいと思います。

社会をより良くするためにできることは?

 皆さんも社会の一員です。社会の中で人間同士が関係しあい、助け合って生きています。社会の中でしか人間は生きていけません。すべての人が安心してともに生きていける社会が理想だと思います。理想の社会、より良い社会をつくるために、どんなことができるかを考えてみましょう。
 小学生の皆さんにできることもたくさんあります。環境を守るためにゴミを拾ったり、コンビニに買い物に行くときにエコバックを持っていったり、電車の中でお年寄りや妊娠中のお母さんに席をゆずったり、いろんなことができます。小さなことでも積み重ねていくことで、住みやすい社会、やさしい社会をつくっていくことができるのです。
 また、皆さんが大人になったら、国会議員や警察官、学校の先生などにならなくても、ひとりの市民としてより良い社会をつくるためにできることがたくさんあります。働いて税金を納めること(*学校も教科書も税金でつくられています。)、地域活動(清掃や防犯パトロールなど)に参加すること、選挙に行くことなど。問題が起こったら他人任せにするのではなく、その解決のために自分にできることをやる。そんな責任ある大人(市民)をつくることが、皆さんが学校で教育を受けることの目的だと思います。社会をより良くするために行動する市民になっていただきたいと思います。

社会を良くする方法のひとつ:政治参加

 より良い社会をつくる方法のひとつが、政治に参加することです。政治家が議会で税金の使い道や法律を決めています。学校にクーラーを取り付けるかどうか、学校の先生のお給料をいくらにするか、といったことも最終的には議会で決められます。議会には国会(衆議院と参議院)、地方議会(県議会、市町村議会)があります。
 政治活動に参加するには、なにも国会議員になる必要はありません。一番簡単な政治参加は、選挙で投票することです。また、ボランティアとして政治活動を手伝うこともできます。政治家の報告会や勉強会に参加したり、政治家に政策を提案したり、といった様々なやり方で、政治に参加できます。

政治の世界では答えはひとつではない!

 学校のテストでは、答えがひとつしかないことが多いですね。しかし、政治の世界では正しい答えは、ひとつでないことがたくさんあります。いろんな考え方の人がいて、話し合った上で、あるいは、多数決を行った上で、答えを出すケースが多くなります。
 例えば、日本には死刑制度があります。しかし、世界には死刑制度のない国もたくさんあります。また、日本人の中でも死刑制度に賛成の人も反対の人もいます。死刑に賛成の議員も反対の議員もいます。死刑制度を持つ日本が「正しく」て、死刑制度のないイギリスが「間違っている」とは言えません。日本とイギリスのどちらが正しいとか、どちらが優れているということではありません。それぞれの国民の多数派が死刑をどう考えているかの「ちがい」でしかないのです。「正しいか、間違っているか」ではなく、「ちがい」であるということを理解してください。死刑について話し合っても、賛成派と反対派が歩み寄ることができなくて、結論が出ないこともあるでしょう。そのときは国会で多数決をとり、少数派の意見を尊重しつつも、多数派の意見を尊重するしかありません。政治の世界ではどうしても妥協できないことに関しては、最終的には多数決で決めます。

自分の頭で考えること

 死刑制度をやめるべきか、といった重要な政治課題に関しては、きちんと自分の頭で考えて、自分なりの答えを出していくことが大切です。自分の頭で考える、といっても簡単ではありません。
 まず事実を調べて、事実に基づいて、考えなくてはいけません。事実を見きわめるのは簡単ではありません。新聞やテレビも時には誤った情報を流します。インターネット上にも情報はあふれていますが、まちがった情報もかなり含まれています。情報の中から何が信頼できて、何が信頼できないかを判断しなくてはいけません。信頼できる情報を集め、その情報に基づいて事実関係を見きわめます。
 専門家の意見を聞いてみたり、本やインターネットでいろんな人の意見を集めてみたりするのも良いでしょう。誰か特定の人の言うことをそのまま信じることは危険です。いろんな人の意見を比較することが大切です。感情や印象に流されることなく、データを見ながら、冷静にいろんな角度からものごとを検討してみることが重要です。「なぜだろう?」とか、「本当かな?」とか、「AさんとBさんの意見はちがうけれど、どっちが自分の意見に近いかな?」とか、いろんな質問を考えて、人に尋ねてみたり、自分で調べてみたりしてください。いつも「なぜ?」という質問を頭の中で何度も繰り返すと良いでしょう。自分で調べてみる、人に質問する、いろんな可能性を考えてみる、といったことを通じて、自分の頭で考えることができるようになってきます。

歴史を学んで、政治にいかす

 政治家に対する信頼がなくなってきています。私は、小学6年生の男の子から「政治家はみんなワイロをもらって、カネのために政治家をやっているんじゃないの?」と言われて、とても悲しくなった経験があります。確かにそういう政治家が一部いたのは事実です。しかし、政治家全員がお金もうけのために政治家になったわけではありません。政治家や政党が国民から信頼されなくなったら、民主主義の危機であり、国の危機です。
 第二次世界大戦前の日本では政党政治がきちんと機能していた時期がありました。しかし、政党政治家が腐敗し、ワイロをもらって自分たちに都合の良い政治を行ったことで、国民の信頼を失いました。その結果、政党政治が終わり、軍国主義の時代(軍人が政治を支配する時代)がやってきて、日本は無謀な戦争へと突き進んでいきました。政治が国民の信頼を失うことはとても危険なことです。
 まずは政治家自身がしっかり反省し、政治の腐敗をなくしていかなくてはいけません。と同時に、政治家のレベルは国民のレベルを反映します。国民が自分の頭でしっかり考えて、良い政治家を選ばなくてはいけません。選挙に行って、「この人なら良い政治をしてくれそうだ」という候補者に投票することが大切です。政治をより良くするためには、国民と政治家のどちらもが努力しなくてはいけません。政治を良くすることが、社会を良くすることにつながります。
 6年生の皆さんには、「より良い社会をつくるため、政治に関心をもち、自分の頭で考えて行動する。」、そんな大人になっていただきたいと思います。

|

2007年2月 8日 (木)

ユネスコ教育フォーラムの司会

ユネスコが出版している「万人のための教育報告書」の
国会議員向け発表会の事務局、プラス、司会進行をつとめました。

ユネスコ本部やイギリスのNGOから講師を招いて、
日本の「教育協力NGOネットワーク」という組織と一緒に企画・運営しました。
発展途上国の教育の現状、先進国の教育援助の動向、
日本政府の教育援助の動向などについて討論しました。

超党派の国会議員20名が参加し、
地味なテーマの割には、参加議員が多くてほっとしました。
20名の参加議員のうち自民党議員が18名でした。
一般市民の感覚だと、途上国の教育協力とか、NGOとか、国連機関(ユネスコ)のイメージと、自民党のイメージがつながらないようです。

が、今日の途上国の教育協力という地味で、票にも政治献金にもつながらない会合に、
まじめに出席して、まじめに発言している自民党議員が多いということを皆さんに知って頂きたいと思いました。
会が終わった後の立ち話で某新聞社の記者さんも
「意外と的確な質問をしている議員が多いので驚いた。」
というようなことを言っていました。
わが党の議員はけっこうまじめに仕事をしているのですが、
マスコミは悪いところばかり大々的に取り上げます。

今日のユネスコ「万民のための教育報告書」の発表会で、
しっかり世間の人に認識していただきたい点は、

(1)発展途上国の基礎教育の現状はまだまだ困難な状況にある
(2)日本政府はODAを教育分野(特に基礎教育)により多く配分すべき
(3)自民党議員はけっこうまじめに途上国援助に取り組んでいる

という3点です。

|

2007年2月 1日 (木)

障害のある先生がいじめ対策に!

このところ国会議員であることが、
恥ずかしくなるような出来事が続いています。
気分が沈みがちですが、ちょっといい話を見つけました。

今朝(2月1日)の朝日新聞「私の視点」で、
脳性マヒで手足と言語が不自由な学校の先生のご意見が出ていました。
タイトルは「いじめ対策 有効な障害者教員の採用」です。
学校が多様な人間が生活する場になれば、
助け合って生きていく態度が自然と身について、
いじめも自然となくなる、といった趣旨でした。

この先生は公立中学校の数学の先生で三戸(さんのへ)さんという方ですが、
車椅子で移動するときや、給食でパンの袋が開けられないときに、
同僚や教え子たちに手助けしてもらって生活しているそうです。
中学校の生徒たちは、「助けを必要としている者」(=三戸さん)を目の前にすると、
ごく自然に助けの手を差し伸べてくれるそうです。
そして、生徒たちは「自分が必要とされていることを実感」して、
誰かを助けたり、逆に誰かに助けられたりして、
社会の中で助け合って生きていることを理解していくといいます。

障害を持つ先生から数学を教えてもらい、
逆に先生が困っているときには自然に手助けをしてあげる、
そんな自然な助け合いの態度が身に付くのであれば、
下手な道徳教育なんかよりよっぽど効果的な教育だと思います。
障害者を学校の先生として雇用することは、
障害者の雇用促進という側面以上に、
子どもたちの教育のためにすばらしいことだと思いました。

三戸先生は、説教臭くておもしろくない道徳の教科書を朗読するよりも、
よほど優れた道徳教育を実践していると思います。 
障害を持つ学校教員をもっともっと増やしていきましょう。

|

2006年11月12日 (日)

防犯フォーラム@高津

防犯ネットワークという高津区のNPO主催のフォーラムに、
パネリストとして出席しました。

学校のいじめの問題等について議論しました。
久しぶりに教育について議論できて、
楽しいパネルディスカッションでした。

*地域防犯フォーラム「みんなの力で地域を守る!」
http://www.bouhan-network.com/

PS:山本一太参議院議員のブログで取り上げてもらいました。
「復党問題で発見した二つの信義」
http://blog.so-net.ne.jp/ichita/

|

2006年10月29日 (日)

世界史を学ぶ意味とは

必修の世界史の授業を受けていない高校生がたくさんいた、
学校ぐるみで学習指導要領を無視していた、ということが問題視
されています。

しかし、そもそも学習指導要領を金科玉条のごとく扱う必要が
あるのか疑問です。
義務教育の小中学校ならまだしも、 高校にはもっと学校ごと
学生ごとの自由度があってもいいと思います。

さすがにルールを無視するのはまずいので、今後はもっと
ルールに柔軟性を持たせる方向で、 学習指導要領の改訂
を進めるべきです。

また、世界史の年表を暗記して、上っ面の知識(それも試験
が終わればすぐ忘れる程度の知識)を覚えることに意義が
あるのか疑問です。

歴史を勉強する意義は、そこから教訓を学び取ることです。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ、と言います。
例えば、「なぜワイマール憲法下のドイツでファシズムが
生まれたか?」とか、「なぜ明治期日本は産業革命に成功し、
他のアジア諸国は失敗したのか?」とか、ある程度テーマを
決めて、仮説を立てて、さまざまな角度から分析し、問題意識
を掘り下げることでしか、歴史から教訓を学ぶことはできません。
単なる暗記科目の世界史や日本史だったら、勉強する意味は
あまりありません。

本来、歴史教育とは思考力を高めるために、もっとも重要な
教育のひとつです。それが無味乾燥な暗記科目になっている
のが、悲しい日本の現実です。
高校教育にも思い切った改革が必要です。

まず高校生がしっかりと勉強すべきは、19世紀末から第二次
大戦までのドイツ史とか、東南アジア近代史とか、産業革命期
の英国史とか、シルクロード交流史とか、興味を引いて、かつ、
歴史の教訓を学べそうなテーマかもしれません。

薄っぺらな「世界の通史」なんて、大胆不敵な試みはやめて、
狭く深く掘り下げる科目をつくればいいと思います(英国では
それに近い例があります)。

高校生レベルの教育の目的は、「学び方を学ぶ」ことであるべき
だと思います。丸暗記した知識では、変化の激しい現代社会の
問題に対応できませんし、知識はすぐに陳腐化します。
情報自体はインターネットなどですぐに集められますし、パソコン
にも蓄えられます。
難しいのは知識を総合したり、情報を評価したり、といった能力
を身につけることだと思います。
社会に出た後のために、「学び方を学ぶ」ことが大切で、そのため
に歴史教育は重要ですが、学習指導要領に沿った薄っぺらな
世界史はあまり意味がありません。

|

2006年9月12日 (火)

学界デビュー(?)

私にとっては非常にうれしいニュースが入ってきました。
私はロンドン大学の教育研究所(Institute of Education)という
大学院大学で、途上国の教育政策と開発について勉強していた
ことがありますが、そのときの先生からメールをもらいました。

私の指導教官はアメリカで教育を受けたケニア出身の教育政策
の専門家でした。先生が私の修士論文を気に入ってくれて、学会
誌に提出してみないかと提案してくれました(実現するかどうか
不明ですが)。

修士論文のテーマは、「東チモールとルワンダにおける紛争後の
教育復興援助の比較」というマニアックなものでした。
世界銀行、ユニセフ、ユネスコ、米国国際開発援助庁、日本の
JICA等の各援助機関が、紛争でズタズタになった教育システム
を復興するため、どのような介入を行なったか、という点を比較
研究したものです。

国会議員としての業務には必ずしも役立つ知識ではないかも
しれませんが、教育政策のプロに多少は評価していただけた
ようなので、自己満足にどっぷり浸っています。
しかも、苦手の英語で書いた論文が、教育の専門家に多少なり
とも評価していただいて、自信につながりました。

国会では外務委員会や安全保障委員会に属し、NPO・NGO問題、
臓器移植法案等を中心に活動してきて、自分が教育政策の専門
家としてトレーニングを受けてきたのを忘れかけていました。

昔取った杵柄、教育政策の専門家としての訓練を無駄にせず、
教育改革にもがんばっていきたいと決意を新たにしました。

|

2006年7月27日 (木)

10代のための国会ツアー成功!

NPO法人ライツ主催の「10代のための潜入!!永田町ツアー2006」を
お手伝いをしました。

10代の中高生、大学生(一部はボランティアスタッフ)15名ほどと意見
交換し、最後は自民党本部で武部幹事長との意見交換会をセットしました。
子どもたちも武部幹事長との会合にはかなり喜んでくれました。

政治に無関心な大人をつくらないためには、子どもの頃から政治を身近に
感じてもらうことが大切だと思います。
国会や議員会館、党本部を見てもらい、政治家と直接意見交換したり、
疑問に感じていることをぶつけてみたりといったことが、政治を身近に感じて
もらうきっかけになればいいと思います。

なお、今日付け(7月28日)の神奈川新聞でこのツアーのことを記事にして
くれました。
ライツHP: http://www.rights.or.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月25日 (火)

「凶悪化する少年犯罪」のウソ

最近読んだ本に「ホラーハウス社会」(芹沢一也著、講談社、2006年)という
ものがあります。
それによると、1990年代後半以降よくメディアでは「凶悪化する少年犯罪」とか、
「少年の凶悪犯罪多発」といった言い方がされるようになりましたが、これは正
しくないそうです。 統計的には、少年犯罪は凶悪化も急増もしていないようです。

凶悪犯罪の代名詞の殺人を例に取ると、少年が犯した殺人事件のピークは
1951年と1961年でその頃は年間400件程だったようです。
また、1950年代も常識では考えられないような猟奇的な少年犯罪が発生して
いました。
1975年以降は少年による殺人事件は年間100件程度で推移しており、ピーク
時の4分の1程度の発生件数だそうです。

「昔は良かった」的な論客は、昔の少年は倫理観があって、今の少年は全然
ダメだ、心の教育が必要だ、みたいなコトを言いがちです。
教育については、単なるノスタルジーや感情論に基づく政策論争が多すぎる
ように感じます。
教育改革も、少年犯罪対策も、統計に示されている客観的事実を踏まえた上
で議論を進めていく必要があるのではないでしょうか。

誤った情報や誤解に基づく政策論争は、政策論争を不毛にし、政策の質の
低下につながります。
「客観データと事実を積み上げた政策形成」というのは、一見当たり前のよう
に思われていますが、当たり前ではないのが悲しい現実です。

この状況を変えていきたいと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年7月19日 (水)

「最近の若いものは」症候群

今日、ある会合で「団塊ジュニア世代の親が全然ダメだ。子どもの教育がまったく
できていない。」といった批判を聞きました。
お察しの通り、私も団塊ジュニア世代です。
18歳人口のピークの年に大学受験にあたり、史上もっとも厳しい受験戦争を経験し、
バブル崩壊後に成人になり、就職氷河期に就職しました。
そして同世代にはニートやフリーターも多いですが、正社員になりたくてもなれなくて
仕方なく派遣社員やフリーターをやっている人達もいます。
そんな我われ団塊ジュニア世代が、子を持つ親になってさんざんに罵倒されている
のを聞いて、悔しいと同時に「またか」と思いました。

お茶の水女子大の土屋教授(哲学)のエッセイに親子のこんな話が出てきます
(記憶が定かでありませんので、細かいミスはご容赦ください。)。
【父親】
 ワシントンはお前と同じ年の頃、桜の木を切って叱られても、
 言い訳をせずに素直に謝ったと言う。
 お前も見習いなさい。
【子供】
 クリントンはお父さんと同じ年の頃、もうアメリカ大統領になってたよ。

根拠に乏しい印象論・感情論で若者が批判されるのは世の常です。
古代エジプトの古文書にさえ、「最近の若者はなっていない。このままでは人類は
堕落するばかりだ。」といった趣旨の記述が見られるそうです(出典:不明)。
最近の若者がダメになり始めて、はや三千年近くになるようです。

ところで、山本一太さんの「安倍政権構想」が読みたくて今週号の「週刊朝日(7月
28日号)」を買いました。しかしたまたま開いたページに「大学就職ランキング」と
いう記事があり、人気の就職先に古巣のJICA(国際協力機構)がいくつか入って
いるのに気づきました。
(東京大学:19位、中央大学:9位、青山学院大学:13位など)

JICAは準国家公務員なので身分は安定はしていますが、給料が特別いい訳では
ありません。また、勤務地はアジア・アフリカ諸国が多く、生活環境が厳しい国に
赴任する可能性も高いです。
それでも発展途上国の開発、貧困削減、平和構築といった課題に取り組めるという
魅力がある職場です(*もっとも私は2回就職して2回も辞めましたが・・・。)。
JICAが東大や中央大といった名門大学の学生にも人気があるとわかり、ちょっと
嬉しくなりました。

途上国の開発に貢献したいという志のある若者がたくさんいる(昔よりたくさんいる
ようです)、こういった事実も十分に認識しておく必要があるでしょう。

私自身はNGOで4年ほど働きました。私のNGO時代の同僚たち(多くは20~
30歳代)は年収300万円未満の安月給で、危険なアフガニスタンやイラク、リベ
リアで人道援助活動に従事しています。
そしてそういう若者たちは増える傾向にあるように思えます。
彼らに向かっては、「最近の若いものはなってない」とは言えないでしょう。

「若者」にもいろいろな人がいます。
批判すべき一部を見て全体を否定するだけよりも、どうか見るべき他の一部に目を
向けて頂いて、そして応援して欲しいと強く強く思います。

そのほうが世の中が良い方向に向かうと思いませんか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年7月13日 (木)

子どもの政治参加

今日の新聞で「ぜんそくの中学生、署名集め」というおもしろい記事がありました(7月13日付読売新聞朝刊)。

静岡市のぜんそくの中学生が、歩きタバコ禁止条例を求めて署名運動をはじめ、それに答えて2万4千人が署名し、静岡市議会もそれに応じて条例を制定したそうです。イニシアチブをとった勇気と行動力のある中学生に心から敬意を表します。
また、静岡市長と市議会も立派です。
子どもだからといってバカにはできません。

子どものうちからこういう社会参加(=政治参加)の意識の高い人がいるのは素晴らしいことです。日本の未来も捨てたものではありません。
社会の問題を自ら解決していこうという、その中学生のガッツが素晴らしいですね。

「政治は汚いもの」という意識を変えていく努力が、政治家と有権者の双方に求められていると思います。
一人の市民(しかも子ども)のイニシアチブが、地方自治体を動かすことができるのです。斜に構えて「どうせ政治家はバカばっかりだ。」なんて傍観者的なことを言う大人よりも、「市民の力で政治や社会を変革できる」ということを証明してくれた静岡の中学生の方がよっぽど大人の態度です。

蛇足ですが、私も子どもの政治教育、公民教育、シチズンリテラシーに関心があって、NPO法人「Rights(ライツ)」と協力して子どもたちの自民党本部ツアーを計画しています。
ライツは若者の政治参加を目指すNPOで、国会見学ツアーをよく企画していますが、今回はライツから自民党本部に立ち寄りたいという要望があり、うちの事務所でも協力しています。
子どもたち20名程度と武部幹事長との意見交換会のリクエストもありました。
武部幹事長もこころよく応じてくれて、緊急の公務がない限り、子どもたちとの意見交換も実現できそうです。

最近の自民党は変わったと思いませんか?
NPOのリクエストに基づいて、子どもたちと幹事長が意見交換会を開いてしまうのです。ひと昔前では想像もできないことではないでしょうか?
もう昔の自民党ではありませんし、もう昔の自民党には戻しません!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月28日 (火)

政治家と子どもたちの関係

今日は珍しいイベントに参加しました。タイトルは「10代のための潜入! 永田町ツアー2006春」です。小学生から高校生までの子どもたちと政治について本音で語るというもの。 NPO法人Rightsという団体が企画したもので、党派を超えて国会議員が協力しています。
超党派の国会議員がそれぞれ自己紹介をして、その後、子どもたちからの質問に答えるというイベントでした。 政治家と子どもたちの質疑応答の時間は3時間あるのですが、各議員は15~30分くらいで入れ替わり出入りして、ときどき議員の人数が少なくなってしまうことがあります。私もいろいろ仕事が入っていたので、ほんの20分だけ出るつもりだったのですが、議員の人数が少なくて気の毒になって1時間半近くもお付き合いしました。

子どもたちは好奇心の強そうな個性派ぞろいで、質問もなかなか振るっていました。
例えば;
 「10年後の日本はどうなってほしいですか?」
 「国家議員になってよかったことはなんですか?」
 「与党議員でよかったと思うのはどんなときですか?」
 「小泉総理をどう思いますか?」「格差社会についてどう思いますか?」
 「なんで国会の会議中に寝ている議員がいるんですか?」
といった質問が出されました。
なかなか本質的な質問が多く、決して気を抜けません。難しい質問にわかりやすく答えるというのは非常に難しいということを痛感しました。小学生もいるのに、どうしても難しい言葉を使って説明してしまいます。
私にとって「説明能力」の向上が、これからの課題だと思いました。

今日出会った子どもたちを見ていると、日本の未来は決して暗くないと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月23日 (木)

教育分野の規制改革

衆議院本会議2時間。2時間座って話しを聞き続けるのはたいへんです。

野党の複数の答弁者がまったく同じ質問をして、それに対して小泉総理がまったく同じ答えを返し、「あれっ、さっきと同じこと言ってる」といった場面が何度かありました。
野党の中でも会派がちがうと質問の重複について調整しないようで、そのせいで退屈な質疑になってしまいます。

その後、行政改革関連の部会に出席しました。
規制改革すべき分野が多数記載してある中で、「教育バウチャー制度」という項目が目を引きました。私はイギリスの大学院で「発展途上国における教育バウチャー制度」というタイトルで小論文を書いたことがありました。
学問の世界では今のところ、教育バウチャー制度の有効性についてはっきりした結論は出ていません。アメリカのミルウォーキーやチリ等で教育バウチャー制度の実践例はありますが、教育バウチャーが教育の「質」の向上に役立つか否かの結論は、まだはっきりしていないのです。

しかし、少なくとも発展途上国における教育の「量」の向上には、教育バウチャーは有効である、というのが私の小論文の結論でした。
教育の普及・拡大に励む途上国には有効な政策も、日本のような先進国で有効かどうかはわかりません。いきなり国の政策として全国的に取り組むよりも、構造改革特別区をつくって教育バウチャー制度の社会実験を3~5年くらいかけてやってみて、その成果を見た上で全国展開を推奨するといった形が望ましいのではと思っています。

もちろん教育の分野でも中央から地方へという動きが進んでいますので、文部科学省が通達で全国展開を図るといった形はとれないでしょう。まずはやる気のある地方自治体がチャレンジして、うまくいった場合には他の自治体がまねていくといったプロセスが望ましいのだと思います。

教育バウチャーの行く末について注視し、いい制度を設計できるように、政策決定の場(党の政務調査会の部会等)で発言していきたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月13日 (月)

まなちゃん募金

まなちゃんという心臓移植を待つ生後8ヶ月の女の子の募金活動に参加しました。
ここ数日は毎日小田急線の新百合ヶ丘の駅頭で募金のお手伝いをしています。
のぼり旗を立てたり、大きな声で支援を呼びかけたりと、選挙運動のおかげで慣れた部分があるため、けっこうお役に立てていると思います。

まなちゃんのお母さんが学校の先生だったこともあり、子どもたちやPTAのお母さん方、学校の